FILE 15
今回は何とかあまり間をあけずに済みました。
この調子でUPしていけるよう頑張ります。
16
それは有り得ない光景だった。
ここは片田舎の街だし、国境からもそう遠くはない。
遠くはない……とはいえ、ジュノー国内だ。敗戦国とはいっても国境線には守備隊だってきちんといる。
それなのに、ソイツは目の前の空に浮かんでいた。
砲塔がギロリと目を剥くようにこちらを向いた瞬間、赤い光が弾け、すぐ足下を轟音が通り過ぎる。
「キャロル!」
思わず叫んでいた。
衝撃。
トラックが横倒しになるのがスローモーションのように見える。
俺は爆風に流されるBroomの機首をねじ込むようにして、トラックの脇に降下をかけた。
「馬鹿野郎! わざわざ的になりに来るんじゃねえ!」
下から怒声が飛ぶ。
カキザキ! やられる前に飛び降りてたのか。
そのかたわらにはタカギの肩を支えるキャロル。
良かった。みんな無事だったか。
俺は降下の軌道を変え、ロールしながら機首を引き起こして上昇に入る。
途端にまた轟音がすぐそばを通過していった。
砲弾。
目の前の空に浮かぶあり得ないもの。
フレイヤ共和国製FS‐5型強襲飛行艦。
見たところ国籍記号等は消されているようだが、こんなハリネズミみたいに砲塔を並べ、分厚い外殻で武装した飛行船なんて、フレイヤの空中戦艦以外にはない。
「ソラー!」
キャロルの叫ぶ声に答える余裕もなく、ロールとターンを繰り返す。
どうしたらいい、このままじゃあジリ貧だぞ。
紙一重のタイミングだった。
カキザキの叫ぶ声に、私はタカギの肩を持ったままトラックの荷台から転がり出た。
地面で腰を打って呼吸が出来なくなるくらい痛い思いをしたけど、その後の音と衝撃に比べたら可愛いものだった。
「タカギ博士、大丈夫ですか?」
「ああ、私は大丈夫だ。ホーディッツさんがいなかったらどうなっていたか解らんがね」
言いながら、タカギはさっきまで力の入らなかった足を自分の拳で殴りつけ、ヨロヨロと立ち上がる。
「博士、無茶ですよ!」
「カキザキさんを、マスターを探さねば…」
おぼつかない足取りで、横倒しになって煙を上げるトラックに近づこうとする。
「馬鹿野郎! わざわざ的になりに来るんじゃねえ!」
!!!
心臓が口から出てきちゃいそうなくらい驚いた。
まだ耳がキーンとするほどの大きな声。
振り返ると、額から流れた血を無造作にシャツの袖で拭い、口をへの字にして空を睨むカキザキの姿があった。
「マスター! 血が!」
「ん? ああ、大丈夫だ。大したこたぁない」
はぁー、とタカギが大きく息を吐く。
「ドクター、悪いが一息つくのは後だ。向うの岩陰まで走るぞ。やれるな?」
私は頷いてから、肩を貸しているタカギの顔をのぞく。
タカギも大きく頷き、自分の太ももをピシャリと叩いて見せた。
「良い気合いだ。行くぞ!」
3人で一斉に走りだす。
瞬間、再びの轟音。
私はカメみたいに頭を引っ込めて走った。
3人が身を隠すにはいかにも頼りない岩陰が迫る。
「飛び込めー!」
カキザキの声に、手を貸しているタカギの体ごと地面に向かって身を投げ出した。
轟音が背後を通り過ぎていく。
振り向けば、空に浮く巨大な鋼鉄の要塞みたいな飛行船から、次々と赤い光が弾き出されていた。
目標はたった一機のBroom。
「ソラー!」
叫んでいた。
ソラが、ソラがやられちゃう!
