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世界の果ての冒険者たち  作者: 彩都 諭
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第2話 異邦の戦士

 第2話 異邦の戦士


 今朝方の騒ぎ……警鐘が鳴らされ、ハル村の全員が避難しそうになった騒ぎは、驚くほど早く終息した。


 村人の多くは何が起こったのか知らないのだが、まだ昼前だというのに、噂は村中に広がっている。


 そう、緑龍の森からやって来た、謎の戦士の話が。



「ねえねえ、ハンス。噂の戦士さんって、どこにいるの? 教えてよー!」


 昼食を食べ終わって、椅子でくつろぐハンス。その頭を、リリアはペシペシと叩く。


「ダメだったら。団長から口止めされてるんだ、我慢してくれ。……あと、リリア、頭を叩くなったら」


「いいじゃん。ハンスのけち」


 そう言って、リリアはパチンッと、頭をもうひと叩きする。幼馴染の噂好きには困ったものだ、と、ハンスはため息をついた。


「なんでそんなに知りたいのかなぁ。正直、謎だらけだぜ?」


「だからじゃない! あの森からやって来るなんて、人間じゃないかもよ? その、魔法で動く死体の…ちょっと変わったやつとか?」


 こいつは何を言っているんだ? あんな馬鹿みたいに強い死体が歩いてたら、この世は終わりだ。ハンスは呆れる。しかし……


「人間…か。人間だったとしても、変だよな」


 そうだ。人間だとしたら、更に疑問が深まる。リリアが不思議そうな顔をしてあるので、彼女はそこまで考えていないのだろう。だが、この件は何か重要なことに繋がっていく気がする。


 妙な勘繰りを始めるハンス。昔からの癖で、独り言をブツブツ言い始めた。リリアは自分の世界に入ったハンスを見て、クスッと笑いながら、そーっと去っていった。


 昼が終わり、再び自警団が集まる。場所は村長の家だった。

 村人の野次馬が取り囲む中、ハンスも家の中に入る。中には団長を含め、団員はほぼ全員揃っている。それから、村長と村の相談役の老人も一緒だ。


 そして、あの男が部屋の中央で椅子に腰掛けていた。自警団の者たちが取り囲み、警戒しているが……あの男は自前の保存食らしきものをボリボリと貪っていた。しかし、食事中も武器は手元から離さないのだから、油断できない。


「さて……どこから話を始めたらいいのやら迷うが……。ハンス。まずは今回の件の最初から見ていた、お前の話から改めて伺おうじゃないか」


 村長からのいきなりの指名に、心臓が飛び出したかと思うハンス。ぎこちない返事をして、フラフラと前に出た。


「えっと……最初から……ですね。はい。まず、私は朝方、いつも通りの時間に畑の見張り台に向かいました」


「……オヤジさんは怒鳴ってたがな」


 団長がボソッと言うと、周りから笑いが起きる。


(あのオヤジ!! 余計な事を団長に言いやがったな!! ちくしょう!)


 出端をくじかれたが、ハンスは苦笑いでやり過ごしながら、話を続ける。


「それから、畑の見張り台に上がって森の方を見ていました。すると、程なくして何か影みたいなのが見えたと思ったので、確認したところ……」


 ちらっと、あの男の方を見る。男はただ黙って座っていた。それでも、威圧感がある。


「この男だったのです。私は例の動く死体の可能性があると考え、警鐘を鳴らしました。あとは、団長がご存知の通りですね」


 色々な疑問はあったが、ハンスは早々に説明を終わらせた。こういうのは苦手だ。


「ふむ……そうだな。ハンス、ご苦労だった。それでだな……この男について、今現在わかっていることを、簡単に皆に話しておこうと思う」


 村長はそう言うと、腕を組んでどっかりと椅子に座る。頭の中で色々と考え込んでいるのか、少し間が空いた。そしてようやく、続きを話し始める。



「まず、様々な角度から考えてみたが…この男は死人ではない。我々の常識が間違えていないのであれば、生きている」


 一斉に、安堵の声が湧き上がる。とりあえず、目の前にいるのが動く死体じゃないだけ気が楽になった。ここにいる全員が相当気になっていた事だけに、さぞホッとしたことだろう。


「だが、安心するのは早い。この男がどこから来たのか、さっぱりわからん。目撃証言だけで言えば、あの緑龍の森から来たことになるが……それがどれだけ尋常じゃない事か、今更言うまでもあるまいな」


 その通り。あの怪物がひしめくと言う緑龍の森から、一人でやって来たのだ。明らかにおかしい。森の入り口に入るだけでも、頭がおかしいとしか思われないのだから。


「それに、だ。この男は言葉が通じない。相談役の方々にも聞いたが、我らがフルト王国の言語に限らず、どの国の言語とも違うようだ。その点においては、この男が人間なのか怪しい」


