3,不安
夜、宿に入るまでまだかなりの時間がある。
日は傾いて、真っ赤な姿を地平線の少し上に写してはいるが、沈んではいないし、町も活気にあふれている。
俺はひもじさに耐えながら、明日のためと考え、町の散策に出ることにした。
明日から、何かしらの職につかなくてはならない。
日雇いでもいいから、今日中に目途をつけておいた方がいい。そのために、少し町を歩くことが必要不可欠だった。
少し町の中心部に入ると、ここが王都だ、というのを痛感させられる。
流石は王都インディアス、物の揃いが素晴らしい。俺たちの村じゃ、絶対に誰も付けてないような髪飾りが当たり前のように店先に並んでいる。
物価も、うん、結構なものだ。この髪飾りだけで、1週間は生きていけるぞ。
貧乏人がここで過ごすのは、少々酷であるようだった。
そして気づく。確かに周りの面々の身なりが違う。
やはり高貴な人が多いのだろう。皆立派な、いや、立派すぎる服を身に纏っている。
要は、俺が相当に浮いている、という話だが……
町中には様々なにおいが立ち込め、俺を幸福な気分にさせる。
別の言い方では、空腹を煽る、ともいう。
余りに幸せな、何かがこんがりと焼ける香りが、俺の鼻腔を擽ってゆく。
今にも涎が垂れそうである。勘弁してくれ、本当に。
一種の拷問に処されているような気分だったが、何とか持ち堪える。
俺は、気持ちを逸らすために、視界を町全体に広げる。
ああ、やはり街並みも綺麗だ。芸術などには疎い俺でも分かる。夕日が目に痛いほどに町を朱に染め上げ、建物一つ一つが影を落としている様子はなかなかに風情があるってもんじゃないか。
ただ一つだけ不満があるとすれば。
この、ざわめきだ。
俺は、騒がしいのは嫌いじゃない。だから、店で買い物をする客の談話や、酒場の兄ちゃんの威勢のいいかけ声も嫌ではない。何処かから聞こえてくる、馬車を牽く馬の蹄の音も、別に耳に障るということはない。
むしろ、王都に来た感じがあって嬉しいくらいだ。
しかし、目に見えない何かが確かにある。
この心がざわざわとする情緒。これは何だ?
まるで、凶悪な事件を起こした犯人が捕まっていないままの町を歩いているような。
まるで、誰かに常に監視されているような。
そんな不安な気持ちになっていた。
らしくねぇな、と俺は思う。俺はそういう柄ではない。
何だって豪快に笑い飛ばして、村ではいつも五月蠅いと叱られていたくらいだ。
一人旅も初めてではないし、今更余りに多い人に怯えてる訳でもないだろう。
いや、恐らくの原因は分かっている。
魔法だ。
さっきの兄弟喧嘩を見ていた時も感じた、あの背筋が凍るような感覚。
このざわめきは、その感覚に似ている。
明らかに弱まっているが、そういう類のものだろう。
どこか落ち着かない。それがこの町の一番の欠点だ。
こんな俺にも霊感なんてもんがあるんだろうか。こんな野獣みたいな性格してる俺がか?
ありえないな。
そんなことを考えていたんだが。
「うおぉおっ!?」
後ろから強い衝撃を感じる。俺は完全に自分の世界に入っていたために、急に現実世界へ引き戻され、かなり大きな声を上げてしまった。
見るとそこには人がいた。かなり華奢だが、性別は分からない。女ならきっと村一番の女よりもいい身体をしていると、男の本能が告げている。
「すまない。急いでいたものでな。」
そう一言言うと、その女は歩き去ってしまった。
顔を見ることはできなかった。非常に残念だ。非常に。
というか、今の喋り方からするに、きっと男だろう。
冷静に考えれば、俺より小さくて華奢な男なんていくらでもいる。
馬鹿らしい。俺の妄想は煙のように消え失せた。
まぁ、いいさ、どうせもう二度と会うことはないだろう、と思い直す。
その時。
俺はまた、あの強い寒気を体中に感じた。
俺はあたりを見渡すが、特に何も変わったことはない。
気のせいだったか。
俺は眠気を覚ますように首を左右に振った。
すると、思っていたより暗くなっていたことに気づく。
西の方を見れば、どうやら太陽はもう半分近く地平線に没している。
そろそろ宿を捜さねば。
俺は宿を捜しに、歩き出した。
しかし俺は気づいていなかった。
近くに黒い外套を纏った男たちが物陰に隠れていたことに。
今回は、王都ラリファルを金のない主人公が歩きまわる回です。
ちょっと意味深な終わり方ですが、気にしないでください。