第壱拾八話 共闘
暁天城広場
突如として暁天城本丸前に現れた塔は異形な姿をしていた。
その側面から何本も柱が飛び出し、頂上付近は2つに分かれ、横長だった。
何より周りの塔と違うのは、
不規則に蠢いていることだった。
「ナイスタイミングだ、羅門。」
その分かれた2つの内の1つの上に乗った亞琥都が口を開いた。
地面を割って出現したシェイド・ディビィジョンをした羅門のおかげで亞琥都は濃姫の拘束から逃れたのだ。
「だけど、やっぱ鬼神は強いみたいだな。」
羅門の仮面の下の顔を見ながら亞琥都は話し続けた。
「う、うあ、うぅ。」
その顔は目を見開き、涙と涎を流し続けている。
それに全く気味の悪さを感じずに淡々と亞琥都は告げた。
「ここまで派手にやったんだ。これからは全力で行くぞ。」
「うぅ。」
「ん?」
何か光を感じた亞琥都はそちらへ目を向けると、そこにはちょうど穴から出てきた鶯劍が見えた。
「あれがそうか。」
亞琥都は目を細め、乾いた唇をなめた。
「おもしろそうだ。」
「おや、これは鶯劍はん。どないしたんですか?」
穴から飛び出してきた鶯劍に対し、濃姫は意外そうな声を上げた。
「どうしたこうしたもない。襲われたんだよ。
それより、こいつはどうすればいい?」
その腕にはぐったりした蘭丸が抱えられていた。
「まあ、蘭丸もですか?
全くうちの男どもは頼りなくてかないませんわ。」
「いや、こいつのおかげで助かった。」
鶯劍は治療してもらった右目を示した。
「そうですか。それならよろしおす。
本丸の方に救護班がおります。そこに連れて行ってもらえませんか?」
「分かった。」
鶯劍はそのまま先の濃姫と同じように本丸の前まで一気に走り抜けると、そっと石段のところに蘭丸を寝かせた。
「頼む。」
中から感じる複数の気配に向けてそう呟くと鶯劍はまた風のように一瞬で濃姫の横に立った。
「さて、どないしますか?」
濃姫は蠢く巨大な双頭のムカデを睨みつけたまま口を開いた。
「共闘といくか。」
「よろしおす。どっちから黙らせます?」
「周りの被害とかを考えたらムカデだな。」
即答する鶯劍に満足げに濃姫は頷いた。
「どうやら気があうようですな。」
「それに、」
「?」
「俺はあのムカデ野郎を知っている。」
「!?へぇ、それはまた。」
「だが、あんな能力は持っていなかった。だがあいつの腕に埋め込まれていたチップ、あれは確か帝国で発明された物だったはずだ。」
「つまり、帝国があのおかしな能力を植え付けた、そういいたいんどすか?だけどそんなことが、」
「できる。現にそうなったやつを見た。それに、」
鶯劍は左腕を服から引き抜き、その二の腕を濃姫に見せた。そこにあったのは、
「それは・・・」
「俺も同じなんだよ。」
金色に輝くチップだった。
???
