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公爵令嬢は静かに暗躍する(前編)

「クリスシェナ・ロートナー、お前との婚約は破棄する」


婚約者である第一王子のその発言に、驚愕と言わんばかりの表情を浮かべる。

そう、その言葉を待っていたのだ。

驚愕の表情をうまく貼り付けたまま、彼女は言葉を紡ぐ。


「婚約を、破棄? ジークヘルト様、それはどういう」


「知らぬとは言わせんぞ。お前のエミィへの仕打ち、全て明白だ」


勝ち誇ったように、彼はそう告げる。

その周囲の取り巻き達も、皆似たような顔をしていた。


(………これで第一関門はクリア)


一方で断罪を受ける立場にある彼女はというと、内心ほくそ笑んでいた。

全て想定通りに事が進んでいる。

目の前の王子達はそうとも気づかず、ただ勢いのままに行動している。

このまま進めば、待っているのは破滅だという事に気づかずに。


(残る問題は………)


この状況を待っていたあの男だ。

これまで一切隙を見せる事なく、静かに時が来るのを待っていたに違いない。

その時は来た。自分がようやく、正々堂々邪魔者を排除出来る瞬間を待ち望んでいたのだろう。

これまで日陰者だったのだから、少しくらいは譲ってあげる事にしよう。

だが、それは一時の優越感でしかない。

すぐに地獄へと叩き落とされる。彼にも救いは与えない。与えるはずがない。


(………本当に、愚かな人達)


第一王子が王族という立場を理解していれば。

第二王子が己の野心を抑え込んでいれば。

各々が相応の夢を見てさえいれば、こうもならなかっただろうに。

だが、不相応に夢を抱いてしまった。願ってはならないものを願ってしまった。

自分達がどのようなものの上に立っているのかを知らないで。


(そう、全ては………)


あの日から始まった。

幼きクリスが初めて王宮へと赴き、彼に出会ったあの日から。











ロートナー公爵家は最も王家に近い貴族と言われている。

国内でも随一と言っていい大貴族であり、そんな貴族の中でも王家の血が流れている数少ない一族でもある。

少し歴史を紐解けば分かる事だが、何世代か毎に王家に公爵家の血が混ざっている。その逆も然り、だ。

最近の話でいえば、クリスの曾祖父に当時の王女が降嫁してきている。つまり、クリスにも王家の血が流れているのだ。

何らかの風習なのか、それとも偶然なのかはわからないが、この国の始祖の時代からそれは続けられているという。

そして今回、クリスがその世代に当たるという事であった。


(………なんだかな)


その日、クリスは父に連れられて王宮へと上がっていた。

初めて上がる王宮。そこで会わされたのは自分とそう変わらない年頃の少年。


「父上、このブスが俺の婚約者なのですか?」


空気が凍った。

いくら王子だからといって、言っていい事と悪い事がある。

王は頭を抱え、王妃はこめかみをひくつかせ、父に至っては噴火寸前になった。

だが、クリスは大人だった。年不相応に大人だった。

相手が目上の立場にある人間だと分かっていたため、クリスは耐えた。

泣きたくなったが、ぎゅっとドレスの端を握りしめ、必死に涙をこらえた。


「こんのクソガキャァァ!! うちのクリスに何言い出しやがる!!」


だが、父は大人げなかった。

周りの制止を振り払い、王子にゲンコツを叩き込んだ。

辺りが騒がしくなり、これ以上ここにいると絶対変な事になると直感で理解したため、クリスはその場から逃げ出した。

………敬愛する父の大人げない姿をこれ以上見たくなかった、というのもあるかもしれないが。

それからどれほど走り回っただろうか。

初めて来る場所。それも王宮ともなれば相当広い。すっかりクリスは迷子になってしまっていた。

ただ、人の気配はするので、もし戻れそうになくなったら誰かに道を聞こう。

そう思い、周囲の様子を窺っていると………。


「………誰?」


見知らぬ少年と、バッタリ出くわした。

よく見ると、さっきの無礼な王子と顔立ちが似ている。

着ているものも同じだし、もしかしたら兄弟なのかもしれない。


「私はクリスシェナ。クリスシェナ・ロートナー」


「ああ、公爵家の。………兄上に会いに来るって聞いてたけど、こんなところでどうしたの?」


少し迷ったが、正直に答える事にした。


「えっと、迷っちゃって」


「………そう」


そう言うと、少年はクリスに向かって手を差し出してきた。

手を取れ、という事だろうか?


