第壱拾六話 無数の目二つの目
久々の4000字突破
暁天城地下2階 ???
「ふん。」
鶯劍はサンダルのような靴の裏で細長いものを踏み潰した。
ぐちゃ、という内臓が潰れる音に闇の中に輝く無数の目が蠢く。
それはまるで1つの生き物のように一直線に鶯劍へと襲いかかった。
「!」
ずざざざざという引きずるような音が鶯劍の耳に届いた頃にはすでにその体は緑色の柱に呑み込まれていた。
その塊はその質量に似つかわしくないスピードで進み、一瞬にして向かいの壁に激突。
木造であるこの部屋がそれに耐えられる訳もなく、容易くその壁を貫き、一瞬浮かび上がったかと思うと、隣の部屋の床へと落ちていった。
潰れることを恐れないのか、ぐちゃぐちゃと果物が潰れるような音が鳴り続ける中、何かが床に叩きつけられる音がした。
「ぐっ。」
その音源である床に押し潰された鶯劍の口から空気が押し出される。
その個体数はどんどん減っていくが、その圧力は収まるどころか逆に増していた。
その超質量に鶯劍の体が悲鳴を上げるようにビクンビクンと痙攣を起こす。
鶯劍はゆっくりと左手を刀の柄に伸ばすと一気に引き抜いた。
その瞬間、鶯劍の体が金色に輝き出したかと思うと、今度は鶯劍を中心に青白い球体が出現した。
それは、あの超質量などなかったかのようにあっさりとムカデの群れを弾き返し、一瞬にして天井に届くほどの大きさとなった。
それを展開した鶯劍はというとすぐさま起き上がり、球体の表面を蠢く生命体を睨んだ。
その体はムカデの緑色の血で染まっていた。
「この虫けらが。」
腰に差した金色の刀を引き抜くとそれに一気に冥力を流し込んだと、それは一瞬にしてあの半月刀へと化していた。
鶯劍がその刀を横に一閃すると、その『空域』の外に劇的な変化をもたらした。
「崩れ去れ。」
その声が紡がれると同時に灰色の砂が鶯劍の周りに降り注いだ。
無数にあった命がこの一振りで無に帰した。
灰色の雨がやむころには鶯劍の佇む周りの床は全てその砂で埋まり、砂漠のようになっていた。
「ふん。まだいたのか。」
鶯劍がその言葉を発するのと同時に、その後ろの壁が爆発したかのように砕け散った。
そこから現れたのは、
巨大なテラテラと不気味に光る無数の牙だった。
暁天城広場
「まずは1人。」
亞琥都は金槌と銃を腰にしまい、本丸に歩き出した。
「はぁ。」
だがその最中、亞琥都の足を止め、溜め息を零した。
「おいおい。いい加減先に進ませてくれよ。」
「すいませんが、それは無理ですよって。」
亞琥都は振り返らずに大きくバック転をすると、その目の前に銃痕が生まれた。
「容赦ないな、マム。」
軽やかに着地すると亞琥都は前に立つ勝家を小脇に抱えた着物の女、濃姫を見やる。
「容赦なんて言葉、私の辞書にはありませんよって。」
そう言うや否や、男を抱えているとは思えない俊敏な動きで移動を始めた。亞琥都も銃を握るが、左手に握られた銃の正確な射撃に亞琥都は回避に専念せざるをえなかった。
濃姫はそのまま本丸の入り口まで進むとそこに勝家を投げ捨てた。
「ぐっ。」
それに勝家は苦悶の表情を浮かべるが、濃姫は目も向けず、開いた右手にももう一丁銃を握り、相手に構える隙を与えない凄まじい連射を行った。
「すいません、濃殿。私は・・・」
「もういいどす。邪魔ですからどいてくださりません?」
しょげていた勝家はその濃姫の怒気の混じった笑みに気圧され、一目散に建物の中へと消えた。
「ふう。」
濃姫は溜め息をつきながらも、片手で弾切れになった左手の銃のマガジンを一瞬で取り替えると、また撃ち始めた。
「ふっ!!」
そこへ10メートルは離れた亞琥都が弾丸を避けながら、またあの金槌を振るった。
上から見ていた濃姫はそれがどういう攻撃か理解していながら、焦ることはなく、左右の銃を2発ずつ亞琥都の方向に撃つしかしなかった。いや、必要がなかった。
なぜなら、
もうその技のからくりを見破っていたからだ。
寸分違わず亞琥都の頭部へと軌跡を描いていた弾丸は、その半ばに何かに弾かれたようにその軌道を逸らした。
この瞬間、濃姫にその不可視の攻撃を遮るものはなくなった、ハズだった。
だが、次の瞬間驚きの声を出したのは亞琥都だった。
「なっ!?」
亞琥都にしか見えないその攻撃は、なぜか濃姫に当たる前に霧散したのだ。
「信じられんって顔してはりますな~。やけど、」
亞琥都は何度も金槌を振るうが、濃姫はただそれに弾丸を浴びせるだけだった。たったそれだけ、だがそれによって完璧に亞琥都の攻撃を無力化していた。
「これは夢じゃないですよって。」
その今までにない出来事に亞琥都は焦った。
(なぜだ、なぜ俺の『ドントルマ』が効かない!?)