 再び、周囲に緊張感が漂う。やはり、この男は得体が知れない。とびきり強い戦士で、肝っ玉が据わっているのはわかるが、それも人間の成せることなのか…ハンスには全くわからなかった。


 だが不思議と、そこまでの恐怖を感じない。それは、あの男が周りのことを気にせず、飯を食えるほど自由に振る舞っているからなのだろうか? ハンスにはわからなかった。


 どよめきが次第に大きくなりそうな所で、村長が手を打ち鳴らし、再び注目を集める。


「と、言うわけでだ。この男の処遇については、我々の手に負えない。なので、緊急連絡を王都に送り、指示を貰おうと思う。皆、それで良いな?」


 誰一人、異論は無かった。この小さな村の自警団では、この件は荷が重い。もし間違った対応をして、村人の命が危険に晒されでもしたら、本当に村の存亡が怪しくなる。


 こうして、男は自警団で軟禁する事になった。



「はあ〜。疲れた…。リリア、お茶ちょうだい」


 会議が終わった後、ひとまず解散になり、ハンスは家に戻って来た。すると、玄関前でリリアが手を振って待っていたのだ。おそらく、またあの男の噂を聞こうと言うのだろう。だが、緊張の連続で疲れていたハンスは、追い返す元気もなかった。


「あらまあ。ずいぶんとお疲れになっちゃって。そんなに大変なことになったの?」


「そりゃあ、もう。大ごとだね……これは。まあ、あんまり話せる内容もないが……どうせすぐにわかるから話しとくか。聞きたいか?」


 ハンスが尋ねると、リリアはしっかり頷く。それから、ハンスに煎れたお茶を自分で啜り始める。



 ハンスはリリアに、ことの顛末を始めから聞かせる。最初は意外と薄い反応だったが、話が終盤になるにつれ、大興奮し始める。


「…と、言うわけで、近日中に王都から兵隊さんが迎えに来る予定だ。そんなとこだな。おい、リリア? ちゃんと聞いてたか?」


 リリアは黙っている。が、下を向いて、肩がぶるぶる震えているようだ。


「リリア? どうしたんだ? おい?」


「うっひゃーー!!!」


「どわあ!!?」


 いきなり奇声を発するリリア。ハンスは驚いて、飛び跳ねるように椅子から転げ落ち、壁際まで下がる。


「お前!? いったいどうしたってんだ?!」


 尋ねると、リリアがクルッと顔をハンスに向ける。いつになく目を輝かせており、ハンスは更に後ずさった。


「その戦士さん、もしかして私たちの知らない国から来た旅人さんかもしれないじゃない! 興奮せずにはいられないわよ!! おじ様とおば様も言ってたじゃないの! 緑龍の森の、失われた人間の国のお話! 忘れたわけじゃないでしょう!?」


(ああ、それか…)


 ハンスは急に冷静になる。


 ハンスの両親は、ハンスが幼い頃に亡くなっていた。この村に幾度となく続いた、怪物の襲撃。その犠牲になったのだ。両親は死ぬ前、毎日のように語っていたことがある。それは、緑龍の森の伝説だ。幼いハンスとリリアは、この話が大好きでいつも寝る前のお話にねだっていたものだ。


 だが、両親が怪物たちに惨殺されてから、ハンスはこの話の事には触れなくなった。覚えてはいるのだが。


 リリアが言っているのは、緑龍の伝説にある、滅びた人間の国の話だ。かつてあの森に存在した国と、そこに住まう人々。おそらく、その末裔の国があり、そこからあの男が来たと言いたいのだろうが、ハンスはそれを否定する。


「リリア……いいか、よく聞くんだ。あの男が人間で、俺たちの知らない土地から来たのは確かなんだろうよ。でもな、あの森を人間が生きて通り抜ける事なんて不可能なんだ。お前だって見ただろう? 俺と、あの日に…」


 ハンスはそこで押し黙る。両親が死んだ、あの日の光景が脳裏をよぎった。リリアも、そんなハンスの反応を見て気づいたのだろう。少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「ハンス、ごめんなさい。私、無神経な事を言っちゃってたね…」


「いや…リリアの気持ちはわかるさ。あの話、昔は俺たち好きだったものな」


 そう言って、優しく微笑むハンス。リリアも微笑みを返すが、二人の目は悲しそうに沈んだままだった。



 次の日…自警団の詰め所は朝から重い空気に包まれていた。あの男の処遇については話し合った通りだが、王都からの迎えが来るには、早くても5日はかかる。その間、この男を軟禁出来るのだろうか。いや、無理だろう。あの猪を打ち倒したところに居合わせた誰もが、そう確信していた。


 しかし、村の中を自由にさせるわけにもいかない。自警団は扱いに難儀していた。


「とりあえず…大人しくしているな。だが、武器を取り上げることも出来ない。まさか寝る時も手に持ったままとは…。恐ろしい戦士だ」


 どうやら、詰め所の寝床でこの男が休んでいるうちに武装解除しようとしたのだろう。だが、この戦士はいかなる時も隙を見せない。


「団長…打つ手なし、だな」


「よせよ、エリク。聞こえるぞ」


 ハンスの同期、エリクがボソッと呟く。それをハンスが止めようとしたが、団長はハンスたちの方を見てむすっとしている。どうやら、聴こえたらしい。


「お、おはようございます、団長!」


 苦笑いするハンスは、声を振り絞って挨拶する。


「おう、ハンス。朝からずいぶんと楽しそうだなぁ?」


 やっぱり、怒ってる。


(お前のせいだぞ、エリク!)


