第5話 名前
第5話 名前
閃光。
ウンファールの手から、目が眩む程の光を放ち蛇行する雷が戦士に向かって放たれる。
雷の魔法はマナの消費が大きいが、慣れてしまえば制御は楽なものだ。それに、連続で放つ必要もない。一撃を放てば、既に終わりというわけなのだから。
この一撃で戦士は消し炭になり、勇ましい女騎士も切り刻んでお終い。
ほくそ笑む、ウンファール。
だが、結果は違っていた。戦士が悪あがきに盾を構えたのかと思った直後、凄まじい咆哮が轟く。
「ぐあぁ!!」
ウンファールは反射的に耳を塞ぐ。その直後に、衝撃波が襲ってきた。その勢いは凄まじく、ウンファールは後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。防御魔法の効果で致命的な衝撃を受けることはなかったが…
「がはっ、くはっ、……なんだ、今のは? それに、私の魔法がかき消されたのか? あり得ん!」
魔法の中でも、威力の高い雷属性の魔法。中途半端になったとはいえ、その一撃を声でかき消すなんて、あり得ない。
「魔法を相殺できるのは、魔法だけだ。だが、奴は戦士…。まさか、あの女が持っているような護符を持っているのか? 雷撃を防げる程の! うむ、興味深いなぁ!!」
衝撃の痛みではなく、知らない力を目の当たりにした歓喜で顔を歪ませるウンファール。その目の輝きは、狂気に満ちていた。
ウンファールは立ち上がり、戦士の方を見る。衝撃波のせいか、辺りに煙が立ち込めていた。その時、ウンファールは異変を感じる。
(ん…? この煙は…)
注意深く、立ち込める煙を覗く。すると、煙は戦士の体から立ち昇っていた。
「まさか…雷撃が直撃している…?」
かき消されていなかった。放たれた雷撃は、戦士に命中していたのだ。その高熱に晒された戦士の体に、雨が蒸発し煙となっていたのだ。これで無事なはずがない。
しかし、戦士の体には傷も火傷もほとんど無かった。
そんなことがあり得るのか? ウンファールは視線を落とし、再び思考する。しかし、答えが見つからない。そうしていると、前から足音が近づいてくる。その音を聴いて顔を上げた瞬間……
ザクッ
「っ! がぁぁぁ!!」
ウンファールの肩に、戦士が投げた斧が突き立つ。血が噴き上がり、痛みのあまり叫ぶウンファール。
「…馬鹿な…たかだか斧の一撃程度で、私の防御を打ち破っただというのか!?」
驚愕するウンファール。戦士が投げた鋼鉄の斧は、強力な魔法の防御を突き抜けて命中した。
ウンファールは噴き出る血を必死に止めようと試みる。しかし、その間にも目の前から戦士が近づいてくる。
ウンファールは肩から斧を引き抜き、戦士に向かって投げ捨てる。戦士はそれを造作もなく手で受け止め、更に歩み寄る。
「…舐めるなよ。この剣を受け止められるものなら、やってみるがいい!」
両手からマナ・ブレードを展開し、ウンファールは素早く斬りつける。戦士が構えた盾は真っ二つに裂けた。しかし、その刃は弾かれる。
そう、戦士の生身の腕を、魔法の刃は切り裂けなかったのだ。
「あり得ん…貴様ぁ! ふざけるな!」
認められるはずがない。魔法の力は絶大だ。そして、その力を際限なく学び、操る私には誰も敵うわけがない。例え、我が師であっても。ウンファールはそう自負していた。
しかし、目の前の男には通じない。なぜだ?
その謎を解き明かしたい…ウンファールは追い詰められているにも関わらず、湧き上がる探究心に心が躍る。
だが、それを解明する機会は永遠に訪れなかった。
戦士はウンファールの頭を鷲掴みにして、地面に叩きつけた。そして、何やらブツブツと呟く。まるで祈りのように。
それから間も無く……戦士は手にした斧でウンファールの首を刎ねた。
ラーナはただ、見ているしか出来なかった。
全滅した村、惨殺された部下たち…仇を討ちたかった。だが、自分も殺されかけた。そして、護送していた男に助けられたのだ。
「私は……なんて無力なの…」
ラーナは目を伏せる。ただ呆然と、その場に立っているしかなかった。
そこに、戦士の男が歩み寄ってきた。血に染まった斧を手にし、魔法使いの刎ねた首をラーナの前に投げてよこした。
ラーナは思わず身を引いてしまう。助けてくれたが、この男をどう扱っていいのかわからない。あの常軌を逸した力を目にした今、立場がまるで逆になった気分だ。
「貴様の…目的はなに? その力を使って、なにをするつもりなの?」
思わず口にした言葉に、自分で困惑する。こんなことを言っても、この男に通じるわけがない。ただ、反応を伺うしかできないのだ。
そう思っていた、その時。戦士の口が動いた。
「ラー…ナ。ラーナ」
私の名前? 今、この男は私の名前を口にしたの?
男はラーナを指し示しながら、名前を口にする。それから自分の胸に手を当てる。
「俺……は……セルゲイ…」
セルゲイ。それは、戦士の男の名前だった。それを聞いたとき、ラーナは心の暗闇が急に晴れたような気分になる。
「セルゲイ…名前は、セルゲイと言うの…?」
セルゲイは頷く。そして、手を差し出した。
「よろ…しく」
ラーナは何も考えられなかった。だが、差し出された手に、無意識に自分の手を合わせて握手をする。
名前以外、何もわからない。しかし、今はそれで十分だ。ラーナは自分の頰を叩き、気合いを入れ直した。
それからしばらくして、雨があがる頃……王都からの救援が駆けつけた。事情を説明し、部下たちを弔った後、ラーナとセルゲイは王都への道を再び進み始める。
セルゲイの両手には、もう重い手枷は必要無かった。