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第八話 眠りし将軍

 WNP本部 最上階



 夜も明けてきた頃、局長ラグナ=マグナシールとその右腕たるルスカ=フランベールを含む六人が局長室に集っていた。

「状況はどうだ?」

 そのラグナの言葉にすぐさま一人が立ち上がった。

「今のところ我々が優勢です。昨日の時点で既に第四区画を落とし、軍事物資を供給する第五区画の半分を抑えています。

 ですが、先ほど今日の午後にジャッジメントの面々が帰還するという情報が」

 その報告にラグナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、一度地図に目を落としてから立ち上がった。

「ならば今日中に決めるとしよう。

 進行経路は先ほど言った通りだ。

 『レインフォース』と『暗黒球』の装備は?」

「完了してます」

「なら使用許可を出す。出し惜しみはするな、全力で行く」

『はっ』

 その一言でこの会議は終了するはずだった。



「ラグナ=マグナシールはどいつだ?」



 小さい、だがなぜか耳に残る重い声に六人はその方向に同時に振り返った。

 そこにいたのは丈の長い黒いコートに身を包み、深くフードを被った男だった。

「誰だ、貴様!?なぜここにいる!?」

 六人の内の誰かが問いかけるがすぐにその方法が分かった。

 なぜなら、その手に握られていたからだ、



真っ赤に染め上げられた男が。



 ズルズルと赤い絨毯にさらに深く濃い赤で塗り潰しながら男は近づいていく。

 その異様な光景に六人は知らず知らずのうちに後ずさっていた。


「ラグナはどれだ?」

 フードの奥で煌めく赤い目に、反撃しようとした六人の体が固まる。

「そうか・・・なら、」

 男は手に持つ生命活動を終えた肉塊を持ち上げた。

 すると、ベキポキと不気味な音をたてながらその体は丸まり始め、最終的には黒い手のひらサイズの球体になっていた。

「『煉獄の(デスサイズ)』」

 人体を容易くあのサイズまで圧縮したことにも増して、突然男の右手に出現した人ほどの大きさの鎌に六人の額に冷や汗が吹き出る。

 だが、そこからまた六人は驚かされる。


 なんと鎌が独りでにその体を捻り、男の左手の上に浮かぶ球体を喰った、そう、喰らったのだ。

 鋭い先端を横に割って、犬のようにグチャグチャという生肉を噛み締める生々しい音に、二人ほどペタリと座り込み嘔吐した。

 自分の相棒が食事を終えたのを確認すると男はそれを肩に担ぎ、歩き出した。

「く、来るな!!」

 完璧に怯えきった顔で、それぞれががむしゃらに魔術を使ったり、銃を放ったりするが、全て独りでに動くその背丈ほどある鎌に防がれてしまう。

「なんなんだ、お前はいったい・・・」

「私は『死神』、『死神のキリア』」

 そう自分の名を告げながらキリアはフードを外し、素顔をさらした。

「そんな、バカな!!お前は!?」

 その顔を見た瞬間ラグナはそれを理解できず叫んだ。

 だが、そこまでだった。

 六人の首は音もなく吹き飛ばされた。


 その六つの噴出口から噴き出した血は鎌を振り抜いた状態で固まるキリアに降り注いだ。


 血の雨の中佇む彼は、まさしく『死神』だった。





アルカディア 第四区画


 その頃、WNPの前線部隊は制圧した最前線よりも少し下がったところで戦闘車両を止め、キャンプしていた。

 彼らとしてはすぐ横の建物に侵入して、ふかふかのベッドで寝たいところだが、上司の命令でそれが禁止されていた。

 一人の兵士は近くにあったドラム缶の上をカットし、その中に近くにあった新聞紙や廃材を投げ込み火を付けた。


 間もなく冬が訪れる帝国では明け方はやはり冷える。


 兵士は手を火にかざしながら霧が充満した帝都を見渡した。

 霧はとても濃く、あまり先の方までは見えない。


 ぼーっと見ていると車両の中から何人か出てきた。

「さみぃさみぃ」

 全員腕をさすりながら急いでドラム缶に駆け寄り、近くの瓦礫を引っ張り出してそれに腰掛けた。

 ぐるっとドラム缶を囲むようにして座るが誰も口を開こうとはしない。

