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世界の果ての冒険者たち  作者: 彩都 諭
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第8話 緑龍の災厄

 第8話 緑龍の災厄



 夕焼け。


 緑龍の森の木々が、茜色に染まっていく。


 風に揺れる木の枝が、まるで別れ際に手を振るようにも見えた。


 人間に恐れられ、怪物やアンデッドが彷徨うこの森も、残酷な一面ばかりではない。豊かな自然に彩られ、古代の遺跡を静かに抱いて眠っているのだ。


 こうして、いつもの一日が終わるかに思えた。


 しかし、それは突然、森の深い闇から這い出てやってきた。


 太い幹の木々は薙ぎ倒され、通り道に居合わせた不幸な獣は押し潰された。


 奴が過ぎ去った後には、惨たらしい暴力の爪痕が残るのみ。獰猛な怪物たちも、冷たい死を纏う者さえも、ジッと身を潜める。


 奴は森の暴君。かつて、緑龍と呼ばれた怪物であった。




「やれやれ……私は茶を出すように頼んだが、一緒に兵士を寄越せとは言っておらんぞ? アレンよ」


「お言葉ですが、これも近衛隊の務めですので…」


 謁見の間の会議は、少し物々しい雰囲気になっていた。セルゲイが口を開いたことで、これから会議が本格的に始まろうとしていたのだが、その前に近衛隊隊長のアレンが、この部屋の警備を増員したのだ。


「すまないな、セルゲイ。グリューネ村での活躍を聞いているから、俺はお前に感謝こそすれ、警戒はしたくはない。だが、これも近衛隊としての使命なのだ。居心地は悪いだろうが、我慢してくれないか?」


「勿論だ、アレン隊長。むしろ、感謝しなければならないよ。素性のわからない私をこの場に居させてくれるのだから」


「それはこれから、たっぷり聞ければいいことさ。あと、感謝はラーナ隊長にもするんだぞ?」


 アレンとセルゲイは二人揃ってラーナの方に振り向く。


「え、私…?」


「そうですよ、ラーナ隊長。セルゲイとの付き合いは私より長いんですから」


「長いって、そんな、私は……」


 口ごもるラーナ。アレンは悪戯な微笑みを浮かべ、セルゲイに促す。


「ラーナ隊長。道中を含め、ずっと黙っていてすまなかった。どうか許してほしい」


 深々と頭を下げるセルゲイ。どう対応したら良いのだろうか。ラーナは頭を悩ませるが、諦めが入ったようなため息をつく。


「まったく、あなたとこんなに自然に話せるとは、驚きを通り越して、呆れてますよ。まあ、それには何か理由があるのでしょう? 今度こそ、ちゃんと教えてもらいますからね」


 そう言って、頭を上げるようにセルゲイを促す。改めて顔を向き合わせた二人は、なんとなく笑ってしまった。


 その後のセルゲイの話によると、彼はハル村に到着した直後、例の身体強化魔法で一時的に思考能力を上げ、なんと人々の会話やその辺にあった書物から言葉を学んだらしい。少々信じ難い話だが、当時の状況では他に彼が言葉を学ぶ機会は無かったので、おそらく真実なのだろう。


 しかし、この魔法は体への負担が大きいらしく、安易に使うことが出来ないそうだ。セルゲイはハル村でその魔法を使用した後、しばらく声を発することができなくなってしまったという。


 彼の場合は、手振り身振りでもある程度の意思疎通は出来るだろう。だが、セルゲイは彼にとって未知の国にやってきたばかりだ。沈黙によって、謎の多い危険人物と思われてしまうのは仕方がなかったが、いらぬ誤解のせいで戦いになるよりはマシだった。


