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世界の果ての冒険者たち  作者: 彩都 諭
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第14話 屍肉喰らいの獣

 第14話 屍肉喰らいの獣



 その地平線からは、満月が昇り始めていた。


 月には岩の円環があり、時折その一つが大地に流星となって落ちることもある。


 人々はその光景を眺め、吉兆か、はたまた凶兆か、よく占っていたものだ。



 この晩、西へ旅する一行も夜空を流れる流星を見上げていた。



「おう…今夜も流れとるな。酒が美味くなるわい」


「あら、それは素敵ね」


 ガーランは酒瓶をグイッと持ち上げ、魅惑の液体を喉に流し込む。


 セルゲイたちは、街道を外れて荒野の真ん中に野営していた。夜空の星々は輝きを増し、月明かりは暗闇を優しく照らしている。


「エドとシズの調子はどうだ?」


 セルゲイは夕食のスープをすくいながら尋ねる。


「エドっちはまだ寝てるわ。顔色は良さそうだから大丈夫よ。おシズちゃんも幸い、スープを飲めるから休めば良くなるわよ」


「そうか。ならいいんだ」


 エドは昼間の街道で気分を悪くし、そのまま馬車で横になっていた。シズもエド程ではないが、長旅の中で緊張していたのか、夜になる頃には寒気を感じ、今はテントの中で休んでいる。


「まあ、最初はこのくらいの事は起きて当然だろう。あまり順調過ぎると、俺は逆に不安になるよ」


「そう? 私は常に順調であるに越した事はないと思うけどね」


 シモーネはスープの火加減を魔法で調節し、調味料で味直しをしていた。



「そういうものか? …まあいい。それにしても、ここは野営地としては不安があるな。他の場所も大して変わらないが…」


 セルゲイは辺りの闇を見回す。月明かりで照らされているので、真っ暗ではない。しかし、荒野のど真ん中だ。徘徊する獣たちには、格好の獲物にみえることだろう。


「やはり、夜の番が必要だな。俺がやろう」


 セルゲイは立ち上がり、斧を手に取る。


「おう! 殊勝な若者じゃな。感心したぞ。後で儂も代わってやるから、安心せい!」


 ガーランはそう言って、乾杯の仕草をする。


「気持ちだけ受け取っておくよ。酒は程々にして、爺さんはさっさと寝てくれ」


「なんじゃ? 月を肴にまだまだ飲みたいのに…」


 酔っ払いに見張りをさせるのもな。セルゲイは渋るガーランに背を向け、小さくため息をつく。


「あらあら、そんな顔しちゃって。大丈夫よ。私も見張りくらいは出来るわ」


 シモーネはセルゲイの疲れた顔を眺め、いたずらな笑みを浮かべながら言う。



「素直に頼もしいよ。とりあえず、あんたはシズの側に居てくれ」


「ふふ、任せて。それから…」



 シモーネは唐突に、セルゲイの耳元に口を近づける。ふわりと柔らかな女性の香りが、セルゲイの脳を刺激する。


「し、シモーネ?!」


 屈強な大男は慌てるが、シモーネは素早く腕をセルゲイの首元に回す。セルゲイも異性との付き合いが無いわけではない。しかし、この感じは久しぶり過ぎたのか、動揺を隠せない。心臓を高鳴らせながら、彼女の反応を伺う。


「…いい? 血の香りを少しでも感じたら、すぐに呼びなさい。約束よ?」


 シモーネは囁く。そこに甘い感情は無い。セルゲイは戦士の顔に戻った。


「ああ。任せてくれ」


 淡々とした言葉で返答する。シモーネはセルゲイの言葉に満足したのか、軽く微笑み、その場を立ち去った。セルゲイは焚き火の光に照らされた斧に視線を移し、そこに刻まれた傷の一つ一つを眺める。


 数々の死地で共に戦い抜いた相棒。その証は、セルゲイに戦士の誇りを湧き起こすと同時に、教訓を思い出させる。


「…常に戦士であれ、か。ああ、その通りさ」


 焚き火がパチパチと音を立て、セルゲイの呟きを隠す。月は青白さを増し、天高くに昇っていた。



 夜は刻々と過ぎていく。シモーネもシズのテントの中で眠りにつき、側の焚き火では酔い潰れたガーランがいびき声を響かせていた。


 セルゲイは焚き火から少し離れた、エドが横になって休んでいる馬車の側で、辺りを警戒していた。時折、睡魔が訪れることはあるが、セルゲイはその度にポケットから苦味が強い木の実を噛み砕き、眠気を覚ます。これは王都の店で仕入れたものだが、セルゲイの故郷にもある種類なので効果はよく知っていた。


