第五話 鍵束
帝都アルケイディア 『栄光の九柱』最上階
同じく慌ただしい雰囲気に包まれた『栄光の九柱』最上階では皇帝を含め、帝国軍トップであるジャッジメントが集結していた。
集結とは言っても未だ大半が戦場に赴いているため二人しかいない。
そんな中なぜ集められたのか、優秀すぎる二人には分かっていた。
『ジャッジメント』第二位 キリア
『ジャッジメント』第三位 アルタ=シルベスター
「よく集まってくれた」
口火を切ったのはやはり蒼龍だった。
「見ての通り、WNPが反旗を翻し、今帝都の第四区画を制圧された」
円形に並んだ机の中心にアルケイディアの地図が浮かぶ。
「市民への被害は今のところ、軽傷者だけだ」
八つに分けられたうち南側が赤く塗られる。
「そこで今のうちに敵の鼻っ柱を叩く」
蒼龍の言葉に無言を貫く二人。
「アルタ、お前は第二区画に展開しているWNPの戦闘車両を破壊しろ」
「わかった」
「キリア、お前はWNP本部にふんぞり返っているじじいを潰してこい。生死は問わん」
「・・・」
キリアは無言のまま立ち上がると、何かにかき消されたかのようにその場から消えた。
蒼龍はそれが了解したという意味だと理解していたため何も言わなかった。
「いつ実行すれば?」
「明日の夜に残りが帰還する。それにあわせて召集をかけるつもりだ。
それまでにやれ」
「・・・わかった」
命令口調の蒼龍に少し眉をひそめながらもアルタは部屋を後にした。
江戸 暁天城 三階 広間
暁天城三階にある広間では主君である信長はもちろんのこと、家臣全員が集結していた。
その全員が上座に座る信長の一挙手一投足に注目していた。
「帝国軍は全て撤退、か」
手元の資料を捲りながら信長は呟いた。
「被害はどうなっている?」
その問いに信長から見て左側の二番目に座っていた男が前に出た。
「リーフベール、ベルモント、そして江戸、この三都市を合わせて、死者一〇八八人。それに重傷を負った兵士を加えると被害はおおよそ八千。
残存兵力は約四万二千です」
その報告に信長は頬杖をついたまましばし目を閉じた。
「そうか・・・そんなに先に逝ってしまったか」
信長のその呟きに広間は沈黙に支配された。
「信長様」
「・・・うむ、これがおそらく最後のチャンスだ」
一人の家臣の呼びかけに信長は傍らに立てかけてあった剣を手に取り、立ち上がった。
「全力で帝国を潰しにかかる」
『はっ』
その場にいる全員が頷いた。
「秀吉、勝家の第一、二獅団は海から、光秀の第四獅団は空からだ。ここには濃の第三獅団を残すとする。ただし、濃には我の護衛として連れて行くこととする。よって第三獅団隊長を一時的に蘭丸に任せる」
今の言葉に蘭丸は胸を抉られたような気がした。
「変更はない。では明朝、日の出とともに出撃だ」
信長はそう言い残すと蘭丸を一瞥してから部屋を後にした。
それを合図にその場にいた者達は退室していく。
だが、蘭丸と後一人だけはその場から動かなかった。
「秀吉様・・・」
「なんじゃ?」
「僕は用なしなんですか?」
「本当にそう思うか?」
「いや・・・」
蘭丸にとって兄のような存在である秀吉の言葉に口ごもる。
今、蘭丸の心は激しくせめぎあっていた。信長は自分を見捨てたのではないかという疑念とそうではないという期待。
後者であって欲しい、そう願うが、実際どうなのか蘭丸には判断できなかった。
「今回はハッキリ言って今までで一番キツい戦いじゃ。それこそこの大陸を制圧した時なんかより遥かに」
秀吉は昔を思い出すように天井を見上げた。
「そんな戦いで『攻め』のみでどうにかなるわけがない。必ず『守り』が必要な時がくる」
視線を戻し、ジッと蘭丸の目を見つめた。
「その時のためにお前を残すんじゃとわしは思うぞ」
そう締めくくってから蘭丸を見れば、何かつきものが落ちたような、すっきりとした顔をしていた。
「秀吉様・・・ありがとうございます」
蘭丸は深々と一礼すると走り出した。
「現金な奴じゃな、ホンマ」
そのさっきとは違うやる気に満ちた背中に、知らず知らず笑みを浮かべていた。
「気張れよ、蘭丸」
「着地した。これより指定ルートより帝都に乗り込む」
『了解。成功を祈る』
鶯劍は手元の通信機を切ると手を上げた。
その合図に後ろの茂みが揺れる。
中から現れたのは、龍牙、ソフィア、そして迷彩服に身を包んだ八人だった。
鶯劍を先頭にその十一人は目の前の芝生の生い茂った坂にポッカリと口を開けた洞窟の中へと歩き出した。
帝都アルケイディス 地下道
火の魔鉱石が所々に備え付けられた緩やかな螺旋の通路の中、龍牙は少し足を早め、鶯劍の横に並んだ。
「先生」
「なんだ?」
「なんでこんなに簡単に帝国に入れたんですか?」
声を潜めながら尋ねる龍牙に対し鶯劍もまた小さく答えた。
「さっき知ったんだが、どうやら今、帝国は内戦状態らしい」
「え?相手は誰なんですか?」
「『WNP』」
その名称に龍牙は固まってしまった。
WNPが帝国を裏切った?
