第四話 神殿
???
小型船に乗った龍牙が窓から外を見ると、今自分が乗っているのと同じ型の船がいくつか見えた。
だがそれでも何機かは弾き返され、墜ちたようだ。
それを見て龍牙は何も言わなかった、いや言えなかった。
「大丈夫、ですよね?」
龍牙のすぐ横に座っていたソフィアが呟いた。
「大丈夫。」
もしかしたらその返答は自分に向かって言っていたのかもしれない。
ライオネル号
時をすこし遡ること1日、出航から4日が経った龍牙達を乗せたライオネル号は、目的地に到着していた。
アトランティカからさらに南にあるこの地は、食糧の宝庫ともいうべき場所なのだが、
「なにもない。」
窓に張り付いた龍牙が呟いた通り、全く生物が見えなかった。
あるとすればひらひらと水の動きに翻弄されている茶色く変色した海藻くらいだろう。
その元凶であろうものは、ライオネル号の進行方向にあった。
「あれが・・・」
「はい。あれが私達を脅かしているもの、『愚者の鐘』です。」
それは周りを流れの速い潮流で覆っているようで、鳥かごのような形で渦巻いていた。
さらに、周りの潮流は光すら弾き返すのか、その中は真っ黒にしか見えない。
外から見た龍牙に分かるのはそれだけだった。
「で、どうやって探索するんですか?ライスさん。」
しばしライスは腕を組み俯くと、決心したのかゆっくりと顔を上げた。
「あの流れを一時的に止めて、その間に小型船で突撃する。」
「なっ!?」
「そんな!?」
その大胆な作戦に会議室に集まっていた面々から驚きの声が上がった。
「しかし艦長。あの潮流は秒速30メートルもあります。それを止めると言っても・・・」
「王に渡された『コレ』がある。」
ライスが広げた手の上にあったのは黒く染まった1つの球体。
「それはいったい?」
「これは中に風の魔法が圧縮されているんだ。」
ライスはそれを宝石のように慎重に持って見せつけた。
「これを使えば少しの間だがあの潮流を弱められるはずだ。
そこへ一気に突撃する。」「撃ち込むのはやっぱり頂上ですよね?」
龍牙の問いにライスは頷く。
「少しでもズレたらその時点で失敗。
だからこそ少しでも確率を上げるために小型船を全て出して突撃することとする。」
その言葉にさらに驚きの声が上がった。それもそうだ。小型船を全て出すということはライオネル号内で事故が発生した時に脱出し、アトランティカまで帰る手段がなくなることを意味する。
つまりそれだけの覚悟を持ってライスはこの探索に臨んでいるのだ。
「この辺り一帯のような状態が急速に拡大し続けている。このスピードで進むとアトランティカまで到達するのにひと月とかからないはずだ。
この探索は名ばかりで実際はあれの解決を目的としている。つまり、我々は期待されているのだ。
だからこそ私はこの作戦に全てを賭けている。」
ライスの力のこもった目で見つめられた面々はもう何も言えず、ただ頷いた。
「決行は明日。それまでに各自準備を整えておくように。」
ライスのその言葉を最後に会議は終了した。
朝日のない次の日の朝。ライオネル号に最低限の船員を残し、残りは4人1組になって小型船に乗り込んでいた。
『では、これより作戦を開始する。各員、配置につけ。』
操縦席の横に備えつけられた通信機からライスの声が聞こえた。それに操縦桿を握る船員が龍牙を見てきたので頷き返した。
『作戦開始、5秒前、4、3、2、1、0』
そして辺りに爆発音が響いた。
寸分違うことなく主砲から渦の頂上に撃ち込まれた黒い球体は、一瞬にして元々あった潮流と逆向きに回転する、同規模の渦を生み出した。
「今だ!!」
船団は一気に弱まった潮流の中へなだれ込んだ。
