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BROOM RIDER  作者: 牧村尋哉
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FILE 3

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 ソラが紹介してくれたライダー達の中には、これといって興味をひかれるライダーはいなかった。

 軍用箒に乗るベテランから競技用の最新機に乗る若手までいろいろだったが、ソラ自身ほど目立つ存在はいない。

 もう少し情報収集をしたいところだったが、今日は他に仕事が入っていた。

 一昨日に送られてきた本社からのメッセージ。

 その中にはある人物の顔写真が入っていた。

 上司に連絡を入れてみると、大戦時の戦闘箒の有名な設計技師で、今この街に来ているのだという。

 本社からの指示は、トクダネになる可能性があるので、本人に気づかれぬように動向を探れというもの。

 私は朝早くから宿を出ると、指示にあったシロウ・タカギという老人の泊まるホテルに急いだ。

「…とはいえ、尾行とかってあんまり得意じゃないのよね」

 まだ朝食にも早い時間だけに、あまり歩き回ると目立ってしまう。

 仕方無くホテルの喫茶室に入り、早めの朝食をとりながらタカギ老人の動きを待つことにする。

「高い朝ご飯になっちゃったなぁ…」

 普段の二食分にもなりそうな値段のモーニングセットを注文しながら溜息をついてしまう。

「でも、Broomの設計技師ってお金持ちなのねぇ…」

 もう一度溜息。

 確かに私の泊まってるところは安宿だけど、ここってこの街で一番高いホテルじゃない。私もたまにはこんなところに泊まってみたいな……経費で落ちないかな……無理だろうな。

「!」

 目標が来た。

 フロントで鍵を預け、ホテルを出て行く。

 食べかけのモーニングセットに未練を残しながら、私もホテルを出た。

 表通りには既に朝の賑わいが訪れている。

 つかず離れず、一定の距離を保ちながら老人と同じ方向に向かって歩く。

 どうやらタカギ老人はレース場に向かっているようだ。

 まだ朝も早いこんな時間ではレース場の関係者しかいないはずだか、老人の足取りには迷いが無い。

 何をしに行くんだろう?

 ほどなく、一昨日にも来たレース場にたどり着く。

 この時間ではあまり人が多くないため、なにもしていなければ逆に目立ってしまう。

 私は今日のレース情報を懐からとり出した手帳にメモしながら、タカギの方を盗み見る。

「…カスタムの……そう…まだ若い……97式…闘…察箒で…」

 かすかにそんな会話が聞こえてきた。

 タカギ老人はレース場の周囲の売店で、まだ準備中の従業員を捕まえて何事かを聞き込んでいるようだ。

「…ああ……そうか……うん…いや、いいんだ……ありがとう」

 納得したのか、従業員に丁寧に礼を言っている。

 まずい、こっちへ来る。

 接触の許可は出ていないが、このまますぐに動けばかえっておかしく見えてしまう。

「…アサヒナというライダーは、今日の出走予定はありますかな?」

「え? いえ、今日は無いみたいですけれど」

 まるで天気でも聞くような何気ない老人の問いに、なんとか咄嗟に答えを返すことができた。…少し声が裏返ってしまったが。

「そうですか。…失礼だが、お体の具合でも悪いのですかな? あまり顔色が良くないようだが」

「あ、いえ、そんなことありませんわ。少し低血圧なもので、そのせいですかしら」

 不思議そうな顔をしている老人になんとか愛想笑いを返すが、上手く誤魔化せただろうか?

 老人はなおも怪訝な表情をしていたが、やがて

「教えてくださってありがとう。…お体に気をつけて」

 言ってホテルの方角へ歩きだした。

 大きく溜息。

 びっくりした……。

 図らずも目標と接触してしまう結果となったが、それほど大きな印象を残したという訳ではないので、まあよしとしていいだろう。

「でも…びっくりしたぁ〜」

 気を取り直し、老人の向かった方向に歩を向ける。

 しかし…なぜタカギ老人はソラのことを調べていたんだろう?



