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第八話 現(うつつ)と幻(まぼろし)の狭間で

『誰だ、お前?』

 蜘蛛の状態のまま、クロドは平然と尋ねた。

 その声の先に立つ龍幻はすぐ横に横たわっている龍牙を見下ろしていた。

「よくここまで来たな、龍牙」

『無視するな!!』

 クロドは龍牙達の時と同じように腹を持ち上げ、その先端から黒い奔流を放った。

 それはすぐさま槍へと形を変え、龍幻を突き刺そうとする。

 だが、龍幻は右手に握った双劃を横に一閃。ただそれだけでその嵐のような奔流を打ち消していた。

『なに!?』

「無視はしてないさ。ただ、」

 そこまで言ったところで、龍幻はフッと消えたと思うとクロドは自分の背から音が聞こえた気がした。

 そっちを見れば、いつの間にか龍幻がクロドの上に立っていた。その瞳は黄色。

「意識する必要すらないからな」

 そこでクロドは体が右に傾いたのを感じた。

 右側を見ると、3本あったはずの足が全て切り落とされ、その付け根から黒い血が滝のように流れていた。

『いつの間に・・・』

「なあ。お前、俺と同じ顔のやつに会ったか?」

 龍幻は笑顔を向けるが剣筋を乱すことはなかった。

 対してクロドはその笑顔になんとも言えない恐怖を感じていた。

『あ、ああ』

「どこにいる?」

『帝国だ』

 その答えに龍幻は表情を歪めた。

 確かにクロドは目の前にいる龍幻と同じ顔をしたこれまた龍幻と名乗る男に会っていた。

 しかし、それが纏う雰囲気は全く別のものだった。

 帝国にいた龍幻は対峙するだけで全身に鳥肌がたつほどの殺気を放っていた。それこそ猛獣を前にしたような感じだった。

「やっぱり帝国に行かないといけないか。」

 だが今、自分を狩ろうしている龍幻は帝国で会った龍幻よりも眩しいけれど、どこか荒々しさを感じた。それこそ空から落ちる稲妻のように。

「まあいい。助かった。さて、続きをやろうか?」

 その言葉にすぐさまクロドは右足を再生させると背中からハリネズミのように大量の剣を突き出した。

 龍幻は難なくそれを跳んで回避すると、空中で双劃の刀身にある窪みに先ほど奥の部屋から回収した『自分』の雷鮫をはめ込んだ。

 バチバチと凄まじい音を奏でながらその体積は徐々に増えていく。

 その間にも龍幻は背中から翼を生やした。

 黒い翼かと思えば所々に黄色い筋が入っている。それは闇夜に輝く稲妻のようだった。

『おばえ、ごろず!!』

 下を見ればもうなんと表現したらよいのか分からない黒い物体があった。

 それは床一面に黒い絨毯のように広がりきると壁に穴を開け始めた。

『おばえ、どめないのが?』

 恐らくその本体であろう中心の出っ張った部分からくぐもった声が聞こえてきた。

「堕ちたか。」

 だが龍幻は動かない。ただ雷鮫に冥力を溜め込んでいた。

 そうこうしているとクロドの体は建物を貫いた。

 もちろんクロドはそれで超高水圧の海水が押し寄せると思っていた。

 もしこの時クロドの顔があれば怪訝な表情を浮かべていただろう。

 なぜなら全く一滴も中に押し寄せてくるものがなかったからだ。

 クロドはとりあえず急いで全身を外へと運び出した。

 龍幻はしばらく龍牙達に声をかけるべきか迷ったが、すぐに壁に(あがな)われた巨大な穴を抜けて外へ飛び出した。




 南神殿 外



 龍幻は上を見上げるとそこには旗のように体をひらめかせるクロドがいた。

 だがそれよりも前に龍幻は今のこの状況が信じられなかった。

 そのクロドの体の向こうに『空』が見えるのだ。それは先ほどまであんなにあった海水が全く残っていないから、いや、この表現も適切ではない。周りを見れば確かに海水はある。ただこの神殿を中心に半径数百メートルの円上の海水が『押し出され』ていたのだ。

