第壱拾七話 怒り
決死の地上50メートルからのダイブ(ちゃんと柑那が空気のクッションを龍牙の下にひいていたため無傷だった)の後、連れてこられたのは、先の戦いで半壊した、宮殿だった。
残っている建物の中にある会議室へと案内さ(運ば)れた。
龍牙が会議室に入ると、どうやら最後の採決をとっているところだったようだ。
すると議長と思しき人が報告した。
「賛成多数で、これからの方針は、龍人兵を6班に分け、村周辺の警備、村内部の警備、建設、などを2班一組で行うことに決まった。
これで緊急会議を終わる。」
その場にいた50人ほどの人はあっという間に退室し、気付けば最前列にすわる議長や攫犀を含んだ11人の重役しか残っていなかった。
会議の書類を整え終えた議長が口を開いた。
「これより、使徒の決定及び我狼 龍牙の処分について話しあいたいと思う。」
さっきとは違う口調で放たれた言葉に龍牙は驚きを隠せなかった。
(処分!?僕が一体何を!?)
立ち止まって考えこんでいる龍牙を議長は手招きした。
それに気づいた柑那が、俯いている龍牙の肩にそっと手を置き、その残った11人の真ん中にゆっくりとした歩調で連れて行った。
それを見て、少し笑いながら議長は続けた。
「龍牙や、処分と言っても悪い意味ではない。
お主はこの戦いで我らに勝利を導いてくれた。
そのための御礼としてどうするかを決めようというだけだ。」
その言葉に安心したのか、龍牙は大きなため息を一つはいた。
「では、始める。
先日、33代目龍影 攫犀の下に龍王からの使者が来た。
それによると、この度の使徒は 我狼 龍牙にせよという言伝を授かった。
それがこれだ。」
議長は手に持つ巻物を広げ周りに見せる。
そこにはだいたいこのように書かれていた。
『龍王を含む長老達、11の長達の間で話し合った結果、この度の使徒として我狼龍牙を推すこととする。
』
「よって、我狼 龍牙には、使徒としての役目を担わせるものとする。
そのため、我狼 龍牙の龍影就任は取り消しとする。
異論はあるか?」
そういいながら周りを見回す議長。
すると1人が手をあげた。
「龍牙はまだ10になったばかりです。彼には少し荷が重すぎるかと。」
龍牙を横目で見ながら続ける。
「第一、この子に旅などできるわけがない。」
「そのために俺がいる。」
入口の方からこちらに歩いてくる者がいた。
意外な人物の登場にその男は焦った。
「お、鶯劍様。あなたが彼に同行するというのですか?」
それに鶯劍は悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「私では不満か?」
「いえ、そんなことは・・・。」
鶯劍のこの言葉がトドメとなり男は黙りこんだ。
「ならこれで決定だな。」
鶯劍が議長に目を向ける。
それに、うむ、と頷き告げた。
「では、その儀は3日後に、そして村の出立は3週間後とする。
それまでに覇剣などの武具類を揃えるように。
他に質問はあるか?」
「あの、」
その時、龍牙はこの部屋で初めて発言した。
「僕の意志は尊重してくれないんですか?」
「悪いが、これに関しては、拒否権はないのでな。」
それにため息をこぼし、俯く龍牙。
「別にいいですよ。
どうせもうここにいてもつらいだけですから・・・。」
顔を伏せたまま、悲しそうな声で龍牙は呟くようにして言った。
「僕はこれに応じます。
だから、僕のお願いを聞いていただけませんか?」
「なんだ?」
次に龍牙が頼んだことにその場にいた全員が驚愕した。
「本当に、いいのか?残された家族の記憶をなくして?」
「ええ、お願いします。それが、みんなのためだと思うので。」
「ふむ」
議長はそこで少し考えこみ、頷いた。
「いいだろう。」
「議長、なにを!?」
攫犀が叫んだ。
「まあ、聞きなさい。
私達がするのはあくまで記憶の『封印』、『削除』ではないのだ。
確かにこのままあの2人に記憶を残すといつ命を絶とうとしてもおかしくはないからな。
ただし、その解除コードは龍牙、お主が持っておきなさい。
それが条件だ。」
「・・・分かりました。」
龍牙は安心したような、悲しいような顔をして頷いた。
「もう一つの方も任せておけ。」
「はい。」
「もう下がってよいぞ。」
「はい、失礼します。」
龍牙が会議室を出たのを見届けた後、攫犀は初めて自分の手が汗で濡れているのに気づいた。
本人は気づいていなかったようだが、最初、彼が入って来たときは、猛獣のような凄まじい殺気を放っていた。
「これは、大物になるな。」
鶯劍の呟きからして、どうやら攫犀と同じように考えていたようだ。
「まったく、ですね。」
龍牙は会議室を出た後、車で送るという柑那を丁重に断り、まっすぐ自分の家へと帰っていた。
朝にはあった全身を襲った痛みはほぼひいており、もう不自由なく歩けるほどだ。
歩いていると、この村のメインストリートが見えて来た。
ほんの数日前まで賑わっていたはずの場所は、多くの建物が崩れ、今はひっそりと息をひそめている。
そんな、なんとも言えない寂しさを感じながら、歩を進める龍牙の心に、だんだんと怒りがこみ上げて来た。
それは、村をこのような状態にした治安維持部隊に対して。
そうさせるように仕向けた世界政府に。
そしてなにより、自分一人の利益のために自分たちを裏切った自分の父親に。
「ちくしょう!!
なんで守れなかったんだ!!」
拳をもろい壁打ちつけながら発した龍牙の叫び声は、この静かな建物の間を木霊した。
「俺が終わらせてやる、こんな悲しい戦いを。この、俺が!!」
この日から龍牙の口から『僕』という言葉は発せられることはなかった。