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世界の果ての冒険者たち  作者: 彩都 諭
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第16話 境界の村にて

 第16話 境界の村にて



 風吹き平野の西の果て、フルト王国の最西にあたるハル村に初めて訪れた者は、視界の端から端まで広がる大森林を目にし驚くことだろう。


 特に王都から来たのであれば尚更だ。道中の荒涼とした平野を何日も見続けた後に目にする、鮮やかで深みのある緑の世界は、心が弾けるように震えるだろう。


 しかし、それも少し前までの話だ。



 徒歩での移動を続け、ようやくハル村の近くに辿り着いたセルゲイたちの目の前にあったのは、暴力の嵐によって薙ぎ倒された村の残骸と、辺りに転がっている死体だ。


 再び目にすることになった緑龍の破壊の跡に、シズとエドは目を覆いたくなるのを堪える。どんなに悲惨な光景でも、その現実から目を背けることは次の悲劇を生むことになるかもしれない。二人はここまでの道中で少しずつ理解し始めていた。


 それでも、慣れるものではないが。



「まったく…酷いものじゃな」


 ガーランは手にした酒瓶の中身を少量地面に注ぐと、その場にどっかりと座り、なにやら祈りの言葉らしきものを唱え始める。


 最初は死者を悼む祈りでもしているのかと思われたが、様子がおかしい。


「ガーラン? 何をしているんだ?」


 怪訝な顔で尋ねるセルゲイに対し、ガーランはすぐに返事をしない。もう一度声をかけようと考えたのだが、ガーランのあまりに真剣な顔であったため、セルゲイたちは黙って見守ることにした。


 ほんの数分だっただろうか。しばらくすると、ガーランの足元が淡く青白い光を発する。そして、地面に注いだ酒の液体が気化し、白い霧のように周囲に広がり始めた。



「これは…何かの魔法か? シモーネ、どうだ?」


 戸惑うセルゲイの質問に、シモーネは冷静な分析を行う。しかし、彼女は首を傾げるしか出来ない。


「うーん。たぶん、魔法ね。あの光はマナの発光だと思うわ。でも、こんな魔法は知らない。おシズちゃんの国ではどう?」


 シズの故郷である東方の国"タキ"は、フルト王国とだいぶ文化が違うらしい。魔法にもなんらかの差異があるかもしれない。


「いいえ…私の国にも、このような魔法はありません。ガーランさんは何をしているのでしょう?」


 シズの否定により、三人にはガーランが何をしているのか皆目見当がつかない。なにかの魔法であることはわかるのだが。


 悩める三人の視線は自然と、彼のひ孫であるエドワルドに向けられた。


「え? 僕ですか?」


 視線を向けられた意味がわからないエドはうわずった声で聞き返すが、三人からは頷きしか返らない。


「あの…すみません、僕にもわからないです。ひいおじい様と森の話も、最近知ったばかりですし…」


 その反応は、セルゲイたちにもわかってはいた。それでも聞いてみたくて、少し意地の悪い質問をしていたことを三人が謝罪すると、エドはホッと胸を撫で下ろす。



 一同が話をしているうちに、謎の魔法を終えたガーランがゆっくりと腰を上げ、土埃を払いながら身体を伸ばす。


「ふぅ。年寄りの、体には、堪えるわい…。これで、終いだと、良いのじゃが、なぁ」


 疲れた口調で話すガーランは、苦笑いのような表情を浮かべて振り向く。額には玉のような汗を滲ませており、相当に疲労しているのか、息も荒い。


「ひいおじい様! 大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄り、ガーランに肩を貸すエド。少し身長差があるので、しっかりとかがみ込む。


