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第六話 雪原

「全員揃ったな」

 次の日の朝、『地下街(ダウンタウン)』北端に昨日の十一人が集結していた。

「行くぞ」

 『眼』を一度発動して尾行されていないのを確認してから、鶯劍は鍵束の一番上にあった鍵を目の前の扉に差し込んだ。


 ガコッという音から長い間開けていないようだ。


 錆び付いた扉をゆっくり開けて全員はその中に踏み込んだ。




 そこは異様な雰囲気だった。

 太さが様々なパイプが縦横無尽に駆け巡っていた。だが、それらの制御端末が発する光は意外にも強く、何かに足を引っ掛ける心配はなかった。

 そうは言っても、

「広いですね」

 天井が見えないほどその空間は縦に長かった。

「元々排泄、排水施設として造られたんだ。その処理にこれだけのスペースが必要だったんだろ」

「へぇ」

 この地下街が元々そんなものだということに龍牙とソフィアは驚いた。

 だがそれと同時に当然の疑問が湧いてきた。

「だけどなんで潜入しようとしているのにこんなところに?」

「はぁ」

 あからさまにつかれたため息に龍牙はムッとするがあえてなにも言わなかった。

「普通、建物には必ず下水道があるだろ?」

「そりゃあそうですよ」

「金属は水蒸気や大気に触れて酸化し、劣化していく。これもいいな?」

「はい」

「だったら排水、排泄物を流すパイプを点検せずに放置すると思うか?」

「それはもちろん点検するはず・・・ああ、なるほど」

「どういうことですか?」

 一人だけ分かっていないことにあたふたするソフィア。それに龍牙は簡単に説明を始めた。

「建物にある下水道、これは定期的に点検をしなければいけないのは分かるか?」

「うん。破裂したりしたら大変だもんね」

「その通り。じゃあ、それをどうやって点検する?」

「それはもちろん・・・あっ、そっか。下水道のパイプの横にある道を使うんですね?」

「そういうこと。だけど先生、待ち伏せされているんじゃ・・・」

「いや、その可能性も低い」

「なんでそう言えるんですか?」 地下からの侵入など一番最初に防ぐべきことである。それがなぜ備えられていないのか龍牙には分からなかった。

「お前はこの鍵束を見てなんとも思わないのか?」

「あっ」

「これだけ違う種類の鍵をつけ、さらに侵入者が迷うように偽物(フェイク)のパイプや出口を用意しているんだ。

 その上、建物の入り口もカモフラージュされていて、特殊な鍵がないと入れない。

 これ以上何を警戒することがある?」

「確かに」

「まあ、念には念をってことで(トラップ)をつけている可能性はあるがな」

 二つ目の扉を開けながら言う鶯劍の目は赤く染まっていた。




アルカディア帝国 リゴラス山脈



 アルカディア帝国のある北大陸を南北に分けるリゴラス山脈、ここは一年中雪が消えることのない極寒の地だった。

 吹雪が吹き付ける銀世界の中四つの影があった。

「さ、寒い」

 丈の長いコートの襟を寄せながら悲鳴に近い声を上げた。声と体型からして少女のようだ。

 呟く少女の後ろにも三つの影。

 その体躯から男が一人、女が二人だろう。

 その誰もが少女と同じような仕草をしていた。

 彼女たちは知らないが、今彼女たちがいる場所の気温はマイナス二十度。寒い寒い連呼するのも頷ける気温だが彼女たちにそれを知る術はない。

「とりあえずあそこまで行きませんか?」

 男の指差す先には吹雪に遮られてうっすらとしか見えないが、岩が突き出した場所があり、横穴が空いているようだった。



「中にまで雪が入って気持ち悪い~」

 火のついた持ってきていたランプの近くで少女はコートをバタバタと煽った。

「こら、麗ちゃん。はしたない」

 叱りつけながら女の一人が顔を保護するためのマスクを外した。

 長いの髪をなびかせながら現れたのはケイミーだった。

 それにならい残りの三人もマスクを外した。その下から現れたのは麗那、ユウ、ロッソの三人だった。

「予想以上ね。後どのくらいで着くの?」

「もう見えてますよ」

 ロッソの問いに答えながらユウは一点を指差した。

 それは煙突が何本か突き出た工場のような建物だった。

「あれが魔道エネルギー精製所、通称『魔製所(ませいじょ)』か。なかなかでかいわね」

「そうね。しかもまさかあんなに堂々とあるなんて予想外ね」