 そうしていると、背後でガサゴソと動く音がした。振り向くと、馬車の中からエドが降りて来ていた。


「あれ? ここは…」


 エドはふらつきながら、辺りを見回す。復調したようだが、ずっと横になっていたのだ。足元が覚束なかった。


「エド、やっと起きたか。調子はどうだ?」


 セルゲイはエドの肩を支え、尋ねる。


「あ…セルゲイさん。私はずっと寝ていたのですか?」


「そうだな」


「あちゃー。本当にすみません…」


 エドは申し訳なさそうに深々と頭を下げる。まだ体調が優れないのだろう、声に力がない。


「なあに、まだ旅は始まったばかりだ。慣れろとは言いたくないが…今のうちに心構えをしておくといい。森に入ったら、休むことすら出来ないかもしれないからな」


「はい…」


 セルゲイの言っていることは、恐らく本当のことだろう。森に入れば、常に周囲を警戒しなければならない。このような野営をする余裕もない状況になり得るのだ。


 エドは自分の気持ちに喝を入れようと、頰を両手で数度叩く。


「私も強くならねば! しかし…」


 せっかく気合を入れたのに、口ごもるエド。鼻をすんすんと鳴らし、自分の匂いを確かめている。


「どうかしたのか?」


「あ、すみません。気を引き締めたつもりだったのですが、どうも昼間の光景を引きずっている見たいで…お恥ずかしい。その時に嗅いでしまった匂いが抜けない気がするんです」


 無理もない。あの光景はしばらくトラウマになるだろう。セルゲイはそう思っていた。



 しかし、風に乗ってわずかに鼻孔を刺激する匂いを感じた。そしてそれは、昼間にも嗅いだ匂いだ。だが、街道からは離れているし、風向きも合わない。


 違和感を感じた次の瞬間に、セルゲイは気づく。この匂いは思ったよりも近い!


「いかん! シモーネ!!」


 咄嗟に叫び、片手でエドの頭を押さえて伏せさせる。周囲の気配に神経を集中し、斧をゆっくりと構えた。


 焚き火の音だけがパチパチと響く。まだテントのシモーネたちの反応は無い。そんな中で、セルゲイは再び違和感を感じる。先ほどの匂いとは別だ。その答えはすぐに判明した。



「…くそっ!! 馬をやられてる!! なぜ気づかなかった!?」


 馬車を引いていた馬たち。セルゲイたちが野営しているときは馬車から離して繋いでいたのだが、その姿はどこにも無かった。かわりに、地面の草むらには血まみれの綱などが落ちている。


 エドとセルゲイが嗅いだ匂いの元は死体だ。恐らくは街道に散らばる屍肉を漁っていた獣だろう。今度はセルゲイたちの馬を襲ったのだ。しかし彼は一晩中見張りをしていたのに気づかなかった。セルゲイは歯をくいしばり、自分の迂闊さに怒りを露わにする。


「くそっ!! なんて様だ!! くそっ!!」


 吐き捨てるように、自分の愚かさを悔いる。そこに、横から声が飛び込んできた。


「セルゲイ!! なにごと!?」


 その声に我に返る。今は取り乱している場合では無い。セルゲイは冷静さを取り戻す。


「起きたか、シモーネ! 馬をやられた!! 血の匂いが近くにいる!」


 異変に気づき、それを聞いてテントから素早く身を出すシモーネ。彼女に手を引っ張られて、シズも躍り出る。足元に寝そべっていたガーランは、まだいびきをかいて寝ているが、それは無視した。


「この感じは、やはり"屍肉喰らい"が出たわね」


「シモーネ、奴らを知っているのか?」


「ええ。さっき話したアンデッドよ。奴らの見た目はでかい狼だけど、体毛がほとんどないし、声も一切発さない。おシズちゃんは知ってるかしら?」


 馬車から取り出した弓をシズに手渡しながら尋ねる。シズは震える手で弓を受け取り、首を横に振る。


「私は見たことがありません。でも、嫌な気配を感じます」


 シズは肩を震わせる。彼女はこうした感覚に鋭いのだろうか。エドはごくっと唾を飲み込むと、寒気を感じていた。


「それで? シモーネ、お前さんが警告するくらいだ。他にも何かあるんだろう?」


 鋭い視線をシモーネに向ける。それに物怖じせず、シモーネは視線を合わせてきた。


「勿論よ。セルゲイなら森で既に奴らと出会っているかと思ったけどね」


「出会いたくないからな。願いが叶ってたんだろう」


 ふざけた調子で返す。シモーネは面白くなさそうに口をすぼめていた。


「その軽口が閉じなきゃいいけどね。よく聞きなさい。奴らは見た目は狼に近く、群れで行動するわ。でも気をつけて。狡猾な狩人よ。足音を完全に消し、自らの姿を闇に紛れ込ませる。そこから標的を観察し、弱いところから狩りにくる。油断は出来ないわ」


 シモーネは真面目な口調で説明する。シズも隣で同意の頷きを繰り返していた。


 セルゲイは話を聞いていたが、いまいちしっくりこない。確かに、その高い隠密能力は厄介だ。しかし、相手が近くにいることがわかっているのだから、幾らでも対処の仕方があるように感じた。


