第十一章 第一話 開戦
『魔天道』 『リーフベール』
魔天道が統治する西大陸において最北端に位置するこの街は、帝国などの様々な国々と交易が盛んな活気に満ちた商業都市である。
この街の特徴といえば三日月型をした湾ともう一つ。
常はそれを見る観光客で賑わったりもするのだが、今はその影を潜め、街自体がピンと糸が張ったような緊張が走っていた。
それもそのはず、西大陸の最北端にあるということは、それは一番帝国に近いことを意味する。
つまり、この街がこの戦いにおける最前線なのだ。
そのため今この街には『魔天道』の三本柱の一つ、羽柴秀吉が率いる総勢一万人の大軍が控えていた。
リーフベール 本部
リーフベールの南側の一番高いところに設置された本部の中、何人かの部隊長達が集まっていた。
「どんな様子じゃ?」
ドワーフかと思うくらい背の低い男が椅子の上に立ち上がって大机の上にある拡大された地図を覗き込んだ。歳は20半ばといったところか。
口元のちょびひげを揺らしながら見る先には、船の立体映像がいくつか映っていた。
「敵の数は恐らく一大隊、『栄光の九柱』の一角を丸々こちらに向かわせているかと」
「誰じゃ?」
「まだ分かりません」
「そうか。なら、いつでも戦闘できるよう全軍に呼びかけるんじゃ」
「はっ」
「敵が海から来たら例のアレでいく。いいな?」
「では秀吉様、可動式砲台を使用するのですね」
「うむ。それでいい」
秀吉はそのまま傍らに立てかけてあった少し太めの棒を手に取り、窓から飛び出した。
それを見てその場にいた誰も咎める者がいなかった。
何年も共に戦ってきた彼らは、秀吉のその行為が戦の前の儀式だと知っていたからだ。
「よし、早速準備に取りかかるとしようか」
秀吉の横に立っていた初老の男の一声でその場にいた全員が動き出した。
秀吉はぴょんぴょんと猿のように屋根を飛び移り、瓦葺きの屋根の上に腰掛けた。その頬を風が凪ぐ。
「うん、潮風は気持ちええのう」
秀吉はこのリーフベールで一番高台にある物見矢倉の上にいた。
「こんないい街を戦場にせんといかんのか」
秀吉は右手に握った棒を持ち上げ、その先端を向かってきているであろう敵の方へ向けた。
「絶対にわしが守ってみせる。」
その目には強い意志が宿っていた。
「この街も」
この潮風のために。
「この国も」
愛する者のために。
「信長様も」
恩義を返すために。
「そしてわしは英雄になるんじゃ」
そして、自分の昔からの夢に近づくために秀吉は立ち上がり、棒を両手で持ち上に掲げた。
「待っとれよ、帝国!!わしが目にものみせてやるわ!!」
魔天道 京都 暁天城『魔窟』
「信長様、戦の準備全てが手はず通りに整いました」
「うむ」
信長は欄丸の報告に頷くと立ち上がった。
「時は満ちた。『巫女』を呼んでこい」
「はっ」
欄丸は一礼するとそのまま部屋を出ていった。
「ふふふ、ハハハハハ!!」
信長は急に笑い出し、像の前で両腕を大きく開いた。
「やっと、やっと来た!!我の、我らの50年間の怨みを晴らす時が!!」
その後ろ姿はまさしく『悪魔』だった。
リーフベール
「ん?」
座り込んでいた秀吉は海の向こうにポツポツと黒い影があるのを見つけた。
「来よったか」
秀吉はすぐさま本部へ向かい、大机の上に置かれた双眼鏡と通信機を手に取った。
秀吉が通信機のボタンに指をかけたその瞬間、海が爆発した。それに遅れて敵襲を告げる鐘が鳴らされる。
秀吉は慌ててベランダから海を覗きこむと、沖に多くの船影を残したまま、三日月型の湾内には戦艦が三隻、悠然と浮かんでいた。
秀吉はそこから双眼鏡を覗きこんだ。彼が急いで見たかったのは戦艦の数ではなく、その船体につけられた紋章だった。
秀吉は先頭を進む一隻にピントを合わせ、その紋章を見、ため息をついた。
「予想外じゃったわ」
その紋章に刻まれていた数字は『壱』。
「まさかいきなりくるとは。かあ、やられたわ」 秀吉は額に手を当て、天井を見上げた。
帝国軍西大陸先遣隊母艦『レセップス』
鉄板で覆われた甲板の上を一人の男が靴音を響かせながら先端へと歩いていた。
それは『栄光の九柱』最強の称号を持つ『将軍』ラミレスであった。
「敵側の司令官は?」
その問いにいつの間にか後ろに控えていた黒装束の男が答えた。
「羽柴秀吉のようです」
「初戦の相手としては申し分ない、か。後続部隊はついて来ているか?」
ラミレスは空を見上げた。今日の天気は曇りのようだ。
「はい、手筈どおりに」
「そうか。では、これよりリーフベール侵略作戦を開始する。
全鑑砲撃開始!!」
その号令とともに雌雄を決する戦いが幕を開けた。
先に水中から現れた三隻はその蜂の巣のように開いた穴から無数の砲弾をまだ現状を把握出来ていないこのリーフベールにバラまいていた。
その不意打ち攻撃に魔天道側に動揺が走る。
「静まれ!!」
そんな中、秀吉の声が街中に響き渡った。
「敵はまだたったの三隻じゃ。焦ることはない!!こちらも打ち返すんじゃ!!
