第七話 意外な再会
「なんで君がここに?村に帰ったんじゃないのかな?」
ユウは両手を上げながら後ろに問いかけた。
「また僕達の邪魔かい?」
「違うわ」
「じゃあ、なんのために?」
「助けるためによ」
「助ける?」
「ええ」
そこで黎明が頭から円柱状のものを外したのを感じたユウはゆっくりと振り返った。
前にあった時となんら変わらない彼女がそこにいた。だがその瞳にはかつてはなかった意志が見える。
恐らくユウの頭に押し付けていたのであろう棒を放り投げながら黎明は呆れるように息をついた。
「ここは魔製所なんかじゃない。単なる遠征の時の宿泊施設。
あなた達は嘘の情報を掴まされたのよ、帝国にね」
「どうりで兵が少ないわけだ。で、本物はどこに?」
「アルカディアよ」
「正反対じゃないか」
はあ、とあからさまにため息をついてから顔を上げると、ユウの目にあるものが映った。
「だから早く行きましょう。外に魔道四輪があるわ」
「うん。だけど、どうやらまだやることがあるみたいだ」
「え?」
「ここは単なる宿泊施設らしいね」
「ええ」
「の割にはこの地下施設、おかしいとは思わないかい?」
「だけど、単なるフェイクかも」
「なら、なぜあんなものをつけているのかな?」
ユウの指差す方を見ると、本棚の左下の隅に赤色の光が灯されていた。
その光を遮るように置かれていた書物などをどかすと、そこには0から9までの数字があるパネルがあった。
「ロックされてるようだね」
「私にまかせて」
黎明はユウを押しのけると頭から本棚に突っ込み何かをし始めた。
それから数えること四五秒でパネルの方からかん高い電子音が響いた。
そして本棚はゆっくりと横にスライドを始め、それが止まるころにはぽっかりと新たな入り口が開かれていた。
「開けたわよ」
「ご苦労様」
中に入ってみると、どうやら階段の踊場のようだ。
試しに階段と階段の隙間から下を覗いてみるが、全く底が見えない。
「意外と深いな」
「とりあえず行くわよ」
そんなユウを気にもかけずさっさと階段を降りていく。
「たくましいな」
そう独り呟きながらユウは素直に黎明の後を追った。
延々と続く階段に二人が飽き始めてきたころ、彼らはやっとのことで最下部にたどり着いていた。
またさっきのパネルが埋め込まれたドアがあるが、これもまた黎明がいじくり始める。
また四五秒で厳重なロックを解除した黎明は目の前にあるものに絶句した。
「これは・・・」
「どうやら君が得た情報も嘘だったみたいだね」
ユウはその向かいにあるレバーを思いっきり引いた。
一気にその部屋の灯りが灯り、円柱型のポットが黄緑色に輝きだした。
その中に見えるのは黒い影。
「人体実験室だったんだ」
何列にも並ぶポットの中に入っていたのは殆ど原型を留めていない人間だった。
中にはモンスターのようなものが入っているのもあったが、その殆どは腕がなかったり、腹の中が剥き出しになったり、大量のチューブをつけられていたりしていた。
「ひどい・・・」
口をおさえて固まる黎明をよそにユウはその部屋をあさりはじめた。
部屋中を駆け巡っているパイプに足を引っ掛けないように気をつけながら捜索していると、そのポットの群れの奥に演算機があるのを見つけた。
ユウはすぐさまそれを起動させ、子供の頭ぐらいの黒い球体に手を乗せた。
画面上の白い矢印がその手の動きに連動し、百近くあるアイコンを一つずつ叩いていく。
「研究レポートかなにか残っていれば・・・あった」
画面上に表示されたのは、ここで働いていたであろう研究者の日記だった。
「『私はこの『アマルガム』の研究で聖霊の域に達した。
だが、まだ足りない。私は、神を超えてみせる。』か」
スクロールしてさらに読み進めていくうちにユウの顔は険しいものになった。
「『モンスター』との融合。『魔獣』との融合。そして、『聖霊』との融合・・・そして『神』」
これはここで何が行われていたか理解するのに十分だった。
だが、まだ疑問が残っている。
「帝国はこの技術を使って一体何を?」
読み進めようと手を下にスライドさせるが全く動かない。どうやらそこから先は削除されているらしい。
とりあえずユウは、『記録円盤』を取り出し、それに残された情報を全てコピーした。
しばらくして、熱を持ったそれをしまいながら、ユウは黎明と合流しようとまた歩き出した。
だが、すぐにその足が止まった。
ユウの視線の先にあるのはなんの変哲もない壁だが、ユウはその普通の壁に違和感を感じていた。
「どうしたの?」
「来てくれないか?」
すぐ近くにいた黎明が声をかける。