 それもそうだ。彼らはここに遊びに来たのではない。殺し合いをしに来たのだ。

 なにより不安だったのは帝国を相手に本当に勝てるのかだった。


「俺達、勝てるのかな・・・」

 誰かがポツリと呟いた弱音。それを叱責しようと一人立ち上がったところで全員の耳にある声が響いた。

「それは無理だな」

 その声に全員がとっさにそれぞれの武器を手に取る。

「誰だ!?」

 深い霧の向こうにうっすらと人影が見えていた。

 その霧の中から現れた人影は開口一番にこう告げた。


「『魔女』だよ」


 それは女性だった。

 兵士達はすぐさま陣型を組み、彼女を迎えうつが、相手は女、こちらは男十人、負けるわけがない。彼らはそう高をくくっていた。

 だが、もし彼らが彼女の正体を知っていればそんな油断はしなかっただろう。


 ジャッジメント第三位、『魔女』アルタ=シルベスター。


「『時壁球体(タイムサークル)』」

 一カ所に固まっていた兵士達を中心に青白色の半球体が出現し、近くにあった列車のような戦闘車両までも呑み込んだ。

 それを見届け、アルタは背を向け歩き出し、ある言葉を紡いだ。


「『時空湾曲(タイムグナール)』」



「がああああああ!!」

「う、腕が、腕が!?」

「いでぇ、いでぇよぉ!!」

 一瞬遅れて、半球体の中から幾つもの悲鳴が反響しながら辺りに振りまかれた。

「助けてくれ!!いやだ!!死にたくない!!」


 そしてその言葉を最後に、巨大な爆発音と共に球体が弾け飛んだ。


「さようなら」







『栄光の九柱(ラスターナイン)』 最上階



 一面ガラス張りの窓の前に蒼龍は腰をおろしていた。その奥には皇帝も座っていた。

 常なら朝日が降り注ぐはずの窓だが、あいにくの曇りでそれはなかった。

「どうした?龍幻」

「・・・」

 いつの間にか蒼龍の横に立っていた龍幻がぼそぼそと告げる。

「・・・そうか、もう制圧したか。WNPも存外、あっけなかったな」

 蒼龍は立ち上がると遥かかなたに雷光が走った。

 皇帝はそこで筆を走らせるのを止めた。

「ふむ。今夜は大雨のようだな」

「いや、嵐ですよ」

 立て続けに雷鳴が鳴り響き、閃光が走る。

「今日、その嵐の目となるかもしれない男を迎えに行かせました」

「誰のことだ?」

 皇帝には蒼龍の言っているものに思い当たるものがなかった。

「ロジャー=グラディウス」

 だが、その名前に驚愕の色を見せた。

「まだ生きていたのか・・・」

「ええ、北に」

「そうか・・・おもしろい。実におもしろい」

 最初こそ皇帝はこの二人に恐怖していたが、今となってはその何とも言えないスリルにのまれていた。

「蒼龍、お前といると飽きがこないな」

「ありがたきお言葉。では、我々は迎撃の準備に取り掛かりますので」

「うむ、頼むぞ」

「はっ」

 蒼龍と龍幻の二人が退室するのを見届けてから皇帝は机の上に広げた洋皮紙に目を落とした。

「これをついに使えるか」

 そこに描かれた魔法陣をゆっくりとなぞり、皇帝は笑みを浮かべた。






人体研究所 最深部



「これは、『ジャッジメント』クラスまで・・・」

「それよりも気になるのはその奥にある『あれ』ですね」

 黎明はユウが指差す先を見て、口に手を当てた。

「こんなところに、なんで・・・」

 ユウはゆっくりと歩き出し、それの傍らに立った。

「本当に、なんでなんですかね?」

 そしてユウは傍らにある灯りのスイッチを押した。

「こんな死体があるなんて」

 そこに照らされるのは白骨化した大型の獣だった。

 だがユウはそれよりも先に左手に見える机に向かった。


 そこには幾つもの厚いファイルが何冊も置かれていた。ユウはそのうちの一つを手に取り読み始めた。


 それを読み進めるにつれて彼の表情は険しくなっていく。

「そんな、まさか・・・」

 物怖じしないユウに対して黎明はその圧倒的な存在感を放つ白骨に後ずさっていた。

 そしてその手が何かに触れ、倒した。

 黎明がそれに気づいた時には、すでに光を灯すポットの一つの中で気泡がとめどなく吹き上がっていた。