徐々に距離を詰める濃姫の鋭い眼光は亞琥都は震え上がらせるのに十分だった。それはまるで猛獣を前にした小鹿のようであった。
「くそがっ!!」
亞琥都は左手を右腕の肘の辺りに一度当てると、後ろへ跳び、その金槌を振るった。
だがそれもまた濃姫の弾丸によって消し飛ばされた。
「いい加減その『風の弾丸』を止めたらどうですか?」
「なんだと?」
亞琥都の額に冷や汗がとめどなく溢れる。
「もう私には効きませんよって。」
「嘗めるな!!」
亞琥都は金槌を振るい様々な方向へ『風の弾丸』を放った。
亞琥都の目にはそれが四方八方から棒立ちの濃姫に迫るのが見え、笑みを浮かべる。
「終わりだ!!」
亞琥都が勝利を確信した、その刹那、濃姫の周りに無数の閃光が煌めき、そして、
全ての『風の弾丸』は霧散した。
そして遅れて辺りに響くのは無数の銃声と鮮血の飛び散る音だった。
「ぐっ。」
弾痕が窺える太ももを抑え、亞琥都は膝をついた。
「せやからいうたのに。」
濃姫はゆっくりと亞琥都に歩み寄る。
「なぜだ、なぜ当たらない!?お前は一体なにをした!?」
わめき散らす亞琥都にため息をつきながら濃姫は自分の愛銃を取り出した。
「この2つは同じに見えて実は違うんどす。」
「何がいいたい。」
「もし、一方に入れた機構を全く正反対にして入れたらどうなると思います?」
「そんなこと知るか!?」
「まあ、頭の悪い人だこと。弾丸の回転する方向が逆になるんどす。」
「だからそれがなんだ?」
「まだ分かりまへんか?
