第壱拾七話 地割れ
「ああああああああ!!!!!!!!!!!」
もう今はない右腕を堅い左腕の甲殻で抑えた羅門が叫び声を上げた。
その先についたムカデも体を捩らせてもがく。
それを軽く一瞥すると蘭丸は膝をつく鶯劍に視線を合わせ、その右目に手を当てた。
「痛っ!!」
「動かないで下さい。」
蘭丸は腰から小瓶を取り出すと、その中に入っていた液体を新しい布に染み込ませ、傷口に当てた。
「ぐっ」
「まだじっとしていて下さい。」
また別の少し小さめな布にまた液体を染み込ませ傷口に当てると包帯でそのまま頭に巻きつけた。
「終わりました。」
鶯劍はこの1分の間にもう痛みを感じなくなっていた。
軽く触れてみるが、どうやら出血も止まっているようだ。
「すまない。助かった。」
鶯劍は立ち上がり、刀を構えるが、どうやら遠近感がおかしいらしくふらふらとふらついていた。
そんな鶯劍を蘭丸の刀が遮った。
「下がってください。」
「なんだと?」
鶯劍は片目で睨みつけるが蘭丸はどこ吹く風のように顔色1つ変えない。
「あいつは俺を狙っている。お前は関係ないはずだ。お前こそ下がってろ!!」
「いえ、下がるのはあなたです。」
「なんだと?」
「ここはどこですか?」
「暁天城。」
「ならその主は?」
「信長」
「僕はその信長様から直々にこいつらの掃討命令を受けているんですよ。」
「ちっ。分かった。」
鶯劍はその言葉に素直に両手を上げ、引き下がった。
それを見て蘭丸はニヤリと笑う。
「どうも。」
「いだぁいいいいい!!!!!」
そこへ金切り声と共に巨大ムカデが振り下ろされた。
2人はそれぞれ別の方向に回避すると、蘭丸は一気に斬りかかり、鶯劍は離れたところで腰を下ろした。
「はっ!!」
剣閃が煌めきながら蘭丸の刀が羅門の左肩に撃ち込まれる。
それもまた鶯劍と同じように弾かれてしまうが、刀が甲殻に触れた瞬間、羅門の体に電流が駆け巡った。
「うっ、ぐっ、があっ」
口から黒い煙を吐き出し、何度かビクビクと体を跳ねさせるが、まだ左腕を振るう。
蘭丸はそれを軽く跳んでかわすとその腕の上を走り、あの紋様の部分を斬りつけた。
「がああっ!!」
また電流がながれ羅門は体中から煙を上げる。いたるところから出血しているのが分かる。
蘭丸は一度飛び退くと、また駆け出した。
今度狙うのはその巨大な口。
大きく開かれたそこへ蘭丸は神速の抜き打ちを放った。
縦に裂かれた口から流れる、先と比べものにならない量の電流に、羅門は白目を向き背中から倒れた。
「ふう。」
蘭丸は小さく息を吐くと気絶している羅門に近づいた。
「何をする気だ?」
「愚問ですね。」
蘭丸は羅門の横に佇むと刀を握る手に力を込めた。
「トドメを差すんですが、なにか?」
「殺す必要はない。その紋様が刻まれたチップを取り除けば・・・」
「無理ですよ。」
「なんだと?」
蘭丸は怒りで満たしたその眼を鶯劍に向けた。
「こいつは僕達の仲間を殺したんですよ?」
「・・・ああ。」
「あなたはなぜそこまでこれを庇うのですか?」
鶯劍は答えない。
「あなたは仮にも前の大戦で何万もの命を消したというのに。それとも、」
「自分自身と重ねているのですか?」
「!!」
久しぶりに金属音が部屋の中に木霊する。
「貴様、なぜそれを知っている!?」
「私は信長様の側近ですから、知っていてもおかしくないとは思いませんか?」
蘭丸は鶯劍を押し返すと服の着崩れを直した。
「かの『鬼神』もここまで弱くなるとは、残念ですよ!!」
蘭丸はまた羅門の横に立つと両手で刀を逆手に持ち、一気に振り下ろした。
その時、鶯劍の耳に何かが割れるような音が聞こえた。
「うっ!!」
突然目の前で起こった凄まじい閃光に蘭丸は自分の目を覆った。
「ぐふっ!?」
そしてその腹に鈍い衝撃。
吹き飛ばされた蘭丸は壁を貫き、隣の部屋の床を滑る。
「蘭丸!! っ!?」
壁に購われた穴に向け叫んだ鶯劍は、横から迫る殺気に気づきとっさに屈んだ。
その上を行くは細長い尾。
「ちっ、『部分変化』か。」
そこにいたのは2つ頭のムカデだった。
その一方の額には仮面が埋め込まれ、もう一方には、
「なっ!?あれは、っ!!」
もう一度迫ってきた二俣の尾を跳んでかわし、少し距離を取る。
「オオオオオオオ!!」
耳をつんざくような声を出しながら身を捩ると、ムカデは自らの頭を壁にぶつけた。
「なんだ?」
そしてそのままその巨大な体をねじ込むようにして進んでいく。
「上に行く気か。」
鶯劍は半月刀を腰溜めする。
「燦然と輝き、流星のように儚く散れ」
ムカデの巨大の周りに幾つもの光が灯る。それはまるで満天の星空を見上げているようだ。
「『制空崩落』」
辺りを漂う光は一瞬収縮したかと思うと一気に破裂した。
中から放出された閃光は細い針のようにその堅牢な甲殻を貫き、焼き尽くした。
だが、すでに壁の中に入っていた上半分は無事だったようで下半分を切り捨て、また進み始めたようだ。
鶯劍の足に伝わる振動がその生命力の高さを表していた。
「くそっ。蘭丸!!」
鶯劍は壁に開いた穴を通り、蘭丸の元へ急いだ。
「どうやら僕は失格みたいですね。」
「ああ。」
肋骨を右3本、左一本、右大腿骨、右腕については本来曲がってはいけない方向に曲がっていた。
だが、奇跡的に臓器はほぼ無傷だった。
「今、自分で救護班を呼んだので、心配はいらないですよ。」
「そうか。」
鶯劍は立ち上がるとあの巨大ムカデが開けた穴へ向け走り出した。
「これ治ったら一発でいいから殴らせて下さい。」
「・・・いいだろう。」
そう言い残し鶯劍は穴の中へと消えた。