第七話 契約
その集会が終わった後、龍牙は攫犀を含む11人の重役、さらには新たな師となった鶯劍とともに岩山の麓にある聖霊殿へと来ていた。
なぜこのような所にいるのかというと、それは、龍王と使者としての正式な契約を交わすためである。
「龍影様、契約ってなにをやるんですか?」
龍牙が心配そうな顔で尋ねた。
「なあに、ただ血判をするだけさ。」
それを見て笑う攫犀。
「ならこれって意味あるんですか?
何か特殊なことができるようになるとか。」
まだ龍牙は心配しているようだ。
「ただ、寿命を伸ばし、不老にするだけだ。一々騒ぐな。」
鶯劍が少し不機嫌そうに返す。
「寿命!?しかも不老!?
ということは、いつまでたってもこの体型なんですか?」
龍牙はあたふたし始め、通路の柱に頭を盛大にぶつけた。
「大体龍人族の平均寿命が200くらいなんだが、恐らく、3倍の600年くらいだろ。」
頭をさする龍牙を横目で見ながら鶯劍が答えた。
「じゃあやっぱり体型はこのままなんですね。
いやですよ、こんなちっこいの。」
子供のように(実際子供だが)だだをこねる龍牙。
「大丈夫だ。とりあえず20までは成長するらしいから。」
龍牙を宥める攫犀のその言葉にパァッと表情を明るくした。
「ホントですか!?信じていいですよね!?」
攫犀はそれにああ、やうむ、などと相槌をうつ。
そんな龍牙に向かって、突然鶯劍は刃を振るった。
全くの死角からの攻撃にも関わらず、龍牙は背中の大刀を少し抜くだけで防いだ。
「なんのつもりですか?先生」
冷静な龍牙の声が辺りに響き渡った。
「やはり、今はお前はそっちの方がいい。」
鶯劍は刀をしまい、龍牙を軽く見てまた歩き始めた。
「やっぱりそう思いよね。」
取り残された龍牙が、ボソッと呟いた。
そんなことがありながらも、龍牙達は聖霊殿の最深部へとたどり着いた。
そこに管理人と思われる男がいるのに龍牙は気づいた。
「お待ちしておりました。」
「うむ、ご苦労。」
集団の先頭の重役が労いの言葉をかけた。
「ではこれより契約の儀を始めるので、私についてきて下さい。」
その管理人のいうことに従い、ぞろぞろとついていくと、そこには岩山の上にあったのにそっくりの神殿があった。
「ここは?」
「ここはあの岩山の神殿と全く同じ作りにしてある。あんな高いところだと不便だろ?
だから、こっちに移したらしい。」
龍牙はすぐに答えてもらった攫犀を見た。
「じゃあ、あの『龍王の首』も移せば良かったのに。」
「さすがにあれだけは、な。
あれはこの世に1つしか存在『できない』ものらしいからな。」
攫犀の意味深な言葉に引っかかった龍牙。
「存在『できない』ってどういうことですか?」
「あの像自体は別に何も特殊なものは使っていない。
だが、あれに宿っている力は1つだけみたいで、他のをつくろうとすると確実に失敗するんだ。
ようは、どんなことをしてもあの像のレプリカは作れないんだよ。」
「へえ。だったらなんで正式な契約はここなんですか?」
「それは、中には移動可能なものがあるからだ。」
「?」
「着いたぞ。」
怪訝な顔をする龍牙とそれに律儀に説明をする攫犀に鶯劍は伝えた。
そこは今までの細長い通路と違い、ドーム状の巨大な空間だった。
その中心にはすでに黒のローブを着る者が6人、円を描いているのが龍牙には見えた。
「それでは、新たな使者の方はあの中心にお願いします。」
管理人はその6人の中心にある大理石でできた円板を示した。
龍牙は鶯劍を見上げると、コクリと頷かれた。
「分かりました。」
龍牙はその円板へと近づき、両足をのせると、すぐにその周りに立っていた6人が呪文を唱え始めた。
「えっ?」
すると、龍牙を中心に、紋様が浮かびだした。 それは、周りの6人を点として結ばれた六亡星だった。
「この紋様は・・・召還?」
その紋様はだんだん光を強め、空中に光の塊を生み出した。
それは、激しく動き始め次の瞬間、塊ははじけ、その代わりに龍牙の目の前に巨大なドラゴンが立っていた。
それを見、その場にいる者は全員ひざまずいた、一人を除いて。
龍牙は1人堂々とそのドラゴンの前に立っていた。
それに気づいた攫犀が龍牙にジェスチャーを送るが龍牙は全く動かなかった。
仕方なく、攫犀は声を出した。
「龍牙!!龍王様の前だ、頭が高いぞ!!」
しかし、龍牙は動かず、ただじっと龍王を見ていた。
「龍牙お前いい加減・・・」
「別によい。」
「ですが・・・」
龍王は無言で首を横に振る。
「分かりました。」
すごすごと下がる攫犀。
「さて、我狼龍牙、だな?」
龍牙を見つめるその目には獰猛さはなく、ただ優しさだけがあった。
「はい。」
龍牙は全く視線を逸らさず答えた。
「なら、早く契約に移ろうか。どうやら今、世界が変わろうとしているようなのでな。」
「世界が、ですか?なぜまた?」
「原因は様々だが、その1つはお主の父親でもある。」
(またか、またなのか父さん。)
「まあその話は後にして時間がない。早くやろうではないか、龍牙よ。自分の指を切り、血を出せ。」
「はい。」
龍牙は腰の小刀を抜き、右手の親指に当てた。
ぷくりと血が浮き出ている状態で龍王に差し出した。
すると龍王は、顔を龍牙の指に近づけ、その長く赤い舌でそれを舐めとった。
「うむ、確かに。これで、契約は完了なのでな。もう下がってよいぞ。」
「あの、龍王様、少しいいですか?」
龍牙はしっかりと龍王の目を見ながら尋ねた。
「なんだ?」
「あの、教えて下さい。
俺は何をすればいいんですか?」
龍王は体の前で腕を組み、目を閉じた。
「分からぬ。」
「分からないって、どういうことですか?」
「なんと言えばよいのか。毎回、使者を選ぶのは勘なのだ。必要な気がする。ただそれだけを頼りに決めているのでな。
だからこそ使者は自分で自分の成すべきことを探さねばならぬ。」
「そうですか・・・。」
龍牙は一度俯くとハッとなって顔を上げた。
「なら、父さんがやろうとしていることを教えて下さい。」
その言葉に周りの空気の温度が下がったような、そんな気がするほど静まり返った。
「それは、あやつらの方が知っていると思うのだがな。」
「え?」
龍牙はバッと振り返り鶯劍以外俯いている攫犀達を見た。
「あやつらをせめるでないぞ?
あやつらはあやつらなりにお前のことを思ってふせていたのだろう。」
龍牙は俯いて考え込むがすぐに顔を上げた。
「なら・・・今のはなしで。」
「その方が良かろう。
さて私は帰るとするか。」
後ろを向いた龍王にぺこりと龍牙は頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「そうだ、後1つ」
「?」
龍王は恥ずかしそうに鼻の穴をムズムズさせながら口を開いた。
「敬語は使わなくともいいぞ、というより使うな。」
「分かり、いや、分かった、龍王。」
龍王はふふっと笑いながら消えて行った。
「無事完了だな。」
攫犀が龍牙に近づきながら声をかけた。
「ええ。これで準備は整いました。」
「なら帰るか」
「はい!!」
やたら元気に返事を返した龍牙は先立って村へと歩き始めた。