「『悲しみの珠』の力か。」

 龍幻は唇を噛み締めた。『北の門』も開けられた今、自分が『南の門』を護らなければならなかったのに、と自責の念に駆られていた。

 それを隙と見たのか、黒いワイバーンに姿を変えたクロドがその翼から黒く鋭い針を打ち出した。

 その凶悪な雨を前にして龍幻は全く動じなかった。

「『双劃』ver.2.5 『鋼糸扇』」

 その言葉に合わせ双劃は一瞬にして無数の鋼の糸へと変貌していた。だが、その量は龍牙の比ではない。

 龍幻は残った柄を握り、横へ振るった。ただそれだけで目の前に迫る全ての『雨』を消し去っていた。

『ちぃっ。』

 またしてもボコボコと嫌な音を立てながらクロドは形を変えていく。

 次に現れたのは先ほどと同じ薄い旗のようだが、その表面で無数の魔物の腕や口を使って、弓を構えていた。

『ぐらえ。』

 そしてそれは一斉に放たれた。

 地震でも起きたような地なりと共に砂が巻き上がる。

 だがその砂煙が収まっても龍幻は無傷だった。

『ぐぞっ。ごんどわ、』

「悪いけど。」

 目の前から聞こえたその声にクロドの体は固まった。

「俺も暇じゃないんだ」

 クロドは信じられなかった。あれほどまでの矢の嵐を1つも掠ることなく避けきり、自分の目の前に迫っていることが。

「もう、終わりでいいだろ?」

 また雷鮫をはめ込んだ双劃に雷が宿る。

 それは傍から見れば雷を振るっているようだった。

 それは容易くクロドの本体を切り裂き、その電流で幾つもの命を焼ききった。

『ぐぞっ』

 一気に大量の命を奪われたクロドはその反動からか地面に落ちていく。

 それに翼を広げ方向転換した龍幻がまた迫り、振り抜いた。

 だが、パキンという何かが割れる音と共に龍幻の手の中にあった双劃が、雷鮫が砕け散った。

『はははっ。残念だったな。刀がなければお前など・・・』

「黙れ」

 クロドに向けて(かざ)された手から漆黒の稲妻が走り、クロドの体を焼き尽くす。

『がああああ』

 目に見えてクロドの体積は減っていた。後、一撃。だがその後一撃でこれだけの大きさを仕留めきれる技を龍幻は持っていなかった。

 今やらなければまた再生する。

 龍幻は少し焦った。だがそこに救いの手が差し伸べられた。

「兄さん!!」

 その声の方へ目を向けると龍牙がこちらに何かを投げていた。

 だが龍幻はそれがなにか分かっていた。

 飛んできたものを片手で受け取り、一瞬で冥力を溜め込み、放った。

「うおおおおお!!」

 龍幻は吼えながら一気に新たな双劃と雷鮫を振り抜いた。

 先ほどよりも激しいしかし洗練されたその攻撃にクロドは全身を焼かれ消え去った。





南神殿 広間



「兄さん!!」

 飛んできた兄に龍牙は抱きついた。

「龍牙、心配かけたな」

 体を離した龍牙の頭を優しくなでてやりながら双劃の柄を龍牙に差し出した。

 だが龍牙は首を横に振り、その手を押し戻した。

「兄さんが持っておいて」

「だがこれはお前の、」

「俺、聞いたんだ。その刀は俺ではない別の人に合わせて設定してあるって。さっきのを見て分かった。

 やっぱりこれは兄さんが持つべきだ」

「龍牙・・・」

「それに、」

 龍牙は自分の首飾りを弾いた。

「俺には相棒がいるから」

 旛龍を見て満面の笑みを浮かべた。

「多分そいつらも兄さんと一緒にいたいと思うよ。」

 龍幻は今まで使っていた双劃と雷鮫の残骸を新たな双劃と雷鮫で焼き尽くした。これが彼なりの手向けなのだろう。

