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世界の果ての冒険者たち  作者: 彩都 諭
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第13話 若者たちの決意

 第13話 若者たちの決意



「皆さん、これまで私の下にいてくれて、ありがとう。本当に助かりました」


「いえいえ、何を仰いますか。一同、隊長の部下でいられたことを誇りに思っておりますよ。いつでも、お戻りください」



 ラーナ・デイルは王都ゲランの正門前で、彼女の直属の部下であった兵士たちに見送られていた。既に馬の準備は整っている。


 彼女はもう、兵士ではない。個人、ラーナ・デイルとして旅立つのだ。毎日のように身につけていた兵士の鎧ではなく、今は質素なワンピースを基本に、丈夫な革の装備を身につけている。その上に緑色の、旅人を象徴するかのようなマントを纏っていた。



「では…行ってきます。達者で…」



 ラーナは兵士たちに別れを告げて、馬にまたがる。そして出発しようと手綱を手に持ったところで、後ろから呼び止められた。


「すみません! 待って下さい!」


 若い男の声だった。何事かと振り返ると、二人の青年がこちらに駆け寄ってくる。とはいえ、二人とも怪我人のようで、その足取りは覚束ない。


「お前たち…誰だ? 隊長…いや、ラーナさんに何か用か?」


 兵士たちが若者の行く手に立ちはだかる。害意は無いが、見知らぬ者たちがこのタイミングで現れ、慌てた様子で近づいてくるのだ。不審に思わずにはいられない。


 青年たちは荒く息を整える。少しの間があってから、ようやく話し始めた。


「突然すみません! 私はエリク、隣の彼はハンスと申します。こちらに、西へ旅立たれる方がおられると聞いて、駆けつけて参りました。ラーナさん、どうか少しだけでもお話しをさせて頂けませんか?」


 兵士たちは困った顔で振り向き、ラーナの顔を伺う。彼女は二人の青年の顔をジッと見つめて、何か考え込んでいた。



 怪我をした、若い青年…


 私は彼らをどこかで見かけた。どこだ?



「あの…貴方達、どこかでお会いしたことがありませんか?」



 ラーナが尋ねると、エリクとハンスは顔を見合わせながら考える。それから間も無く、エリクが閃いたような表情をして口を開いた。


「ああ…! あの時、私たち避難民を助けに来てくださった、騎馬隊の皆さんの中にいらっしゃいましたよね! 思い出しました! ラーナさん! あの時は本当にありがとうございました!」


 エリクが感激している横で、ハンスは話が飲み込めていないようだ。


「ほら、あの時だよ。ハンスは怪我で混乱してたから知らないと思うけど…。俺たちを騎馬隊の皆さんが誘導してくれてたじゃないか。その途中で、あの凄い魔法使いさんも現れたろ?」


「魔法使い…! ああ、そうか! あの時の…!」



 ハンスは思い出したのか、驚きの声をあげる。だが、驚いたのはラーナの方だった。


「君たちは……あの時の若者たちだったんですね…。思い出しました…」



 二人に覚えられていたこともラーナには驚きであったが、その事よりも衝撃を受ける事実だ。彼らはあの日、緑龍の襲撃から避難して来た人々の中にいたのだ。そして、誰か大切な人を失い、悲痛な叫び声をあげていた。


 その時の声が、ラーナの心に残っている。



「私は……貴方たちにお礼を言われるような立場ではありません。むしろ、謝罪をしたいと思っていました」


「え? 謝罪?」


 二人は不思議そうな顔でラーナを見上げる。



「私はあの日、親しい方を失くし、傷ついた貴方たちにかけられる言葉が無かった…。何も言えず…すみませんでした」


 ラーナは馬を降りて、頭を下げた。エリクとハンスは困った顔をしていたが、彼女言いたいことは理解できたようだ。


「なんて返せばいいのか……俺にはわかりません。だけど、ラーナさんが頭を下げることなんて、多分ないですよ」


 ハンスは少し照れ臭そうに話す。


「ラーナさんたちは、俺たちを無事に王都まで連れて行ってくれた。それで十分救われました。それに、リリア…俺たちの親しい友人の仇は、凄い魔法使いさん…確か、"ドラゴン・ベル"さんと、"あの人"が倒してくれました。だから、俺たちは身も心も救われてますよ」


