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BROOM RIDER  作者: 牧村尋哉
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FILE 6

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「…いいね、上出来だ。これならトップカテゴリの最新型とだって充分やりあえる」

 テストを終えた機体のチェックを全て終了し、オイル缶の上に腰をおろした。

 さすがにちょっと腹が減ったな。

 何か腹に詰め込むものをと、カキザキの店に向けてオイル缶からくたびれた体を離したところで、入り口の向うに人の気配を感じた。

 カキザキとは違う、もっと軽い感じの存在感。

「? 取材の申し込みかい?」

 扉を開けると驚いたような顔でキャロルが立っていた。

「なんでわかったの?」

「コーヒーのいい匂いがしたからね。カキザキの爺さんならとっくにドアを開けて入ってきてるし、他に爺さんがコーヒーを淹れてくれる相手なんてそうはいないからね」

 彼女が持ったトレイからはコーヒーとサンドイッチが、俺の空っぽの胃袋に向かって盛大に自己主張している。

 俺の言葉に、手に持ったトレイごと肩をすくめたキャロルは、

「お使いを頼まれちゃってさ、そのお駄賃で貴方に取材をさせてもらおうかと思って」

 とペロッと舌を出した。

 思わず吹き出しながら、

「ちゃっかりしてんな。ま、ちょうど良かった。俺の腹ももうガス欠寸前だし、その美味そうなのをもらえるんならレディの頼みを断る訳にもいかないな」

と雑然とした格納庫の中に彼女を通す。

「……凄い」

「工具とかは危ないからあんまり触んないでくれよ」

 作業台の隅からパイプイスを出して彼女に勧める。

 自分はいつもどおりオイル缶に腰を下ろした。

「で、何が聞きたいんだ?」

 サンドイッチに噛み付きながら聞く。

「そうね、まずはライダーになったきっかけから聞かせてもらおうかな」

「きっかけ?」

「うん。ほら、色々あるじゃない? カッコイイからとか、…父親の影響とか」

 ちょっとだけ不安げに、キャロルの眼がこちらを窺う。

 なんだ? なんかやましいことでもあるのか?

