第壱拾九話 羅門
濃姫が黒こげになって転がる亞琥都の傍らに立つとギョロッと亞琥都は睨んだ。
「く、そ、がっ」
焼け爛れたその唇が微かに動き、吐息ともつかない言葉が紡がれる。
「ぜっ、たい、殺して、やる、ぜった、い・・・」
そこで怨みのこもったその手がゆっくりと地面についた。
どうやら気を失ったようだ。
濃姫は亞琥都の傍らに転がる投げつけた銃を拾い上げた。
その銃は特に壊れているように見えないが、濃姫はその銃口を見るとあからさまにため息をついた。
「やっぱりこうなりますね。」
きれいな円形だったその銃口は、威力を高めた赤い弾丸のせいで歪にひしゃげていた。
濃姫はそれを右足につけたベルトに差し込むと、そのまま左足に巻いたベルトから新たな銃を引き抜いた。そして振り返り様に発砲した。
それは寸分違わず後ろから迫っていたムカデの足の一本を貫いた。
「まあ、傷の治りの早いこと。」
先に濃姫が放った4発の弾丸に吹き飛ばされたところはもうすでに再生していた。
今、濃姫の手元にあるのはこの2丁と、今装着しているのを含め3つのマガジン。後はさっきしまった銃から念のために取り出した赤い弾丸一発だけだった。
「さて、どうしましょか?」
はっきり言って、濃姫は手詰まっていた。
この巨大な生物を仕留められるものが赤い弾丸一発しかない。
このような状態で勝つには、
「弱点を見つけるしかありませんよって」
濃姫はムカデに向かって駆け出した。
???
「ここは?」
亀裂の中へ消えていった龍牙は、なぜか暗い建物の中にいた。
試しに靴の先で床を小突いてみるが、ただ無機質な音が帰ってくるだけだ。
とりあえず自分のいる場所を把握しようと龍牙は今いる部屋から通路へと歩き出した。
明かりが灯った通路はどうやら石造りらしく規則的に石畳が並んでいた。
だが、外側だけガラス張りのようで外の青がはっきりと見えた。
「あれ?」
だが龍牙は気づいた、その『青』があまりにも濃すぎることに。
そしてそれはガラスに張り付いた龍牙の前を飛ぶ魚が証明してくれた。
「海の底、なのか?ってうわぁ!?」
そう呟く龍牙の目の前を巨大なサメが通り過ぎていった。
それに驚き腰を抜かした龍牙の耳に、左から何者かの足音が入ってきた。
即座に起き上がると背中の機械剣に手をかけ、靴音のする角を睨みつける。
だが次にそこに現れたその姿に、龍牙は拍子抜けしてしまった。
「子供?」
そうそれは背丈が龍牙の腰ほどしかない女の子だった。
機械剣から手を離すと龍牙は少女に近づき、腰を折って目線を合わせた。
「君、ここに住んでるの?」
龍牙は優しい口調で尋ねると、少女は頷いた。
肩まで伸ばした髪をそのままにした目のパッチリした可愛らしい感じの少女だった。
だがその身につけている服は少し変わっていた。
基本的にヴェスペリアでは国を問わず、ゆったりとした服を好む傾向にある。
だが、少女が着ていたのはライダースーツのようなぴっちりした感じの服だった。
しかもそのデザインはまるで・・・
「その服は・・・」
「?」
「いや、なんでもないよ。」
小首を傾げる少女に苦笑を返しながら、龍牙はまた口を開いた。
「ここってなんていう町なのかな?」
また小首を傾げる少女を見て龍牙は頭を押さえた。
(なにこんな小さい女の子に聞き回ってるんだか)
自分もまだ10歳にしかなっていないことを棚に上げて、そのように考えていた。
「ごめん。悪いけどさ、大人がいるところに連れて行ってくれない?」
「おとな?」
「うん、大人。」
「目の前にいますよ。」
「うん・・・へ?」
龍牙は突然のはっきりとした声に驚き、辺りを見回した。だが、周りにはその口調で話しそうな人影はない。
「空耳かな?」
「う~。」
「ん?」
改めて少女に目を向けるとなぜか頬を膨らませていた。
「さっきから変な声が聞こえるんだけど。君、知らない?」
「だから、あの、私が、」
