第四話 撤
「こちらです」
暗闇の中、蘭丸は後ろを振り返った。
そこにいたのは、麗那、ケイミー、ユウ、ロッソの四人だった。
「ここは?」
「鉱物の輸送路です」
ロッソの質問にやんわりと蘭丸が答える。
「北に行くのであれば北端に行く必要があります。
今は秀吉さんが率いる第一獅団が敵の進行を止めているはずです」
「その間に北大陸に渡れということみたいです」
内容を既に知らされていたユウはため息混じりに呟いた。
「じゃあ飛空挺を使えば・・・」
「向こうの統制局は優秀なので大陸に小指の先ほどでも無断で入ったら撃ち落とされます」
「・・・」
アルカディア帝国は四大陸の中でもずば抜けて科学技術が進んだ国だ。
それもそのはず、帝国は基本的に魔術師の集まり、つまりあの暗黒時代の被害者達だ。少しでも冥術師に対抗しようと、魔術ではなく科学の研究に力を注いでいたのが、百年経った今、実を結んだということだろう。
「だけど、本当に大丈夫なの?その秀吉って人が負けてたら私たち袋の鼠じゃない?」
「あのお方は負けません!!」
ロッソの問いに今度は蘭丸が荒々しく答えた。
まだ怒りの表情を微かに浮かべながら蘭丸は近くに止まっていた貨物列車に飛び乗った。
四人もそれに続く。
全員が飛び乗ると同時にそれは動き出した。
全員、後ろの荷台の思い思いの場所に腰を下ろした。
そんな中、先頭車両にまだ蘭丸が立っていた。その顔に浮かんでいたのは焦りと戸惑い。
「負けるわけがない。絶対に」
前から押し寄せる強い風に、その声はかき消されていった。
リーフベール
ラミレスの秀吉の戦死宣言から三十分が経った。だが、戦況は帝国側としてはあまり思わしくなかった。
総大将が討ち取られたのだ。もう魔天道側は崩壊寸前だったはず。
しかし実際は違った。
「秀吉様の敵じゃ!!」
「許さんぞ!!」
「突撃じゃあ!!
大将を討ち取られ、西側の大隊が裏切ったにも関わらず、逆に魔天道側の方が勢いがあった。
「ふむ」
これは予想外だったラミレスは顎に手を当て考えこんだ。
だが、ラミレスにとってこの状況は逆にありがたかった。
「『あれ』を使え」
「了解」
ラミレスの言葉に隊員は頷き、通信機を手に取った。
「作戦コード『K』を始動。全艦、所定の位置へ」
それを聞いてラミレスはほくそ笑んだ。
「これで終わりだ」
「ん?」
リーフベール本部にいる三成は、敵艦隊の奇妙な動きに眉をひそめた。
もう何隻も陸地に近づき、部隊を投入している中、わざわざ戦艦だけでなく投入したその兵士達も湾の中心に呼び戻しているのだ。
「なんだ・・・何がしたい?」
だが、なにが起こるかじっくり待つほど魔天道側は大人ではない。
その塊に全方位からさらに激しい砲撃を開始した。
だが、また展開された黒いドームによって一つも届いてはいなかった。
「全軍その場に待機。指令を・・・」
三成はそこまでしか言葉を紡がなかった、いや、紡げなかった。
地図上を動く敵艦隊、それらを線で結ぶと、
「これは・・・」
二重の円を描いていた。
「マズい!!全軍待避!!出来るだけあの艦隊から離れろ!!」
それが何か理解した三成はすぐさま指令を飛ばすが、それは遅かった。
鑑同士を赤い線が結んでゆき、一瞬にして三成が気づいた二重円を展開していく。そして、その間に刻まれるは、
「古代文字!!それにあの色は!!」
それが描き終わるとさらに輝きを増しながら雲行きの怪しい空に登っていく。
まるで雲に描かれたようなその魔法陣に全員が目を奪われる中、その中心から何かが打ち出された。
それは巨大な岩だった。
空気中の摩擦によって発火したその超質量はそのままリーフベールの防護壁に激突した。
「うっ」
三成は呻くと体を起こした。
周りを見ると本部の中のようだが、机や本棚は吹き飛ばされ、部下達も倒れていた。
「大丈夫か?」
「うぅっ」
傍らにいた一人に声をかけるがうめき声しか返ってこない。
三成はゆっくりと寝かせてやると窓に向かって駆け出した。
ガラスが砕け、歪んだ扉を蹴り飛ばして外に飛び出した三成は唖然とした。
東側の半分が『なくなって』いたのだ。
クレーターのように窪んだ巨大な穴に海水が流れ込んでいくのを三成は呆然と見るしかなかった。
「やはりこれは、『失われた魔法』しかも『激岩』か」
昔に失われた、或いは封印された強力な魔法、『失われた魔法』
「こんな・・・」