先頭を進んでいた龍牙達は難なく中へ侵入できたが、振り返ってみれば、ライオネル号を含め、数艦が潮流の外に取り残されていた。
後ろの窓から覗いていた龍牙は潮流によって流され、地面に叩きつけられた小型船から目が離せなかった。
「大丈夫、ですよね?」
龍牙のすぐ横に座っていたソフィアがまた同じことを呟いた。
「大丈夫。」
その返答もまた同じだった。
そんな2人を気にもかけず、操縦席に座る船員2人は辺りの探索を始めていた。
音の魔鉱石を使っての音波で辺り一帯を探り、光の魔鉱石で目の前を照らして視認していった。
龍牙達もそれに加わり、4人でそれぞれ別の方向に目を凝らした。
しばらくの間何も見つからず、場所を変えようかと船員が操縦桿を握ったその時だった。
「あっ、あれは?」
ソフィアが自分が見ていた小型船の左側の窓の向こうを指差した。
ゆっくりと旋回し、その方向へ慎重に進むと何か大きな影がその先に見えた。
光の魔鉱石に照らされ、次第に明らかになっていくその全貌に4人は息を呑んだ。
「これは・・・」
それは石で造られた神殿だった・・・
操縦桿を握る船員はゆっくりと小型船をその入り口に横付けした。もう1人は通信機を手に取り、他の小型船と連絡を取っていた。
「こちらBー5、謎の建造物を発見しました。場所はだいたいこの籠の中心です。場所的に考えてもここがそうだと思います。
これから我々は10分後に突入を開始します。そのため、できるだけ早く来て下さい。
繰り返します・・・」
後10分と聞き、龍牙はゆっくりと自分の装備を確認し、これから突入する建物を見た。
入り口に膜が張ってあるのでバブルストーンは生きているようだ。
「見た感じからするとアトランティカより古いみたいですね。」
確かに建物から伝わってくるこの尊厳な雰囲気は、たった数百年でできるようなものではないだろう。それこそ何千年、何万年という歳月が必要なものだと感じた。
「おっ、来たようですね。」
船員が指差した先には先端に取り付けられた光の魔鉱石が何個も見えた。
もう1人が相手に場所を知らせるために赤く染色した光の魔鉱石を点灯した。
それから2、3分で龍牙達の小型船の横に5隻の小型船が停泊した。
「では、行きましょう。」
船員2人を残し、ヘルメットをかぶった龍牙とソフィアは小型船から飛び出した。
バブルストーンを使用している小型船は大丈夫だが、龍牙達はそうはいかない。
いくら防圧スーツを着ていたとしても、仮にも深海数千メートルのこの場所ではそう長くは保たない。
だからこそ建物内に侵入する者達はできるだけ速く移動しているのだ。
防圧スーツとは水中で地上と同じように動けることを目的に作られたものである。最近では浮力のオンオフ機能まであるそうだ。
アトランティカのような海底都市では、街を覆った薄い膜が水圧を軽減しているおかげでこのスーツは必要ないが、いったん街をでるとこのスーツは必須なのだ。
龍牙はソフィアの手を引きながら一気に建物の中へと飛び込んだ。
どうやら失敗した者はいなかったようで、合計12人が円に並んだ。
「渦の中に侵入できたのは合計23隻。その内の6隻がここ。後4隻こちらに向かっている。
残りは他に建物がないか捜索中だ。」
突撃部隊の隊長らしき男がヘルメットを外さずに説明した。
「つまり残り8人が探索に加わる。だからここに2人残して行こうと思う。
というわけでDー2班の2人はここで待機してくれ。」
「「はっ!!」」
「残りは建物内の捜索を始める。私に続け。」
「「「「はっ!!」」」」
龍牙達を含めた10人は暗闇の中へと歩を進めた。
しばらくの間、10人は少し固まり、辺りに注意しながら暗闇の中をすすんでいた。
無機質な岩肌が延々と続いたせいか、龍牙の、いや、そこにいる殆どの距離感はかなりおかしくなってきていた。