少女は顔を真っ赤にして紡いだ声に龍牙は目を丸くした。
「君が、大人?」
嬉しそうに頷く少女を、龍牙はもう一度上から下までじっくりと眺めた。
「早く大人になりたいのは分かるけど、嘘はだめだよ?」
だが龍牙の見解は変わらないようだった。
「う~」
その扱いに毛を逆立てる。
「姫!!」
そこへ凛とした声が響き、また角からもう1人現れた。
「リンダ。」
「姫様、先々行かないで下さい。仮にもこの町の王女なんですから。」
「あれ?」
少女の横に現れた新たな人を見て、龍牙は目をこすった。
だが、見える物が変わるわけもなく、龍牙はただ唖然とするしかなかった。
「えっ?え?」
「なんですか?この人間の雄は?」
それは茶髪でショートカット、どこか活発な感じのする少女だった。
「さあ。」
「またそのような見ず知らずの者と!!王様にまた叱られますよ!?」
「・・・ごめんなさい。」
「あのさ、少し・・・」
「それよりあなたは何者ですか!?どうやってここに侵入したんですか!?目的はなんですか!?まさかこのソフィア王女を誘拐しに来たんですか!?そうですよね!?」
しょんぼりする黒髪の少女に龍牙は助け舟を出そうとしたが、リンダと呼ばれた茶髪の少女のマシンガントークに遮られた。
「そんなに一度に聞かれても・・・」
「言語道断。不審者よ!!近衛兵!!」
リンダが指を鳴らすと奥からぴっちりした服、さらにはヘルメットをかぶった5人が現れ、龍牙を囲んだ。その手には槍が握られていた。
「ちょっと、話を・・・」
「かかれ!!」
なんとか説得しようとする龍牙だったが、その抗議の声は聞こえることなく、リンダの掛け声と共に5人の近衛兵に縛られた。
「ちょっと!!だから話を聞けって!!降ろせよ!!」
5人に担がれた龍牙はもがくが、拘束を抜け出すことができる訳もなく、縄でぐるぐる巻きにされたままどこかへ運ばれていった。
暁天場広場
「はあ、はあ。」
額に汗の玉を浮かべた濃姫は膝に手をつき、肩で息をしていた。
その目の前にいるのは無傷なままのムカデとなった羅門。
やはり普通の弾丸でこの巨体を倒せる訳もなく、ただ無駄にその残弾と体力が減っていくだけだった。
この状態を打開するために濃姫は思考を巡らしていたが、
「!?」
濃姫はハッとなって頭を下げた。
すると、ジョリッという嫌な音と共にその右側のこめかみに痛みが走る。
「っ。」
濃姫はそのまま地面を転がると、すぐさま立ち上がり走り始めた。
ムカデが濃姫に繰り出した尾のせいで少し動きが鈍っていたのも幸いし、濃姫は本丸と反対方向へ走り出せた。
首だけを後ろへ向けると、濃姫を見失ったのか辺りをキョロキョロと見回していた。
このまま放っておけば本丸に攻撃しかねないと思った濃姫は、その頭に向けて2度引き金を引いた。
しかしその2発とも命中するにはしたが、カンッという金属に当たったような音を奏でただけだった。
それでも、ムカデは濃姫の存在に気づいたようで、無数にある足をせわしなく動かし、その巨体とは似つかわしくないスピードで追い始めた。
濃姫はそれを確認すると、そのまま本丸とは反対方向に向かって時節、後ろに銃撃を浴びせながら走った。
しばらくそのまま異質な鬼ごっこをしていると、濃姫は壁に突き当たった。少しスピードが落ちた濃姫に向けて、あの唾液がムカデの口から吐き出された。
とっさに右へ跳んでかわすが、地面に当たり飛散した唾液の粒がその左足に絡みついた。
「ぐっ!!」
辺りに血の臭いが充満する。
濃姫は距離を取ると、左足首を押さえうずくまった。その指の間から血が溢れ出ている。
その一撃は、濃姫の着物の左足首一帯を無残に破り、その中にある足にまで牙を立てていた。
ジュゴという足が溶ける音と酸特有の刺激臭がよりその痛覚を刺激していた。
だが濃姫は倒れない。
今、濃姫は最後の賭に出ようとしていた。