その絶大の破壊力に三成の心は挫けてしまっていた。
ドサッと膝をつき三成は頭を抱えた。
「くそっ、僕には、あの人の敵をとることすらできないのか!?くそっ、くそおぉぉぉ!!」
固く握り締めた拳を何度も何度も床にたたきつけた。
三成だけではない。避難していた魔天道側の兵士達も武器を取り落として敗戦を嘆いていた。
そこでまたあの魔法陣が展開されていく。
次はここだ、三成の直感はそう告げていた。だが、動けなかった。
もう勝敗は決まった、抵抗の意味はない。そう思っていた時、魔天道側の全ての通信機に意外なものが流れた。
『まだ諦めるんは早いんちゃうんか?』
その声を聞いた皆が皆、唖然とした。なぜならそれは・・・
「将軍、次の目標はいかがしますか?」
「敵中央本部に打ち込・・・」
その言葉を遮るようにラミレスが乗り込んだ鑑、その近くにあった別の艦が火を噴いた。
一角を失った魔法陣はそこから徐々に薄れ、ついにその輝きが失われた。
「いったいなにが・・・」
『ガ、ガーッガーッ』
そのタイミングで、呟く隊員の脇の通信機が不快な音を出し始めた。
『ガーッ、ガ、ガーッ、うん?これで聞こえるかの?ハローハロー?将軍、聞こえとるか?』
「この声って・・・」
「貸したまえ」
ラミレスは隊員から通信機を奪い取るとそれを通話可能な状態にした。
「ラミレスだが、君は誰かな?」
『つれんのぅ。さっきまで戦っとったのに、もう忘れたんか?』
いやラミレスにはこれが誰かハッキリと分かっていた。だがそれが信じられなかった。
「おや、生きていたのかい?」
「当たり前じゃ」
ラミレスはその二方向から聞こえる声に顔を上げた。
ラミレスから見て右、その手すりの上にそれはいた。
ちょび髭にドワーフのような小柄な体躯、そして手に持つ様々な文字が刻まれた棒。
「待たせたの」
それは秀吉だった。
「秀吉様だ。秀吉様が生きておられるぞ!!」
その声に『レセップス』の方へ兵士達は双眼鏡を覗き込むと口々に歓喜の声を上げた。
「わしらもこうしてはおれぬ。反撃じゃ!!」
『おお!!』
リーフベール西大隊本部
「秀吉様が生きておられた・・・」
『西大隊、聞こえとるか?』
「は、はい!!」
大隊長はその呼びかけにすぐさま通信機に飛びつき叫んだ。
『寝返ったらしいの』
「うっ」
大隊長の額に冷や汗が噴き出す。
「すいません。ですが、」
『わしがいないことには将軍を抑えられるやつがおらんから部下を守るためにその判断をしたんじゃろ?』
「えっ?」
『わしは知っとる、お前が悩んでした判断じゃと』
「秀吉様・・・」
『じゃが、それでも裏切りは裏切り。許されることじゃないわな』
「・・・はい」
大隊長の表情がまた悲しみの色が濃くなっていく。
『まあ、それはこれが終わってからの話じゃ。今は目の前の敵に集中せい』
「っ!?はっ!!」
それを最後に秀吉からの通信が切れるのを確認すると大隊長は通信機で混乱する西大隊全員に向けて叫んだ。
「我らが誠に尽くすべき主は秀吉様だ!!」
その言葉に兵達の混乱も収まってゆく。だが兵達は悲しげな表情が浮かんでいた。それもそうだ、その秀吉を自分たちは裏切ったのだから。
「たった今、秀吉様から連絡があった」
その言葉に皆、喉を鳴らした。
「我々はお許しを頂けたぞ!!」
『おお!!』
兵達に一気に笑顔が満ちていく。
「今こそまた魔天道の一員として帝国軍を駆逐し、汚名をはらすぞ!!」
『オオォォォォ!!』
戦況が魔天道に傾いた瞬間だった。
「なぜ生きている?」
ラミレスは目の前の光景が信じられず、目を細めた。
「そっちと同じく替え玉を作っただけじゃ」
事も無げにそう答える秀吉に、ラミレスはさらに額のしわを深めた。
「ま、それはええわ。とりあえず、」
秀吉は手すりから飛び降りると棒を両手で持ち下段に構えた。
「決着つけようや」
ラミレスの額に青筋が浮かぶのをそばにいた隊員は見逃さなかった。
「将軍・・・」
「中尉、ここから離れてもらえないか?」
隊員は今まで感じたことのない威圧感に頷くしかなかった。
そのまま中へと走り出した。
扉の閉まる音が聞こえたところでラミレスはまた話し始めた。
「秀吉」
「なんじゃ?」
「私は今、楽しくて仕方がない」
「相変わらずじゃな、この戦闘狂が。反吐がでるわ」
「ふっ、ただ単に私は自分の欲望に忠実なだけだよ」
嫌そうな顔をする秀吉に対し、ラミレスは満面の笑みを浮かべていた。それこそ恐怖を仰ぐような。
