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第壱拾壱話 鋼鉄出陣

「マーズか。確か、昔そんな名前のジャッジメントがいたな」

「そうですかの」

 ゼウベルトのその言葉に笑顔のまま応える少年のような老人。

「ふん。まあいい」

 ゼウベルトは体を元の状態に戻し、マーズの方へ歩き出した。

「では行くとしようか」

 マーズの横をすり抜け、ゼウベルトは雪を踏みならしながら歩き続ける。


「ん?」


 だが、そこで案内人であるはずのマーズがついてきていないことに気づいた。

「おい、何をしている?早く案内しろ」

 小さな背中に声をかけるが返事はない。

「おい」

「申し訳ないが、それはできないのぅ」

「なんだと?」

 ゼウベルトは目を細め、振り返ったマーズを睨みつける。

「わしが言われたのは『ロジャー=グラディウスを連れて来い』でしての」

「だからなんだ?」

「じゃから、『ゼウベルト』などと言う輩を連れて来いとは、これっぽっちも言われていない。という訳で、」

 一瞬にして音もなく消えたマーズはいつの間にかゼウベルトの左胸に触れていた。


「任務を遂行させてもらう」


 その手から現れた魔法陣は黒。

 それは、その先にある紋章を白く浮かび上がらせながら、黒い光を吐き出していく。

「がああああああ!!貴様っ!!何を!?」

 激痛に顔を歪めるゼウベルトに対し、マーズには余裕の笑み。

「お主を『ロジャーさん』から引き剥がすんじゃよ」

「離せ!!」

 ゼウベルトはなんとか逃れようとするが、何かに縛られているかのようにピクリとも動けない。

「お主はもう十分に生きた。安らかに逝け」

 マーズはさらにその手を押し込んだ。


「ふ、ざ、ける、なぁ!!」

 そこでドラゴンのような、腹の底を揺るがすような叫びが起こった。


 それを境に噴き出していた黒い光の帯が、時間を巻き戻したようにゼウベルトの左胸に戻っていく。

「ちっ」

 無理と判断したマーズは腹いせにその腹部を蹴り飛ばし、その小柄な体躯と不釣り合いな音を奏でてから、ユウ達のそばまで下がった。


 黒い光が完璧に体に戻ると、すでにゼウベルトはまたあの黒い龍の姿に変わっていた。

 だが、先ほどと違い、その息は荒い。

「この老いぼれが!!」

「言うとくがわしの方が年下じゃよ?」

「黙れ!!」

 怒号とともに駆け出すが、先ほどのが効いているのか、その動きにさっきまでのキレはなかった。

「遅いのぅ。ハエが止まるぞい」

 そのようなヌルい攻撃がかつてジャッジメントに名を連ねていた者に届く訳もなく、いつの間にか後ろに回り込んでいたマーズの手刀がその首筋に撃ち込まれる。

 常人なら意識を刈り取られる、それどころか死んでしまうほどの威力。

それを受けておきながら、ゼウベルトはよろめくだけで、またマーズにつかみかかった。

「哀れな」

 マーズは目を閉じ、ため息と共に足下に魔法陣を展開。

 その陣から無数の鎖がゼウベルトに向かって飛び出した。

「っ!?」

 ゼウベルトはとっさに避けようと体を捩るが、余りの数に避けきれず、(はりつけ)のように縛られてしまう。

「このっ、くそっ!!」

「それ以上暴れたら四肢がもげるぞい」

 もがき続けるゼウベルトにマーズは憐れみの視線を向けながら、それに近づく。

 だが、急に耳障りな金属音が止んだ。

「ん?」

「・・・だ、この軟弱な体が俺を縛り付ける」

 代わりに飛んでくるのは、風のささやきのような小さな呟き。

「この器が悪いんだ。なら・・・壊してしまえばいい」

「マズい!!」

 マーズは何事か察知すると、足下に三重に魔法陣を展開。さらに大量の鎖を生み出し、ゼウベルトの体に絡みつける。


 だが、それらが絡みつくそばから、引きちぎられていく。


『オオオオォォォォ!!』


 その引きちぎられた鎖の間、ゼウベルトの体の真ん中から突如、雄叫びと共に黒い物体が現れた。


 それは龍の首。


 ゼウベルトの体から出てきているというより、ゼウベルトの体が龍に呑み込まれているように見える。


『オオオオォォォォ!!』


 もう一吼えしたところでその前足が二本、矢のように飛び出してきた。

 前足に力を込め、漆黒の龍はさらにその体を引きずり出そうとする。

「ぬうぅ」

 だがそれをさらに魔法陣を展開したマーズがなんとか押し戻そうとする。

 しかしそれはたった一人で抑え込めるような生易しいものではなかった。

 人外の力に鎖は次から次へと千切れていく。


 これがよほど気に食わなかったのだろう。黒龍は拘束が解けた前足を振り上げ、マーズに向けて振り出した。

 その超質量が迫っているのが分かっていながら、マーズは動けなかった。

 それはマーズに限って恐怖などではない。

ただ、今、黒龍の動きを封じ込めているこの魔術の条件、


『発動中、一歩も動くことが出来ない』