『ビーッ、拘束緊急解除のシグナルを確認。強制覚醒を開始します』


「えっ?えっ?」

 突然の合成音に黎明の思考は停止する。

「いったいなにを!?」

「わ、分からない」

 異常に気づきすぐさま駆け寄ってきたユウは、すぐにポットの横にあるレバーが倒れていることに気づいた。

「それか!!」

 赤いグリップを両手で握り締め一気に引き上げるが、もう手遅れだった。


 パキッ


 細い枝を折ったような音が呆然とする二人の間を駆け抜けた。

 次第にその数は増し、緑色の液体に満たされていたポットに蜘蛛の巣のように細かなヒビが入っていた。

 そしてユウ達がそれぞれの武器を握ると同時にそれは砕け散った。

 辺り一面に広がる緑色の液体、その巨大な水たまりに一人の男が降り立った。

 肩まである金髪(ブロンド)から液体を滴らせながら男は鍛え抜かれた肉体を曝したまま首を鳴らした。

 しばらく体の至る所を小さく動かしてから、一瞬で足下に魔法陣が展開し、その眩い光が収まるころには男の体は漆黒の鎧に覆われていた。

 手を閉じたり開いたりして鎧の感触を確かめてから男は振り返った。

「お前達か?私を起こしたのは」

 その余りの威圧にユウも黎明も蛇に睨まれたように後ずさるどころか声を発することすらできなかった。

「まあいい。だが、助かった。これで自由の身だ」

 男は腰に差した円柱型の物体を手に取った。

 それは一瞬で大量の魔力が注ぎ込まれ、剣へと変貌する。


「そうだな・・・御礼に殺してやろう」

 ユウ達が剣が振られているのに気づいた時にはすでに二人とも壁まで吹き飛ばされていた。

「がっ」

「キャッ」

 とっさに黎明を庇いながらもそのままユウは壁に叩きつけられた。


 だが男はそれを全く見もしない。


 ただ手に持つ剣をしげしげと見て笑みを浮かべた。


「この感覚、懐かしい」

 そこで男はふと上を見上げた。

「ん?この魔力・・・」

 男は目にも止まらぬ速さで剣を上に突き出し、天井に大穴を開けた。その先には青空が見える。

「そうか、お前もいるのか・・・ケイミー」


 男は身動きできない二人を置き去りにして飛び出した。






 ケイミーは見覚えのある瓦礫の間から飛び出してきたその男に対峙するようにして立ち止まった。

「なんであなたがここにいるのですか・・・父上」

「えっ?」

 麗那と共に立ち去ろうとしていたロッソはその言葉に固まってしまう。

 左胸の前で交差する十字架の装飾が施された漆黒の甲冑。そして肩のあたりまである金髪(ブロンド)。脇には頭部を覆う横につけられた角が印象的なヘルムがあった。

「なんだ?その言い方は。私がいては困るのか?ケイミー」

 男は言葉と裏腹に笑みを浮かべて、腕を大きく広げた。

「父上・・・」

 ケイミーは瞳に涙を溜めながら男の腕の中に飛び込んだ。

「いったい、いままでどこに・・・」

「すまないな、長い間会えなくて」

「なぜ連絡をくれなかったのですか?」

 男はケイミーの金髪を愛おしそうに撫でた。

 そのケイミーはその懐かしい匂いに涙をこぼしていた。

「色々とあってな」

「そうしてくれたら、こんなに、悲しまなくても良かったのに・・・」

 ケイミーのその言葉に男は口の端を吊り上げた。

「そうか、悲しかったか?」

「はい」

 小さく、だがしっかりと頷くケイミー。

「すまなかった。だが、これからは悲しむ必要もない」

「それって・・・っ!?」

 ケイミーはとっさに後ろに飛び退くと、その瞳からこぼれ落ちた雫が、無機質なそれに凪ぎ払われた。


「父、上?」

「ふむ、腕を上げたな、ケイミー」

 男の手には一振りの剣。

「父上、これは・・・いったい・・・」


「ケイミー!!」

「っ!?」

 ロッソの声に思考の渦から現実に引き戻されたケイミーは迫り来る剣を同じく剣に変えた『剛石(クリスト)』で受け止めた。

 しかしその余りの威力に剣は大きく弾かれ、体勢が崩れた。

 そこに今度は下段からの切り上げが迫る。

 剣を戻す時間はないと判断すると、全身の力を抜き、後ろに弾かれた剣を引き戻さず、あえて引っ張られるようにして後ろに倒れ込んだ。

