第7話 謎解き
第7話 謎解き
「……と、報告は以上になります」
一同は静まり、考え込む。
フルト王国の王都ゲラン。その王城内の謁見の間において、国王が召集した会議が始まっていた。議題は、件の戦士であるセルゲイについて。国王アーネストはラーナに命じ、その場にいる者たちに、今現在知り得たことを改めて報告させた。
「ラーナ、ご苦労であった。さて……ここに集まった諸君にも、これで情報を共有する事が出来たわけだが……何か意見はあるか?」
アーネストは席に着く者たちをゆっくり見回す。皆、何やら考えているようだが、口が開かない。
と、アーネストの視線にひとりの青年が入る。
「おや? 君は学術院の若手だな。どんなことでも構わない。意見を聞かせてほしい」
穏やかな口調だが、真っ直ぐに青年を凝視しながら言葉を発するアーネスト。青年はビクッと飛び跳ね、口をパクパクさせながら、声を絞り出す。
「わ、わ、わ、わたくしは、王立学術院所属、エドワルド・ライマンです! お、主に歴史の研究をしてます!」
エドワルドは気をつけの姿勢で、視線が泳いでいる。相当に緊張しているようだ。
「よろしく、エドワルド。まあ、そんなに固まらなくても良い。急いで話せとも申さない。さあ、続けてくれ」
そう言われて、エドワルドはやっと深呼吸をする。ようやく落ち着き、話を始める。
「あ、ありがとうございます、陛下。それでは……」
一つ咳払いをして、手にしたメモを見る。
「まず重要なのは、セルゲイさんがあの緑龍の森からやってきたことです。怪物がひしめくあの森に入ることは勿論、西から抜けてきたとは、正直わかりません。ですが、あの森に古代の国があったと言う話は伝説にあります。とはいえ、情報が少ないので、確証はないのですが……」
先程までオドオドしていたエドワルドが、活き活きと語る様子を見て、アーネストは嬉しそうに頷く。
「なるほどな。エドワルドよ、興味深い話だ。だが、仮にセルゲイが緑龍の森から来たとはいえ、彼が古代の国と関わりがあるかは、少し話が飛躍している気もするな。他に注視すべき点はあるか?」
エドワルドはハッとして、ワタワタと慌てる。
「も、申し訳ありません、陛下! つい、自分の研究についての考えが先に浮かんでしまいました……」
「良い。それよりも、改めて聞かせてくれ」
アーネストの許しを得て、再びエドワルドは話し始める。
「では……セルゲイさんの話す言語について何か聞きたいのですが、実際に喋って頂いても宜しいですか?」
「うむ…まずは直接聞いてみる、ということか。報告だけでは判断できないからな」
それもそうだった。ラーナは多少なり会話をしたことがあるが、はっきりと理解できる言葉は、セルゲイという名前と、よろしく、という挨拶だけだった。それはこの数日で彼が覚えた新しい言葉なのだろう。その他のことは手振り身振りでなんとか意思疎通ができただけなので、彼の国の言葉は聞いたことが無い。
全員がセルゲイの方を向くと、彼は少し困ったような顔をしている。
「では、私から早速尋ねてみよう。セルゲイよ、そなたは西からやって来たのか?」
テーブルに広げられた地図を指差しながら尋ねる。ハル村でセルゲイが描いた絵も書き足されていた。セルゲイは頷きはしたものの、やはり言葉を発さなかった。
「意味は伝わっているのだが……言葉が聞きたいのだ。こう、口を動かして、な?」
手振りでなんとか言葉を話すように促す。しかし、やはり反応は薄い。
手をこまねいていた時、シモーネが横から割り込む。その表情は先ほどここにやって来た時とは真逆の、鋭く冷たい、刃物のようだ。
「あなた……陛下をからかっているの? あなたはもう少し喋れるでしょう? ねえ、魔法使いさん」
セルゲイの目を睨みながらシモーネは問い詰める。だが、アーネストを含めて全員が疑問に思った。
「おい、シモーネよ。なぜ、セルゲイがもっと話せると思うのだ? それに、彼を"魔法使い"と……」
「はい、陛下。これまでの報告から推測しましたが、それ以外に考えられないからです」
「詳しく聞かせてくれないか?」
全員が、今度はシモーネに注目する。ラーナや他の学者、それに大臣も、彼女の意見を聞くことになるとは思わなかったが、無視できない。癖はあるが、彼女は優秀な魔法使いであり、研究者なのだから。
「簡単にご説明しますと、グリューネ村での戦闘の際、彼は生身で高等魔法である雷撃を受け止め、接近戦ではマナ・ブレードを素手で弾いています。どう考えても、なんらかの防御魔法を使ったとしか思えないのです。だから、彼は高度な魔法を習得した魔法使いと考える方が自然なのです」
その通りだ。あの時、ウンファール自身もそう考えいた。魔法の力は魔法でしか対抗出来ない。しかし、まだ疑問が残る。
「あの、シモーネ? 私がその場で見た時、彼が防御魔法を使っているようには見えなかったが……どんな魔法を使っていたとかはわかるのか?」
シモーネはクルッとラーナの方を振り向く。その顔は少し面倒、と言った感じだ。ラーナは少しムッとする。