「でも、そいつらが近くにいるのはわかっているし…」


 シモーネは楽観的な意見を述べようとするセルゲイを睨みつける。


「このお馬鹿! 話を最後まで聞きなさいよ!」


「う…」


 凄い剣幕で怒鳴りつけられ、セルゲイは黙る。


「凄い。セルゲイさんほどの戦士を黙らせるなんて…」


 シズは何を感動しているのだ? 話の調子が狂い、進まなくなってしまう。


 その直後に、今度はエドが叫ぶ。


「シモーネさん!? 後ろです!」


 すかさず振り向いて身構えるシモーネとシズ。すると目の前には獣が一匹、勢いよく迫ってきていた。その姿は確かに狼に似ている。しかし毛はほとんど無く、灰色の地肌が露出している。さらに奇妙なのは、その表情だ。こちらを威嚇するわけでもなく、口は舌をダラリと出して半開きになり、だからと言って呼吸をしているように見えない。おまけに、目は白目をむいているようになっていた。


 獣の突進に、シモーネたちは反応出来ない。セルゲイは前に出ようとするが、もはや間に合うものではなかった。


「そりゃ!!」


 シモーネたちに獣が飛び込む寸前、足元からガーランが飛び上がり、素手で獣の首に摑みかかる。そのまま地面に転げ落ちると、ガーランは言葉を発さずにその首をへし折った。



「まったく…若い奴らはギャアギャアとうるさいわ! 黙ってさっさと戦えんのか?」


 機嫌悪そうにブツブツと呟くガーラン。彼は無駄のない動きで獣の息の根を止めた、かと思われた。


「だめよ! 奴はアンデッドなの! 離れて!」



 ガーランは慌てて振り向く。すると、首をへし折られ絶命したかに見えた獣は、折れた首を垂らしながら立ち上がり、再び突進してきた。


「ぬお!? こいつ、しつこいわい!!」


 咄嗟に肘打ちを当て、勢いを止める。そこにセルゲイが駆けだし、助走をつけて斧を真っ直ぐに振り下ろす。その一撃で獣の首は両断され、胴体から飛んで地面に落ちていった。


 流石に首から上を失い、胴体は突進を止める。しかし、それでも頭と体は痙攣しているように動き続けていた。



「うへえ、気持ち悪いわ!!」


 ガーランは胴体を足でつつく。襲ってくることはなさそうだが、もはやそれは生き物の動きをしていない。


 シモーネは僅かに安堵のため息をつき、前に歩みでる。


「緑龍の眷属さんが、何を今更…。こいつらはアンデッドよ。マナの力で動き続ける死体。頭部をしっかりと破壊しないと活動を止めないのよ。しかも、屍肉と動くものが大好物なの。食事は必要無いはずだけど、本能は残っているから喰らうことをやめないのね」


 つまりは、動く死体が屍肉と獲物を求めて彷徨っているのだ。


「おい、なんでこいつらは"狡猾な狩人"なんだ?」


 セルゲイはもっともな質問をする。本能的に動いているわりには、狩りの仕方が上手い。


「そこが厄介なのよ! 本能的に食事を求めるだけならば対処し易いのに、こいつらは狩りも本能に含まれているのよ! だから、獲物に忍び寄ったりすることも出来るし群れで動くことも出来る。おまけに倒しづらい。今回は一匹だったけどね! それを説明しようとしてたのよ、もう!!」



 手をブンブンと振りながら怒り出すシモーネ。妙に愛嬌がある素ぶりに、セルゲイは反応に困ってしまう。


「わかったわかった…悪かったよ」


「なによ、もう。 馬をやられた責任取って、私の荷物も持ってよね!」


 痛いところを突かれた。他の面々も、ジッとこちらを見つめてくる。痛い。


「…すまない、見張りをしていた俺の責任だ」


 膝をつき、その場で頭を垂れて謝罪する。


「その…僕は寝てたし…」


「私も…具合悪くて寝てたし…」


「…儂を見るな」


 よく寝ていた者たちは、少し気まずくなる。ガーランに至っては、泥酔だ。


「ぷっ。ぷくくっ!」


 一同を眺めていたシモーネは我慢出来ずに吹き出し、笑いころげた。それにつられて、一同は苦笑いのように笑うしかなかった。



「あー、笑ったわー。さて、荷物を整理し直しましょ。夜が明けたら歩き出さないと」


 シモーネの言う通りだった。馬を失った以上、徒歩で進むしか無い。行程は半分くらいを過ぎているだろうが、今後もアンデッドの襲撃を警戒しなければならない。少しでも距離を稼ぎつつ、迎撃し易い場所を確保しなければ。


「やれやれ。確かに、順調に越したことはないな。改めるよ…」


 セルゲイがそう言うと、シモーネは嬉しそうだ。


「エドとおシズちゃんも、明日は休んでいられないわよ。いいわね?」


 二人は苦笑いを浮かべながら頷き、荷物をまとめ始める。


 夜の闇はまだ深く、朝までは幾らか時間があった。


 五人がこの夜、眠りにつくことはなかったが、"屍肉喰らい"の姿を見ることも無かった。



 朝日が昇る頃には、一同は再び西を目指して歩み始めた。





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