「そろそろいいだろう。」
壁と間違えるほどの巨体になった旛龍は辺りを見回した。
真っ白だったその空間は、今では黒い丸と三角で埋め尽くされていた。
「やっと終わった~」
龍牙は短くなった両手の鉛筆を投げ捨て、横になった。
「で、どんな力をくれるんだ?旛龍。」
「これを握れ。」
体を起こした龍牙の前に現れたのは旛龍がいつも意識を宿している龍牙の青龍円月刀だった。
龍牙は飛び起きしっかりと愛刀を掴む。
すると刀身が白銀色に輝きだし、それに合わしその柄の真ん中、右手と左手の間に亀裂のように細く光の筋が入っていく。
『もう分かるか?龍牙よ。』
「ああ、分かった。」
そして龍牙はそれを左右に引き抜いた。
「なあ、それよりさっきからなんか揺れていないか?」
新たな力を使っていた龍牙は先ほどから微かに床が揺れるのを感じていた。
『確かにそのような気がする。一度戻るか?』
「ああ、頼む。」
眩い光が龍牙を包みこんだかと思うと次の瞬間にはあの荒野に戻っていた。
「ん?なんだこれ?」
地面にゆっくりと足をつけた龍牙は目の前の空間が歪んでいることに気づいた。
それに触れようと手を伸ばすとその手は何かに拒絶されるかのように弾かれた。
「痛。なんだよこれ?あれ?」
痛む手を見ていたその視界の端に微かに漏れた光を見た。
それはズボンのポケットからだった。
龍牙は恐る恐る中に手を入れ、取り出した。
その手の中にあったのは、
「なんでこれが・・・」
白狼村を旅立った時に渡された方位磁針だった。
白い輝きを放つその針は歪んでいる空間を指し示した。
龍牙は何かに導かれるようにそれを手に、先ほど弾かれたことすら忘れたかのようになんの躊躇いもなく歪みへとすすんでいった。
だが今度は何もその進行を遮ることはなく、逆に龍牙を招き入れるかのように空間が裂けた。
龍牙は一度立ち止まって生唾を飲み込むと、そのままその奥へと消えた。
暁天城広場
コソコソと話を続ける鶯劍と濃姫に腹が立ったのか、羅門は2人に向けてあの唾液を吐き出した。
それにすぐさま気づいた2人は鶯劍は右、濃姫は左に逃れた。
そのままぐるっとムカデの横へと回り込む。
「羅門、あの女を狙え!」
「うっ、あっ、あっ、」
また唾液が2つの口から噴射され、濃姫に襲いかかった。
それを濃姫はまるで散歩でもするように軽々と避けていく。
そして両手に握られた黒光りする猛獣が吼えた。
それは寸分違わず双頭のムカデの目を貫いた。
耳障りな奇声をあげてムカデがのた打ちまわる。
「羅門!!しっかりしろ!!」
その頭に乗っていた亞琥都が平然と立っていられるわけもなく、膝をついた。
振り落とされまいとしがみつき、視線を下に落とすと見つけた、
「これは!?」
金色の光を。
「『制空』」
その声が辺りに響き渡ると同時に草木を揺らす風が消えた。
「『制天』」
あの青白い光を放つドーム状の空間が鶯劍を中心に展開する。
「『崩、!?」
三段階目である技を発動する最中、鶯劍は後ろに何かを感じると、それをキャンセルし、後ろへ体を反らした。
鶯劍が避けるとほぼ同時に立っていた空間を何かが貫いた。
そしてそのまま周りにあった木々をなぎ倒した。
「ナイスタイミングだ。」
「他にいたのか。」
「当たり前。これだけ派手なことをするのに2人な訳ないだろ?」
鶯劍は目の前を通り過ぎた弾劾を貫いたものの出所へと目を向けた。
そこにあったのは物見櫓。
「ふん。なあ、お前を乗せている奴は雅迅か?」「おっ、この顔知ってるのか?」
亞琥都は自分の乗ったムカデの額を指差した。
そこにあったのはかつて龍牙と戦った雅迅の顔だった。
「だけど残念。もう雅迅は死んだよ。」
「どういう意味だ?」
「力を欲しすぎたんだよ。聖霊なんかを体に埋め込むんだからな。」
亞琥都は自分の腕に埋め込まれたチップを見せつけた。
「『レインフォース』か。」
「正解。よく知ってるな・・・ってそりゃ知ってるか。だって、
あんたが一番最初の『適応者』だもんな?」
「っ!!」
鶯劍の顔に動揺の色が見え始める。
