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公爵令嬢は静かに暗躍する(中編)

これで終わると思っていたら、思った以上に長くなりそうだったので中編に。

次で終わらせる………終わるといいなあ。

お茶会からしばらくして、レオンハルトは隣国へと留学に出された。

「体のいい厄介払いだ」と当人は苦笑していたが、クリスからしてみれば会えなくなるのは寂しい。

その代わりと言わんばかりに、ジークヘルトが公爵家を来訪する頻度が増えた。


(ご機嫌取りのつもりでしょうか?)


態度もそんなに代わり映えしないので、大方国王や王妃辺りにでも言われて、渋々やって来ているというところだろう。

表面上それなりにうまくやれているように映るが、近しい者には二人の関係がアレなのが丸わかりだ。

なお、彼が公爵家に顔を出す都度、使用人達が父や母を必死に宥める姿を目にする事が増えた気がする。

そして胃薬を常備する使用人が増えたとも。………気のせいだという事にしておこう。うん。


「ジークヘルト殿下ももう少し、こちらの都合を考えていただきたいものです」


クリス付きの侍女、ハンナがぷりぷりと怒っていた。


「仕方ないわよ、ハンナ。ああいう方だもの」


「だとしても、せめて先触れの使者を立てるなりしていただきたいものです。おかげで本日のご予定が全て潰れてしまいましたから」


この日、本当ならば公爵家が出資している孤児院の慰問へ赴くはずだった。

クリスも子供達に会えるのを楽しみにしていたのだが、突然の王子来訪で予定がおじゃんだ。

孤児院の方にはまた後日改めて慰問に向かう事を伝えたが、子供達もクリスと会うのを楽しみにしていた分、がっかりしていたという。

更に言えば、外出用の衣装に着替えていたところ、突然やって来たので着替え直すハメになった。

もし着替えずにそのまま顔を出せば、「随分と野暮ったい姿をしているな」と文句を言われるに違いないからだ。


「それにしてもあの方、昔っから全っっっっっく成長してないんですけど!」


幼少期からクリス付きだったというだけあり、ハンナもジークヘルトの人となりはよく知っていた。

能力が優秀なのはまあ認めよう。しかし、どうしても自己中心的なところだけは変わらない。子供の頃よりは多少マシになったかもしれないが………。


「根っこの部分は変わってないと思いますよ、私。公爵様や奥さま、お嬢様方はともかくとして、私たち使用人は道端の石ころぐらいの認識でしょうし」


「………やっぱり、そう思う?」


「というか、みんな噂してます。王太子はジークヘルト殿下ではなくグランベルン殿下の方が相応しいんじゃないかって」


良くも悪くもジークヘルトは王族貴族と平民を区別する。

一方、グランベルンは分け隔て無く接する事もあり、平民層からの人気はそれなりに高い。

その反面、そういった態度が気にくわないと、一部の貴族からはやっかみを受けている。

近年は平民を優遇する貴族も増えているが、あまりに露骨な優遇は貴族の品位を下げるものではないかと、厳しく見る者も多いのだ。


「お嬢様はお会いした事があるんですよね? グランベルン殿下ってどんな方でした?」


「そうね………」


レオンハルトが隣国へと旅立つ、少し前の事であった。

王宮を訪れていた際、グランベルンと出くわしたのだ。

概ね、噂で聞いていた通りの相手だった。ジークヘルトと比べるのが失礼なほど、彼は紳士的で穏やかな青年だった。人気があるのも分かる。

もしも、レオンハルトからその人となりを聞いていなければ、すっかり騙されていたかもしれない。


「………頭のいい方だと思うわ。後は、とてもいい目をしていらっしゃる」


「?」


いまいち、クリスの言葉の意味を理解しきれなかったのか、ハンナは首を傾げる。

とても嘘をつくのが上手な男だった。そして何枚も猫を被っていた。

言葉を交わしたのはほんの数分。何気ない世間話だったが、静かに彼はクリスを見抜こうとしていた。

そうだ。あれは値踏みする目だった。

この女は自分にとって利する存在か、それとも仇なす存在か。


(あの方が王になれば、確かにこの国は栄えるのかもしれない)


グランベルンは間違いなく、良き為政者となり、国は一層栄えるだろう。

だが、その繁栄の影で何が起きるかが分からない。

あれは血が流れるのを厭わない男だ。もし、クリスが邪魔者と判断したなら、好機を窺って排除する。そしてそれを一切躊躇わない。

そしてまず間違いなく、玉座を脅かしかねないレオンハルトは排除される。

ジークヘルト? 話題に出す以前にあっさり斬り捨てられているのは言うまでもない。


(なんとしてでも、あの方には消えてもらわなければならない)