「こっち。この辺結構入り組んでて迷いやすいから」


「う、うん」


………そうして、彼らは出会った。

これは後で知った事だが、兄ジークヘルトと弟レオンハルト。どちらをクリスの婚約者にするかで、当初は相当揉めたらしい。

誰が王位を継ぐかはわからないが、長子たるジークヘルトが最も可能性が高く、その婚約者ともなれば将来の王妃ともなり得る。

過去、ロートナー公爵家出身で王妃になった者はいないわけではない。

しかし、公爵家にそこまで権力が集中するのはどうなのかと、待ったをかける者がいたもの事実だ。

何度も話し合いが持たれた末、クリスシェナは第一王子ジークヘルトの婚約者として選定された。


「この俺の婚約者となったのだ。相応の立ち振る舞いは覚えろ。いいな?」


「………はい」


尊大かつ傲慢。王族らしいと言えばそうなのだが、年を経ても改善されるどころか、酷くなる一方であった。

ジークヘルトの言動や行動が傲慢なそれであっても、外部に直接的な被害を出しているわけでもなく、クリスの扱いも紳士的であったため、問題に発展していない事こそが問題であった。

正直言って、クリスはあまりジークヘルトを好きになれなかった。

しかし、これは王家と公爵家との間で結ばれた婚姻。個人の好き嫌いで覆せるものではない。

それに政略結婚であったとしても、結ばれてから愛が生まれる事もある。そういった話を彼女も何度か耳にした事があった。


(いつかきっと、あの人を愛せる時が来る)


そう思い聞かせようとする度、胸が痛んだ。

そんな胸の痛みと共に、脳裏をよぎるのはレオンハルトの顔だった。

幼い頃、王宮で迷っていた自分に手を差し出してくれたあの時の事。

手を結んで歩いたのは短い時間だったけども、今でもあの時の感触は忘れていない。


「………レオンハルト様が婚約者だったらいいのに」


そう口にして、気づいた。

そうだ。レオンハルトが婚約者だったらいいのだ。

元々、クリスが誰と婚約を結ぶか揉めていたのだから、ジークヘルトに何かあれば、それがレオンハルトに移ってもおかしくない。

例えばだ。ジークヘルトが死んだり、或いは問題を起こして王位を継げなくなれば………。


(………いえ、待って)


いや、違う。

ジークヘルトに次ぐ王位継承権の持ち主はレオンハルトではない。第二王子のグランベルンだ。

側妃との子であるため、あまり表には出てこないが、能力的にはジークヘルトを上回るともいわれ、身分の低さを嘆かれているとか。

しかし、一方でクリスは彼についてあまりよくない話を聞いた事があった。

曰く『絶対的な能力主義者で、自分以外の者を駒のようにしか思っていない』と。

グランベルンとは会った事はないし、人となりを事細かく聞いた訳ではない。


(けれど、レオンハルト様に継承権が移らない可能性もあり得る)