「はっ」
そこへ赤い光を灯した棒が横から迫るが、ラミレスは全く見向きもせず腰を屈めてそれをかわした。
だが秀吉の攻撃は止まらない。
「ほっ、はっ、はっ」
小柄な体を余すことなく使うその攻撃は、一種の舞を見ているようだった。
両端に赤い光を灯らせたまま、振り下ろし、横に薙ぎ、両脇に抱えたまま回転し、そして突く。
その洗練された動きに観客がいれば何も言わずにそれに集中したことだろう。
だが、今ここにいるのは二人だけ。
「はっ!!」
秀吉の鋭い突きを後ろに跳んで避けるとラミレスは何度か指を鳴らしていく。
「ちっ」
それに秀吉は追跡を一度諦め、横に跳んだ。
その後には円形の窪みが生まれていた。
「いいのかい?そんなところに逃げて」
そのラミレスの言葉に周りの様子を窺うと、
「なっ?」
紫に輝く魔法陣が刻まれていた。
だが秀吉は焦らず、また新たな文字列をなぞり、地面に突き刺した。
そこを中心に秀吉を包み込むように白い筒が現れた。
「また領域魔法か。いつの間にこんなモンをしかけたんじゃ?」
紫色の光がおさまったのを確認しながら秀吉は棒を地面から引き抜いた。
「さあね」
秀吉の体はまたラミレスの突き出した右手に引きずられ始めた。
だが秀吉はそれに焦るこてなく、逆にその引力を利用して走り出した。
その意外な行動にさすがのラミレスも驚きの表情を浮かべるが、すぐに左手に魔力を溜め始めた。
「はっ!!」
「ふんっ!!」
同時に繰り出された秀吉の渾身の突きとラミレスの左手が激突した、いや、激突はしていなかった。
秀吉は棒を握る手に力を入れたまま、現状を理解しようと思考を巡らしていた。
今、何が起こっているか全く分かっていなかった。
秀吉の突きがラミレスの左手、の前で震えているのだ。まるで見えない壁があるかのように。
「私の魔法は『引力』、簡単に言えば物を引きつける魔法だ。
だが、私が生み出すのは『引力』そのもの。つまり、負の方向に引きつけることだってできるのだよ」
「じゃが、わしにはあたらんぞ!!」
「ああ、分かっている」
そこでまた不敵な笑みを浮かべた。
その瞬間、ラミレスの足元に魔法陣が展開されたのに気づいた秀吉は、なぜか後ろに吹き飛ばされていた。
「なっ!?」
今の自分の状態を理解できないまま、海に放り出された。
だが、すぐに身の危険を感じ、棒を振ることで足場となる空気の塊を生み出した。
「なぜ私がジャッジメント最強と言われているか知っているか?」
「興味ないのぅ」
秀吉はまた一気に間合いを詰めると、今度は青い光を灯して横に薙いだ。
それを跳んでかわしたラミレスの周りに幾つもの魔法陣が展開され、残らず秀吉に不可視の衝撃を打ち出した。
「かはっ!!」
殴られたような鈍い痛みに秀吉は息を吐き出した。
そして、またその落下地点に展開される紫色の魔法陣。秀吉にもそれが何なのか分かっていた。
寸でのところで秀吉は空気の塊を作りクッションのようにして衝撃を消した。その後ろでは甲板に大きな穴がぽっかりと空いていた。
「くそっ。自分の船ごとやる気か!?」
「意外としぶとい・・・ん?何かようか?」
ラミレスは途中で口を紡ぐと指をこめかみに当てながら話し始めた。どうやら思念伝達で誰かと話しているらしい。
だが、ジャッジメント第一位である彼に直接話しかけれる者はそう多くはない。
「なんだと!?ふざけ・・・そうか、分かった」
指を離すとラミレスはあからさまにため息をついた。
「もう、ええか?いい加減待ちくたびれたわ」
「そうか、ならすまない。この戦いはおあずけだ」
「どういう意味・・・」
「吹き飛べ」
「うっ」
ラミレスが右腕を突き出すと同時に、今までとは比べものにならない威力で秀吉は海を飛び越え、その向こうにある街まで吹き飛ばされた。
それを見ながらラミレスは近くに恐らく隊員が残しておいてくれた通信機を手に取った。
「私だ。今連絡が入った。全軍、撤退だ」
ラミレスはただそう告げて通信機を切った。
「奴ら、こんなところで・・・」
そう呟くラミレスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「くそ」
魔天道 江戸
「誰だお前は?」
血を振り払い、鞘に剣を収めながら信長は振り返らずに口を開いた。
その後ろにいるのは赤い髪の少年がいた。
「なっ!?」
