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遠い星の研究生

作者: 楠瑞稀

これは作者のHP『飛空図書館』に掲載されている作品と同一のものです。

 そのとき俺はおそろしい程に腹が減っていた。

 ここにはよく俺の大っ嫌いなあの生き物が出没する。だからなるべく台所には近寄らないようにしていたのだが、あまりに空腹だったので文字通り背に腹が変えられなかった。なるべく目に付かないようにこそこそと戸棚の中などを探っていたのだが、それがまさかこんなことになろうとは、俺は夢にも思っていなかった。

 

 騒がしい周囲の音で目を覚ますと、俺が寝かされていたのは勝手知ったる自分の住みかではなかった。なにやらごちゃごちゃした機械やらディスプレイやらに囲まれた見知らぬ部屋。おいおい、ここはどこなんだよと、きょろきょろあたりを見回しているうちに、俺は自分が台所で突如眩しい光に曝されて意識を失ったことを思い出した。

「てっきり、あのとき死んだと思ったんだが」

「おお、どうやら目が覚めたようだね」

「うおっ」

 俺は思わず叫んで仰け反ってしまった。なにしろ俺を取り囲んだのは、姿かたちは自分とよく似た(ただし所々が違う)生き物たち。しかも身長は倍以上もあろうかという大きさだ。まるで自分が小さな子供にでもなってしまったかのような錯覚が起きる。

「無断でこんな所に連れてきてしまって申し訳なかったね。ここは我々の船の中だ」

「我々の、船?」

 ふと窓の外に目をやると、そこには無数の星々と青い惑星。自分の見識不足なら恥ずかしい限りだが、地球にこんな場所はたぶんない。少なくとも俺は見たことが無かった。

「あ、あのさ、もし違ってたら悪いんだけどあんたらもしかして――、」

「ああ。君らが言うところの宇宙人というものだ」

 こ、これが噂に聞くアブダクションとかいうやつかっ。俺はがくんと顎を落とす。まさか勝手にインプラントとかされていないだろうな!

「我々はプストレマ星系クク=カートン星の研究生だ」

 この謎の宇宙人たちは平然と自己紹介なんぞを始める。混乱の絶頂を極めている俺の都合などお構い無し。それでもまだ説明してくれるぶんだけありがたいのだろうが、

「我がクク=カートン星は研究者の育成に力を入れており、特に星立大学の研究室には惑星ぐるみの協力体制を――、」

 少なくとも非常にどうでもいい情報だな、これは。

「いや、あのさ。とりあえずはまず俺の質問に答えてくれないか!?」

「ふむ、なにかな」

 どうにか有益な情報を得ようと無理やり話をねじ込むと、宇宙人どもは一転して聞く体勢に入った。どうやら聞く耳も持たないような輩とは違うらしい。って、後ろの女メモ取る準備ばっちりだし。観察記録かよっ。

「ま、まあいいや。いいことにする! まず、どうして俺とあんたらで言葉が通じるんだ?」

 俺はクク=カートン星とやらの言葉に精通してたりはしない。まさか俺たちと奴らの言葉が偶然にも同じだったとかはあるわけないし。

「ああ、そんなことか」

 リーダーらしき相手がいかにもいい笑顔で答えた。

「我々と君らとは偶然にも近い発声器官を持っていたのでね、少々頭をいじらせてもらって我々の言語を習得してもらった」

 

 ……されてるよ! なんかされているよ、怪しい手術!!

 

「安心してくれていいよ。後遺症などは無いはずだ、たぶん」

「たぶんって!!」

 何だか泣きたくなってきたが、それでも俺は質問を続ける気力を奮い立たせる。

「じゃあなんで俺が選ばれたんだ?」

「ふむ、そのことなんだが――、」

 やつはなにやら言い辛そうに口ごもる。

「我々の目的は他星系の生き物を数種類採集して帰ることだ」

「ま、まさか俺がその対象に!?」

「いや、さすがに自分たちとよく似ている生き物を実験動物にはできまいよ」

 アハハと朗らかに笑って返す宇宙人。勝手に手術はしたくせに。

「それに君は平均値からは幾分か逸脱した個体みたいだからね。特殊な例を採取しても参考にはならないよ」

 知能レベルも若干高いようだしね、と平然と述べる。

「だから君自身の心配はしなくていい」

「……俺は、どうやら規格外らしいもんでね」

 無意識にひげをしごきながら、俺はなんとも不愉快な気分になって吐き捨てた。

 勝手に身体検査をされたこともそうだが、その言い方はちょっとむっとくる。見目かたちに変わりはないし仲間も気にしないでいてくれるが、それでも自分が周りと違うということは日ごろから意識せずにはいられない。しかしそれを見も知らぬ宇宙人なんぞにあらためて指摘されたくはなかった。