「それが沈黙していた理由だったのか。齢を重ねても、言われなければわからないものだな」


 アーネストは自分の豊かな髭を撫でながら、感心している。シモーネとエドワルドは何やらメモを取りながら、二人で意見を交わしているようだ。


 アレンはふと、ラーナの方に顔を向けた。すると、彼女は少し落ち着かない表情をしている。気になったアレンは彼女に声をかけようとしたら…


「セルゲイ、あなたの魔法は体に相当な負担がかかるみたいだけど……グリューネ村で戦った時は大丈夫だったの?」


 再び一同の視線がセルゲイに向けられる。


 そうだ。彼はグリューネ村でウンファールとの戦闘の際に魔法を使用している。見たところ、目立った影響はなさそうだが……


「このとおり、まだ私はピンピンしておりますよ」


「……まだ?」


 セルゲイは俯く。その疑問に答えるのを躊躇っているようだ。その目は遠く、しかし、なぜか穏やかな笑みも浮かべていた。


「実は……私の使う魔法は、その力の代償に己の寿命を縮めるのです」


「え? 今、なんて……?」


 セルゲイは改めて、魔法の説明をする。彼の魔法は、己のマナで肉体を強化する。しかし、そのリスクは想像以上に大きく、魔法の使い方次第では自らの寿命を削ることになる。


「…そこの魔法使いのお嬢さんが言っていた通りです。どの魔法にも多少のリスクが伴いますが、この魔法はそれが大きい。文字通り、己の命を燃やすのです」


 重い空気が部屋の中を支配する。


 魔法のリスク。それは、理論ばかりでは推し量れない。その身でそれを知っているセルゲイの言葉が、重くのしかかる。


 皆はしばらく声を発せなかったが、ようやくシモーネが静寂を破った。


「ふぅ…。私、少し勘違いしていたかもしれない。セルゲイ、あなたは正しく魔法使いなのね」


「ん? お嬢さん、どういう意味かな?」


 シモーネは指をチッチッチ、と横に振る。


「お嬢さん…も、ちょっと嬉しいけど、私はシモーネ・ベル。シモーネと呼んで」


「わかったよ、シモーネ。それで? なぜ私を正しく魔法使いと?」


「だって、セルゲイは魔法を正しく使うことができる、稀有な人だもの。ウンファールみたいな大馬鹿とは全然違うわ。そもそも魔法使いは、大きな魔法を使う必要なんてないのよ」


「それを言うなら、私は正しくなんてないんじゃないか? それなりに大きな魔法を使っているよ?」


「あなたは魔法使いであり、戦士でしょ? 自分や他者の命の危機に際し、その身を呈して力を発揮する。私たちがその魔法を使う資格なんてないけど、あなたならば正しく使うことができると、私は思ってる」


 なぜ、シモーネがここまでセルゲイを評価しているのか、それはわからない。だが、シモーネの語気には敬意の念がある。セルゲイはそれを邪推することなど出来ない。


「…そうなのか。そう言われると、素直に嬉しいものだな。ありがとう、シモーネ」


 セルゲイに微笑まれ、シモーネは少し照れたのか、顔が赤くなる。


「もう……ずるい顔」


「え?」


「な、なんでもないわよ! それより、エドっちが何か聞きたそうに鼻息荒くしてるわよ?」


 スッと振り向くと、本当に鼻息を荒くしたエドワルドが待ち構えていた。低めの身長なのに、その気迫が彼を大きくしている。最初の印象とは随分違うような…。誰もがそう思っていた。


「シモーネさん、ありがとうございました! セルゲイさん! 次は私の番です!」


 シモーネを椅子ごと横によけて、エドワルドがメモを片手に迫る。それからの質問責めは、まるで堰き止めていた探究心の川の水が、我慢の限界に達して溢れ出てきたかのような勢いだ。


 屈強な戦士セルゲイは、たまらず椅子ごと一歩引いた。周りにいる重臣、国王、そしてラーナとアレンたちは、この話からすっかり置いていかれそうになる。


「ごほんっ! なあ、エドワルドよ、我らにもわかるように、頼むぞ?」


 しかし、勢いは変わらない。一同は苦笑いをするしかなかった。


「では……セルゲイさんはあの森の西から来たのですね。国の名前とかも全部教えて下さい! 緑龍の森の話も是非! あと、森の中の遺跡も! 全部です!」


「わかったわかった! 落ち着いて、エドワルド君。ちゃんと話すから」


 セルゲイが続きを話し始めようと、少し間をとったタイミングで、テーブルにお茶のおかわりも運ばれてきた。


 セルゲイはお茶を口に含み、一息つく。エドワルドも周りから言われて、ほんの少し落ち着いたようだ。


「まず、私はあの森の西の境を越えた先にある国、グルカ帝国から来ました。私は元々、帝国軍に所属していた兵士であり、魔法の訓練を受けた"魔闘士"なのです」



 グルカ帝国。緑龍の森を越えた先、西にある人間の国家。皇帝が治め、元老院が政治を支え、強大な軍事力を誇っている。セルゲイの話によると、軍の中で魔法を訓練しており、そこで彼は魔法を修めたという。そして、彼のように魔法を使う兵士を、魔闘士と言うのだ。