「ああ。ありがとう、龍牙。だがお前はどうするんだ?覇剣以外の武器はないんだろ?」

「うっ。」

 龍牙のその反応に龍幻はため息をつくと、腰から一本のナイフを取り出した。

「これは俺が昔父さんからもらったものだ。お前にやるよ。」

「・・・父さんが。」

 龍牙はそれを受け取り、じっくりと眺めた。持ち手が波打っていて握りやすかった。

「ありがとう。」

 龍牙がそれを腰にしまったところで、建物が爆発音と共に揺れ始めた。

 壁に穴の開いたここは危ないという龍幻に従い、龍牙達は急いで外へ出た。

 そこで龍牙はクロノスを背負ったままおかしなことに気がついた。

「兄さん、ここ地下だったはずなのになんで外に出れるんだ?」

「『悲しみの珠』だ。」

 龍幻は顔も向けずに答えた。

「あれが解放されて、その力の奔流でこの辺りの砂が全部吹き飛ばされたんだ。海水と一緒にな。」

 どうやら砂は半球面状に積もっているらしく、龍牙達は不安定な足場を出来るだけ急いで登っていった。

 その間にも爆発音と崩壊の旋律は激しさを増していた。

 龍牙が目を向けると同時に神殿の頂上が吹き飛んだ。

「なにが・・・ん?」

 龍牙は上へ目を向けて気づいた、数千メートル上方に何かがあることに。

「あれは・・・」

「帝国軍遊撃部隊『自由の(ドミナント・ブルー)』」

「帝国!?」

「俺を消しにきたか。」

 龍幻は唇を噛み締めた。今この状態ではあの飛空挺を落とすなんて1キロ先のリンゴを吹き矢で狙うのと同じくらい無理なことだ。

「とりあえず、できるだけ建物から離れるぞ」

 龍幻の言葉に全員頷き歩き出した。




 龍牙達が空気と海水の境目についた頃にはもう神殿は原型を留めていなかった。

 砂浜の上に座ろうとはせず、建物の中にいた仲間達のことが気になるのかじっと見つめていた。

 見たところ小型船はなかったのでおそらくは外になんとか逃げのびたのだろう。

 だがまだ中に何人か、いやもしかしたら全員が残っているかもしれない。

 そう思うと龍牙はいてもたってもいられなくなった。

 しかしその肩を掴む手があった。

「行くな」

「兄さん、だけど・・・」

「今のお前が行ったところで死体が1つ増えるだけだ。

 今のお前がやろうとしていることは勇気なんかじゃない、無謀というものだ。

 前にも言っただろ?」

 龍牙は黙りこむが龍幻の言葉に少し引っかかるところがあった。

「前にもって・・・、あっ、まさかあの時の青冥さんは・・・」

「ああ、俺だ」

 龍牙はその事実を知って驚く反面、納得していた。あの後の北の岩山での青冥の反応があまりにも薄すぎるように感じていたからだ。

「青冥さんに前線に出ている間姿を化してくれるよう頼んだんだ。

 得た情報は全て話すという条件でな」

「なんでそんなことを・・・」

「お前をこの戦いに引きずり込まないようにするためだ」

「どういうことだよ。兄さん!!」

「今はまだ話せない・・・いや、お前はここまで来たんだ、自分の目で見るべきかもしれないな」

 気づけばいつの間にか砲撃は止み、目の前に赤い飛空挺が降りてきた。

「帝国に行け。自分の目でしっかりと見てくるんだ。

 それで全てが分かる。」

「兄さん。兄さん!!」

 飛空挺に気を取られていた龍牙はいつの間にか龍幻がいなくなっていることに気づいた。

 呼びかけても答えてはくれなかった。だが、どこか飛空挺と別のところから機械の駆動音が聞こえていた。








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