昭和五十九年、ある夏の日曜日の新宿駅で……
生徒会S59番外編……みたいなもんです。今回はいつもの生徒会室でなく、大都会の大きな駅での待ち合わせでの一コマです。
「まったく……遅いなぁ……みんな」
僕、津島友樹……県立第七高校二年生、ちょっと気弱で押しに弱くて優柔不断とか言われてるけど、これでも一応は生徒会副会長だ。もっとも生徒会には拉致同然に無理矢理入らされたような感じだけど、それでも最近は生徒会役員としての活動に充実感を感じる。
そんな僕が今日は生徒会の役員のみんなと新宿駅で待ち合わせなんだけど……僕以外の他のメンバーは、約束の午後一時になってもまだ誰も来ていない。小夜子会長も、優子ちゃんも、さっちゅん先輩も、そして後輩の由加里ちゃんまでも……
夏の昼下がりはうだるように暑い中、僕はとりあえず目の前の駅前ロータリーを眺める。
「あの車は……ソアラか……なんか無駄にでかいなぁ……。僕が乗るとしたらそっちの銀色のスカイラインの方が僕はいいかなー……。それにしても都営バスの新しい色の赤と黄色……あれはないよなぁ……冷房車とは言え今の季節は暑っ苦しいし……誰だよあんな色にしたのは……」
そんなどうでもいいことを考えていると、
「ちょっとそこのキミ、アンケートとかいいかなー?」
目の前には上下白のスーツ姿にサングラスの男が立っていた。ちょっと前のドラマの探偵のような感じの服装なのだが、なんか軽薄短小っていうか、なんとなくクリスタルっぽいような、チャラチャラした感じの怪しげな男……
「何か用ですか?」
僕がその男に言うと、
「ねぇねぇ、キミって中学生?」
男はなれなれしく話してくる。
「僕は高校生ですっ!」
「ごめーん、なんか-、キミって男なのにかわいいからさっ!」
「僕はかわいいとか言われても嬉しくないですよぉ……」
確かに僕は生徒会の女子たちからいつも「かわいい」とか言われてからかわれているけど……まさか初対面の怪しげな男に言われるとは……まあ、確かに僕は同年代の男子よりも子供っぽく見られるけど……
「キミみたいな高校生ならスポーツとかするの興味あるでしょ?」
目の前の男が無神経な問いかけをする。
「僕はスポーツとか体動かすのとか嫌いですよぉ……」
僕は正直に言った。スポーツとか運動とか苦手だし嫌いだし……まったく何を聞いてくるのかと。
「チッ……」
目の前の男が舌打ちをする。
(なんだコイツは……男子高校生なのにスポーツ嫌いなのかよ……まったくややこしい奴だなぁ……でもせっかくのカモだし……)
どうやら僕の答えが予想外だったのか、男は何やらブツブツと呟いている。
「でも見るのは好きでしょ? 野球とか……あっ、ちなみに俺は巨人ファンだぞ! でも阪急もいいかなー」
なんだこの男は……強いとこしか興味ないのかよと突っ込みを入れたくなる。たぶん阪神が首位にでもなったら次の日にでも阪神ファンに鞍替えするんだろうなと……
「野球の券なら僕も持ってますよ……」
そう言って、以前優子ちゃんから貰ったプロ野球の招待券の束を男に見せる。
(うわっ、後楽園球場の巨人戦のボックスシートの券……しかも阪神戦! なんでこのガキがそんな入手困難なもん束で持ってるんだ? て言うかそれ俺欲しいぞっ、原辰徳選手がが目の前で見られるし、余ったのはダフ屋に売ればいい金になるし……いや、んなことより商売商売……)
目の前の男がまたもやブツブツ呟く。
「この会員になると映画とかも割引で見られるんだよ」
男が何やらチケットの束らしきものをカバンの中から出して僕の前に見せる。
「映画の券ですか? えーと……そういうのなら僕も持ってますが」
僕は以前、これもまた優子ちゃんから貰った映画の招待券の束を見せた。
(なんだコイツ……首都圏近辺のほとんどの映画館で使えるタダ券をなんで束で持ってるんだ? と言うか俺も欲しいぞそれ……インディ・ジョーンズ見たいんだよ俺……あとフットルースも!)
目の前の男は相も変わらずブツブツ呟いている。なんか面倒な人だなぁ……
「どうかしました? あっ……もしよかったら一枚あげましょうか?」
(なんだよこのガキ……なんかペース狂うなぁ……とっととチケット売りつけて早く次のカモ探さないと、またノルマ達成できなくて上司に殴られるぞ……商売しないと……)
「でさー、この会員になると旅行とかホテルも割引になるんだー」
目の前の男が何かの申込書のようなものを僕の目の前に出す。
「旅行とホテルなら……僕はこのカードで間に合ってるけど……」
僕は、これもまた以前に優子ちゃんから貰った、なんか一般とは違うらしい旅行やホテルで使えるカードを見せる。
(うわっ! 何物だよこのガキ……なんで金色のVIP待遇のカードなんか持ってるんだよ……普通は高校生なんか絶対に持ってないぞそんなの……てか、俺もそれ欲しいっ!)
目の前の男がなんだか挙動不審な感じになる。
(まったく……なんだよコイツは……俺のペースをことごとく崩しやがって……)
「あのー……どうかしましたかぁ?」
僕は目の前の男に訊くと、
「うっさい! おまえなんか大嫌いだっ!」
そう言い残して、怪しげな男は足早に僕の前から立ち去った。
まったく……いったい何なんだったんだろ……やれやれ……
「おいっ、トモっ! おまえ何こんなとこで油売ってるんだ?」
僕の後ろから聞き覚えのある声がする。振り向くと、そこには小夜子会長をはじめ、生徒会のみんなの姿があった。
「会長ぉ~、遅いですよぉ……それにみんなも……」
「おまえ、タチの悪い奴に捕まってたなぁ……あれキャッチセールスって言うんだぞ。気をつけろよ」
「会長ぉ……もしかして僕のこと隠れて見てたんですかぁ?」
「まあな」
「だったら助けてくださいよぉ」
「いやまあ、なんかやりとり面白かったからさ……いざとなったらあたしらみんなで助太刀するつもりだったけどさ」
確かに……小夜子会長の強引さ、優子ちゃんのお嬢様パワー、さっちゅん先輩の腕力に投げ技、由加里ちゃんの理屈攻め……これだけ揃えば最強なことには違いないんだけど……どうして最初から助けてくれなかったのかなぁ……
「さーて、んじゃみんな揃ったし映画館に行くかー!」
小夜子会長がいつものようにみんなを引っ張っていく。
「会長ー、もう上映時間とっくに過ぎてますよぉ……」
「わりぃー、あとででトモにハンバーガーとポテト奢るからさ」
「なら僕も許すしかないかな……」
みんないつもの笑顔だ。
昭和五十九年のある夏の日曜日の昼下がり……新宿駅は多くの人々で賑わっていた。そして、僕たちも人々の波の中に埋もれていった。
……というわけで、かつて大きな駅前でよくあった「役に立たないチケットを売りつけるキャッチセールス」とのやりとりのお話です。
なんでも今でもいるらしいとか……注意ですね。