第六話 城へ
どこかから差し込んできた眩い光に照らされ、ユウは目を開けた。
ぼうっと天井を見た後、首をめぐらした。
ユウの寝るベッドの脇にある棚には様々な薬品が並んでおり、そこで初めて病室にいることを理解した。
「またか・・・」
体を起こし、呟いた。
「また、負けたのか、あいつに・・・」
窓の外に広がる空へ目を向けた。
「アルタ。何がしたいんだ?」
そこまで呟いたところで、ドアの向こうから聞き慣れた声がした。
「ヒドいです。ボクを忘れるなんて・・・」
「だから、忘れてなんかいないって。ただ迎えに行く暇もないくらいすぐに連行されただけだから・・・な?」
「その割にはイヴのことよりも攫犀のことばかり話していなかったか?」
「そんな~」
「いや、ちょっ、先生!?何言ってるんですか!?」
「事実だろ?」
ドアが開いた先には案の定、龍牙や鶯劍などのいつものメンバーに、さらには龍牙の頭の上にイヴが乗っていた。
「うっ、いや、その・・・、あっ、ユウさん!!」
龍牙は余程追い詰められていたのか、ユウが起きているのを見つけるとすぐさま駆け寄った。
その行動に苦笑しながらもユウは頷いた。
「ええ、まあ。」
「良かった~。」
「ボクはよくないです~」
龍牙の髪の毛を頬を膨らませながら引っ張るイヴにまた苦笑していると、今度は花束を持った麗那が近づいてきた。
「でも気がついて良かった~。
展望室に倒れていた時は顔面蒼白だったんですよ?」
その言葉にユウはハッとして鶯劍を見た。
だが、その視線の意味を理解した鶯劍は無言で首を横に振った。
「そう、ですか・・・」
「親しかったのか?」
鶯劍の言葉にゆっくりと頷く。
「ええ、あの事件の後、この国に来て最初にできた先輩であり、最も親しい友でした・・・」
「そうか・・・」
その重い空気に耐えきれなくなったのか麗那は花瓶を手に取り、「いれてきますね。」と一言残し、ケイミーと共に出て行った。
とり残された男性陣はしばらく無言でいたが、また鶯劍が重い口を開いた。
「誰にやられた?」
その余りにもストレートすぎる質問がユウにとってありがたかった。
「アルタ・シルベスター」
その名前に鶯劍は目を見開いた。
「まさか、『ジャッジメント』第三位のアルタか!?」
「ええ。」
「なんでそんなやつが・・・」
「『シルベスター』って、そう言えばユウさんもあの『将軍』と戦った時にそう呼ばれてましたよね?」
龍牙のその言葉で鶯劍はハッとした。
「まさかそいつがお前の・・・」
「ええ、僕の実の姉であり、僕の」
ユウは拳を強く握りしめた。
「両親を殺した敵ですよ。」
その怒りに満ちたユウの表情に龍牙は何も言えなくなった。
「あいつだけは絶対に許さない。」
西大陸 魔天道
首都 京都
それから数日後、回復したユウに連れられ、一行はある場所に向かっていた。
今時珍しい屋根瓦の多い家が並ぶ中、それはただ悠然と建っていた。。
屋根瓦なのは変わらないが横幅は最低でも1キロ、高さは地上100メートルは裕にある五層に分けられた城だった。
その中でも目を引くのはその天守閣の裏にあるこれまた巨大な飛空挺。 いたるところに砲台が備えつけられたそれは、天守閣よりも大きく見える。(実際大きいのだが)
「あれが我らが長、信長様がいらっしゃる、『暁天城』です。」
「相変わらず趣味の悪いネーミングセンスだな。」
鶯劍がそう毒づくのを咎めず、龍牙達はその見たことのない城に見入っていた。
「一緒に来られていた3人は既に城内にいるみたいなので、急ぎましょう。」
5人はまた城へと歩きだした。
暁天城5階 廊下
それからしばらくして5人は5階の真ん中にある襖の前にいた。
そこでユウは跪き中に聞こえるように告げた。
「遊撃部隊隊長ユウです。例の4人を連れて来ました。」