濃姫は焦った、ずっとその方向を見ていたはずなのに、いつ現れたのか全く分からなかった。
「通りすがりのヒーローだぜ?おっさん」
「ふん」
軽く鼻を鳴らし、信長は振り返った。
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
それを破ったのはやはり赤髪の少年、だった。
「悪いけどあそこにいるうちのを持って帰っていい?」
少年が指す先にいるのはレミア。
「好きにしろ」
信長の答えは予想に反して早かった。
「さすが、話が早いね。それじゃあいただくよ」
少年は一瞬にしてレミアの前に移動するとその腹に拳を叩き込んだ。
「な、に、を」
「はいはい、さっさと帰るよ」
意識を失ったレミアを肩に担ぎ上げ、少年は自分の大剣に飛び乗り、大空に飛び出した。
「良かったんで?」
「ふん、予想通りだ。濃、」
「はい」
「次の戦場に行くぞ」
「はい」
魔天道 ベルモント
魔天道軍と帝国軍が激突したベルモントから北に数十キロにある坂では意外な局面を迎えていた。
『武器を捨てろ』
突如、新たに現れた帝国軍により勝家率いる魔天道側は囲まれていたのだ。
魔天道側の兵士達は揃ってどうすべきかと勝家に視線で問いかけた。
だが、勝家の意識は別のところに向いていた。
それはゼクトと勝家の間に割り込むようにして立つ巨体。
「なんのようだ?グレイス」
間に突如現れた同僚をゼクトは睨みつけた。
「撤退だ」
「どういう意味だ!?」
「だから言ってるだろうが。撤退だ、撤退。優先すべきことができた。お前のところにも思念伝達が来ただろうが」
そう話している間にゼクトは指をこめかみに当てた。丁度今それが来たのだろう。
「というわけで、この場は見逃してもらってかまわないか?」
そうグレイスが尋ねると勝家は無表情を貫いていたが、周りを見回し、深くため息をついた。
「連れていけ」
この状況で戦意のない敵と戦うほど勝家はバカではなかった。
「話が早くて助かる」
グレイスは隣にいるゼクトをつまみ上げ跳んだ。
周りにいた帝国兵達もまた怪我人がいればそれに肩を貸しながらそれに続いた。
「くそっ」
飛び立っていく飛空挺を睨みつけてから、勝家はそれとは反対にあるベルモントに向け歩き出した。
アルカディア帝国 帝都アルケイディス
歪みのない円形に整えられた『ヴェスペリア』の中で最も文明が進んでいると言われる帝都『アルケイディス』では奇妙な騒々しさがあった。
日も暮れて来たこの時間帯、常なら中心部に建ち並ぶ高層建造物の窓から絶え間なく光が漏れているはずなのに、全く灯りが灯っていなかった。
しかし、所々に赤い光が見える。
それは徐々に数を増し、遂には街道によって八つに分けられたうちの一区画を呑み込んだ。
そうあの帝都が襲撃を受けていたのだ。
狙われないように光をつけずに市民はシェルターへと逃げていくその後ろ、そこには先端に巨大なドリルを装備した列車があった。
その横には両腕に巨大な銃を装備した二足型の魔道機械兵、さらにその後ろに数え切れない程の武装集団がいた。
その統一された服に縫われていたのは
『WNP』
の三文字だった。
アルケイディス外縁部 WNP本部
北から時計周りに第一、第二区画と八つに区切られたアルケイディス、その第四区画の外れにあるWNP本部では職員が大量の書類を抱えたまま走り回っていた。
その慌ただしい雰囲気に満ちた建物の最上階では二人の男が向かい合っていた。
世界政府独立治安維持部隊、通称『WNP』局長、ラグナ=マグナシールとその右腕たるルスカ=フランベールだった。
「局長」
ラグナは自分の席について指を組んだまま、目の前に立つエラに目を向けた。
「このようなことをして大丈夫なんですか?これでは我々だけで帝国を相手しなければならなく・・・」
「大丈夫だ」
ラグナは立ち上がり、一面ガラス張りになっているその向こうにあるものを見た。まるで自分たちを見下すようにして建っている『栄光の九柱』を。
「我々にはあの『魔王』とまで呼ばれるあの御方がついてくれる。安心したまえ」
そのラグナの言葉にルスカは不安を隠せなかった。
かつて敵として戦った相手を容易く信用していいものか。しかも相手はあの『魔王』。ルスカにはどうにも納得がいかなかった。なにかただ利用されている感覚があったのだ。
「ふふふ、今までの屈辱、ここで晴らしてくれる」