「どんな気分だ?『アマルガム』になった気分は?」
「黙れ」
「爽快だよな聖霊をまるまる一体とりこんだんだからな」
「黙れ」
「取り込まれた聖霊は悔しいよな。『信頼していた』人間にうらぎられたんだからな。」
「黙れ!!」
「鶯劍はん!!」
堪えきれなくなった鶯劍は濃姫の制止の声すら無視して一気に亞琥都のところまで跳躍し、半月刀で斬りかかった。
「がっ!?」
だがそのがら空きになった横腹にムカデの鞭のようにしなる尾が叩きつけられた。
空中でその勢いを殺せるわけもなく、鶯劍の体はそのまま広場を囲む塀を何個も貫いた。
完璧に止まったころには、すでに広場から300メートルは離れていた。
それを遠目に見ながら亞琥都は堪えられないという風に笑い出した。
「ははははっ!!隙がありすぎなんだよ!!」
バウンという獣の吼え声のような音とともに亞琥都の頬が裂けた。
それを手で押さえながらそれが撃たれた方へとその鋭い視線を向けた。
「外してしまいましたわ。」
濃姫は未だ煙が立ち上る銃口をまた亞琥都に向け、引き金を何度か引いた。
だがそれは見えない壁があるように亞琥都の目の前で弾かれていく。
「死にたいみたいだな、ババアが!!羅門!!」
亞琥都は羅門に濃姫に突撃させる。
「・・・ババア?」
そんな超質量が迫っているにも関わらず、濃姫は一歩も動かない。だが、その肩は小刻みに揺れていた。
大きく開かれた口に濃姫はただ手をまっすぐ伸ばした。
その手はやんわりとその鼻先に触れると巨大なその体をその場から動くことなく受け止めきった。
「なっ!?」
急停止した羅門の頭から容易く亞琥都は吹き飛ばされるが、そこはひらりと軽やかに着地した。
「まさか羅門の突進を素手で受け止めきるとは、予想外だな。」
「・・・だ?」
「ん?」
「誰・・・アだ?」
「なんだって?」
「誰がババアだ!?このガキが!!」
「ひっ。」
濃姫の鬼の形相に亞琥都はその本能からか、無意識に後ずさってしまう。
濃姫は着物の裾を捲り、あらわになったその艶やかな白い足から何かを抜き出した。
その手に握られたのはマガジン。
だがそれは先ほどまで使っていたものとは違い、マガジンそのものが真っ赤だった。
濃姫はそれを弾切れになった左手に持つ銃に差し込み、引き金を引いた。
バウンという銃声の後に、今度は爆弾の爆発音が響き、ムカデの足が数本、その付け根と共に吹き飛んだ。
「キシャアアアアア!!」
また体をクネクネと動かして悶えるムカデに、 赤い弾丸が1つこぼれ落ちたことを気にするわけもなく、濃姫はさらに2度、3度と引き金を引いた。
その度に銃声と爆発音が辺りに響き渡り、たった4発しか喰らっていないはずのムカデの体はその体積を四分の一も減らしていた。
地面の上を悶え回るムカデを尻目に濃姫は亞琥都に向けて発砲した。
「っ!?はっ!!
すんでのところで亞琥都は金槌を振り、風の弾丸を赤い弾丸にぶつけた。
花火を目の前にしたような眩い閃光が2人の目を襲った。
だが、そこは厳しい戦闘訓練を受けた者同士、何秒も同じところに止まるわけもなくまた走りだす。
亞琥都はすぐさま金槌を振り下ろした。それに対し、濃姫はすぐさま横っ飛びをする。遅れて、濃姫の横の地面が派手に凹んだ。
だが、濃姫はそんなことに目もくれず、手元の銃から弾丸を吐き出した。
だがそれもまた亞琥都のドントルマによって防がれてしまう。
しばらくの間それが続けられた。
だが、その連鎖は意外にも早く終焉を迎えた。
ガチンという音とともに濃姫の銃のスライドが引かれた状態で止まった。弾切れである。
それを隙と見た亞琥都は一気に距離を詰め、思いっきりその金槌を振り下ろした。
だが濃姫はなぜかそれを見ると、弾切れになった左手の銃を亞琥都に投げつけた。
「なっ!?」
突然の行動に亞琥都の動きに迷いが生まれた。
それを濃姫が見逃す訳もなく、銃の引き金を引いた。その先にあったのは・・・
「はん!!ハズレ、」
亞琥都のその言葉は最後まで紡がれることなく爆発に呑み込まれた。
その足元にある赤い弾丸だった
「アタリですよって」