 その予想外の回避に剣は虚しく空を斬る。

 追撃が来ないのを感じながら、爆転の要領で間合いを取り、ケイミーは一度体勢を立て直した。

「これは、どういうことですか・・・、父上」

「なに、裏切り者を迎えが来るまでに始末せよ、と指令が私の元に来たからな。

 全く、長い間こんなところに閉じ込めておきながら、虫のいい話だ」

「だからって・・・」

 ケイミーがまだ何か言おうとする前に男の剣が再度迫る。

 ケイミーはハッとしたが、なぜか今度は先までよりも攻撃が軽い。

 それを見た瞬間、すぐさま受け流さずに男の剣を受け止め、絡めとろうと剣を滑らす。

「ああぁぁぁぁ!!」

 だが、その瞬間、彼女の体を電流が駆け巡った。

 ふらつき片膝をついたその体からは、プスプスという音と共に灰色の煙が立ち上っていた。

「やはりお前の攻撃は正直だな。まんまと誘いに乗ってくれる」

「父、上」

「さて、私は先を急ぐのでな。悪いが死んでもらうぞ、ケイミー」

「父上・・・なんで?」

 軽々と言ってのけられた、尊敬する父親のその言葉は、ケイミーの戦意を失わせるのに十分だった。

 そんな娘に向かって男は近づき、ためらいなく剣を振り下ろした。




「ん?」

 だが、その切っ先はケイミーに触れる寸前で不自然に止まっていた。

 男は訝しげな表情を浮かべたまま、手首にかかった太い紐を見た。

「ケイミーは、殺させない!!」

 深紅の髪を逆立て、ロッソは憤怒の形相で鞭を思いっきり引っ張った。

 それにつられ剣を握る男の腕が引き寄せられていく。

「ふん」

 だが、男は馬鹿にするように鼻を鳴らすと、逆にそれをつけたまま勢いよく腕を引いた。

「うわっ!?」

 今度はロッソが引っ張られる番だった。

 足が地から浮くのを感じた時には、すでにその体は反対側の雪の中に埋もれていた。

「かはっ」

 多少雪で衝撃が和らいでも、それは容易くロッソの肺から酸素を奪い取った。

「まだまだ」

 右、左、右、左。休む暇など与えず交互に手を振るような軽々しさでロッソを地面に叩きつけていく。

 男がそれを止め、鞭を引きちぎり、ゴミのように放り投げた頃には、ロッソは白目を向き、ピクピクと痙攣していた。

「ロッソ!!」

「ロッソさん!!」 麗那は重い体を引きずりながらも急いで駆け寄り、ロッソに『治癒(キュア)』をかけ始めた。

「ほぅ、『失われた魔法(ロスト・マジック)』の使い手とは珍しいな」

 そう感想を零す男の横でケイミーは立ち上がった。

「お前もいい仲間(道具)を見つけたな」

「っ!!」

 男がケイミーの方に顔を向けた瞬間、強い衝撃と共にその体がふわりと浮いた。

 雪を辺りに撒き散らしながら地面に落ちた男はゆっくりと体を起こした。

「痛いな」

 赤く腫れた頬を押さえるその前には、無風のはずなのに髪を揺らめかしている憤怒の形相のケイミーが仁王立ちしていた。

 男は黙って立ち上がりマントについた雪を払いのける。

「いつの間にそんなに反抗的になったんだか」

「お前は誰だ?」

「何を言っているんだ?私はロジャー・・・」

「黙れ!!貴様如きが父上の名を語るな!!お前は父上ではない!!」

「では、そう思うならなぜ剣を出さない。さっきから鈍器ばかりだぞ?」

 その指摘にケイミーは迂闊にも息を呑んでしまった。

 確かに頭ではこいつは違うと分かっている。だが、この男から感じる雰囲気はまさしくロジャーのものだった。

 その迷いがケイミーに剣を握らせないでいる。

 ケイミーが一瞬、ほんの一瞬、視線を逸らしたのを見逃さず、男はその腹に拳を叩き込んだ。

「がっ!?」

 鈍い衝撃と共に後ろに吹き飛ばされたケイミーは、雪の上を何度か転がり、なんとかその勢いを止めた。

「はっ、くっ」

 口の端から垂れる赤い筋を拭いながらケイミーはフラフラと立ち上がるが、そこにまたいつの間にか接近していた男の蹴りが突き刺さる。

 同じ所に受けたその衝撃は、ケイミーに腹をぶち抜かれたのでは、と錯覚させるだけの威力を持っていた。

 今度は途中にあった針葉樹をなぎ倒して止まった。

 雪の上に横たわるケイミーにはもう指先を動かす力さえなかった。


(私はここで死ぬのかな?)