 二人の青年が向ける笑顔が、ラーナには眩しく見えた。救われたのは、私の心の方だ。ラーナは胸に手を当て、微笑みを返した。


「ありがとう、ハンス、エリク。先立った私の部下たちも、きっと喜んでいるよ」


 壊滅した"牙"の部下たちを想い、礼の言葉を伝える。


 ラーナは急にハッとする。


「…"あの人"? もしかして、あの戦士の男を知っているの?」


「え? はい、そうですよ。俺たちは二人ともハル村で自警団をしていました。だから、あの戦士の男とは少しだけ面識があります。口は聞けないみたいでしたけど。ラーナさんはハル村に来たことが?」


 ラーナは、やっぱり、というような顔で納得している。エリクが首を傾げていると、ハンスが驚きの声をあげた。


「おわ! 思い出した! ラーナさん、あの日に村に来た騎馬隊の隊長さんだ! 思い出したぞ!」


「え!? そうなの!?」


「エリク、お前は人だかりに負けて後ろに下がっていたから、見てないだけさ。ラーナさんは騎馬隊で村に来て、あの戦士さんを連れて行かれた方だよ!」


「うお!? すげえ! こんな偶然があるのかよ!?」


 何やら二人で興奮している。どうやら、ラーナがハル村を訪れ、セルゲイを迎えに来た時の話をしているようだ。だが、そんなに興奮することだろうか?


 戸惑うラーナをよそに、エリクとハンスは盛り上がっている。周りの兵士たちも苦笑いを浮かべていた。ラーナは咳払いをして、本題に入ろうと試みる。


「ところで…二人は私に何か話があると言っていましたが…伺ってもいいですか?」



 エリクとハンスは気づいて、慌てて姿勢を正し、深呼吸をする。


「すみません! 失礼しました! 実は…俺たちも西に行きたいのです。これから西に向かう方がいらっしゃると聞いて、その旅に同行させて貰えないかと交渉をするつもりでした」


「え…? 二人は、西に行きたいんですか?」


 頭の理解が追いついていないのか、聞き返してしまうラーナ。二人は真剣な眼差しで、ラーナに頷き返す。


(どうしたものだろうか。まずは理由を聞くべきなのだろうが……)


 一緒に同行するとかは置いておいて、話を聞くぐらいは大丈夫だろう。ラーナはそう考えていた。


 だが、話はそう簡単ではないのだ。



「先日、噂を聞いたんです。緑龍を倒してくれた魔法使いと戦士の一行が、西へ向けて出発したって。俺たちは、あの方々にどうしてもお礼が言いたくて…。だから、追いかけたいんです。ラーナさんの旅の途中まででも構いません。ご一緒させては貰えませんか?」



 追いかける!? セルゲイたちを!?


 ラーナは心の中で叫んでしまう。二人の青年の気持ちはわかる。恩人にお礼を言いたいと思うことを止めたりはしない。だが、セルゲイたちを追いかけるのか?!


 セルゲイたちを追いかける旅は、かなり危険だ。場合によっては、緑龍の森の中まで追わねばならないのだから。


 ラーナは自分一人の身を案じることはない。元より危険を承知で行くのだから。だが、青年二人、それも怪我人を二人連れて行くというのは、はっきり言って無謀だ。彼らの身を守る最善の方法は、連れて行かないことなのだから。



「話は理解しました。気持ちはわかります。ですが、二人は怪我が癒えていないし、危険です。一緒には行けません」


 彼らが無謀な旅に出ないようにするには、はっきりと断る必要がある。ラーナは厳しい口調で告げた。しかし、彼らは諦めない。


「危険は承知です! 足手まといになってしまう時は、見捨てて下さっても構いません! どうか、お願いします!!」


 二人は揃って懇願する。だが、それでも認めるわけにはいかない。


「二人がどのように覚悟をするかは自由です。ですが、これは生死に関わることです! 見捨てても構わないどと、自分の命を軽く考えているのならば、尚更連れてはいけません!」


