1話 出会いとは、存外、単純なものである
深川信行は目に見えないものは決して信じない性格である。ましてや、占いなど最も信じないことの対象である。今日の運勢は最下位だった。朝の占い番組は欠かさずに見る。それは別に自分が見たいからではなく、単に母親が好きであるがゆえに耳に入ってくるのである。
「今日の運勢はマジ最悪。そんなあなたも大丈夫!新しい出会いはあなたの未来を変えてくれるでしょう!」だ、そうだ。しかしながら、季節は七月。新しい出会いは早々訪れない。絶対にしないナンパでもすれば別だが…。
いずれにせよ、朝の天気予報で快晴の天気と言っていたにも関わらず、家を出てからしばらくして土砂降りの雨に変わったことは占い結果とは関係ないと思う。そんな中を信行は傘もささず、ずぶ濡れになりながら、学校に向けて歩くのだった。
学校の前にある大きな横断歩道の前で沢山の学生が傘を差しながら信号が青に変わるのを待っている。そんな中、傘もささずに待っている信行の前の方に自分と同じく、傘をさしてない少女が見える。妙なこともあるものだ。自分と同じで天気予報を信じたのだろうか、さぞかわいそうである。などと自分がずぶぬれであることを棚に上げて考えていた。
次の瞬間、ただでさえ交通量が多いこの道で青になることを待たずに少女は歩き出したのである。
少女の右手に傘はなく、代わりに、大きなうさぎのぬいぐるみを抱えていた。当然ながら朝の時間帯。交通量は多い。とりわけこの道はトラックが多いことで有名だった。そこに、待っていたかのようにトラックが少女に突っ込む。
信行にはただ少女が轢かれることを見ることしかできなかった。
「あっ…。」
トラックが勢いよく少女に向かって進む。しかし、少女はトラックに気付いていないかのように歩みを進める。信行は目をつぶり、最悪の瞬間だけは見ないようにした。ぶつかった音がすると思った。ところ音一つなく、代わりに信号が変わり、歩み始めた学生の楽しそうな朝の声が響いていた。信行には状況がつかめず、ただそこに茫然として立っていることしかできなかった。
始業のチャイムの音でようやく自我を取り戻した信行は横断歩道を渡ろうと前を向く。そこにはさっきほど事故をしたはずの少女が無傷でぬいぐるみを抱えて立っていたのだった。
信行は非常に困っていた。
二つの困りごとが存在したのである。一つに遅刻したこと。そして後ろについて来ている謎の少女である。あの時確かにひかれていたはずなのだが…と考えて思い直す。「死んだはずだ」などという不謹慎なことはいうべきではなく、またそれならばなぜ少女がここに存在するのか?という疑問になるからである。それはひとえに少女が事故をしなかっただけの話である。そうであるならば一刻も早く親御さんの元へ返すのが常識であろうと考え、先刻までいろいろ聞こうとしていたのだが・・・。
「お嬢ちゃん、どこの幼稚園?」
「・・・・。」
「お名前は?」
「・・・・。」
「おい、なんか言えよ?」
「・・・・。」
といった具合なのである。
しゃべれないのだろうか?そんなことを思っていると
「おにいちゃん、わたしがみえるんだ?」
少女はそう言ったのである。
「は?」
「だから、見えるんだね!私のこと。」
非常にまずい状況だろう。この発言から判断するに…。
間違いなく見えたらアウト。
「見えないな。何も。」
僕はそう答える。
「みえてるじゃん!」
少女が言う。
「いーや、見えてない。」
「聞こえてるじゃん!」
「聞こえてない。」
「話してるじゃん!」
「話してない。」
見えてはいけないものだったのか。そう考え直す。
なら、見えないほうがいい。
「私ね。」
少女はさらに話を続けようとする。
「あー…。いや、待った。」
僕はその言葉をさえぎる。
「?」
少女は何もわからないかのように首をかしげる。
「それ以上はいうな。見えなくていいものが見えているというそう言った悲しい現実だけは回避したい。」
僕はそう告げて歩き出す。
「いや、だから、私は…。」
少女は声を大きくして最悪なセリフを吐いたのだった。
私は幽霊である。と。