「しかしながら、先ほどの話にもあったように強力な魔法は身を滅ぼします。帝国軍でも考え方は同じです。国の存亡に関わるような戦や、仲間と家族の命を守る術として、覚悟を決めた戦士にのみ許される奥の手なんですよ」


「ふむ……話だけ聞けば物騒な感じがするのだが、帝国は自らを律することができる国なのだな?」


 国王はやや険しい目でセルゲイに問いかける。


「そうです。帝国も力に溺れれば、必ずその身を滅ぼします。それは、緑龍の森……私たちはドワーフの森と呼んでいますが、その中で滅びた国が証明していますので…」


 ん? ドワーフ? 聞き慣れない単語に、一同が首を傾げる。その中で興奮したエドワルドが、今にも飛びつきそうな目つきでセルゲイを見ていた。


「ドワーフ!? なんでしょう、その謎の魅力に溢れた言葉は! 教えて下さい!」


 ガタッと立ち上がり、テーブル越しにセルゲイに迫るエドワルド。その活き活きとした目は、若者、というより、無邪気な子供のようだ。とはいえ、少しはしゃぎすぎだろう。


「ちゃんと話すから、とにかく、落ち着きなさい。ドワーフというのは、遠い昔にあの森の中で栄えた種族で、帝国にある伝説によれば、高度な鍛造術により巨大な地下都市を作り上げていたそうだ。それ故に、周りの種族からは"暗きを歩む者"と呼ばれ、距離を置かれていた」


 また大興奮で叫ぶだろうな。そう思っていたら、急にエドワルドが真剣に考え込む。まるで別人のような変貌ぶりだ。


「人間以外の種族。これは…私たちの伝説にはありません。 それに、あの森には人間の国があったと伝わっています。なぜ、西の国にはそこまで詳細な話が伝わっているのでしょう?」


 西と東。同じ人間の国があっても、何かと違いそうだ。


「東の国々には、人間しかいないのか?」


「そうですね。こちら側には、フルト王国を含めた四つの国があります。しかし、どの国も人間の国ですし、文化や伝承も似たような感じです。他の境界から先の事は、探索に出た者が誰も帰らないので、よくわかりません」


 エドワルドの話によると、緑龍の森以外の境界は、険しい雪山だったり、広大な湿地帯であったり、岩と砂の大地であったり…人が立ち入るには危険な土地が多く、探索が進んでいないのが現状らしい。


「なるほど…まだ未知の世界が多いということか。私の国は西側の地域の中央に位置しています。グルカ帝国を含めて、こちらは五カ国が知られています。その中で人間の国は二つです」


「え!? では、セルゲイさんは人間以外の種族を見たことがあるんですか!?」


「ああ。北の山脈の中にはエルフという魔法に長けた種族が、南の砂漠とオアシスには猫の人、狩猟に長けたビーストの国があります。それから西の海上には、鱗に覆われた龍人が、そして最後に、海を隔てた西の大地にある人間の国、オルタナがあるのです」



 ざわめきが起こる。セルゲイの知る世界は、想像以上に広かった。人間以外の種族がいることは勿論驚きだが、その交流も盛んなのだ。


 その後のセルゲイの話に、エドワルド以外の皆もわくわくしながら聴き入っていた。遠い世界、寝物語で語られるような世界がある。それはまるで、子供の頃に見た夢のような心地の話だった。



 しかし、そうした話が盛り上がっているところに、急報が駆け込んでくる。謁見の間のドアが勢いよく開けられ、兵士の一人が息を切らして入ってくる。


「へ、陛下!! 会議中のところ申し訳ありません!!」


「かまわん。何事だ?」


「西の村々から、救援要請の狼煙が上がりました!!」


「なんだと!!? すぐに行く!!」



 国王アーネスト・ロサと近衛隊は急いで謁見の間から出て行く。ラーナも後に続こうとしたところを、セルゲイに呼び止められた。


「ラーナ隊長、一体何があったのだ?」


「詳しいことはわからないけど、狼煙が上がったわ。西の人々が助けを求めている。私も騎馬隊を編成しないといけない」


 セルゲイとラーナの脳裏に、ハル村の人々の顔が浮かび、グリューネ村の光景が重なる。


「では、私も行こう」


「そう…。わかったわ。まずはお互いに着替えて、それから私について来て」



 二人が王城の外に出ると、アーネストたちが報告を受けていた。シモーネとエドワルドもいる。どうやら、西から伝令の兵士が数名来たらしい。その顔にラーナは見覚えがあった。


