公爵令嬢は静かに暗躍する(後編)
リアルでの多忙から遅くなりましたが、後編投稿です。
最初の疑問は「何故ローズクォーツ男爵家なのか」だろう。
グランベルンが支援を行っている貴族の大半は、支援を受けた事で何らかの成功を収めている。そして彼はその恩恵を受けている。
しかし、中にはあまり目立った成功の見られない貴族もいる。ローズクォーツ家もその一つだ。
成功もしていないが、取り立てて赤字になるほどの失敗もしていない。
プラスもマイナスもゼロ。
グランベルンにしては少しばかり疑問を覚える結果である。まあ、結果として黒字にはなっているのだが。
しかしだ。そんな無駄な事を彼がするだろうか?
『グランベルン殿下ですか? そうですね、無駄な事はしない主義と言うのが妥当かと』
彼をよく知る人間はそう語った。
ハッキリ言ってしまって、ローズクォーツ男爵家が所有する領地はそこまで旨みがない。
これといった名産もなく、これといって特筆すべき点もない。
隠れた何かがあるならまだしも、何もないのだ。支援したところでたかがしれている。
「木の葉を隠すなら森の中とはよく言った物ね」
クリスはそう呟いた。
グランベルンが支援しながら成果の出せていない貴族達。その中で、ローズクォーツ男爵家と他家とではある違いがあった。
その違いこそが、ミリエラであった。
他家にも子女はいるが、中央にまで娘をやっているのはローズクォーツ男爵家のみだ。他家は本当に現状維持が精一杯という状態で、とてもじゃないが娘を学校に行かせている余裕などない。
さらに言えば、彼女は男爵が外で産ませた子供で、跡取りがいなかったために引き取られてきたに過ぎない。
そんな彼女が、どうして学校に進学出来たのか?
「その答えを聞かせてもらえないかしら? ミリエラさん」
「…………………………」
椅子に腰掛けたミリエラの表情は硬い。
無理もない。突然招かれた相手から、ズバズバ内情を切り込んでこられたのだから、警戒するのも当たり前だ。
このまま彼女が口を割るのを待つのでは時間を無駄にしてしまう。
そう判断し、クリスはさらに自分の考えを口にする事にした。
「私が次におかしいと思ったのは、あなたが懇意にしているという行商人の存在です」
行商人について口にすると、ミリエラがわかりやすいくらいに震えた。
追い詰めるつもりはないが、彼女から言ってくれなければこちらとしても動けない。
少し可哀想だが、このまま話を進めるとしよう。
「調べたところ、彼からあなたが購入しているのは日用品程度。それもどこでも手に入るもの。わざわざ北の国から行商に来ているのに、珍しい品を一つも買わないのはおかしい」
ならば、その行商人と接触するのが目的なのではないか。
そう考えて、クリスは件の人物について調べるよう指示した。
そしてそれから数日。得られた情報を確認した上で、行商人を拘束するよう命令を出したのであった。
「ご……尋問の結果、彼は全て話したわ。………もう、あなたもこれ以上黙っている必要もないのよ?」
「っ………」
どれほど沈黙を続けただろうか。
それに耐えられなくなったのか、ミリエラは頑なに閉ざしていた口をようやく開いた。
「………私が生まれた時から、いえ、生まれる前から全て始まっていました」
全ては、最初から仕組まれていた。
その結果、グランベルンが生まれ、ミリエラが生まれた。
ジークヘルトやレオンハルトの存在によって計画は幾分か軌道修正されたが………骨子その物がゆがむ事はなかった。
「全ては、この国を手中に収めるため。私たちが生まれる何年も前から計画は進んでいたそうです」
ただ血縁を重視するのならば、適当な貴族の娘を送り込むだけでいい。
しかし、本当にこの国を手に入れるならば、やはり王族をうまく取り込む必要がある。
ただ王族との婚姻だけでは足りない。邪魔者を排除し、横槍の入らない環境を成立させてこそ、初めて成功したといえる。
その第一段階こそ、第二王子グランベルンだ。
「うまく国王陛下に取り入れる人間を送り込んだのでしょうね。あの方は情の深い方だから、側妃に入り込めるよう」
「はい。結果、生まれたのがグランベルン殿下です」
しかし、それだけでは足りない。
上に誰かがいないのであればよかったが、その時既にジークヘルトがいた。それも正妃との子だ。
側妃との間に生まれた子供では、どうしても継承権に差がある。
単純にジークヘルトが盆暗ならば、期待は第二王子へと寄せられるが、生憎とジークヘルトは優秀な素質を有しており、人格面でも問題は見られなかった。
身分の差に囚われず、誰とでも明朗に接する、型破りな気質。
ならば、その型破りな気質を逆に利用してしまえばいい。
「そうして、私が選ばれました。ローズクォーツ男爵の私生児、という形で」
たかが辺境の木っ端貴族。金を積めば、転がるのは簡単。
当座の金と、国が動いた後に空いてくるであろう重要なポスト。それを用意すれば、男爵家は簡単に動いた。
男爵家が用意するのは、ミリエラという名の私生児を受け入れる体制と、娘を中央へと送り出すための準備。