 ロッソ、ケイミーはそれぞれ感想をこぼしながらも持ち物のチェックを続ける。

 頻繁に使うものを取り出しやすいところに、その当然の作業をもう一度行っていく。

 自分の武器(えもの)を一番取り出しやすいところに、後は特効薬などを腰に下げたポーチに入れていく。

「よし、オッケー」

「こっちも完了」

「では行きますか。侵入は予定通りに」


 三人は頷きながらゆっくりと岩の下から出た。

 パッと見た距離はおおよそ十キロ。だが、情報によるといくつもの監視撮影機(カメラ)が設置されていた。

 だがこの四人には全く関係がなかった。

「それじゃ、麗那ちゃん、お願い。僕はもう行くから」

 ユウは麗那の肩を軽く叩いてからユウは三人とは別の方向に走り出した。

 雪にかき消されていくユウの背中を見送ってから麗那は近くにあった木の枝で雪の上に線を引き始めた。

 そう時間もかからずに書き上げられたのは六亡星を中心に描いた魔法陣だった。

「我、この世に存在を映せし者。汝、我の呼びかけに答え、この醜き姿を滅したまえ、出よ、『千迷色(ミラージュ)』」

 麗那の紡ぐ言葉が終わると同時に輝いていた魔法陣から鋭い閃光が発せられた。

 ケイミーとロッソが覆っていた腕を離し、目を開けるとそこには、様々な色に変化する虹色のカメレオンのような生物が現れていた。

 だがそのサイズは普通のカメレオンの五十倍はあった。

「これが・・・」

「よろしくね」

『グエェェェェ』

 鳴き声なのか悲鳴なのか分からないような声を発すると、その巨体は飛び上がった。

 しばらく上昇していたそれは重力という鎖に引っ張られ落下を始めた。

 その下にいるのは麗那達三人。

「ちょっとぉ!!」

「ロッソさん、落ち着いて下さい。大丈夫ですから」

 度肝を抜かれたロッソを麗那が落ち着かせている間にその巨体は三人を押しつぶした、いや、その表現も適切ではない。

「えっ?」

 ロッソは背中に何かグニャリとそうスライムにもたれかかっているような感覚を覚え、目を開いた。


「なに、これ・・・」


 見ればさっきまで白一色だったはずの周りは不気味に光る赤に染まっていた。

 向かいに座るケイミーもまたキョロキョロと周りを見ている。


「ここは『千迷色(ミラージュ)』の体内です」

 麗那の答えにロッソはもう一度周りを見回す。


 体内という割にはこの場所は立って歩けるほどの高さがあった。

「もう少し丁寧な説明が欲しかったかな」

 確かに麗那もより詳しい説明をしておくべきだと後悔していた。

「それにしても麗ちゃん。本当にこれで大丈夫なの?見られたりしない?」

「召喚獣『千迷色(ミラージュ)』の能力は『迷彩』つまり、術者を体内に取り込んで、その表面を周りの風景に紛らわせて変色する能力です」

「前に麗ちゃんが言ってたじゃない。聞いてなかったの?」

「ムカッ、ほぅ。私にそんなことを言ってくるか、ケイミー。なら今ここで決着つける?」

「望むところよ」

「だめですよ!!」

 今にも取っ組み合いを始めそうな二人の間に麗那は割って入る。

「『ミラージュ』の能力は繊細なんです。少しの衝撃で術が解除されちゃうんですから」

 その言葉に二人はしぶしぶ近くの出っ張りに腰を下ろした。

 その間にもその体躯には似合わないスピードで『ミラージュ』は進んでいた。

 まるで魔道四輪(カー)に乗っているような不思議な感覚に三人は何も言わず窓のようなところから外を見ていた。

 先ほどまで吹雪いていたのが嘘のように空は晴れ渡っていた。それを見た瞬間、麗那はハッとした。

「しまった・・・二人とも脱出の用意を!!」

 そう言いながら麗那は立ち上がる。

「どうしたのよ?」

「日の光・・・まさか」

「ええ、『ミラージュ』はあくまで周りの色に変色すること、つまり、」

 麗那は傾いた球体を睨みつけた。

「影は、消せないんです」

 そういうやいなや、走る『ミラージュ』の横が突如、爆発した。

「キャッ!?」

『グエェェェェ』

 その爆撃に『ミラージュ』はバランスを崩しながらもなんとか進み続ける。

 なんとか体勢を立て直すが目の前で起きた爆発についに『ミラージュ』の足は止まり、勢いよく倒れた。

「早く出して!!」

 麗那の叫びに『ミラージュ』は素直に腹から三人を吐き出した。

 外から見たらもうミラージュはその姿を露わにし、舌をだらしなく口の端から零していた。さらに、左後ろ足、頭にあった立派な角も虚しく折れていた。

それでも飽き足らないのか、工場のような建物から雨のように砲弾が飛んでくる。