「ラーナ隊長。あなたが何か見たところで、大して理解できないとは思いますが……おそらく、彼は身体強化の魔法を使用したのでしょう。マナの力で己の肉体を要塞のように変質させる。それが、彼の魔法です」
「身体……強化?」
魔法は、"マナ"と呼ばれるエネルギーを用いて行使される。それは魂に宿る力であり、己の精神力によって制御するのだが、それは非常に高度な技だ。多くの人々は、マナを所有していても、それを魔法として扱う事は出来ない。魔法使いと呼ばれる者は、そのマナの制御に特別な才能を持つ者達なのだ。
その魔法だが、系統自体はそこまで多くない。主に使用されるのは、マナを自分の前方または周囲に放出し、盾の役割を与える防御魔法"マナ・シールド"と、逆に剣のように鋭利にして敵を攻撃する"マナ・ブレード"がある。
"マナ・シールド"は、護符と呼ばれる特殊な道具にマナを蓄積し、それを非常時に噴出させる事で魔法使い以外の者もある程度の防御に使う事は出来るが、その効果は無いよりマシといった感じだ。
これらはマナをそのまま使用しているが、その性質を変化させて行使するものもある。それが炎と冷気、そして雷の魔法だ。
原理はさほど難しくない。単純にマナの温度を変えて放出するのだ。しかし、炎はマナを発火する程の温度に上げるし、冷気は凍りつくほどに温度を下げねばならず、制御を誤ると自分と周囲に害がもたらされる。その為、ある程度の修練を積んだ魔法使いにのみ習得を許されていた。
その中でも更に厄介なのが、雷の魔法だ。それは体内のマナを活性化させ、自然界の雷の性質に近づける。それ故に、制御が非常に困難なため、扱いを誤れば命を落とす程に危険なのだ。熟練の魔法使いの中でも、相当の実力がなければ習得は出来ないので、フルト王国の魔導機関においても厳しく管理されている。それを嫌って野に出た者が、ウンファールのようになるのだ。
では、身体強化魔法とは何か?
実は、誰もできない。
「身体強化……これまでに、先人達が様々な試行錯誤を繰り返してきましたが、実現していない魔法です。なぜならば、どの魔法よりも制御が困難で、危険だからです。実践を試みた魔法使いは、全員死にました。今では卓上の空論となっています。それを、セルゲイが使用していたのです」
「なんと……。だが、セルゲイがそんな実現不可能な魔法を使っていたと、なぜわかるのだ? それに、彼は戦士だ。そもそも魔法使いとは思えないのだが……」
アーネストの疑問は誰もが考えていた。戦士で魔法使い…そのような例は無い。
「実は、彼が戦士だからこそ、その魔法を実現できる可能性が高いという答えが導き出されたのです。私も思いついた時、鳥肌が立ちました。今でも立ってます。見ますか?」
「いや、いい。それより、彼が戦士だから、魔法が使えるとはどういう事だ?」
鳥肌の手を出そうとして止められ、少し頰を膨らませるシモーネ。少し子供っぽい反応をしていたが、すぐに魔法使いの顔に戻る。
「身体強化魔法の最大の壁は、体内を駆け巡るマナの力に肉体が耐えられない事です。強力な炎や雷の魔法でも、体外に放出する事でそれを可能にすることができました。しかし、身体強化では体内に留めねばなりません。そこに危険が伴うわけなのですが、セルゲイは誰が見ても屈強な戦士です。肉体の強さは我々の予想を超えているでしょう。その上で、彼が魔法の才能があり、専門的な訓練を受けていると仮定すると……十分に可能性があります。だから、彼は身体強化魔法を使用できる魔法使いだと考えられたのです」
シモーネの話に耳を疑った。だが、その場にいた全員が、納得した。そうでなければ、熟練の魔法使いを倒すことはできない。
そして、この事実は他の事にも可能性を広げる。次に口を開いたのは、エドワルドだった。
「では……セルゲイさんは専門的な魔法の訓練を受ける事ができる国から来た、ということなんですね? そして、その国の屈強な戦士である彼が魔法の力を使用しているとすれば……緑龍の森を抜けることも可能かもしれない。わあ…繋がった!」
湧き上がる感動に震えるエドワルド。
「そうね……私たちとは違う、高度な魔法の技を伝える国があるのは間違いなさそうです。そして、セルゲイは魔法を使えるという事は、頭の回転も相当に速いはず。だから、私でもここまですればわかるくらいの手振り身振りに、彼が反応できないはずがない」
再び、セルゲイに視線が集中する。彼は腕を組み、目を閉じていた。そこに、アーネストが重々しく語りかける。
「さて……改めて聞こう。セルゲイよ、お前は何者なのだ?」
謁見の間の天窓から、夕陽の光が差し込む。そのオレンジ色の光に部屋が染まり始める時、セルゲイは目をゆっくりと開け、アーネストと視線を合わせる。そして……
「アーネスト陛下…これまでの御無礼をお許し下さい。彼女の言う通りです」
セルゲイは皆が知る言葉で謝罪し、深々と頭を下げた。
アーネストはゆっくりと頷く。その目はまっすぐセルゲイに向けられる。
「うむ……では、事情を聞かせてもらおう。まあ、お茶でも飲みながらな」
全員が困惑する中、アーネストはニヤリと笑みを浮かべていた。