周りには味方の気配はない。恐らくは城内に散らばった敵の掃討に出ているのだろう。
亞琥都の口振りからしてかなり大勢なのだろう。
つまり援軍は望めない。
だが、この賭には後、一齣必要だった。
チェックメイトに持っていくための騎士が。
ムカデはそんな濃姫の方へ体を向けると尾で叩きつけようと、その尾を持ち上げた、その瞬間、
「そこ!!」
鯱のようになったムカデへ濃姫は引き金を引いた。
放たれた弾丸は、赤。
そしてそれは狙い通りに着弾した、地面へと。
唯一、地面と接していた地面を抉りとられたムカデが、その巨体を支えられる訳もなく、そのまま横倒しになった。
地震のように地を揺らし倒れたムカデの先まで地面についていた部分には何か太いチューブのようなモノがあった。
「後は頼みますよって。」
濃姫は後ろから飛び出した影にそう呟くと前のめりに倒れた。
「任せておけ。」
渋いその声に微笑みを浮かべ、濃姫はそのまま意識を失った。
後を託された鶯劍は一直線に巨大なその体躯に迫る。
「『制空』」
鶯劍は手に持つ半月刀に冥力を流し込み、腰溜めにする。
「『制天』」
そしてまたあのドームが展開された。
まだムカデは起き上がれず、もがいている。
「『空絶』」
そしてその最後の言葉と共に、鶯劍は刀を素早く横に凪いだ。
すると、ムカデのチューブの部分に黒い線が走ると、一瞬にして目のように上下に開き、それを本体から引きちぎった。
「ギシャアアアアアアア!!!」
ムカデはさらにその体を捩らせる。
「無様だな。雅迅。」
鶯劍はそのまま大きく跳躍すると、双頭の間に刀を当て、一気に振り抜いた。
また黒い線がムカデの体を縦横無尽に走り、そして、
弾け飛んだ。
鶯劍は頬についた血を手の甲で拭うと、残骸に背を向け、倒れている濃姫を抱えあげた。
「すいません。何から何まで迷惑かけてしもうて。」
「いや、構わない。こちらこそ助かった。お前が時間を稼いでくれたからな。」
「そう言ってくだはると幾分、気が楽になりましたよって。」
「だが、どうやってあれを見つけたんだ?」
鶯劍の視線の先にあるのは力なく横たわったチューブ。
「いえ、ただ尻尾や噛みつきとかのどんな攻撃をしよっても、必ずあの部分を地面につけていたんどす。
それでおかしいと思っただけですよ。
あれだけの力と再生能力を得るには相当の力が必要。なら地面から吸い上げているんじゃ、と思っただけどす。」
「ほう。」
鶯劍はその洞察力に感嘆の声を漏らした。
そしてそのまま本丸へと歩き出した。
だが鶯劍は気づいていなかった。そのチューブがゆっくりと地面の中に引きずられていることに。
??? 牢獄
「いってえ。」
石造りの床に投げ捨てられた龍牙は目尻に涙を溜めながら目の前に仁王立ちするリンダを睨みつけた。
「いい様ですわ。」
「おい!!俺が何をしたんだよ!?」
「姫を攫おうとしながら、よくもまあそのような態度をとれますね。」
「だれが誘拐なんかするか!!俺はこの方位磁針に従っただけなんだって。」
龍牙の右手に握られていた方位磁針を見て、リンダの顔が青ざめた。
「・・・出しなさい。」
「はい?」
「早くこの御方を出しなさい!!この御方は白狼村の使者よ!!」
「は、はい!!」
その事の重大さを知った近衛兵はすぐさまその震える手で牢の扉を開けた。
「急にどうしたんだ?」
通路に出てきた龍牙は一伸びすると、リンダに目を向けた。
向けられた方はというと、なぜかひざまずいていた。
「これまでの無礼、誠に申し訳ありませんでした。まさか白狼村の使者様とは思わず・・・申し訳ありませんでした。」
「え、えっと。もういいですから頭を上げて。別に怒ってないですから。」
龍牙の言葉に一瞬ためらったが、リンダ達は顔をあげ、近衛兵達がどこかへ走り去った。
「ありがとうございます。
では、『王の間』へ案内します。」
先ほどとは全く正反対の対応に龍牙は方位磁針をじっくりと見ずにはいられなかった。