すると、すぐに襖の向こうから重い声が響いた。
「御苦労。中へ入ってよいぞ。」
「はっ。」
軽くそのまま頭を下げるとユウは襖を開け、4人を中へと導いた。
中は畳が敷き詰められ、上座である奥の方を周りよりも一段上げただけの質素な造りだった。
脇にはずらりと家臣達が並ぶ中、上座には異様なオーラを出す男とその両脇には鮮やかな紅葉が編まれた着物に身を包んだ女性とまだ龍牙とそこまで離れていない少年がいるだけだった。
「じゃあみなさん、前へ。」
ユウに促され4人は既に上座の前に座っている3人の横に座った。(もちろん椅子などはない。)
「さて、前置きは省かせてもらおう。」
上座の真ん中に胡座をかく男、信長ははっきりとした口調で話し始めた。
「お主等に我ら『魔天道』に加わってもらいたい。」
「断る。」
即座に否と答えた鶯劍に周りの家臣達は一瞬、呆気にとられるとすぐに立ち上がり怒鳴り始めた。
「無礼者!!信長様になんと言うことを!?」
「静まれ。」
詰め寄る家臣の1人に信長は静かに告げた。
だが家臣も引くに引けない。
「しかし・・・」
「静まれと言っている。」
家臣はその一言に震え上がった、いや、正確に言うとその目に、だ。
それを向けられていない龍牙でも恐怖を感じる程の冷徹なまでの殺気が家臣に向けられたのだ。
「は、はっ。」
それに家臣も耐えられる訳もなく、すごすごと元の位置へと戻った。
それを横目に見ると信長はまた口を開いた。
「今、断ると言ったな。なぜだ?」
まるで心の中を見透かすような視線に龍牙はまた寒気を感じるが、それを向けられている鶯劍は、なんとも思っていないのか、平然としていた。
「俺達は『あくまで』白狼村の使者だ。だからこそ、そちらに属することはできない。」
「ふむ。」
鶯劍のはっきりとした口調に信長は一度瞼を閉じた。
そしてまた目を開くと、傍らに置いてあった様々な装飾をされた銀色の鞘に納められた剣を手に取り、鶯劍の前に立った。
銀色と言うより灰色に近い鎧を纏い、その背には血で染めたような赤いマントをつけた信長は悪魔と言うより魔王と言った感じだった。
その威圧感に龍牙達は体を強ばらせた。
「今の自分の状況を理解した上で言っておるのか?」
「ああ。」
ただ1人平然としていた鶯劍は軽く頷く。
その反応に信長は俯き肩を震わせた。
それは怒りによる者だと誰もが思った。だが、次に信長の口から発せられたのは、
「は~はっはっはっはっ!!」
笑い声だった。
「お主は相変わらずよの。」
「お前もな、悪魔が。」
「悪魔はよせ。せめて魔王と呼んではくれぬか?」
「断る。」
「はははっ!!そうか。」
一同は2人の反応についてゆけず呆然としていた。
「で、実際はどうなのだ?」
「お前らの元には入らないが、協力という形ならとらないこともない。結構、派手にやってるからな。」
「ならばそれでよい。で、そこの小僧どもは使えるのか?」
「ああ。一応、四神の宿し主だからな。」
「ほう。ではこの小僧が神龍か。面白い。濃!!」
信長の右に座っていた着物の女性が立ち上がり、また信長の横に跪く。
「なんでございますか?」
「そこの小僧と試会うてみろ。」
「はっ。」
「へ?」
龍牙は目を大きく見開き奇妙な声を上げた。
「だそうだ。」
「だそうだ、じゃないですよ先生!!なんで俺が戦わなくちゃいけないんですか!?」
「はあ。」
ため息1つ鶯劍は喚く龍牙の肩に腕を回し誰もいない角へ移動した。
「やってみろ。」
「いや、だから、」
「この一戦が多分お前の中の常識を覆す。」
鶯劍の目が意味深な光を帯びているのに気づいた龍牙はため息をつきながら頷いた。
「よし。」
鶯劍は軽く龍牙の肩を叩くと意気揚々に信長の前に戻った。
「はあ。」
その師の浮かれ具合に龍牙はため息をつかずにはいられなかった。