「班長」

 宇宙人の仲間の一人がモニターを指し示す。俺の会話の相手をしていた奴はそれを見てはっとした。

「おお、どうやら気分を害してしまったようだね。これは失敬」

「いや、単にこっちの気持ちの問題だから――って、何そのバロメーターっ。いつから計ってんだよ!」

 参考にならないって今言ったばっかじゃん!!

「まぁせっかくの機会だから記念にね」

「何の記念だよっ!」

 俺はなんだか落ち着かない気分でごしごしと手を擦る。だからソコ、記録とるなって!

「話を戻すが、あんたらの目的はこの星の生き物を採取していくことなんだよな」

「対象はこの星だけではないんだが、確かにそれが目的だね。我々の専攻は宇宙生命学。なるべく多種多様の宇宙生命体を研究するのが目的だ」

「そのことだけど、悪いが俺の同類を連れて行かれるのは困るんだ」

 極めて情の薄い俺は、友達や知り合いが無事なら大抵のことはどうでもいい。だがさすがに同胞が宇宙人に攫われるのを黙ってみているというのは寝覚めが悪かった。

「いや、それは大丈夫だ。言っただろう。他星人でも自分たちと似た生き物を採取したりはしないって」

「ああ、そういえばそうだったな」

「だから採取するとしたらまったく異なる形体の生き物にしたいんだが、この惑星の規模からすると予定採取数がちょっと問題でな」

「どれくらい必要なんだ」

「ざっと六十億個体」

 俺は眉を顰めた。確かにその数はけして少ないとは言えない。

「我々の目的は飽くまで研究であって、その星の生態バランスを崩すことは本意では無い。だから君に採取していくのに都合のいい生き物を教えてもらおうと思ったんだ」

「それが俺を連れてきた目的か」

 しかしいきなりそんなことを言われても判断つかないぞ。六十億匹も連れて行かれて問題無い動物なんて――。

 けれどそこで俺はぴんと来た。いるじゃないか、まさにちょうどいい生き物が。

「ああ、それならお勧めの生き物がいるぞ」

「ほお」

 遠い星から来た研究生は興味深く目を輝かせる。

「台所でよく見かける奴らなんだけどな、俺も常日頃から疎ましく思っていたから好都合だ」

「なるほど。しかし個体数は充分かい?」

「もちろん。地球上に隈なくいるみたいだからな。増えすぎて困るくらいだ」

「いなくなっても星の生態系には問題はないかい?」

「俺は学者じゃないからちゃんとしたことは言えないけど、大丈夫だろう。住んでる奴のことを考えずあちこちに巣を構えるし、新しい病気も蔓延らせたりする。あいつらが増え始めてからは環境が悪くなる一方だ。害にしかならないよ」

「そうか。ならば安心だな」

 奴らはすっかり乗り気なようで、仲間たちと採集の算段について話し合っている。一方俺は、突如降って湧いた僥倖に静かな興奮を覚えていた。

 俺が腹を空かせて台所にいたのも、並外れた高い知能を持って生まれたのも、今日このために仕組まれた運命だったといっても過言では無いだろう。

 これで俺の仲間たちも安心して暮らせるようになるかも知れない。スリッパで叩き潰されて友や知己を失うのはもうたくさんだ。

「そういえば、その生き物たちはなんて名前かい?」

「ああ、あいつらはホモ=サピエンスって種族さ」

「なるほど」

 光沢を持つ黒い甲殻に星明りを反射させ俺はほくそ笑む。

 研究生たちはひげ――長い触覚を揺らしながら、薄翅を震わせて行う会話を続けていた。  


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