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第二話

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 小暮が二度目に青年に会ったのは街中、仕事先から会社に戻る途中の事だ。

 ぼちぼち一服ついでに昼でも食べるかと、コンビニ弁当を助手席に車で休憩場所を探していた時だった。どこもかしこも禁煙、禁煙。喫煙場所を探すのは一苦労である。

 天気予報では午後から雨が降ると言っていた。案の定、窓の外では小雨が降り始めている。車内で昼を取りたいが社用車は勿論禁煙だ。確か近場に公園があったな……と、カーナビを頼り目的地に向かった。


 右手に傘を差し左手にはコンビニの袋を下げ、小暮が公園内の小さな四阿あずまやに行くと既に先客が居た。

 その人物は木製のベンチに腰掛け、エディターズバッグを膝に抱えていた。傘は脇に立てかけてある。顔は上を向いているが空を見ている訳でもなさそうで、景色に融けてしまいそうな、酷く気配が薄い佇まいだった。


 ――似ている。


 突如思った。纏う雰囲気が似通っているのだ。いや、それだけではない。

 小暮は衝動的に話しかけた。

「こんにちは、また会ったね。確か、夜刀神君……だっけ?」

 上を向いていた青年の顔が緩く動き、視線が小暮に固定されると、消えそうだった気配がはっきりした。人形が人間になったような、そんな印象を受ける。

「こんにちは。えーと……小暮――、文也ふみや君の、お父さん」

 突然スーツのおじさんに声を掛けられたのにさして驚くでもなく、少し記憶をさらっていたらしい青年はふわりと笑顔を見せた。

「大学はどうしたの?」

「ちゃんと行きました。ただ、受ける予定だった午後の講義が講師の事情で急遽無くなったんです。今日は他の講義も無いので予定が空いてしまって……。あ、サボリじゃないですよ?」

 肩を竦めると柔らかな笑顔が幾分深くなる。

 ああ、やはりこの青年は記憶の底をくすぐる。小暮の胸に、しくしくと懐かしさと痛みが込み上げた。

 青年に断りを入れて向いのベンチに腰掛け、弁当を袋から出して食べ始める。彼は一度スマートフォンを覗き、再び顔を上げて小雨にけぶる空の何処かを見つめる。

 天気の話や息子の部活の事など、時々他愛ない話を青年に振ったりしながら食事を続け、人気のなくなった公園を見渡した。

 食べ終わると弁当殻をコンビニ袋にまとめ、タバコを取り出し火をつける。軽く一度吸い込んでから思い出したように青年に目を向けると「どうぞ」と言って頷いた。遠慮なく食後の一服を味わい、小暮はおもむろに口を開いた。

「『夜刀神』って、珍しい苗字だね。滅多に聞かない気がするよ」

「そうですね。漫画みたいとか、よく言われます」

「へえ」

「親戚以外で同じ苗字を聞いた事が無いので、全国の夜刀神さんは殆どウチの縁者かもしれないですね」

 青年は軽い調子で話すと穏やかに笑う。相変わらず空を見上げたままだ。首は疲れないのだろうか。

「そうなんだ。実は、俺の友達にもいたんだよ。同じ町内の子で幼馴染なんだけどね。もしかしたら君の親戚だったりして。『夜刀神やとがみ 沙季江さきえさん』っていうんだ。僕と同い年でね――」

 は、と息を飲み込むような微かな響きのあと、鞄を抱えている青年の手が、微かに揺れた気がした。

「沙季江さん――ですか……」

 空を見ていた彼の顔が小暮に向き、少し見つめた後横へ動く。ゆったりした動作だが、視線は心なし彷徨っているようだ。

「俺、仕事の都合でこっちに来るまでは北海道に住んでいたんだ。高校の頃に彼女が転校して。後になって結婚したって聞いたけど、その後は音沙汰が無くてね。仲が良かった分、長い事気になっていて。どうだろう、心当たりなんて無いかい?」