 矛先を向けられ、同期の友を恨むハンス。エリクは申し訳なさそうにしていた。しかし、これでは終わらなかった。


「そうだな……よし、お前ら、今日はこの男の世話をしていろ」


 信じられない言葉が発せられた。ハンスとエリクは目を見開く。


「ちょ? ええ!? 俺たちが!?」


「ムリムリムリムリムリ、無理です」


 エリクは驚き、ハンスは全力で断ろうとする。だが、団長は更に言う。


「二人とも、そう言うなよ。これは重要な任務だ。俺は打つ手なしだったから、なぁ? ここは有望な若手の二人に活躍してもらおうって言うんじゃないか! ……喜べよ」


 団長の目が、恐ろしかった。


 こうして言いくるめられ、ハンスとエリクは二人で男の世話をする。とは言っても、何をすればいいのか、検討もつかなかった。


「おい…どうするんだ、この状況」


「知るかよ! お前のせいじゃねえか!?」


 二人はぐちぐちと文句を言い合いながら、男の前に座る。本当なら、この男はせめて牢屋に入れておきたかったが、それは恐ろしくて誰にも出来なかった。とりあえず、この詰め所内だけ自由にしてもらっている。


「とりあえず……この際だから、無難な会話を試みてみるか」


 そう言うと、ハンスはゴホンと一つ咳をし、男との会話に臨んだ。


「あー、俺の名前はハンス。ハ、ン、ス、だ。わかるか?」


 自分に指をさしながら、名前を連呼する。男は黙ってその様子を見ていた。


「う…無反応かよ…。手振り入れたらわかると思ったんだがなぁ」


「まあまあ、ハンス。何もしないよりはいいから、もっとやってみろよ?」


 うなだれるハンスをエリクが励ます。ハンスはもう一度、会話を試みようする。その時、ハンスに何か閃きが走り、小道具を取り出した。


「いいか、これは地図だ! 言葉はわからなくても、絵はわかるだろ! ここがハル村で、あんたが来たのはこの森だ。それで、実際あんたはどっから来たんだ?」


 我ながらいいアイディアだと、ハンスは胸を張る。


「おいおい、いくらなんでも、その方法はあの村長たちがもう試したんじゃないか?」


 エリクが尋ねるが、スパッとハンスは否定する。


「いいや! あの頭が固い爺様たちだ、地図を出す前に諦めちまったんだよ。たぶん、団長もな」


 何を根拠にしているのか……エリクは呆れてため息をつくが、その直後、驚くべきことが起こった。


 なんと、男が地図を見ながら、何やら真剣に確認し始めたのだ。それどころか、自分の荷物から地図らしきものを出し、照らし合わせているではないか。


 その様子を見た二人は興奮する。すぐに団長たちに知らせようとした、その時。


 ガシン


 ハンスたちの行く手を遮る、鋼の刃。それは斧だった。


 二人は青ざめた顔で振り向くと、男が口の前で人差し指を立て、しーっと、黙っているように促していた。


 ハンスとエリクはブンブンと頭を縦に降る。それを見た男は、初めてニコッと微笑んだ。無論、生傷だらけの髭面で、だが。


 そのまま、しばらく時間が経ち、男はようやく地図を仕舞う。そして、固まったままのハンスたちを手招きして呼んだ。


 緊張のあまり、ガタガタに震えたままの状態で近づくと、男は二人の前に、ハンスが見せた地図を広げてみせる。それから、ナイフを取り出し、その柄で地図をなぞる。


 二人はその柄の行き先を凝視した。まずは、先ほどハンスが示したハル村が指し示される。そこから、柄は西へ向かう。


 地図ではすぐに緑龍の森に入るのだが、御構い無しにずっと西へ向かう。遂には地図の端まで来てしまったが、そこで男は地図をひっくり返した。


「こ、これは!!」


 二人は一斉に叫ぶ。なんと、地図の裏に手書きで続きが描かれていたのだ。


 緑龍の森の、更に奥深くへ行くと、何やら瓦礫が転がっているような絵があり、道は更に西へ向かって延びている。それを辿っていくと、町らしきものが一つ、描かれていた。


 男はその町の絵を柄で示しながら、自分を指差す。二人には、漠然と理解できた。


 この男は、ここから来たのだと。



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