今はまだどんな方法になるかはわからないが、とにかく情報が必要だ。

色々と探らせてはあるが、あまり目立った情報は挙がってきていない。

第二王子、側妃の子、立場的に不安定なグランベルンがいつ行動を起こすかがわからない以上、早急に糸口を見つけなくてはならない。

とはいえ、それだけ頭の回るグランベルンだ。そう易々と証拠を残しておくはずがない。

特に進展のないまま時間だけが過ぎていった、ある日の事であった。


「クリスシェナ様、聞きまして? 殿下が転校生にご執心だと」


学園のとある昼下がり。

クラスメイトが語ったのは、そんな話であった。


「殿下が?」


「ええ。先日転校してきたばかりで、辺境の方から出てきたとか」


「確か、ミリエラ・ローズクォーツ、でしたっけ?」


「ローズクォーツ? 聞いた事のない家名ね。いったいどこの貴族? 爵位は?」


「ああ、確か北の方の男爵家だったはずよ。領地もこれといって目立ったところのない、いかにも田舎と言わんばかり」


クリスに語られたはずの事実が、次々とクラスメイト達に伝染していき、わいやわいやと雑談が広がる。

女というのはこういう醜聞が大好きなものだ。だからこぞって参加したがる。

気がつけば、どんどん尾ひれ背びれがついて、元々どんな噂だったのかがわからないほど誇張されていたりもする。

しかし、そんなところにこそ意外な情報が隠れていたりする。今の雑談の中にも、軽く聞き流せないものがあった。


(ミリエラ・ローズクォーツ男爵令嬢………はて、ローズクォーツ男爵家?)


女生徒達の大半は知らなかったようだが、不思議とクリスは引っかかった。

どこかで聞いた事のある家名だ。とはいえ、ロートナー公爵家と付き合いのある家ではないはず。

大貴族たるロートナー公爵家ともなると、傘下の貴族も名だたる者達が集まる。

とてもじゃないが、男爵如きがそこに連なる事は難しい。特筆して優れたものがあるならばまだしも、これといって目立つところもなければ尚更だ。

クリスは公爵家傘下の貴族の名は全て記憶している。だがそこに、ローズクォーツ男爵家の名は無い。


(だったら、どこで聞いたのかしら?)


その疑問の答えが見つかったのは、家に戻り、定期報告を受けてからの事であった。


「確かにローズクォーツ男爵家は、グランベルン殿下から支援を受けている貴族の一つですね」


「やっぱり、聞き覚えがあると思ったのよ」


グランベルンを調べさせている調査員を見て、ようやく思い出した。

そこでローズクォーツ男爵家の名を出したところ、すんなりと答えは出た。


「お嬢様がお聞きになった噂の通り、ローズクォーツ男爵家にはこれといって特筆すべきものはありません。男爵自身も凡庸で、良くも悪くも普通の人間です」


「探せばどこにでもありがちな地方貴族、といったところかしら」


「はい。グランベルン殿下から支援を受け始めたのは2年ほど前からですが、状況はさほど改善されていないとのことです」


つまり、良くもならず、悪くもなっていない。

支援を受けてもあまり変わっていないという事だ。

………そこまで話を聞いて、クリスはふと思った。

あのグランベルンが支援する旨みのない相手をわざわざ支援するだろうか、と。

これまで調査で、グランベルンが支援した相手はその結果、何かしらの分野で成功を収めている。人材であったり、新たな資源採掘であったり、必ず。

しかし、ローズクォーツ男爵家だけは現時点で何も成功らしきものが見られない。まだ途中の段階だけかもしれないが………。


「それとお嬢様、これはあまり関係の無い事かもしれませんが………」


そう前置きして、調査員は語り出した。


「男爵家令嬢のミリエラ・ローズクォーツですが、学園に来る以前から懇意にしている商人がいるようです。北の隣国から行商にやって来ている者で、転入してからも接触しているのが確認されています」


「その商人から購入しているものは?」


「装飾品や文房具などですが、特別高価なものではなく、変わったものはありません。この国でも普通に手に入るものです」


その報告が、妙に引っかかった。

北の隣国から来た商人から、わざわざこの国でも手に入るようなものを購入するだろうか。もしも自分ならば、他国ならではの品を購入する。

その商人も、わざわざ隣国からこの国でも手に入るものを売りに来るというのも妙な話だ。旅費も馬鹿にならないだろうし、もうけは出るのだろうか?

………それに、だ。学園に来る以前から懇意にしている、とあった。

男爵家は北にある。その領地で商いを続けているならまだわかるが、ミリエラが学園に来てからも接触しているという事は、彼女個人に目的があるように思える。


「その商人、こっちで商売を始めた時期は? 男爵家の領地以外で活動した経歴はある?」


「ミリエラ・ローズクォーツが学園に転入してからです。確認した限り、転入する以前の活動経歴はありません」


糸口が見つかった。

その商人、間違いなく何かある。

グランベルンに直接繋がるかはわからないが、少なくともミリエラに関する何かが掴めるかもしれない。


「その商人について徹底的に調べなさい。必要ならば他の者も回します」


「はっ!」











ある日の昼下がり。友人達を引き連れて、クリスは目当ての人物を探していた。

食堂には人が多いが、その中でも特に目立つ一団がある。

この国の第一王子ジークヘルト。そんな彼の周囲にいるのは、宰相子息を始めとする国の重鎮に連なる者達。

そして、彼らに取り囲まれている少女が1人いた。


(噂で聞いてはいましたが、確かに)