「ん?」
そんな中、目の前に石の壁が立ちふさがった。
「二手に分かれているな。」
目の前は行き止まりで、右には上へ続く階段が。左には下へと続く階段があった。
「奇数になってしまうが、仕方がない。二手に分かれるぞ。」
部隊長はどうやら上へ行くようで、上への階段の前で仁王立ちしていた。
「・・・」
龍牙はどちらに行くか迷っていた。
上のような気もするが、下のような気もする。さて、どうしたものか、と龍牙が悩んでいると
『来て・・・』
その耳に、誰かの呼ぶ声が入ってきた。
龍牙はその声を聞いてなんの迷いもなく、声が聞こえたと思われる下への階段の前に立った。
ソフィアもまたその後に続く。
それをきっかけに、一分もかからずに分かれた2組はそれぞれが選んだ道を急いだ。
「龍牙さん?」
「ん?」
「なんでこっちにしたんですか?」
声を潜めて尋ねてくるソフィアに顔を向けることもなく、先頭を歩く船員達に視線を向けたまま龍牙は答えた。
「声が聞こえたんだ。」
「声?」
「女の人の声が。」
ぼそぼそと囁きあう龍牙達を横目で見ながら男は唇を噛んだ。
(なぜこっちに来た?上に行くよう催眠をかけたはずだが・・・)
そっと唇を噛んだ。
(まあいい。問題はない。どうせ『あの男』がやるのだろうからな。)
男はほくそ笑むとまた表情を他の船員と同じく険しいモノに変えた。
ライオネル号 指令室
「艦長!!本部から緊急通信です!!」
「繋いでくれ。」
「はっ。」
ライスは自分の席に深く座ると顔の前で手を組んだ。
『ザ、ザザッ、ちら、うきゅう、こちら王宮。聞こえますか?』
「ああ、感度良好だ。
王宮からの直接通信とは何事かな?」
心なしか相手はかなり焦っているようにライスは感じた。
『昨日、宝物庫から『悲しみの珠』が盗み出されたのを確認しました。』
「なんだと?」
ライスは驚愕の色を見せた。
それもそのはず、宝物庫を守っているのはアトランティカの中でもずば抜けた力を持つ精鋭部隊なのだ。
つまり、それがやられたということはアトランティカでもその相手に勝てる者が殆どいないことを意味する。
『そのため、王は全ての艦に対して帰還命令を出されました。なので早急に帰還してください。』
ライスはそれに顎に手を当て、しばし黙り込んだ。
「だが、昨日の出来事の犯人が一週間前に出航した我々を呼び戻すのは些か疑問に思うが。」
『確かに発見したのは昨日ですが、死後硬直、腐敗進行度などからしてどうやら一週間ほど前のようでして・・・』
「つまり王宮は一週間も『悲しみの珠』を奪われたのに気付かなかったのか?」
『申し訳ありません。ですが、どうやら相手はかなりの幻術の使い手のようです。』
「一週間も保つ幻術を使ったと?」
『先ほど、王宮の周りを捜索したところ、自動展開型魔法陣を発見しました。それで大規模な魔法を発動したようです。』
自動展開型魔法陣とは、読んで字の如く初めから線を書いていく通常の魔法陣とは違い、魔法、範囲、効果適応時間を最初から書き込み、圧縮したものだ。
それの利点は遠隔操作によって発動できるため自分の身を危険に晒すことがなく、さらに相手に感づかれることなく広範囲に展開できることだろう。
だが、それだけのプラスがあるとマイナスも有るもので、それを展開するのには大量の魔力を必要とし、さらに展開中は他の魔法を発動できないのだ。
「つまり、何が言いたいのですか?」
『敵を侮ってはいけないということです。
それでは、出来る限りお早いご帰還をお願いします。』
ライスはもう声の聞こえない通信機を置くと、釣り鐘型の渦へと視線を向けた。
だが、その真っ黒に染まったその中をその瞳で捉えることはできなかった。