第三話 ニンゲン
アトランティカ 城内 『王の間』
「ダンテ様!!レストア様!!大変でございます!!」
1人の老人が慌てた様子で半鏡面な床の上を走って来た。
「何事だ。騒がしい。」
ダンテと呼ばれた王は、少し顔をしかめながら息を荒げた自分より年上の執事の言葉を待った。
「実は、先程兵士が巡回をしていた所、宝物庫の守護兵がやられているのを発見しました!!
盗まれたものはないか確認してみると・・・」
「『悲しみの珠』が盗られたと。」
レストアが平然と言い放った言葉に、執事である老人は縮こまってしまった。
「で、守護兵は無事なのですか?」
レストアは身を乗り出して尋ねるが、老人が首を横に振るのを見て、彼女は手でその口を覆った。
「2人とも外傷はほとんどないのですが・・・」
「ならなぜ死んだ?」
「どうやら細長い針のような物で刺されたようです。」
その言葉にダンテは目を見開いた。
針で人を殺すというのは予想以上に困難なことだ。
どこを斬りつけても致命傷となりうる剣とは違い、確実に急所に差し込まなければ相手を殺すことは到底できない。
長年、海底に潜むモンスターを狩り続けて来たダンテには、それがどれほど難しいかを理解していた。
だが、それは逆に誰がやったのかを暗に示していた。
「帝国の暗殺者か・・・」
恐らく、ヴェスペリアの中で隠密機動、潜入や暗殺などの影の仕事でそれの右に出るものはいないだろう。
「まさかこんなところにまで潜入するとはな。だがそうそう逃がしはせん!!
今すぐ全ての船を外に出させるな!!盗みに入られたであろう時間から出航した船も今すぐ呼び戻せ!!」
「はっ!!」
老人は一礼するとすぐに部屋を飛び出した。
それを見ながらダンテは、水晶のようなものでできた椅子の背もたれに体を預けた。
「あなた・・・」
「気にするなレストア。大丈夫だ。」
自慢の金髪を揺らして不安げな表情を浮かべるレストアを尻目に、ダンテは部屋を後にした。
ライオネル号 通路
船の横に備えつけられた翼、右翼のちょうど根元にあたるところで龍牙は立ち止まった。
「どこに行った?」
辺りを見回すが誰もいない。
出航してしまったこの船に侵入するのはもとより、脱走することすら、周りに何もないここでは不可能だろう。
「つまり、まだこの艦の中にいる。」
龍牙は一瞬強く目を瞑った。
紅と碧に輝くその眼は、壁などまるでなかったかのように、龍牙から数えて3部屋先までを全て映していた。
「この辺りにはいないのか?」
ほぼ360度見えるようになった龍牙は首を巡らすことなく、また走り出した。
そのまま走り続けていると、いつの間にか船の最後尾にたどり着いていた。
龍牙はそこで眼を一度解くと、近くにあった木箱に腰掛けた。
今までで最高の『冴え』を見せた自分の両目は予想以上に冥力、体力を共に消費していた。
荒れた息を整えながらも、龍牙は先の男について思考を巡らす。
どうやってこの船に侵入したのか、それよりどうやって街に侵入したのか、目的はなんなのか。
考えれば考えるほど龍牙の頭はいっぱいになっていく。
だがそこであることに気がついた。
「なんでみんなあの男に気づいていないんだ?」
堂々と素顔を晒していたにも関わらず、あれだけ龍牙に敵意を向けていた船員が全く、視線さえ向けていなかった。
ここから考えられるのは、
「みんながあの男を仲間として認めているか、それともあの男の存在に気づかないのか。」
幻を見たという選択肢は最初の時点で消していた。
龍牙はこれまでの訓練などで、ある程度は生あるモノとないモノの区別がつけられた。
つまり、あの男は本当に存在したはず。
しかも、この船どころかこの街には1人もいないと王女であるソフィアも言っていた。
ということは、後者の可能性が高い。だがこの船の船員に聞いてみないとなんとも言えない。
「よし。ライスさんに話を聞くか。」
龍牙は木箱から腰を上げると一度背伸びをした。
カカチッカカチッカカチッ
「ん?」
時計の針の音に龍牙は違和感を感じた。
1つしかないはずなのになんで・・・
「ま、いっか。」
気のせいだと決め込んだ龍牙はブリーフィングルームへと向かった。
暁天城 発着場
京都の街とは不釣り合いな近代的な印象を受ける発着場の中、鶯劍は目の前に止まる少し前に自分を連行してきた『ヘイムダル』の整備を待っていた。
改めて見るとその大きさに圧倒される。
西大陸で1、2を争う戦艦というのも頷けた。
「鶯劍さん、今用意ができましたので」
「今行く。」
船員の1人の呼びかけに頷くと、一度大空を見上げ、中へ入っていった。
ライオネル号 会議室
「いや、知りませんな。」
「そうですか・・・」
あれから龍牙はライスを探し出すと他の人に知られたくない話があると伝え、会議室に来ていた。
「この艦に龍牙殿以外に人間がいるとなると、どこかから侵入したのでしょうかね?」
どうやらライスですら知らないようだ。
「それもそうなんですが、なにより誰もその存在に気づいてなかったのが不思議で。」
龍牙の言葉にライスが唸る。はっきり言って現状では情報不足だった。
「とりあえずこの件は様子見ということですね。」
「ええ、分かっています。まだ2週間あります。その間に見つけるとしましょう。
それより龍牙殿は今回の探索についてどうなさりますか?」
「どうするというのは?」
「外へ出られますか?」
しばし龍牙は沈黙を作ると頷いた。
「はい。お願いします。」
「分かりました。では、ソフィア様も待っておられるでしょうし、そろそろ行きましょう。」
「はい。」
2人は連れ立って会議室を出て行った。
2人は連れ立って会議室を後にした。
その誰もいなくなった会議室、そこに
カカチッカカチッカカチッ
またあの時計の音が響いていた。