 まあいい。

「…きっかけね。ま、確かに親父はカッコ良かったんだろうけど…、別に俺には関係ないかな、あんまり良く覚えてないし…。俺が箒に乗るのはただ気持ち良いからだよ」

「気持ち良い?」

 俺の答えに不思議そうな顔をするキャロル。

 俺は構わず続ける。

「ああ。誰にも邪魔されない、たった一人で、自由に、風よりも早く空を飛べるんだぜ。これ以上気持ち良いことなんか他にあるかい?」

「そういうもの?」

 やはり不思議そうな顔。

「ああ。わかんないかな……うーん。…いいや、乗ってみりゃ解るか」

「え?」

 俺は愛機を起動させ、軽く反動をつけてブレードを回した。

 轟音。

 大して広くも無い格納庫の中で、風の魔法を生み出す機械が目覚める。

「ほら」

 キャロルにヘルメットを放る。戸惑う顔に笑いかけて自分もライディンググローブをはめる。

「いこうぜ。口で言うよりこの方が簡単さ」

「で、でも…」

「ブツブツ言わない。シートにまたがって、…違うって、前だよ。少しつめてね。俺の方が小さいんだから腕がグリップまで届かないだろ」

 何がなんだか解らずにうろたえるキャロルを急かして箒に二人でまたがる。

「OK、じゃあ、行ってみようか」

 格納庫の大扉をリモコンで開けた。

「!!!」

 目の前に狭い路地が広がる。

「GO!」

 キャロルが悲鳴をあげようと息を呑む間に、建物の隙間を縫って猛スピードで低空を滑空する。スピードがのり切ったところで俯角を大きく取って空へ。

一定高度まで上がってアイドリング。機体を軽くロールさせて街の景色を視界に収める。

「どうだい! 気持ちイイだろ! Broomっていうのはこんなにも自由なんだぜ!」

「バカー! レディはもう少し丁寧に扱いなさいよ! …でも、スゴク気持ちいー!」

「まだまだ! もっといくぜー!」

 スロットルを開いて街の外に向かって加速する。

 荒れた大地の上空を風のように疾走する。

「すごい! 景色が飛んでく!」

 ヘルメット越しにキャロルの弾んだ声が聞こえてくる。

 そろそろいいか。

 機体の速度を落とし、小高い岩山の上に降りる。

「ライダーになるのに、これ以外の理由なんて必要かな?」

 まだ興奮が収まらないらしいキャロルは、機体にまたがったまま大きく首を振った。

「すごい。箒に乗ったのは初めてじゃないけど、こんなのは初めて……でも、この前のレースの時はこんなじゃなかったよね?」

「ああ、色々と手を加えたのさ。良いパーツが手に入ったからね」

「良い……パーツ?」

 不思議そうにキャロルが首を傾げる。

「ちょっと…ね。それと変な爺さんと知り合ってさ、調整のアドバイスをもらったんだ」

「パーツと……お爺さん?」

 余計にキャロルの眼が?マークになった。ちょっと可愛い。

「ああ。今度あったら何かお礼をしないとな」

「じゃあ、若手実力派ライダー、ソラ・アサヒナは謎のパーツと謎の老人のアドバイスを得て、次のレースもいただきって訳ね」

「まあ、そんな大層なもんでもないけどね」

 でもまあ、コイツのデビュー戦になる次のレースで勝ちを譲る気なんてさらさらないけど。

「ね、その謎のお爺さんって気になるわ。今度取材を申し込めないかな? 紹介してよ」

 キャロルは仕事の虫が騒ぎ出したようで次々と質問を投げてよこす。

「ん〜、俺も実はよく知らないんだ。名前と、元軍人だったらしいってことくらいかな」

「元軍人…。ね、なんて名前のお爺さんなの?」

「えーと、確かタカギっていってたな」

「え〜! タカギってまさかシロウ・タカギ博士じゃないよね!」

 なんだ? あの爺さんのこと知ってるのか?

「シロウ…タカギ博士?」

 オウム返しに聞くとキャロルは得意げな顔で解説をはじめた。

「シロウ・タカギ博士は、世界一とまでいわれたジュノーの名機TypeZEROの設計者で、国内外でも知られたジュノーを代表する技術者よ。終戦を機に第一線から退いたっていわれてるけど、どこの国も彼の技術を喉から手が出るくらい欲しがってるって噂だわ」

 一息に言い切ったキャロルと、その言葉の内容に驚きながら、またオウム返しに同じ言葉を口にしてしまう。

「TypeZERO…」

「知らないの?」

 知らないわけがない。

 TypeZERO=零式戦闘攻撃箒は、箒乗りなら誰でも知っている伝説の機体だ。

 俺の97式も、零式の前身となった素性を見込んで選んだ機体だ。TypeZEROは俺にとって理想の機体といってもいい。

「あの爺さんが…、零式の設計者…」

 確かに腕は良かった。音を聞いただけで改修のポイントをズバリと言い当て、ほんの僅かの時間機体をいじっただけでセッティングをだしてみせる。あれだけの技術者はそうはいないだろう。