そちらが使ったのは簡単に言えば風の『渦』。その中心に冥力で強化した、全く回転が逆の2種類の弾丸を撃ち込んだらどうなると思います?」
「っ!?まさか、それで回転を止めて無効化したというのか!?そんなわけ・・・」
「だけど、目の前でそれが行われた。」
「くっ。」
「チェックメイトどす。」
濃姫は右手に持つ銃をピタリと地面に手をつく亞琥都の額に合わせる。
だが亞琥都は先ほどまでの怯えようが嘘のようにうっすらと意味ありげな笑みを浮かべていた。
「ふん、まだだ。」
「まだそんな虚勢がはれますか。」
「さっさとやられてれば良かったものを。」
「はい?」
濃姫は訝しげな表情を浮かべる。
「今、賽は投げられた。」
亞琥都のその言葉に合わせ、凄まじい音と共に、
大地が割れた・・・
暁天城地下2階
その5分前、灰色の砂に囲まれた鶯劍は巨大なムカデを左肩から生やした羅門と対峙していた。
「お前がこいつらの親玉か?」
「・・・」
鶯劍の質問になんの反応も示さず、羅門は仮面の奥から鶯劍を凝視した。
「答えない、か。質問を変えるか。なにが目的だ?」
すると、羅門はゆっくりと右腕を上げ、その人差し指で鶯劍を指差した。
「・・・兄さん。」
「兄さん、だと?お前、まさか!?」
鶯劍が言葉を紡ぎ終えるより早く羅門は動いた。 それから遅れて巨大なムカデが引きずられるようにして動きだす。
マントを翻しながら羅門は鶯劍の真上に跳び、左腕を振るった。
まるで巨人族のハンマーのような巨大なムカデが、それとは不釣り合いなスピードで鶯劍に迫る。
受け止めようと鶯劍は構えたが、何かに気づいたのかすぐさま構えを解き、跳んで回避した。
そのまま地面を滑るように着地をした鶯劍の目に入ったのは、
「うっ。」
ぐつぐつと不気味な音をたてて溶けていく床だった。
『竈滅眼』を発動していた鶯劍はあのムカデから奇妙な液体が吹き出しているのを見たからこそ受け止めなかったのだ。
「強酸の唾液か。」
こいつはやっかいだ、と呟きながら鶯劍は半月刀を構えた。
そこへ今度は直線的にその左腕が伸ばされるが、それを体を反らして回避するとそのまま本体である羅門へと駆け出した。
羅門もとっさに腕を引き戻そうとするが、それが間に合うわけもなく、あっという間に肉迫した鶯劍が刀を振りかぶった。
「ぐっ!?」
だが、また何かに気づいたのか鶯劍は目を見開くと、体を回転させながらあらぬ方向へと吹き飛んだ。
「がっ、ああ!!」
ゆっくり起き上がった鶯劍は、右目を抑えたままうめき始めた。
その指の隙間からは血が一滴また一滴と滴り落ちていく。
右手をどけると右目のすぐ横の肉がごっそりとえぐられていた。
鶯劍は懐から白い布を取り出すとそれを眼帯の代わりに右目にきつめに巻きつけた。あまりの出血はその布はすぐに深紅に染めていく。
だが、この怪我を代償に鶯劍は3つのことが分かった。
1つ目は、羅門が通常行う攻撃はあのムカデのみであること。
2つ目は、強酸を口からだけでなく、その無数にある足先からも出せること。
そして3つ目は、
「はぁ、はぁ、」
その燃費の悪さと大きさのために体力の消費が早いことだった。
ここから導き出される最良の選択は、
相手のガス欠待ち
のハズだった。
「ふっ」
だが鶯劍はその作戦を使わずにまた駆け出し、もう一度羅門に肉迫すると刀を振りおろした。
しかしそれは堅いムカデの甲殻に弾かれ、あまりダメージを与えられない。
弾き返されたことで空中で制止した鶯劍に向け、また酸が噴出されるが、鶯劍は体を大きくひねって避けた。
そしてまた一定の距離をとり、先ほど刀で斬りかかった場所を見た。
そこにあったのは、白く輝く紋様だった。
「お前、『アマルガム』だな?」
鶯劍の言葉に羅門は静かに頷く。
鶯劍はあの紋様に見覚えがあった。
「なぜ俺を狙う?」
『合成物』となずけられたそれは、読んで字のごとくある2つのものを合成され、ひとつになったもの。
つまり、精霊と人間の混合物。それは即ち莫大な冥力を保有することを意味する。
ならば、冥力が尽きたとしてもまた追加される可能性がある。これを『自ら』を持って体験している鶯劍は、一気に決めようとしたのだ。
「教授(父さん)・・・呼んでる。」
その答えに鶯劍は体中の毛が逆立つのが分かった。
「あいつが・・・」
「早く来い。教授・・・待つの嫌い。」
羅門はゆっくりと歩を進め、鶯劍に手を伸ばした。
「一緒に、行こう。『兄さん』・・・」
その手はゆっくりと伸ばされ、鶯劍にその指先が触れた。その刹那、
「?」
その右腕が宙を舞った。
「あ。」
「行かせませんよ。」
2人の間から響いた凛とした少し高い声は、
「お前は・・・」
「私達の仲間は渡しません。」
髪を1つに結った蘭丸だった。
大地が割れるまで後3分