 今のケイミーにはゆっくりと近寄ってくる黒い鎧が死神にも見えた。


(仲間にあんなことをされたのに何も出来ずに・・・)



 ガシャガシャと金属同士が擦れる音を奏でながら、男は横たわるケイミーの前に立った。

「憎いか?」

 その問いに、ケイミーがぎらついた目で見上げるのを男は鼻で笑った。

「全く、いつからそんなに反抗的になったんだか」

「だ、ま、れ」

「本当にこんな出来損ないが娘とは・・・」

「黙れ!!」

 腕に力を込めて一気に体をおこし、その手にある槌を横殴りに叩きつけた。

 凄まじい破裂音が辺りに響く。が、ケイミーは目の前の光景が信じられなかった。

 男が片手でそれを受け止めていた。

「元々その『剛石(クリスト)』は私の物だ」

「っ!?」

「お前が今使っている戦い方も私が教えた。分かるか?お前はただ単に私が開いた道の後を歩いているだけなのだよ」

「そんなこと・・・」

「ならなぜお前の攻撃が当たらない?」

 仮面の奥から響く重い声は刻一刻とケイミーを追い詰めていた。

 知らず知らずのうちに後ずさっていたその背が、一際大きな針葉樹に当たった。

「無様だな。それなのになぜお前たちはこいつを助けようとする?」


「仲間ですから」


 座り込むケイミーの陰から現れたのは左手に銃、右手に時計を模した杖を持つユウだった。

「それに、捕らわれたロジャーさんの魂を解放してあげたいので」

「ほぅ、資料を読んだのか。だがお前のような若僧が解放するだと?愉快だな」

 その鉄の仮面の奥でニヤリと笑う男にユウは微笑んだ。

「父上の魂って、いったい・・・」

 一人置いてけぼりのケイミーは視線でユウに説明を求めた。

 その視線に気づいたのだろう、ユウは振り返らずにゆっくり口を開いた。

「ここの地下にあった施設は『魔製所』ではなかったんです。 ここは人体実験、つまり、人と人ならざるモノの融合、それのための実験場だったんですよ」

「人体実験・・・じゃあ!?」

「ええ、ケイミーさんの父親である、ロジャー=グラディウスさんも、その『材料』として捕らわれたんですよ、百年前に」

「百年!?じゃあ私を育てていたのは!?」

「いや、あいつじゃない。元々ケイミーさんのお父さんは、実験によって普通の人間の二倍近く長く生きられるようにされていたんですよ」

「そんな・・・」

「だがこれは一部の研究者が勝手に行っていたこと。だから二十年前、帝国はそれに気づかず、彼をあろうことか『将軍』に据えてしまった」

 ユウはそれを確認するように男を見るが何も行動を示さない。

「そのことを知った帝国は焦ったでしょうね。もしそのようなことが知られれば一気に三つの大陸を、いや、それどころか全国民を敵に回してしまうかもしれない。

 そこである解決策を思いついた。

 ロジャーさんを戦死に見せかけて『材料(モルモット)』として幽閉することを」

「そんな・・・」

「もちろん、ロジャーさんは強い意志を持つ人だ。だからそのためにロジャー=グラディウスという人格を再構成しなければならなかった。


 そこで生まれたのがお前だ。

 被験体2号 ゼウベルト!!」

 ユウに指を指された男はそれに肩を揺らした。

「ククク、そこまで知られていては認めるしかないか」

 ゼウベルトは(うやうや)しく一礼した。

「その通り、私の名は被験体2号。通称ゼウベルト。

 どうやら地下の資料をかなり漁って来たようだな?」

「ええ、本当に知りたくもないことまで知ってしまいましたよ」

「ふん。で、私を倒すと言ったな?小僧」

「ええ」

「そうか・・・哀れだな」

 一言を言い追える前にゼウベルトの姿は消えていた。

「力の差も分からないやつは」

 いきなり後ろから聞こえた声にとっさに振り返るが、その腹に容赦ない蹴りが撃ち込まれた。

 ユウはとっさに後ろに飛び退くことでその衝撃を緩和させた。

 殺しきれなかった衝撃に顔をしかめるが、かまわず、空中で銃の引き金を絞り、魔力を杖に注ぎ込んでいく。

 そのままユウは着地すると同時に魔法陣を展開した。

「『空間呪縛(スペースロック)』」

 そのユウの時空魔法に、ゼウベルトの体から自由が奪われる。

「黎明!!」

「はっ!!」

 身動きできないその背に、茂みに潜んでいた黎明は幾つもの手裏剣を投げつけた。

 しかしそれは容易くその黒い鎧に弾かれてしまう、


「っ!?」


 だが、弾かれて目の前に飛んできたそれを見てゼウベルトはギョッとした。

 それもそうだろう。

ナイフ型の手裏剣、その尻に


 爆薬が繋がっていたのだから。


 だがそれに気づいた時には、すでに火は導線の根元にたどり着き、



連鎖爆発が起こった。





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