美しい少女だった。

透けるような白い肌に、まるで金の糸であるかのように煌びやかな金髪。

顔立ちも愛らしいそれで、クリスとはまた違った方向性の美少女であった。

クリスの接近に気づいたのか、先程まで微笑んでいたその表情が、まるで警戒するかのようなそれへと変わった。


「ご機嫌よう、ジークヘルト様」


優雅に、そう婚約者に話しかける。

そんな話しかけられたジークヘルトはというと、「邪魔するな」と言わんばかりの顔を浮かべたまま、口を開く。


「何の用だ、クリスシェナ」


「いえ、これといって用はないのですが、最近噂になっている方が気になりまして、少しお話出来ればと」


言外に「お前に用はないからどいてろ」と言ってのける。

向こうも不機嫌さを増したが、ここで騒ぎは起こしたくないのか、そのまま黙り込む。

そんな婚約者からは視線を外し、クリスは中心にいた少女に話しかける。


「初めまして、クリスシェナ・ロートナーと申します。あなたがミリエラ・ローズクォーツさんですね?」


「………はい。ミリエラ・ローズクォーツと申します」


クリスの挨拶に対し、ミリエラも静かにそう返す。

一瞬だけ、目が合った。しかし、ミリエラの方からすぐに外される。

極力視線を合わさないようにしているその態度は、クリスに怯えているようにも見える。

だが、見えた。その瞳の奥に宿しているのは恐怖ではない。


―――諦観。どうとも言えない、どうしようもない、諦めの感情だった。


初めて会ったクリスにさえ、それは見て取れた。

意外な事かもしれないが、学園でかなり噂になってはいるが、ミリエラ個人に対しての悪評が割と少ない。

もしかしたら、皆が無意識のうちにミリエラが抱いている諦観を感じ取っていたからかもしれない。

だが、ジークヘルト達は気づかない。否、気づいていても敢えて無視しているのかもしれない。


(………ここまで)


ここまで、彼女を追い詰めたのか。

ここに来て初めて、ジークヘルトとグランベルンに対し、怒りの感情が浮かんだ。

恋に酔いしれて、彼女の諦観に気づかずさらに追い詰めたジークヘルト。

そして全てを仕組み、己の目的のためだけに彼女を使い潰そうとしているグランベルン。


(………いえ、私も二人の事は言えない)


元々自分の目的のため、二人を追い落とそうとしていたのだから。

だが、だからこそ、更に覚悟は固まった。

あの二人は潰そう。このまま残しておくわけにはいかない。

そんな覚悟を胸に、クリスはミリエラの耳元に口を寄せる。

王子達には聞こえないよう、そっと呟いた。


「“首飾りは何色がよろしいですか?”」


「!!」


その瞬間、ミリエラは目を見開いた。

位置的に、王子達から顔が見えないのが幸いだった。もしその顔が見られていたら、何か難癖を付けてくるに違いない。


「私たち、仲良くなれそうですね」


「え、ええ。そうです、ね」


さっきまで平然としていた彼女が、あからさまに動揺している。

どうやら効果覿面だったようだと、クリスは内心ほくそ笑んでいた。

あれは、クリスの口からは決して語られるはずのない、語られてはならない言葉だ。


「もしよろしければ、今晩私の部屋に遊びに来られるのは如何ですか? 今晩は皆忙しく、退屈な夜を過ごす予定でしたが、ミリエラさんのお話を聞いてみたいと思いました」


にっこり微笑んで、そう告げる。


「………考えさせていただけませんか?」


「ええ、もちろん」


声が震えていたが、気にしないでおこう。

諦めていても、恐ろしいものは恐ろしいという事なのだろう。


「では皆様、ここで失礼致します」


一礼し、その一団から離れる。

ジークヘルトはもちろん、取り巻き達からも憎々しげな視線を向けられているのが分かるが、そんなものどうとでもない。


(種は蒔いた。後は、彼女次第)


ここからは完全に綱渡りだ。

綱の途中で落ちるか、途中で切れるか、突き落とされるか。

どのみち、綱を渡りきるためにはミリエラの存在が不可欠となる。


















「クリスシェナ様、私を………助けてください」


そして、全てが終局へ向かって動き出す。





感想で、似たような作品があるとか、パクリがどうとかありました。


わかってる人もいるかと思いますが、念のために言っておきます。

こっちの方が投稿は早いです。

あと、件の作品はこちらでも読みましたが、まあ改稿前は流れが似てるなとは思いました。

まあ、「婚約破棄」だったり「ざまぁ」物は使い古されたジャンルなので、どうしても似通う部分は出てくると思います。

大抵の婚約破棄だと、冒頭で「婚約を破棄する!」から始まりますので。


とどのつまり、読んで丸っきり同じだったら大問題。完全パクリ。

なんか流れが似てるなって思ったら、感想に書くなり通報するなりで対処してください。


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