 当たり障りのない思い出話をしながら、小暮は当時を振り返った。


 沙季江と小暮は、幼馴染から恋人同士になった。

 彼女は物静かで大人しく、それなりに社交的。小暮はそこそこ活発だが、インドアも嫌いじゃない。家も比較的近く、なんとなく気が合っていつも一緒に行動した。思春期を迎える頃にはお互いを意識し始め、自然と友情が恋情に変わる。そのまま結婚して家庭を持てたらと将来を夢想もした。

 どこにでもある甘酸っぱい平凡な物語――。


 一瞬脳裡によぎった光景を、反射的に拒絶した。

 視界が真っ暗になり小暮は慌てて瞼を開ける。無意識に目を閉じてしまったようだ。幸い、何か考え込んでいる様子の青年は気づいていなかった。辛い記憶は必要ない。心の奥にきつく蓋をすると、再び間を持たせるように彼女の事をぽつぽつと語った。

 青年は小暮の話に耳を傾けながら静かに視線を彷徨わせていた。適度に相槌をうち何事かを思い出している風なのだが、彼の揺れる視線が気にかかる。鞄の上で緩く組み合わされた両手は、時折、指先を白くさせるほど強く手の甲に食い込む。

 心たりがあるのか、無いのか。

 どんな事でもいい。彼女に繋がるかも知れない何かが欲しくて、小暮は目の前の青年を穴が開きそうな程注視した。

 話しが終わっても彼の視線はふらりふらりと空を漂う。勿体ぶらずに教えてくれ、と小暮がじりじりし始めた頃にようやっと言葉がきた。

「その人に会いたいですか?」

「そりゃあ、会えるものなら会ってみたい」

「なぜ?」

「何故って……。さっき話したけど――」

「好きだったんですか?」

「!」

 はぁ、と息を吐くと小暮ははっきりと口に出した。

「そうだよ。彼女が転校するまで付き合ってた。事情があって、離れてしまったけど……」

「今でも、その人の事を?」

「さすがにもう、彼女とどうにかなりたいとは思わない。ただ……、事情が事情だったから、知りたいんだ。今、どうしているのか」

 心も体も深く傷つけられてしまった彼女が、幸せな家庭を築いてくれているなら、行き場を無くしてしまった思いにも区切りがつけられる気がする。

「よほど深く想っていらしたんですね」

「っ、いや……。そのう、まあ、ね……」

 気恥ずかしい言葉を掛けられ、小暮は口にしていたコーヒーで軽くむせた。「大丈夫ですか?」と尋ねる青年からポケットティッシュを数枚渡される。缶をテーブルに置き口元を軽く拭うと周りの飛沫もふき取った。礼を言い、改めて青年を見る。

「その人は……、もうここにはいません」

「? 日本にいないって事?」

「いえ。日本にはいます」

 ますますわからない。

「居場所は教えられないって事かな。話せない事情がある?」

 過去の状況を考えると無いとは言えない気がした。だとしたらどうしようもない。

「それは……」

 青年は口を濁す。そもそもが――、

「君は、沙季江さんの親戚か何かなのかい? 彼女の事はどの程度知っているの?」

「…………」

 根本を軽く追及すれば、青年は俯いてしまった。

 どの程度の繋がりがあるのか、最低限説明が欲しがそれもない。折角得られた情報だが、信用できるかは怪しくなってきた。

「僕は……、彼女の血縁になります。一応」

 少し間が空いた後、ようやくそんな返事が返ってきた。

「一応、血縁……」

 どうとでも取れる微妙な答えだと思った。

 親戚と言うほど近くはなく繋がりはあるが交流は少ない、遠縁かその辺りだろうか。改めて青年に注視するとやはり、そこかしこに彼女の面影を感じる。もっと近い血縁ではないのか? だとすれば彼の話は信憑性が高い。けれど素直に信じるには思わせぶり過ぎて逆に不安になる。

 小暮は悩んだ。


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