ならばどうすればいいか。

決まっている。………ジークヘルトも、グランベルンも、纏めて消えてもらえばいい。

ジークヘルトを嵌めるのは簡単だ。いくらでも方法は思いつく。

だが、グランベルンはそうも行かない。どういう人間か分からない以上、下手に手を出せば大火傷する恐れがある。


「………まずは、調べてみる必要がありそうね」











調べると言っても、そこまで本格的に調査できるわけではない。

クリスは国内でも有数の大貴族の令嬢ではあるが、自由に使える権力にも限りはある。

出来る事といえば、それとなく王子に近しい人間に印象を尋ねたりするくらいだ。

だが、収穫は相応にあった。


「正直言って、あまり俺は好きになれないな」


難しい顔でレオンハルトはそう答えた。

お茶会という名目で彼を招き、それとなくグランベルンの事を尋ねてみたのだが………。


「やはり、異母兄弟という事もあって?」


「いや、そうじゃない。あの人はこう、なんというか………」


うまく言葉が出てこないようだ。

彼にしては珍しい。あまり人の事を悪く言ったりはしないタイプなのだが………。


「………昔から、あの人の目が苦手だったんだ」


ワガママに育ったジークヘルトは、弟に対しても傲慢に振る舞ってばかりいた。

一方で腹違いの兄に当たるグランベルンだが、こちらは物腰柔らかく、異母弟であってもレオンハルトに優しく接していたという。

レオンハルトに限らず、どんな相手にも平等に優しく接しているため、王子としての人気ではジークヘルトを上回っているかもしれない。


「目、ですか?」


「どうしてかって聞かれてもうまく説明出来ないけど、あの人の目が昔から苦手だったんだ」


嘘は言っていない。

レオンハルトは感受性が強い。第一王子を兄に持つが故か、周囲から視線を向けられる事には慣れていた。

だからこそ、他者から向けられる視線の意味を無意識の内に感じ取っているのかもしれない。

好意や悪意、はたまたそれ以外の何か。

グランベルンから向けられる視線は、少なくとも彼に対して好意的なそれでないのは間違いないのかもしれない。


「後は………あちこちの地方貴族を支援したりしてるって話はあるな」


「地方貴族を?」


「辺境になると、どうしても経済的に苦しい貴族もあるってのはわかるだろ? そういう貴族を支援してるらしいんだよ。この前も支援受けてるって貴族がこっちに来てたみたいだし」


それは初耳だ。

普通ならそんな木っ端貴族など捨て置くのが常識だろうに。


「なんていうか、変わった人だよ。だから味方が多いのかもしれないけど」


足場固めと考えれば、充分ありだ。

グランベルンは側妃の子で、立場的にも安定しているとは言い難い。

だからこそ、確固たる立場を手に入れるべく、味方を増やしているのかもしれない。

対照的に、ジークヘルトはそういう足場固めを全くやっていない。あれは立場的に恵まれているし、そもそも自分でやる必要もない(だからその内、足下をすくわれるに違いない)。


「レオンハルト様は、そのように派閥を強めたりはしませんの?」


「いや、俺は王位とか興味ないし。どうせ兄上が王位継いだら、適当な領地に封じられるとかそんなんだろうし」


まあ、大まかにあり得る未来予想図ではある。

仮にジークヘルトが王位を継いだ場合、実弟であるレオンハルトの扱いは慎重にならざるを得ないだろう。

下手に殺せば、民を始めとした多くの反感を買う事になるし、いざという時のためのスペアがいなくなるのも王族としても痛い。

彼の立場で考えるならば、やはり目の届くところで飼い殺しにするのが一番いいに決まっている。


(ああ、やはり勿体ない)


それだけ考えられるのならば、充分に玉座に座るだけの素質はあるというのに。

傲慢なだけのジークヘルトや、優秀過ぎるというグランベルンでは駄目だ。

レオンハルトが王位に就けば、きっともっと国は安定するに違いないのに。


(とはいえ、やはりきっかけがなければ………)


わかっているのは、グランベルンはとても頭がいいという事。

ならば、自分に通じるであろう不利な証拠は何も残していないだろう。

何かしらの、彼を追い詰めるだけの力を持った「何か」が無ければ、自分は第一王子の婚約者のままで変わる事はない。

ジークヘルトを追い詰めると同時に、グランベルンも黙らせる。

それだけの力がある「何か」が必要だ。それがどこにあるかは分からないが………。


「………前途多難、ですわね」


「クリスシェナ嬢?」


「いえ、何でもありません」


それでも見つけ出さなくてはならない。

全てはより良き未来のため。この国の未来のため。

何よりも………クリスシェナ自身の幸せにために。





………奇しくも、彼女の望みは数週間の後に叶う事となる。

ミリエラ・ローズクォーツ男爵令嬢が学園にやってくる事によって。

もうちょっとだけ続くんじゃ。


「なろう」登録者以外も感想書き込みOKにしたら、なんかえらいことになってた。

まあ、何書かれようがモチベーションに変わりはないので、こっちは書きたいように書くだけです。

とりあえず、感想欄で喧嘩だけはしないように。

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