「おぉ、エド坊。ありがとう。少し疲れただけじゃ。一晩休めば良くなるわい」


 ひ孫に向ける優しい笑みにも疲れが隠せない。それ程までに消耗しているガーランを見るのは初めてだ。


「ガーランさん。先ほどの…儀式のようなものは一体なんだったのですか?」


 シズは尋ねながら、ガーランに水筒を差し出す。それをゆっくりと手を伸ばして受け取ると、ゴクゴクと勢いよく喉に流し込む。


 しかし、息切れがひどかったせいか、ガーランは途中で苦しそうにむせていたので、シズはエドと一緒に背中をさする。


「…むぅ。二人とも、すまないなぁ。先ほどの、あれは…その昔、緑龍の一族に教わった魔法じゃよ。この森の周囲でのみ使うことが出来るんじゃが…儂のような老いぼれには負担が大きいんじゃ」


「やはり魔法なのね。でも、あんな魔法は見たことないわ。どういう効果があるの?」


 シモーネがずいっと前に身を乗り出してくる。自分が知らない魔法を見せられて、少し不満げな様子だ。彼女はそのままガーランの胸ぐらを掴むんじゃないかと心配したセルゲイは、自分も前に出てシモーネをさり気なく制止するようにした。


「俺も知りたい。この森でしか使えない魔法とは、なんだ?」


 割り込まれたシモーネはふくれっ面でセルゲイを睨んでいたが、それを気にしないように努める。


「簡単に言うとじゃな、あれは死体がアンデッドになるのを防ぐ魔法じゃよ。ドワーフに対抗して、緑龍の一族が編み出した秘術じゃ。儂のような眷属にも使えることは使えるんじゃが…とにかくマナの消耗が激しいんじゃよ。それでも、森に入ってから使うより、今使った方が安全じゃからなぁ」


「アンデッドを…」


 セルゲイもシモーネも、初めて聞く魔法だった。そもそも、自分のマナをどう行使すればその魔法が使えるのか、理解が出来ない。アンデッド化の原理と同じくらいに謎の魔法だ。


 ガーランの話を聞いて、なぜ酒を使うのか、この森でのみ使える理由は何か、しばらく続きそうな質問ぜめを繰り出そうとするシモーネだが、疲労しているガーランの身を案じたエドとシズによって、ひとまず話は終わることになる。


 シモーネは更にふくれっ面を膨らませていたが、セルゲイになだめられていた。



 何はともあれ、ガーランの魔法によってハル村の周囲の死体がアンデッド化することは防げたようだ。一同は辛うじて原形を留めていた家で休息を取ることに決める。


エドがガーランを介抱し、エドに頼まれたシモーネが(渋々と)薬と食事の支度をしている間に、セルゲイとシズの二人は家の近くの死体を埋葬することにした。



「…ここだけでも、これだけの数の方たちが亡くなられたんですね」


 旅の最初の頃のような手の震えは収まっていたが、シズは亡骸を一人、また一人と運ぶ度に、心を切り裂かれるような痛みが走り続ける。それでも、このまま放置することは出来ない。アンデッドになろうと、なるまいと。


「俺たちが通って来た街道の死体も合わせると、一つや二つの村では済まない数だな。まるで戦争だ」


 シズを手伝うセルゲイは、死体が散らばる平野の方を眺めながら呟く。


「あの、セルゲイさん…。セルゲイさんは、戦争をご存知なのですか?」


「はぁ?」


 シズからの意外な質問に、セルゲイは間の抜けた声を出した。その直後に、セルゲイは自分を恥じる。


「いや、すまない。俺の国では戦争を経験していないやつの方が少なくてな。悪気はないんだ」


「大丈夫です。その、私の国…いえ、フルト王国を含め、私たちが暮らしている地域では久しく戦争は起きていません。勿論、それは良いことだとは思うのですが…。私、変な質問をしてますよね?」