「いったいなんで・・・」
「さあな、だがとりあえず今は帝国の計画を潰す、そこからだ」
龍牙はそれに素直に頷けなかった。
帝国の計画を潰すということはそれはWNPとの共闘を意味するんじゃないのか?
あの、村を、みんなを、破壊しつくしたあのWNPと。
龍牙の拳が固く握り込まれる。それに気づきながらも鶯劍は何も言わなかった。今の自分に龍牙にかける言葉はないと思ったからだ。
重苦しい沈黙の中、一同は一つの扉の前にたどり着いていた。
「迷彩服を脱いで、潜入用の服を着ろ」
鶯劍の命令に八人は頷き、迷彩服を脱ぎだした。見ればすでに下に薄汚れた服を着込んでいた。
痕跡を残さないよう小さく畳んだ迷彩服を全員がしまったのを確認してから鶯劍はドアを開けた。
ドアが開いた瞬間、中から溢れてくる肌に張り付くような生暖かい空気に龍牙は一歩後ずさった。
だが、その横の鶯劍は顔をしかめることもなくドアをくぐった。師に先に行かれては、ついていかない訳にはいかない龍牙は意を決し、中に入った。
だがそこは何もなかった。
ただ今くぐったドアが備え付けられている壁がもう一枚目の前にそびえ立っているだけだった。
「ここは『地下街』。上で生活出来ない階級の低い者達が生活している。
で、今いるのがその『ダウンタウン』の外縁部。ここだ」
鶯劍は取り出した地図を広げ、指差した。
円の中に迷路のような細かい路地が張り巡らされている。
「まずはこの近くの階段から地上に出る。だからここで四、四、三に分かれて行動する。通信機はダイアル五一三だ。質問は?」
誰も反応を見せないのを確認してから鶯劍がさっきとは別のドアを開いた。
『地下街』
ドアの向こう側ははっきり言って茶色一色だった。
元々茶色だったのか、それとも後からなったのか分からないが、壁や天井は油でテラテラ光り、辺りに満ちた異臭と蒸気は、荒んだイメージを生み出すのに十分だった。
「うへっ」
龍牙は袖を鼻に押し付けた。
「止めろ。不審に思われるぞ」
鶯劍の忠告を聞いて龍牙はすぐさま腕を外した。
確かにここはもうすでに敵地。何千何万の敵のど真ん中にいるのだ。ここは周りに合わせ出来るだけ目立たないようにすべきだろう。
そう考えた龍牙は目だけで辺りを見回しながら鶯劍について道の端から端まで伸びる人混みに紛れた。
流れに逆らわずにしばらく鶯劍について歩いていると後ろにはソフィアしかいないことに気づいた。
「あれ、他の人達は?」
「さっきの班分け通りに分かれて別ルートで階段に向かっているはずだ」
出来るだけ周りの人の記憶に残らないよう歩きながら意外にも鶯劍が答えた。
「なるほど。・・・ん?」
頷きながら進んでいると、どこからか引っかかる単語が聞こえた気がした。
「先生、ちょっと」
「なんだ?」
龍牙に引っ張られ、三人はすぐ横の路地に入った。
「いったいなんだって・・・」
「しっ」
龍牙は人差し指を唇に当ててから、それを路地の入り口の左側を指した。
鶯劍とソフィアがそっちへ目を向けると男達が座って談笑していた。
「・・・ったく、なんでまたこの帝都なんかで戦争をするんかね。確かに今の政府は気に入らんが、出来れば別のところでやって欲しいね」
「すでに第四区画を制圧したらしいな」
「ああ、しかも『表』のヤツらをこっちに避難させたらしい」
「ったく、ただでさえ人が多いってのに」
「全くだ。暑いし、臭いし、食い物もない」
「それはいつものことだろ?」
ワッハッハと大声で笑いあう男達から目を離し、龍牙は二人に向き直った。
「聞こえました?」
「ああ。もうすでに第四区画を制圧していたとはな。予想外だった」
「どうするんですか?」
ソフィアの言葉に鶯劍はしばらく考えこんだ後、通信機を手に取った。
「作戦変更。予備ルートから侵入する。そのため決行を明日六時とする。集合場所はポイントEだ」
『『α(アルファ)』了解しました』
『『β(ベータ)』了解』
