第九話 許さない
三人が見つめる中、爆薬独特の不快な臭いと共に灰色の煙が風に流されていく。
だが、ユウにはその中を見るより前に、自分の手から伝わる感覚で結果は分かっていた。
「そんな・・・」
黎明はその煙の中にいるものを見て驚愕した。
ユウにかけられたままのゼウベルトがそこにいた。その体に傷は全くない。
「びっくりしたな。一本取られた」
体の自由を奪われたまま愉快そうな声を発した。
「そんな、あんな零距離の爆発を受けて無傷なんて・・・」
「さすがとしか言いようがないですね」
ユウは解かれまいと右手に少し力を入れた。
「ふん。もうこの技にも飽きた」
ゼウベルトは身じろぎ一つしないで足下に魔法陣を生み出した。
「『地砕き(クラッシュ)』」
魔術の特徴である多彩な属性、ゼウベルトもまた例外なくそれを扱っていた。
発現した術の属性は『地』。
杖を構えたまま動かないユウの足下に亀裂が走った。
「っ!?」
ユウがそれに気づいた時には既にその体は深い闇に満ちた地下へと落ち始めていた。
すぐさま体勢を立て直すと、下へ下へ落ちていく元は地面だったものを一つ一つ正確に、しかし素早く渡り、地上へ飛び出した。
落とされてからものの三秒。その短時間でユウはまた地上に戻っていた。
だがそれをまるで知っていたかのように、地上に降り立ったユウの目の前に縛られていたはずのゼウベルトがいた。
左肩に熱した鉄を当てられたような感覚を感じながら、ユウは穴とは正反対の方向へ跳んだ。
一瞬遅れて、その頭があったところを無機質な剣が通り過ぎた。
それに背筋が寒くなるのを感じながらユウはさらに距離を取る。
ある程度、間が開いたところでユウは杖を構えた。
「『時空進行』」
魔法陣が先端に展開された銃が火を噴く。
その弾丸を弾こうとゼウベルトは剣を構えるが、一瞬目を見開くと横に倒れ込むようにして避けた。
ロジャーの体には反射的に銃弾を弾けるだけの技術が染みついていた。
それにも関わらず、無意識に『弾く』のではなく『回避』を選択していた。なぜか。
「なるほど。弾丸を含めた銃身全体に時を早める魔術をかけたのか。予想外だった」
回避の途中で脱げてしまったヘルムの下、そこにあった頬には一筋の赤い線が浮かび上がっていた。
「回避に徹しても掠るとは、本当に予想外だ」
頬の部分がごっそりなくなっているヘルムをそのままにゼウベルトは剣を構え、走り出した。
それに対しユウは全く動かずに引き金を絞る。
音速を超え、空気の渦を纏った弾丸は、寸分違わずゼウベルトの頭、胸に飛んでいく。
ゼウベルトは今度は避けようとはせず、『剛石』を盾に変え、構えたまま一直線に進んでいく。
通常の五倍の速度で飛ぶ弾丸を一発はかろうじて止めるが、弾数が増えるにつれ銃弾が盾にめり込み、ついにはそれを貫いた。
堅牢な盾を貫いた弾丸はそのままゼウベルトの胸部へ飛んでいく。
確かにその弾丸はゼウベルトに当たった。
だが、それはあの漆黒の鎧がギリギリ受け止めていた。
その時には既にゼウベルトはユウの目の前にいた。
盾を構えたまま突撃し、一度ユウを吹き飛ばし、すぐさま剣に変え、追撃する。
だがそれは魔法陣が消え去った銃から発せられた銃弾によって寸前で止められた。
また二人の間に間が開く。
だが、『流れ』は確実に変わっていた。
ゼウベルトの一瞬無謀に見える突進はユウから最も重要なモノを奪っていた。
それは時間。
時空魔法の最大の弱点はその絶大な威力ゆえの発動までにかかる空白時間。
小さいものならばそこまでの時間を必要とはしない。だが、ゼウベルトのような実力者を抑え込むにはやはり心許ない。
だからこそユウはあの間合いからの攻撃をしていたのだが、皮肉にもそれが相手に弱点を教える羽目になってしまった。
ユウはさらに後ろに跳びながら銃をしまい、新たに魔道銃を引き抜き、引き金を引いた。
魔力を吸われるような感覚の後に爆薬とは違う小さな反動と共に赤い手のひらほどの球体が飛んでいく。
ゼウベルトはそれを前方に跳び越えてかわすと、着地と同時に急加速した。
突然の加速に反応が遅れたユウは無防備のままその蹴りを左肩に受けた。
ゴキリ、という嫌な音と痛みと共に近くの木の幹を突き抜け、その先にあった岩に叩きつけられた。
「がはっ!!」
体中から悲鳴が上がるのが聞こえた。
ドサリとそのまま横倒しに落ちたユウはなんとか立ち上がろうとするが、うまく体が動かない。
だが、それでも彼は銃と杖を手放さない。
「大した意志の強さだ」
芋虫のようにごそごそと這いつくばるユウの前には黒い鎧。
「私の武勇伝に加えるに足る男だ」
『剛石』を剣に変え、それを両手で逆手に握った。
「楽に逝かせてやろう」
だがその絶望的な場面でもユウは諦めない。
震える指を引き金にゆっくりと掛け、その足に向けて引き金を引いた。
「がっ!?」
いきなり足に加えられた衝撃にバランスを崩したゼウベルトは二歩三歩と退く。
「不屈の精神か。ならば、」
両手に握ったままの剣を持ち上げ、上に掲げた。
「粉々に砕いてやろう!!」
巨大な槌となったそれを一気に振り下ろした。
死を告げる槌、ユウはそれから全く目を逸らさなかった。
そして爆音が鳴り響く。
砂煙が立ち上る中、槌を振り下ろした状態でゼウベルトは溜め息をついた。
「またお前か」
それが晴れると、ゼウベルトの左手から声が聞こえた。
「こいつは殺させない」
そこにはユウを抱えた黎明がいた。
「全く」
ゼウベルトは槌を剣に変えると黎明の方へ動かずに後ろを振り返った。
それと同時に衝突する二振りの剣。
「反抗期の娘には本当に手を妬かされる」
「黙れ!!」
「っ!?」
先ほどとは比べものにならない威力にゼウベルトは後ろに弾かれた。
「貴様は私の仲間を侮辱した」
ケイミーは剣を両手で握った。
「貴様は私の仲間を傷つけた」
その剣に魔力が注ぎ込まれる。
「貴様は私を父の声で蔑んだ」
魔力が満ちたその柄を左右に引っ張った。
「なにより、貴様は私の偉大な父を侮辱した」
優しい光を放ちながらそれは二つに分かれ、形を整えていく。
「あれは・・・」
ユウは目を見開いた。
なぜなら、その手に現れたのは背丈ほどもある機械剣と小刀、それはまさしく龍牙の持っていた『双劃』と『雷鮫』だったからだ。
双劃を持ち上げ、その切っ先をゼウベルトに向けた。
「私はこの仲間との絆でお前を倒す!!お前だけは許さない!!絶対に!!」
それは相手への宣告、そして自分自身との誓いだった。