「ありがとう、ミーちゃん。もう、お帰り」

 麗那はすぐに退場の魔法陣を構築し、傷ついた『ミラージュ』に発動した。

 ケイミーとロッソが砲弾を防ぎ、麗那が見守る中、傷だらけの体は薄れてゆき、消えた。

 それを見届けてから麗那は自分の背丈ほどもある杖を取り出した。

「許さない。傷ついて動けないのをいいことに・・・」

「麗ちゃん」

「私は怒ってるんだから!!」

 麗那は叫ぶと足下に三つの魔法陣を展開した。

 瞬時に出現するのは氷でできた山と見紛う巨大な大砲。


「『氷大砲(アイスキャノン)』!!」

 麗那が杖を振るのと同時に砲台から爆音が轟いた。

 それから一瞬遅れて、砲弾の雨を生み出していた建物の最上階が吹き飛んだ。

「うわぉ」

「麗ちゃん?一応召喚獣は死なないんだから・・・」

「それでもミーちゃんを傷つけたのには変わりない!!」

 そう宣言する麗那の足下にまた魔法陣が展開される。

 さっきの砲撃でなくなった砲弾が補充され、また氷の砲台が火を、いや、氷を噴いた。

 先ほどよりも一回り大きいそれは今度は建物の三分の一を瓦礫の山に変えてしまっていた。

「行きますよ」

「う、うん」

「了解・・・」

 ドスドスと足音を鳴らしながら進むその背中を見てから、ケイミーとロッソは顔を見合わせた。

(怒らせないようにしないとね)

(同感)

「早く行きますよ!!」

 この時、アイコンタクトで話すケイミーとロッソの中で新たな掟が加えられていたのを麗那が知る由はなかった。






 三人が派手な突撃をしている頃、建物を挟んで反対側では木の陰にユウが座り込んでいた。

「うわ、派手にやってるな。これじゃ、僕が隠れる意味がないな」

 そうぼやきながらも右目だけをだしながら辺りを窺う。

 どうやらあの爆発につられたようで十人はいたはずの見張りが五人に減っていた。

 ユウがいる側は切り立った山があるため、その判断は妥当とも言えるが、ユウからしてみればラッキー意外のなにものでもない。

「『時競争(タイムレーサー)』」

 足下に魔法陣を展開するとユウは三百メートル先にそびえ立つ門に向かって一直線に駆け出した。

 ほぼ確実に見張りにバレているはずだが、ユウは見張りに見つかることなく門にたどり着いていた。

「ふぅ。『解除』」

 ユウは門のすぐ横にある窪みに身を潜ませ、動きを止めた。

 それから一分、ユウは立ち上がり、鍵のかかった門を見上げた。

「ふむ、本当に使えるんですかね」

 独り言を呟きながら取り出したのは鍵。見れば門にも同じような鍵穴があった。

 辺りの気配を探りながらユウはゆっくりと鍵を回した。

 おなじみの掛け金が外れる音がした後、ユウはこれまたゆっくりと扉を押した。

 人一人通れるだけ開くとユウは周りを窺いながら扉を元あったように戻し、近くの茂みに飛び込んだ。

 葉と葉の間から巡回兵がいないのを確認するとユウは一気に建物の入り口まで駆け抜けた。

 そこでまた一呼吸。

「確かここを入って右の階段のはず」

 頭に見取り図を思い浮かべながらユウは足音をたてないよう歩き出した。

 監視撮影機(カメラ)の位置も全て把握しているため、それに引っかかるなどということをしたりはしない。

 中はほとんど人気がなく、危なげなくユウは目的の階段にたどり着いた。

 その階段の前に立ちながらユウは何か腑に落ちなかった。

 辺りを忙しなく見ながら階段を慎重に降りていく。


 いくら敵が来たからといってこんな『重要な場所』の監視が緩くなるわけはないはず。なのになぜまだ『誰にも』会っていない?


 ユウは最初に見取り図を受け取り、作戦と人員を聞いた時に戦闘は免れられないと思っていた。だが、実際はどうだ。戦闘どころか遭遇すらしてない。


 ここから導かれる答えは一つだけ。



 階段が終わったところでユウは右手に魔道銃、左手に時計版のような杖を携えて目の前に横切っている通路の様子を窺った。

 目だけ出して確認するが、その通路には誰もいない。

「ふぅ」

 安堵の息を吐きながら歩き出したその時、

「動くな」

 ユウは後頭部に固い円柱状の感触を覚えた。

 だがそれと同時にその声に聞き覚えがあった。

「ふぅ、なんで君がいるのか説明してくれないか?黎明」


 それはかつて刃を交えたユウの旧友、黎明だった。






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