 カキザキの店の裏にある、俺の箒の格納庫には高硬度シャフトの在庫はなかった。

 昨日一晩中かかってバランスを取り直したエンジンは、10000回転までスロットルを開いても実にスムーズに回る。後はシャフトのみだ。

 朝食を差し入れに来たカキザキにシャフトのことを聞いてみると、呆れたような怒ったようなどちらともつかない表情をつくった。

「…急に何を言い出すかと思えば、今度は高硬度シャフトだと? この前の強化マウントといい、一体何を企んどる?」

「いずれわかるさ、この前も言ったろ。…もっともマスターならもうある程度予想がついてるんじゃないのか?」

 差し入れのパンとコーヒーを受け取りながら傍らのオイル缶に腰をおろす。

 美味そうないい匂いだ。

「…まあ、強化マウントと高硬度シャフトのセットといえば、高回転型プロペラブレードだろうが…どこからそんなもの手に入れた」

 カキザキはバランス取りをしたエンジンを手際よくチェックしていく。

 それを眺めながらコーヒーを口に運んだ。

「掘り出したのさ。ちょいと無理もしたけど、人様の物を盗んできた訳じゃないから安心してくれよ」

「あたりまえだ! …ふん、エンジンはいい仕上がりだ。まあ、ブレードのことはあまりとやかく言うつもりは無いが、97式に合うシャフトはそうは無いぞ。コバヤカワのところに行けばあるかもしれんが…」

 コバヤカワは高硬度の部品を専門に作っている職人で腕も確かだが、カキザキはあまりこの男が好きではない。

 とはいえ、確かに他にはなさそうだな。

「わかった。ちょっと行ってくるよ」

 パンの最後の一切れを口に放り込み、格納庫を出る。

「車、借りてくぜ」

「ガソリンは入れて返せよ」

 カキザキの声に背中を向けたまま舌を出して、店の裏に停めてあるトラックに乗り込む。

 コバヤカワの工場は街の反対側の区画だ。

 軍から払い下げのオンボロトラックでも20分もあれば着くだろう。



「…ダカラ、アナタの昔の仲間の居場所サエ分かれば、アトはコチラで調べるといっているでショウ」

「そうはいっても私だってあの当時の研究者全員を知っている訳ではないんだ、どこにいるのかなんて分かる訳がないだろう」

 工場に着くと、この辺りでは聞き慣れないイントネーションで話す大柄な男がコバヤカワと何か言い合っていた。

「…邪魔かな?」

 呟きながらトラックを止めた俺に、トラックのエンジン音に気づいたコバヤカワが、ちょっと待っててくれと手を挙げる。

「…とにかく、この件に関してこれ以上はあんた達に協力できることはないよ。他の用ができたらまた声でもかけてくれ」

「………」

 相手の男はまだ何か言いたそうだったが、コチラに目を向け、

「マタ来ますヨ」

 と言って工場を出ていった。

 なんとなく気まずい雰囲気だ。

「…アサヒナ君がここに来るのは珍しいな。どうしたんだい?」

 しかし、コバヤカワは努めて何事もなかったかのような口調で切り出した。

 これはあまり触れて欲しくない問題だということなんだろう。俺も、何も見聞きしなかったかのような口調で用件を口にする。

「97式用の高硬度シャフトを探してるんだ。コバヤカワさんのところならあるんじゃないかと思ってさ」

「97式の高硬度シャフトか、確かに珍しいな。ちょっと待っててくれ、合う物があるか見てみよう」

「頼みます」

 コバヤカワはさっきのことがあってこの場にいづらいのか、そそくさと倉庫の中に入っていった。

 俺も面倒ごとに自分から関る気はないので、あまり話をせずに済んだのにはホッとする。

 15分ほどでコバヤカワは台車にのせた木箱と共に戻ってきた。

「随分昔に試験用に作ったものだが、モノは確かだし、これなら97式にもそのまま使えるよ。持っていきたまえ」

 木箱には10年ちょっと前の日付が刻印されていた。

「いいんですか? これ、売り物じゃないんじゃ…」

「ここに置いておいても場所をとるだけだからね。その代わり代金はノーマルシャフトの1.5倍いただくよ」

 コバヤカワは悪くない買物だろう? と笑ってみせる。

「なら、いただいていきます。助かりました」

 代金を前回のレース賞金の余りから出して木箱を受け取る。

 オンボロトラックに荷物を積んで工場を出る時、くたびれたようなコバヤカワの表情がバックミラーの中に見えた。

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