「あなたたちは、私の部隊の!? 何があったの!?」


「隊長!! 良かった、無事に王都に到着していたのですね! 今、陛下にも同時に報告しておりますが、実はハル村が怪物たちの襲撃を受けました。隊長が村を発って二日後です」


「怪物が…やはり来たのね。それで、奴らの数は?」


「最初は我々で対処できる数でしたが、次々に森から現れています。それに、様子がおかしいのです」


「おかしい? どういうことだ?」


「まるで…何かから逃げるように、一目散に森から飛び出して来ます。村の人々は既に避難しておりますが…ハル村で防ぎきれなくなったら狼煙を上げる手筈でした」


 そして今、その狼煙が上がっている。つまり、怪物たちにハル村を突破されたということだ。


「…わかりました。報告、ありがとう。これから救援の部隊編成を行うわ。あなたたちも、報告が終わり次第合流を」


「了解しました!」


 精鋭部隊"牙"が突破されるなんて…。ラーナは悔しくて歯軋りをする。だが、今現場で戦っているのは自分ではない。まずは、部下たちの救援に行かねば。


 騎馬隊の兵舎に向かおうとするラーナを、今度はアーネストが呼び止める。


「ラーナ、待ちなさい。頼みがある」


「陛下? なんでしょう?」


「シモーネを同行させてくれないか? 彼女ならきっと役に立つ」


「シモーネを? しかし、彼女は魔導機関の研究者であって、戦いは…」


 シモーネは"ドラゴン・ベル"の異名を持つ優秀な魔法使いだが、基本は研究者だ。そもそも魔導機関は軍属ではない。中には戦える力を持つ者もいるだろうが、戦闘の訓練を受けているわけではないのだ。


「彼女ならば大丈夫だ。私が保証する。必ず皆の助けになってくれるだろう」


「陛下がそう仰られるのであれば……シモーネ、あなたは大丈夫?」


「そうね…戦闘は好きじゃないんだけど、問題ないわ。セルゲイにエスコートしてもらおうかな〜?」


 素早くセルゲイの腕にしがみつくシモーネ。


「ちょっと!? シモーネ!!」


「なんですか?」


「なんですかじゃありません! 早く離れて!」


「ふふ。はーい。わかったわよ」


 会議中もそうだが、シモーネは突拍子もない行動が目立つ。油断ならない、と、ラーナは思ったが……何が油断ならないのだろう?


 答えを考えてはいけないような気がして、ラーナは任務に没頭することにした。



 それから間も無く、王都から騎馬隊が出撃する。街道では隣の村から王都に避難してくる人々が長蛇の列を作っている。


 全速力で走り続けても、およそ二日以上はかかる道のりだ。救援が間に合うといいが。不安を胸に、ラーナたちは走り続ける。


 すると翌日、行程の半分近くに差し掛かったあたりで、それは姿を現した。



 通りがけに村々を瓦礫に変え、進路を阻む騎馬隊の兵士を馬ごと薙ぎ払い、逃げ惑う人々を巨大な手足で押し潰し、口の前にいる者を噛み砕き、悲鳴と肉が潰れる音の伴奏に乗って、奴はやってきた。



 それは緑龍。体は山のように巨大で、それを支える発達した手足は人馬などを簡単に押し潰してしまう。一見すると、でかいトカゲのようだ。だがその鱗は鋭く、牙も発達している。


 そして奴は黒い瘴気を纏い、死を振りまいている。まさしく、化け物だった。



「なんという光景…絶対に許さない!」


 ラーナは剣を抜き、騎馬隊の隊列を鼓舞する。セルゲイとシモーネもそれに倣った。



 こうして、死を振りまく怪物の懐を目掛けて、セルゲイたちは突進していく。



 風吹き平野での戦いが始まろうとしていた。



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