 それがマーズの拘束術、『鬼綱(オニツナ)』の条件だった。


 ゼウベルトもそれを知っての攻撃だろう。

 マーズもまた、なんとかその超質量を止めようと鎖を絡めていくが、全て引きちぎられていく。

『オオオオォォォォ!!』

 雄叫びと共に繰り出された横薙は寸分違わず、マーズに迫ってゆき、


 派手な衝突音が辺りに響いた。


『オオオオォォォォ!!』


 また黒龍は吼えた。それは獲物を殺した歓喜の叫び、ではない。


 黒龍は腕を引き戻し、さらに一吼え。

 見れば、その先端にあったはずの手がごっそりとなくなっていた。

 その手は、鮮やかな断面を見せたままマーズの傍らに横たわっていた。


『貴様!!』


 荒い息と共に吐き出されるのは、喉から発せられる腹底を揺らすような低い声。

 だが、それが向けられたのはマーズではなかった。

『どこまでも逆らうというのだ!? ケイミー』


 そう、マーズの盾となるように剣を構えていたのはケイミーだった。

 その後ろでは先ほどの手が『黒い(ダスト)』となって消えていく。


『許さん!!許さんぞ!!』

「お嬢ちゃん」

「はい」

 ケイミーはまた一段と激しく体を引きずり出そうとするそれから目を離さない。

「その剣を少し貸しくれんかの」

 何事かとケイミーは振り返ると、マーズの真剣な顔が目に入った。

「分かりました」

 目は黒龍に固定したまま右手を回して、マーズに剣を差し出した。

 雷鮫を中心にはめ込んだ黄色い光を帯びた双劃。マーズはそれに手をかざし、剣に黒い魔法陣を展開、いや、押し込んでいく。

「もういいぞい」

 ケイミーはすぐさま剣を手元に戻し、目を見開いた。

 先まで輝かしい黄色い光を放っていた双劃が、見たこともない漆黒の電流を(ほとばし)らせていたのだ。

「これは・・・」

「悪しき心を持つモノを焼き尽くす、『退魔の雷』」

「退魔の雷・・・」

「それならばヤツをロジャーさんから引き剥がすこともできるはずじゃ。

 龍の弱点は首もとにある龍玉。わしができる限りヤツの動きを封じる。じゃからその間に」

「私が倒す」

 ケイミーは一度深く息を吸うと右手に持つ剣に魔力を注いだ。

 実の父を殺すことになるかもしれない。なのに、ケイミーの心は自信で満ちていた。

「行きます」

 ただ一言を残してケイミーは駆け出す。


『させるかぁ!!』


 黒龍が出てきている黒い穴、そこから現れた触手のような人の胴ほどもある何十もの黒い筒がケイミーに襲いかかる。


 だが、当たらない。


 今のケイミーの速さは既に彼女の父であるロジャーを凌駕していた。


 黒電を纏わせた剣で、目の前に突き刺さった邪魔な触手を切り裂き、前へ。

 そこで、黒龍の口に不気味な球体が出来ていることに気づき、すぐさま上へと飛ぶ。


 その一瞬後に吐き出された球体は地面に着弾する。

 それは、辺りの地面や木々を吸い込んだ後、周囲に弾丸のようにそれらを吐き出した。


 その一撃は、辺り一帯の木々や雪を消し去った。


それほどの絶大な威力。だが、上空にいる彼女は怯まない。


 爆風によってより上空に舞いあげられた彼女は、剣を振るって体勢を整える。

「その剣、豪雷の如く、」

 何事か呟く彼女にまた大量の触手が迫っていく。

 ケイミーはまず最初に迫ってきた一本の側面に足を乗せ、切り裂くと同時に次のへと飛ぶ。

「その身を切り裂き、」

 だが、目の前に今までとは比べものにならない太さの触手があった。


 だが、ケイミーはためらわない。


 彼女はそれに突撃し、剣を突き刺した。

 それでも触手は動きを止めずに上空で細かく分裂。ケイミーに降り注ぐ。

「その肉を焦がし、」

 その先端がケイミーに触れる、まさにその瞬間、触手全てに黒電が駆け巡った。

「灰塵と化す」

 そして舞い上がるは黒い雪。


『くそが!!』


 空中で静止した無防備な彼女に新たな触手の群れが迫る。


『もらった!!』


 だがそれらはなぜか空中でピタリとその動きを止めた。

 そんな不可解な現象を黒龍が理解するのにそう時間はかからなかった。

『小僧!!』

 その血走った瞳が捉えたのは横たわったまま杖を握るユウだった。


 黒龍がよそ見をしているうちにケイミーはその空中に縛り付けられた触手の上を駆けていた。

 もちろん、その剣は足場に突き刺してある。


 『黒い(ダスト)』が舞い上がる中、彼女の走りを止めるモノはもう何もない。


「その剣、豪雷の如く、

身を切り裂き、


肉を焦がし、


灰塵と化す。


『紫電七迅刀(しでんしちじんとう』!!」


 七つに枝分かれした巨大な剣は、それを見上げ大きく口を開ける黒龍の頭を喉を胴を貫き、


「苦痛と共に消え逝け」

 その体中に黒電を迸らせた。







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