目標は湾内にいる三隻!!絶対に上陸させちゃあならん!!」
そう告げると秀吉は別の通信機を手に取った。
「防護壁の起動はわしの合図に合わせるんじゃ。それまでは砲撃に集中せい。」
この的確な指令は確実に全軍に冷静な判断力を取り戻させていた。
「右端、左端は共にまだ動くな。防護壁の起動に合わせるんじゃ。
相手に気取られんよう注意せえよ」
『はっ』
指令を出し終えた秀吉は通信機を元の場所に戻すと海に浮かぶ赤い火を噴く箱に目をやった。
「後は向こうが乗ってくれるかじゃな」
「打ち返してくるだけ、か」
司令室に戻ったラミレスは目の前にあるディスプレイを覗き込んだ。
「誘っているのか、それとも、なすすべがないのか。まあヤツのことだから前者か」
さて、それに乗るか乗らないか。
しばし考えたラミレスは口元に笑みを浮かべ、近くにあった通信機を手にとった。
「全軍散会、陸を目指せ。
私も出る」
秀吉、君の策、見させてもらおうか。
「乗ってきたか」
秀吉はベランダの手すりの上に立って双眼鏡を覗き込んでいた。
その二つの円の中に映ったのは軍服のまま戦艦の間を飛び移り陸に到達したラミレスだった。
「流石は将軍じゃ。肝が据わっとる」
ピョンとそこから飛び降り会議室の中に入ると秀吉もまた通信機を手にとった。
「防護壁はまだじゃ。右端、左端もそれに合わせるんじゃ」
『了解』
向こうの返事を聞いてから秀吉はそれを元あった場所に戻し、どんどん近づいてくる敵艦隊を眺めた。
「将軍。焦らんでもわしの最高の策をお見舞いしてやるわ」
そのような心理戦に遅れて帝国艦隊は陸にじりじりと接近していた。
先に上陸していたラミレスは彼独自の魔法を発動する。
パチンと指を鳴らせば家屋がいとも簡単に崩れる。
もう一度パチンと指を鳴らせば砲台が円形に凹み、爆発する。
さらにもう一度パチンと指を弾けば魔天道の兵士、一小隊がいとも容易く押しつぶされた。
「ふう」
そこで軽く息をつきながら小型通信機に話しかけた。
「砲撃を開始しろ。目標は東、西、南の上方にある白い建物だ」
『了解』
湾内にいる十もの艦影がリーフベールを覆うように分かれていくのは圧巻だった。
最新の砲台による正確な砲撃は易々と秀吉達がいた白い建物を爆砕した。
魔天道側はそれに対して何もできず、ただ砲撃を続け、時間を稼ぐしかできなかった。
それでも最新の動力を採用した帝国艦隊は速く、砲撃をもろともせずに陸に接近していた。
だが、帝国艦隊が現れてからその間、二十分。
魔天道側が動くのに十分な時間だった。
「いまじゃ!!」
街中に響き渡ったその声を合図に、突如、街全体が振動を始めた。
その振動は海が、大地が怒っているかのと思うほど激しい。
突然の揺れに進行を止めた艦隊、その内の何隻かの先端をへし折りながら、凄まじい轟音とともに灰色の何かが飛び出てきた。
それはまるで地面が隆起したような、巨大な壁だった。
「ほう」
帝国側は突如囲むようにして現れたそれに、進行を一度止めるしかなかった。
順調に進んでいた侵攻を妨げた壁の出現は帝国兵を動揺させた。だが、訓練された彼らはすぐさまそれを破壊せんと砲撃を始める。
しかし、その砲弾は全く通じてはいなかった。
当たっても全ての衝撃を吸収され、逆に打ち返されていく。後に残されるのは黒い煤だけ。
それはまさに自分で自分の首を絞めているようなものだった。
帝国艦隊は分が悪いと判断したのだろう。進行方向を沖に変えて全力で進み始めた。
「ここまでの守りを敷いているとは」
そんな中、ラミレスは街の中を跳び周り、新たな突破口を見つけようとしていた。
完璧に油断していた。
魔天道は四大陸の中でも特に技術が遅れている、いや、遅れていた。だから向こうは接近戦に持ち込もうとしていたのかと思っていたが、まさかこちらの奇襲をさらりとかわすとは。
こちらの考えていることは全てお見通しということか、秀吉。
ラミレスがそう考えている間にも帝国艦隊は湾を出ようとしていた。
「右端、左端、いまじゃ!!」
そこへ湾の端から端まで先ほどの壁が水面から出現した。しかも、その上にはズラリと砲台が並んでいる。
「包囲完了じゃ!!全門、撃て!!」
秀吉のその声が届いたかどうかというところで、現れた時と同様の轟音を奏でながら街を覆っていた壁の一部が崩れさった。
「全軍!!ここへ進軍しろ!!私が活路を開く!!」
「将軍・・・」
その巨大な壁の間にいたのはたった一人の人間。
帝国艦隊はその場に何隻か残し、残りはラミレスが開いた穴へと進撃を始めた。
それをさせまいと魔天道側の砲台が一斉に火を噴く。
その砲弾の嵐の中、何発かは帝国艦隊に被弾したが、それだけだった。
戦艦の周りを不気味な黒い何かがドーム状に覆っていたのだ。
それに触れた砲弾は飛ばされた勢いそのままに海へと落ちた。
「ちっ、やっぱり将軍を抑えんといかんか」
秀吉は舌打ちをすると傍らに置いてあった棒を手に取った。
「わしがあいつを抑えるわ。ここの指揮は任せる」
「はっ。ご武運を」
秀吉は一度頷くとベランダから飛び出した。