 流石に二人共、言葉を詰まらせる。ラーナも危険を覚悟しているが、それは自分が一人であり、自己責任だからだ。


 無論、それが良いことではないのだろう。しかし、同行した者が危険に陥っている状況で、「見捨てて置いて行ってくれ」と言われても、そう簡単に割り切れるものではない。


 彼らがいかなる覚悟を決めていても、ラーナには認められなかった。


「では、私はこれで。ハンス、エリク。二人に会えたことは素直に嬉しかったです。だから、自分を大事にして。いいわね?」


 そう、会えて嬉しかったのだ。だから、元気でいてほしい。ラーナは優しく微笑み、再び馬にまたがる。


「待って!」


 引き留めるハンス。ラーナは振り向こうか迷いながら、その場で止まる。


「…すみません。俺たち、思い違いをしていました。謝ります」



 ラーナはホッとする。だが、ハンスの言葉はそれで終わりではない。


「でも……俺たち、どうしても行きたいんです。身勝手なお話しをしていることは理解しています。それでも…死んだリリアに、教えてやれるかもしれないんです」


 なんの話だろう? ハンスの話に、ラーナは耳を傾ける。


「リリアは、世界のことを知りたがっていました。西の森のことも、その先のことも。もしかしたら、あの戦士…異邦から来た、あの人なら、その答えを知っているかもしれない。彼女はそう信じていました。その答えを聞きたくて、王都に行こうとさえしていたのです。でも、その矢先に…」


 ハンスは顔を両手で押さえ、涙と嗚咽を抑える。荒くなる呼吸を静めながら、声を出す。



「俺はリリアの墓に、報告してやりたいんです。彼女が見たかった、聞きたかった、この世界の果てのことを。だから……お願いです、ラーナさん。俺たちを……。お願いします」


 その場に泣き崩れながら、頭を地面につけてラーナに願うハンス。エリクも親友の必死の願いを叶えてやりたい一心で、同じ様に頭を地面につけて願った。



「ハンス、エリク……」


 ラーナは馬から下り、ゆっくり二人の元に歩み寄る。側で立ち止まると、その場で膝をつき、ハンスとエリクを両手で掴み、抱き寄せた。


「私は…二人の決意を見誤っていました。許してください」


 抱き寄せるラーナの手に、力がこもる。


「私が…必ず二人を彼の元に送り届けるわ。ラーナ・デイルがお約束します」


 力強い言葉だった。ラーナの言葉に、ハンスとエリクは涙を堪えられない。三人は、そのまましばらく抱き合っていた。



 そうしていると、三人の様子を見ていた兵士たちがラーナたちに声をかける。


「ラーナ隊長。任務の遂行、お手伝いさせてもらいますよ」



 古株の部下であった兵士が、幾つかの指示を飛ばす。すると、どこからともなく、馬車やら荷物やらが次々と運ばれて来た。


「これは…?」


 三人が呆然としていると、先ほどの兵士がニヤニヤと笑顔を浮かべている。


「選りすぐりの駿馬二頭と、頑丈な馬車。それから、食料やら水やらをたんまりと積んでます。いい酒もありますよ。あと、ハル村までは私も含め、護衛も何名か同行させましょう」


 正に、至れり尽くせりだ。流石に驚きを通り越して、得体の知れない不安を感じてしまうラーナ。


「お、おい、感謝感激ではあるけど、こんな勝手をしては、流石にまずくはないか…?」


「心配はご無用です! 最初に上にはお伺いを立ててます。二つ返事で許可が出ましたよ! 流石はラーナ隊長!」


「二つ返事…? 上って、どこだ?」


「それはもう、上も上ですよ。我らがアーネスト国王陛下です」



 ああ、なるほど。ラーナはため息混じりに納得した。この元部下が、こんなに豪胆な男だったとは思わなかった。ハンスとエリクは陛下の名前が出て、カチカチになっている。

 


「さあ、準備は万端です! 皆さん、馬車に乗ってください! 戦闘速度で突っ走りますよ!」


 豪快な掛け声と共に、ラーナたちは王都を後にした。




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