「後は、折を見て学園に送り込み、うまく殿下に取り入る………あの方は単純だから、そこは良くも悪くも簡単だったでしょう?」
「………ええ」
苦々しくも、ミリエラは頷いた。
この国に入り込むよりも、「ミリエラ・ローズクォーツ」という男爵令嬢を演じるよりも、ジークヘルトに取り入るのが一番簡単だった。
うまく男に取り入って誑し込む方法は、この国へ来る前に散々たたき込まれている。
ちょっと貴族の令嬢らしからぬ態度を取り、王子がこれまで見た事がない女の姿を見せてやれば、簡単に靡いた。
………ジークヘルトだけでなく、その取り巻きまでも一緒に靡いてしまったのは誤算だったようだが。
「その………そういうつもりで行動していたのは確かですし、私に言う権利はないと思いますが………あそこまで一斉にコロッと引っかかるのっていいんでしょうか?」
「私に聞かないでちょうだい」
とても困ったような顔で尋ねてきたので、クリスは真顔でそう返すしか出来なかった。
「何はともあれ、これであなたの役目は終わった事になるわね。後はジークヘルト殿下が私に盛大に婚約破棄でもやらかして、その隙をグランベルン殿下が突く。そしてそのまま王太子の座を手に入れる………そんなところかしら」
紆余曲折したとはいえ、彼女はうまく仕事をやり遂げた。
このまま行けば、グランベルンの総取り、と言ったところだろう。
「………まあ、そうなってしまう前に、私が気づいてしまったのだけど、ね」
しかし危機一髪、クリスは全ての真相に気づいた。
事の次第を父である公爵に報告すれば、きっとうまくやってくれるだろう。
………娘を「不細工」呼ばわりした幼少期の王子に拳骨を喰らわせる父ならば、それはもう怒り狂うに決まっている。
「…………………………」
己の末路を予期したのか、ミリエラはぎゅっと唇をかみしめる。
「私は明日にでもお父様に全てを報告するつもりよ。お父様はまず間違いなく、ジークヘルト様とグランベルン様を潰すつもりで動くはず」
公爵がどう動くかは、だいたい想像がつく。
男爵令嬢の色香に惑わされた第一王子は廃嫡の後に追放。その取り巻きも、跡取りは別の人間にした上でこれまた追放。
第二王子は………まあ、隣国との密通容疑でこれまた廃嫡。その内、病死するという筋書きだろうか。
生かしておいて隣国との交渉に使えなくも無いが、こっちは諸刃の剣になりかねない。
余計なリスクを負うくらいならば、早めに処断した方がまだいい。
「ローズクォーツ男爵家も………取り潰しは免れないでしょうね。裏切って隣国と繋がっていたわけだし、潰しても問題はないし」
王家を裏切り、隣国と通じていた時点で反逆罪が適応される。
まあ、グランベルンの生まれに由来する「隣国の企み云々」は明かされずにもみ消されるだろうし、男爵家の取り潰しも「娘が第一王子を誑かした事による連座」辺りになるはずだが。
辺境の木っ端貴族くらいなら取り潰して、適当な貴族を新しい領主に据えればいいだけの事。
「それで、あなたはどうしたい?」
不意に、クリスはミリエラにそう問いかけた。
「え?」
ミリエラには、質問の意味がわからなかった。
どうするも何も、ここからどうなるかは決まっているようなもの。
彼女は駒だ。第一王子を籠絡し、第二王子を盤上へ上げるための、ただの駒に過ぎない。
役割を果たした駒の行く末など、機密保持で切り捨てられるのが定石だ。クリスの予想では、いずれグランベルンが何らかの形で処分を下すだろう。
故に、気にくわない。
「あなたには三つの選択肢があるわ。一つは言うまでもなく、このまま何もせずに沙汰を待つ事。まあ、どうなるかなんて決まり切ってるから、あまりお勧めしないけど」
「…………………………」
「二つ目は、今すぐ逃げる事。逃げ切れるかどうかはわからないけれど、この国にもあの国にも関わりたくないなら、「有り」な選択だと思うわ」
尤も、都合の悪い情報を持つ彼女が逃げたとなれば、追っ手を差し向けるのは明白だ。
単独で追っ手を振り切り、逃げ続けられるかどうかは………わからない。
「そして三つ目。私の……ロートナー公爵家の庇護下に入る事」
その言葉に、ミリエラは目を見開いた。
「もちろん、「ミリエラ・ローズクォーツ」であった過去は消して、全くの別人として生きる事になる。髪型や髪の色、服も変えればまず気づかれないでしょうし」
「………どうして」
「そうね。一言で言ってしまえば、これはただの自己満足」
クリスにしてみれば、ミリエラを救い上げる必要など何も無い。
ただ、哀れに思っただけだ。
駒として送り込まれ、役目を果たして、切り捨てられる。
そして自らの運命を既に諦めてしまっている。そんな彼女を哀れに思った。
「あなたを助けたいと思った。ただそれだけよ」
王子二人を破滅へ追い込もうとしているにも関わらず、彼女だけには救いの手をさしのべる。
そう、これはただの偽善だ。偽善のままにクリスはミリエラを助けようとしている。
「クリスシェナ様、私を………助けてください」
「ええ、助けましょう」
かくして彼女は、クリスの手を取った。
多分次がエピローグで終わりになるはず。