 困った顔になってしまうシズ。セルゲイは自分でもあまりしたことがない、柔らかい微笑みを浮かべる。しかし、その目は少し寂しげだ。


「変…かどうかはわからないな。言葉に出来ることは、意外と少ないものだ。まあ、詩人のあんたに言うのは、それこそ変かもな」


 セルゲイから返ってきた言葉に、シズは思わずクスッと笑ってしまった。セルゲイも、この変なやり取りに笑ってしまう。


「ふふ…はー。ごめんなさい、セルゲイさん。でも、少し緊張がほぐれた気がします」


「そうか? まあ、過酷な旅だ、些細なことでも気が紛れるにこしたことはないさ。それで、質問の答えだがな…」


 セルゲイは言葉を一度止め、運んでいた亡骸に土をかけることに集中する。まだ、やることが終わっていない。シズも続きを聞くことはせず、黙々とセルゲイを手伝う。



 夕焼けが平野を照らし、森の緑が燃えるような輝きを放つ。その頃には一通りの埋葬が終わっていた。


 セルゲイはスコップを地面に突き立て、汗をグイッと拭う。彼ほどの屈強な戦士でも、多くの遺体を埋める力仕事の大半をほぼ一人でこなしたのだ。流石に疲労していた。


 シズも微力ながらセルゲイを手伝っていたので、顔も服も汗と土に塗れている。


「ご苦労さん。あんたもドロドロだな」


 セルゲイに言われて、自分の汚れた姿をジッと見つめたシズは、少し恥じらう。しかし、自分がしていたことは、決して恥じるものではない。


何かを言われたわけではないが、シズは胸を張り、ニコッとする。


「はい…盛大にドロドロですね。だから、ちょっと失礼します!」


 シズが何を言ったのか理解出来なかったセルゲイは、目の前で汚れた服を脱ぐシズの行動に不意を突かれる。


「な…!? おい、シズ! 何を…」


「汗をかいて暑いから、少し脱ぐだけですよ。でも…あまり凝視しないで下さい」


 そう言ってバサッと上着を脱ぎ捨てると、彼女のしなやかで細い肢体、白い素肌が露わになる。上半身で纏っているのは汗に濡れた薄い下着のシャツ一枚だけなので、華奢な身体が強調されていた。


 細い腕を頭の後ろに回すと、長い黒髪を束ねる。その姿が夕焼けの色によって、幻想的な輝きをしていた。


 セルゲイは口を半開きにして、言葉も無くしばし見入ってしまう。


「あの…セルゲイさん、見過ぎですよ…。恥ずかしいです…」


 シズが恥じらいの顔を浮かべて声をかけるが、セルゲイはすぐに言葉が出ない。ようやく我に返ると、屈強な男に似合わないほどの慌てた様になる。


「いや! その! 違う…いや、違わな…いやいやいや! すまん!!」


 自分でも何を言ってるのかわからないくらいに動揺している。女性の身体を直に見るのが初めてではない。それでも、シズのなんとも言えない美しさに魅入られてしまっていた。


 アワアワと、らしからぬ姿を見せるセルゲイを見て、シズは恥ずかしさよりも笑いがこみ上げる。そして我慢出来ず、吹っ切れたように大笑いをしてしまった。


「セルゲイさん…なんか、可笑しいですね!」


 嬉しそうに言って、再びお腹を抱えて笑いだすシズに、セルゲイは更に戸惑う。


 この状況をどうしていいかわからず、オロオロとしていると、セルゲイの側面から何かが飛来して来た。


「ガハッ…!!」


 戦士の巨体が力無く大地に倒れる。


「セルゲイさん!!?」


 何が起きたのか?! シズは倒れているセルゲイの姿に驚愕し、身動きがとれない。


 その時、ゾワっとした寒気を感じる。シズは気づく。これは殺気だ。


 恐る恐る、殺気の元の方へと首を向けるシズ。その先は、ガーランたちがいる家からだった。



 そして気づく。家の玄関先で、穏やか過ぎる笑みを浮かべる、赤髪の女性が立っていることに。


 見た目の穏やかさと、放つ殺気の威力とのギャップに、シズは人を超えた狂気すら感じ、震えが止まらなくなる。



「おシズちゃん、ご飯出来たわよ?」



 倒れ伏したセルゲイの傍には、揺れる炎を纏った一本のオタマが落ちていた。





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