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第1話 一直の場合

 初めて彼を見たのは、超大手の会社が主催するセミナーだった。

 今まで何人もヒューマンハーフを見てきたが、なんというか…彼のかもし出す雰囲気はその誰とも違う。すさんだようにだらけた座り方をしているが、それは彼の本心からの態度ではなさそうだ。


 ちょうど年齢的には「はんぶんあくま」と、からかわれていた最後あたり。その頃のヒューマンハーフたちは自分がそうであることを隠さず、あふれる能力をふんだんに披露していたものだから、人間どもが嫉妬してねたんで、数にものをいわせて差別するようになってきた。

 それで生まれた言葉が「半分悪魔」。ひどいものだ。悪魔も差別の対象なのだから。


 ヒューマンハーフの能力にずいぶん恩恵を被っていたため、あわてた政府のお偉い方たちは、「差別はやめましょう」などと言いながら、ヒューマンハーフに正体を明かす事を禁止した。以来、彼らは能力をおさえながら生活して今に至る。人間どもは表面上、今ではヒューマンハーフなどという人種がいることすら忘れたように暮らしている。


 でも、今の彼はそんな事ですさんでいるのではないだろう。


 たぶん原因はこの会社。

 まあ、能力で言えば順当な選び方をしているが、人間性で言えば、はずれ。最低ライン。若い彼のことなので、まわりに引きずられてやる気を無くすのもわかりはするが。かといってそんなことで辞めるのも自分が許せないのだろう。

「まだまだ青いですね」

 デラルドは、ニヤリと笑って会場を後にしようとした。

 と、その彼がよっこらしょ、と言う感じで立ち上がり、出口の方へやってくる。扉の近くにいたデラルドは、彼ももう帰るのだなと思いつつ、見るともなしに近づいてくる彼に目をやる。


 そして、すれ違いざまに目と目がぶつかり。


 ぞくり、ときた。


 無表情を取り繕っている彼の瞳。その奥にはまぎれもなくヒューマンハーフの、いやそれ以上に悪魔の眼光があふれかえって、しかもギリギリとこちらを締め付けてくるようにするどい。私を悪魔だとわかってやっているのだから、相当なものだ。

 そしてそのまま、何事もなかったかのようにスッと視線をはずし、通り過ぎる彼。

「おやおや、私としたことがだまされましたか」

 デラルドは今度は不適な笑みを浮かべ、

「おーい!デラルドー、もう帰るぞ-ー」

と、脳天気に呼んでいる社長のもとへと向かったのだった。



 次に彼に会ったのは、うちの社長がなにかと気にかけている「ソラ・コーポレーション」での会議の席だった。

 おや?以前の会社は辞めたのですね。それにしても。

 会議室に入ってきた彼を見て、その雰囲気の変わりように驚く。


 当然と言えば当然のことか。この会社はうちの社長が溺愛している「そらちゃん」はじめ、すべてがどこの会社とも違っている。自由な雰囲気。かといって、だらけているわけではなく、皆が真剣に仕事に取り組む。変わったことをしてもバカにしない。

 そして人間どもがよく引き起こす、ねたみや嫉妬にからむ足の引っ張り合いもない。

 経営者はヒューマンハーフでもない。ましてや悪魔でもない。人間にでもこんな雰囲気が作り出せるのだと感心した。


 はじめ、彼はデラルドを見て少し考え、

「前にどこかでお目にかかりましたよね?」

と、静かに言う。その瞳は奥深くまでやわらかさをたたえている。あのときとはまるで違う事に戸惑いさえ覚える。

「ええ、ある会社のセミナーで」

 デラルドがニヤリと不適な笑みを浮かべて言うと、彼は「ああ」と、少し照れくさそうに笑いながら言った。

「あの頃は俺もまだまだで。はずかしい過去ですね。どうか忘れて下さい、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、気にしてませんよ」

 なんと好青年なこと。デラルドは返事を返しながらも、あのときの鋭さがなくなってしまった事に一抹の寂しさを覚えていた。

 そしてそのあと、彼が柔和になったもう一つの訳がわかる。


「失礼します」

 会議が一区切り着いたところで、ワゴンを押しながら一人の女性社員が入って来た。皆、少しホッとした様子で伸びをしたり、首を回したりしている。

 すると、彼がすっと立ってコーヒーを配る手伝いをする。

「あ、一直さんもお疲れでしょう?私がしますから座っててください」

 そういう彼女を笑って見つめ返しながら、

「大丈夫。こう見えても若いんだから」

 などと冗談をとばす。

 その瞳を見たとたん、わかってしまった。

 ああ、彼は恋してますね。

 彼女の様子からすると、まだ彼の片思いのようですが。なるほど。


 デラルドは知りたいとも思わないが、どうやら愛とか恋とか言うものには、人間をおだやかにする成分が含まれているらしい。まあ、この先がどうなるかは彼次第。頑張って下さいよ、と、心にもないエールをつぶやいて、配られたコーヒーを飲んだ。



 そうして。


 今、彼は初めて会ったときとは比べものにならない殺気をあふれさせている。

 彼が愛する彼女に横恋慕したふりをして。彼女と契約したいと言い出せば、間髪入れずに彼の悪魔がよびおこされた。

 そうそう、これでなくてはね。


 ぞくりとする。


 いつか彼の殺気に滅ぼされてしまうかもしれないと思うと。

 

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