花火とかき氷と君の、赤
人混みは嫌いだ。
暑いのも嫌い。
あと、うるさいのも大嫌いだ。
しかし僕が今いるのは、
大勢の迷い戸惑う人々が集まる
花火大会である。
僕がこんな災難な目に遭ってしまった
その原因は。
「ねえねえ、ちょっと歩くの速くない?」
隣を遅れてちょこちょこと
ついてくる彼女。
ほんの一時間前、
「花火大会行きたい!」
その一言だけ聞いた僕はすぐに
断ろうと口を開きかけた。
だがそこで彼女の小さな身長が
生かされてしまう。
ああ、哀れな僕。
僕は小さな彼女の上目遣いに、
本当に本当に弱いのだ。
彼女にされるがままに
浴衣に着替え、そして今に至る。
少し彼女に歩幅を合わせるようにして
歩きながら憂鬱な気持ちをどう取り払おうか
考えていた。
「あ!見て見て!かき氷ー!」
彼女はかき氷が好きだ。
冷たく甘いかき氷。特にイチゴがいいらしい。
彼女が言うには、
体に悪そうな、安っぽい色を見ると
わくわくして、心がくすぐったくなるという。
変わっていると思うけれど、
そんな変わっている
彼女が好きなのだから、仕方が無い。
「食べないの?」
「僕はいいや。体に悪そうな色してる。」
「この色がいいのに。」
「そんなことより花火まだかな。」
「んー。」
かき氷に夢中な彼女は幼く見えた。
僕は子供な大人を1人連れて
ゴールの見えない花火大会を突き進む。
人混みの少ない所に行きたい。
やっぱり人混みは苦手だ。
時折、はぐれないように僕の
浴衣の袖を掴む彼女の姿に
目を奪われてしまいそうになるのが
少し危なかった。
僕がどきどきしているうちに
人混みが少なくなって、
空気が冷たく感じられて嬉しくなった。
辺りは開けていて、
ここなら花火も綺麗に見られそうだった。
袖が引っ張られたので振り向く。
「ね、ね、舌見て?舌、どんな感じ?
赤くなってる?舌、見て?」
どうしても舌を見て欲しいらしい。
彼女はかき氷を食べると
いつもこうして舌を見せてくる。
可愛らしく目を瞑り
舌を突き出す彼女を見る。
「赤くなってるよ。」
「ほんとー!?」
「綺麗な赤だよ。」
「んふふ。やっぱりかき氷好きだなー。」
「舌が赤くなるから?」
「あのね、」
かき氷のカップを両手で抱え、
世界を平和にすることができてしまうほど
可愛らしく守りたくなる上目遣いで言った。
「人混み嫌いでしょ?色々考え事してるでしょ?
だからお祭りの時はあまり話してくれないでしょ?
でもね、かき氷食べてね、舌見てもらう時は
すごい優しい顔して見てくれるでしょ?
だから好きなんだよ。」
恥ずかしそうに、嬉しそうに、
口元をカップで隠して笑う。
どうしようもなくなって、
堪らなくなって、彼女を抱き締めたくて、
撫でてあげたくて、うずうずしたけれど
僕にも僕の建前ってものがある。
あえてクールに。
「じゃあ家に帰ったらいっぱいお話しよう。」
「家に帰ってからじゃなくてー、いーまー!」
「どこで話しても同じだって。」
「雰囲気ってのがあるじゃん!」
「部屋にキャンドルでも置けば少しは……」
僕の声をかき消す。
花火は、僕らの顔を照らし出して
耳を染めて胸を震わせる。
絶え間なく上がり続ける花火に
負けぬように話の続きをしようとするが
彼女はもう花火しか、見ていない。
小さく溜息をついて僕も花火に見入る。
見事な桔梗色の花火に、
思わずほう、と息が漏れる。
人混みによる息苦しさも忘れていた。
真っ赤な花火。
彼女の舌と同じ色。
彼女にとってのかき氷は
ただの甘い好物ではなくって、
こんな僕とのスタートボタンみたいなもので。
先程の彼女の言葉を頭と口の中で繰り返す。
彼女の顔は、花火色に。
「ねえ。」
彼女の肩に手を置く。
「なーに?」
振り向いた彼女にキスをした。
傍から見たら、ドラマみたいで
なんだか綺麗なんだろうな。
僕の頭は意外と冷静で、そんなことを考えていた。
「う、あっ……」
唇を離すと同時に彼女の口元から
淡い声が漏れた。
「祭りも、たまにはいいかもね。」
一言だけ言った。
彼女は思いがけない不意打ちに
赤い顔を隠すこともできず
一時停止中になってしまっている。
そのまま向き直し僕は花火に集中する。
……少しだけどきどきしながら。
突然袖が強く引っ張られ、よろめいてしまう。
小さな彼女は必死に背伸びをして、
僕の前へ顔を出すと。
「また、来ようね!絶対!」
そして、彼女から、キス。
花火のせいで周りの音は
全てかき消されているはずなのに。
彼女の鼓動はうるさいくらいに
僕の耳を犯した。
ああ、悔しい。
花火も、祭りも、彼女も、
どんどん好きになっていく。
幸せは、怖いものだ。