「…ただの同姓ってことは? 俺、フルネームは聞いてないぜ」

「解らないけど、今度絶対取材させてよね! 紹介してくれないとヒドイよ!」

 キャロルはもう完全にあの爺さんがタカギ博士だと決めてしまったらしい。まあ、人違いだったとしても俺のせいじゃないよな。

「ね、じゃあじゃあ…謎のパーツって何? どのへんが謎なの?」

 おいおい、勝手に謎のパーツにしたのは君だろ。

「あんまり種明しをしちゃつまんないだろ。まあ、どれがそうなのかは見りゃ解るけど」

「?」

 またキャロルの両眼が?マークになる。

「機械のことはサッパリで…」

 えへへと頭をかくキャロル。

「Broomのことを取材してる記者がこんなことで良いのかね。…スペシャルパーツはこのプロペラブレードだよ」

「この羽根が?」

「ああ。ここまで緻密にルーンが刻んであるのに表面は鏡みたいに滑らかで、まるで刀みたいだろ? コイツが驢馬だった俺の97式を跳ね馬に変えてくれたのさ」

「へえ〜」

 キャロルはブレードに映りこむ自分の顔を不思議そうに眺める。

「でもこんな凄いブレードをどうやって手に入れたの?」

「そこは企業秘密さ。まあ、99パーセントは運が良かっただけなんだけどね」

「え〜! 気になる〜! もったいぶらないで教えてよ!」

「いったろ、種明しはちょっとずつやるもんさ。今日はここまで。さ、戻るぜ」

 俺の言葉に頬を膨らませて頑張っていたキャロルだが、渋々ヘルメットをかぶりなおした。その上でシートに跨りながら念を押す。

「謎のブレードは今度にしてあげるから、タカギ博士への紹介は絶対だからね!」

 はいはい。



 懐かしい音を聞いた気がした。

 私……ヴァルター・グッピナスはその店の前で目深にかぶった帽子のつばを上げて空を仰ぎ見た。

 連なる街並みの屋根の向こう側に、遠ざかるBroomの影があった。

「大戦時のレストア機か…」

 呟いて店の入口をくぐる。

 客のまばらな店内。

「…いらっしゃい」

 カウンターの向うから懐かしい声が投げかけられる。

「お久し振りです、プロフェッサー」

「…!」

 私が帽子を取るとカウンターの向こう側で老店主が息を飲む音が聞こえてくるようだった。

「ハインラインの騎士……か。久し振りだなヴァルター」

「カキザキ中佐こそお元気そうで」

 私の師である老人は苦い物でも飲み込んだような顔をして手を振る。

「中佐はやめてくれ。それからプロフェッサーってのもな。その字名はもうとっくの昔に捨てたんだ」

「失礼しました。あまりにも懐かしかったもので…」

 師の苦笑いに私も苦笑を返した。

「まあ良い。そんなところに突っ立てないで座れ。…ウイスキーでいいな?」

「…では、少しだけ」

 ゆっくりとカウンターのスツールに腰をおろす。

「しかし今日は変わった客ばかり来る日だ」

 師の視線がふと遠くを見るものになる。

「?」

 慌てたように師は懐かしい笑顔を見せ、グラスにウィスキーを注いだ。

「こっちの話だ。…で、ヴィーザル帝国のエースがこんな田舎街になんの用だ? まさかわしの顔が見たかったという訳でもあるまい」

「……実は、ちょっとした噂話に興味を持ちました」

「噂話だと?」

「はい」

 受け取ったグラスを小さく掲げ、軽く口をつける。

 芳醇な香りが口の中を満たした。

「中佐…いや、マスターはこの街にはどれくらいになりますか?」

「…もう8年になるが」

 8年。大戦時に、我が帝国と同盟関係にあったジュノーとをまたにかけて幾多のライダー達を育て上げた空軍教導団の鬼が、この田舎街に8年か。

「この街にジュノーの龍が眠っているという噂話を聞いたことはありませんか?」

「龍だと?」

 師の眉根が曇る。

 私は構わず続けた。

「はい。ジュノーの空を駆けた最強の龍、かつてあなた方が駆った翼と言ってもいい」

「…ZEROか?」

「はい。…いや、正確にはそれに関わる遺産がこの街に眠っている…という噂話です」

 師の返答は早かった。

「聞いたことがないな」

 無言のまま師の顔を見つめなおす。

「お答えが速い」

「知らんものは知らんからな」

 ぶっきらぼうだが、事前に用意してあった返答という感じは無い。白か。

 しかし、師にはあの機体に深く関わっていた経緯がある。

 ZEROのテストや研究については、教導団の中でもトップクラスのライダーがおこなっていたといわれているのだ。

 師は私の思索をよそに言葉を続けた。

「お前も乗ったと思うが、あれは良い機体ではあったが乗る人間を選ぶ。軍で使うには向かん代物だったな」

「しかし、私が知る中でもあの機体は最高の芸術品といってもいい程のものでした。残念ながら終戦から10年が経とうとしている今でもあれを超える機体は出ていないといって良い」

 私はグラスに残った琥珀色の液体を飲み干す。

 師は鮮やかな手つきで最初と同じ分量をまたグラスに注いだ。

「戦勝国は接収したZEROを使って新型を開発しているという話を聞いたことがあるがな」

「それは事実でしょう。しかし何かが一つ足りないらしい。特にブレードの精製がネックになっているとか」

「…随分とモノを知っておるな」

 僅かにカウンターの向こう側に立つ師の瞳が鋭さを増す。

 私は軽く肩をすくめて、その視線をやり過ごした。

「同じ敗戦国の悲しさといいますか……、我が軍には新型機やZEROを研究するための接収機もデータも無い。そのような状況では列国の情報には敏感になります。例えそれが噂話であっても」

「それでわざわざ、帝国空軍のエースがこんな田舎街まで出張ってきたと?」

「まあ、私が来たのは興味本位といったところです。自らの師の顔を見ながら久し振りに飲みたかったというのもありますし」

「ふん。良いご身分だ」

 お互いに苦笑を向け合う。

 終戦から10年。

 変わるものと変わらないもの。

 ここにあったのは変わらないものの方だったようだ。

「実はプライベートな用事もありまして…」

「ほう」

「身内の恥になりますのでそれはいずれまた…」

「珍しいな…」

 師の顔にこれまでよりも温かみのある笑顔が浮かぶ。

「?」

「お前がワシに身内なんて言葉を口にするのは初めてだ。お互いに年をとったのかもしれんな」

「……。騎士の剣はまだ錆ついてはいませんよ」

 私は少々憮然として代金をカウンターに置くと帽子をかぶりなおした。

 すると師はその代金を私の方に押し戻してくる。

「ならば、年寄りの頼みを聞いてくれんか?」

「?」

 師の顔にかつて『教授』と呼ばれた頃の表情がよみがえる。

 私はスツールから上げかけていた腰を戻した。

「この街である次のBroomレースに出てくれんか?」

「私が?」

「そうだ。お前にちょいと鍛えてやって欲しいヤツがおる」

 師の表情は戦技を解説する時と同じ真剣なものだった。

 私は気圧されつつも言葉を返した。

「私の授業料は安くありませんよ」

 しかし、次に師の口から発せられた言葉が私の心を動かした。

「それが『疾風』の息子でもか?」

「!」

「どうだ?」

「…解りました。これで私もやっと貴方に恩返しができる」

「…頼む」

「承ります。…ではまた競技場で」

 スツールを下りる。

 店の戸をくぐりながら脇に掲げられた看板を見上げた。

『blast of wind』

 なるほど、そういうことか。

 なかなか面白いレースになりそうだ。

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