返事が返ってきたのを確認してから電源を切り、懐にしまうと鶯劍はスタスタと路地のさらに奥へと進み始めた。
慌てて龍牙達もそれを追うが、全くそれを見ずに網の目のように複雑な路地を何の迷いもなく進んでいく。
右に左にぐねぐね曲がっていたがしばらくして鶯劍はある建物の前で立ち止まった。
周りと特に変わらない建物だったが龍牙はその中からただならぬ気配を感じとっていた。
そんなことも知らずに鶯劍は何のためらいもなく引き戸を開けた。
「あら、鶯劍ちゃんじゃないか」
店に足を踏み込んで最初に聞こえたのはそんな言葉だった。
声のする方を見れば、様々な酒が並んだカウンターの向こうに華やかなワンピースを着た長い金髪の人がいた。心なしか横幅が広い気がする。
「その呼び方は止めろ、ネルボック」
警戒する龍牙などいざ知らず、鶯劍はカウンター席の一つに腰を下ろした。
そこで初めてネルボックと呼ばれる人が振り返った。
その顔を見て龍牙とソフィアは知らず知らず一歩退いていた。
大きな目、低い角張った鼻、特に目をひくのは真っ赤に塗りたくった分厚い唇、一瞬龍牙には毒ガエルのように見えていた。
「おや、かわいいボウヤ達だね。どっちが鶯劍ちゃんの子だい?」
「どちらも弟子だ」
「ふーん、そうかい。あ、二人共こちらにいらっしゃい」
野太い声に少しビクッと怯えながら恐る恐る二人はカウンター席についた。
「そんなに怯えなくていいよ。とって食おうなんてしないから。
はい、アールレイよ。落ち着くよ」
龍牙はそっと出された赤みがかった紅茶の入ったカップを手で包み口に運んだ。
「うまい・・・」
「そう、良かった」
満面の笑みを浮かべるネルボック。だが、やはりその口元は不気味で龍牙は苦笑いしかできなかった。
「ネルボック、実は話がある」
「なんだい?プロポーズならいつでもOKだよ」
『ぶー』
純粋な龍牙とソフィアはこらえきれず紅茶を噴き出した。
「全く。なにをやってるんだい」
「『栄光の九柱』に忍び込みたい」
その言葉を聞いてネルボックのテーブルを拭く手が止まった。
「・・・本気なのかい?」
しばらくの沈黙の後に紡がれた問いに鶯劍はしっかりと頷く。
「馬鹿だとは思っていたけど、ここまでとはね」
呆れたような口調で布巾を綺麗に畳んで脇に置くと奥へ消えた。
しばらくして戻ってきたネルボックの手に握られていたのは、金属のリングに通された鍵の束だった。
「はい。これが『栄光の九柱』に直接乗り込むために必要な鍵。順番に並べてあるから行きが印をつけている方、帰りは逆だよ。今日は止まって行くんだろ?」
「ああ、頼む」
「こっちだよ」
カウンターからゆっくりと出てきたネルボックが龍牙達を先導していく。
店の奥は宿のようになっているようで、廊下の両脇に幾つもの扉があった。
「今は誰も泊まっていないから一番いい部屋にしてあげるよ」
「助かる」
「お嬢ちゃんは同じ部屋でいいのかい?なんならもう一部屋用意するよ」
「いえ、大丈夫です」
「そうかい。はい、ここだよ。これが鍵」
ポケットから取り出した鍵をドアに差し込み押した。
軋みなく開いたドアを片手で押さえ、三人を先に入らせるところにプロの匂いを龍牙は感じた。
中は三人で一晩明かすのに問題ない広さだった。ベッド二つとソファが一つ。寝具も充実しており快適に過ごせそうだった。
「それじゃ、鶯劍ちゃん。後で色々話すことがあるから、カウンターにきなよ」
「ああ、ありがとう」
ネルボックが大きな体を揺らしながら部屋を出て行くのを見送ってから龍牙はベッドに倒れ込んだ。
ソフィアもベッドの端に腰を下ろす。
「早速だが、明日の説明でもするか」
その向かいのソファに腰を下ろしながら鶯劍は口を開いた。
さすがに寝たままはいけないと思い龍牙は重い体を起こした。
「明日は直接『栄光の九柱』に忍び込む」
「だけどどうやって・・・」
「そのための鍵だ」
異様な雰囲気が満ちた三人の真ん中で、鶯劍の指に通された鍵束が意味ありげに輝いていた。