だが、こちらを見ずにそう問いかけてくるユウを見て、ただ事ではないと判断した黎明は素直に頷き、歩き出した。
「分かったわ」
人の胴程もあるパイプの上を軽々と飛び越え、ユウの横に黎明が並ぶ。
ユウはそのまま歩き続け壁の前にたどり着くと、ゆっくりとその壁を見回した。
「この壁がどうかした?」
「おかしいと思わないかい?」
「なにが?」
ユウは後ろを振り返り灯りに照らされた部屋を見回した。
「この部屋の床や壁は所狭しとパイプが張り巡らされている。
なのに、なぜここは壁が剥き出しなんだ?」
確かにユウの前にある壁はパイプが全く表面になかった。
ユウは手探りでその壁を探っていく。
「邪魔だったから?」
「ならなぜ邪魔になる?」
「それは・・・」
「恐らく・・・あった」
指先に触れた出っ張った固い感触。ユウはそれをゆっくりと押し込んだ。
すると、なにか留め金が外れる音とともに歯車が回る音が辺りに木霊する。
そしてついには、ユウの前の壁に亀裂が入り、ゆっくりと横に開いていった。
その音が止んだ時には、そこには人二人が通れる程の通路がぽっかりと口を開いていた。
ゴクリと喉を鳴らして、二人は中へと歩き出した。
「はっ、はっ、はっ」
杖を下ろし、麗那は膝に手をついて肩で息をしていた。
「麗ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう、ケイちゃん」
「まぁ、これだけやったら疲れるでしょ」
その麗那の横に立つケイミーとロッソは同時に建物の方に向けた。
正方形にかたどられた建物は、至る所に大きな穴が穿たれ、もうすでに半分以上は倒壊していた。
その周りには気絶した兵士達が倒れている。
「さて、とりあえず私たちも中に行こうか。どうやらハズレみたいだし」
「ハズレってどういうこと?ロッソ」
「兵が弱すぎる。帝都のエネルギーの六割をまかなっている魔製所なんだ、それこそ『ジャッジメントクラス』がいてもおかしくはない」
「なるほど」
「・・・だけど、どうやらハズレではあるみたいだけど、アタリでもあるみたいね」
「え?」
「ほら」
ロッソの指差す先、そこには誰かがいた。
「あれは・・・そんな、なんで・・・」
遠目からではその顔は視認できないが、ケイミーはその鎧に見覚えがあった。
「・・・ロッソ、麗ちゃんをお願い」
「えっ、ちょっ!?」
ケイミーはロッソの制止も聞かずにそれに向かって走り出した。
研究所最深部
「なるほど。ようやく全貌が見えて来たかな」
ユウは本棚にファイルをしまい、歩き出した。
天井まである本棚がずらりと並ぶ通路を迷いなく進んでいく。
しばらく歩いた後、その本棚が途切れているのが目に入った。
そこにはすでに黎明が一人で佇んでいる。
「やっぱりそういうことか」
ユウはその横に並びながらその先にあるものを見た、嘗ての名将と呼ばれた者達のなれの果てを。
無言で進む二人の左右にはずらりと並ぶあのポット。
だがこれは、隠し扉があった部屋とは全く扱いが違っていた。
先ほどのよりも制御装置が多いのだ。だが、それもそのはず、ユウ達はすぐにその理由が分かった。
それはそれぞれの空になったポットの足場、そこにあるプレートのお陰だった。
『名前』と『階級』が刻まれたそのプレートの。
だが、なぜかどのポットも肝心の中身がない。
見える範囲では一番奥にある一つぐらいしかそれがなかった。
それを確認するために歩き出したユウ達だったが、見ていくと空になったポットには最低でも中隊長、上は大隊長までかなりの高位な階級が刻まれていた。
さらに、奥に行くほど階級が高くなっているのにユウは気づき、無意識に手を強く握りしめた。
嫌な予感がする。
これを見て、ふとある人の話がユウの脳裏をよぎっていた。
『子供のころに将軍だった父親が突然戦死したと告げられたの』
と。
帝国で『将軍』と言えばそれこそ皇帝と同じだけのカリスマ性を兼ね備えている。
だが、鶯劍も自分も知らなかった。
なぜか?何より、あの『鋼鉄のマーズ』のあの表情。あれはその人物は知っているが、そんなものになっているのは知らなかったという驚愕。
そしてまた、帝国軍の規則的に必ず遺族の元に送られるはずの遺体がなく、ただ戦死を通告されただけ。
ここで一つ仮説が出来上がる。
彼女の父親は将軍として承認される前に、殺されたならば遺体を、そうでなければ拘束されたままどこかに連れ去られたのではないか。
そしてその仮説は正しかった。
列の一番奥に置かれている四つのポット、その内の一つのプレートにはこう刻まれていた。
「『ロジャー=グラディウス 階級:将軍』」