「落ち着け、嬢ちゃん!」
私の肩をゴツゴツとした手のひらが抑える。
「マスター?」
「アイツならこの程度の砲撃に墜とされやせん。…まあ、墜とされやせんが、砲撃を終わらせるすべもないが」
「え?」
カキザキの眉間に深いしわが刻まれる。
「アイツが今乗っとるのは確かに軍用箒だが、レースのために兵装を外しとる。要は武器がついとらんのだ。逃げ回ることしかできん」
「そんな……どうしたら?」
「どうもできん。このままかわし続けるしかない。これだけ派手にドンパチやらかせばジュノーの軍隊だって動く…それを待つしかない」
そんな…、いつ来るかも分からないものを待てっていうの?
「何の武器も無い私達と空中戦艦とでは勝負になりません。ソラ君を離脱させてください。私が……彼等と話し合いましょう」
タカギが立ち上がり、岩陰から出ようとする。
「何を話し合う気だ! 最初っからそんな気もねえのに勝手をほざくな!」
カキザキがタカギの胸ぐらを掴んで吠える。
「やめてください! マスターも、タカギ博士も!」
「…クソ、せめてここに戦闘箒が一機でもあれば」
カキザキが吐き捨てるように呟き、うなだれる。
ソラ……どうすればいいの?
「クソ、どうすればいい! 何か…何か手はないのか?」
焦る気持ちを落ち着かせるため、あえて言葉にしてみるが、何も浮かんでこない。
せめて、機首の精霊砲だけでも使えれば…
本来、この箒は軍用の戦闘箒だ。
軍用箒は通常、20mm前後の機銃を標準装備として持っている。しかしそれ以外にも、プロペラブレードを回すための強力なエンジンが持つ炎の魔力。それを魔術の砲弾として撃ち出すことができる、精霊砲と呼ばれる兵器を固定兵装として持っているのだ。
この機体はレース用に軽量化するため、精霊砲のシステムは外してしまったが。
「こんなことなら多少重くっても着けっ放しにしときゃよかった」
「…あれば撃てましたか?」
「なに!?」
それは突然だった。
砲撃をかわしてターンした先の空間に、まるで見えないカーテンを開くかのように、スーとBroomに乗った人の形が現れる。そして、それとほぼ同時に、機首が赤くきらめいた。
「!」
咄嗟に出力をカット。ブレーキとボディコントロールでテールを下げ、機体を立てながら下に逃げる。
「残念」
一瞬遅かった。
自分自身はかわせたものの、Broom全体では逃げ切れなかった。
エンジンブロックの詰まったボディに赤い花が咲き、次いで黒い煙が吹き上がる。
「いや、実に残念。殺し損ねました」
落下する直前、ニヤけた顔でそうぼやく気どった顔が見えた。
競技場のスタンドで見た、あのキザな男だ。
「くそ、スーツ着てBroomに乗るような奴に墜とされるのかよ…」
俺自身、訳のわからないことに苛立ちながら、崩壊していく自分の機体を何とか立て直そうともがく。
エンジンは被弾した時点でカット。
燃料はレースが終わってそのままだ、殆んど入っていない。爆発はしないだろう。
しかし、エンジンが停止している以上、飛ぶ為の魔力は生まれない。Broomは大地の力に引かれて堕ちていく。
「クソ! 下がれぇー!」
全身の力で無理矢理、Broomの姿勢を変える。
テールが下がって機体が立った状態から、機首を降ろして水平の状態へ。
少しでも空気抵抗を増やして滑空。落下速度を削る。
「このまま…堕ちてたまるか!」
でも、どうする? どうすればいい?
無論、俺もライダーだから飛行服の背中にはパラシュートを装備している。
しかし、どうしてもピンを引く気になれない。あのキザな男の笑う顔が目に浮かぶ。
前大戦中、ライダー達の間では、撃墜されてパラシュートで降下する者を攻撃しないという暗黙のルールがあった。
でも、あの男はきっと撃つ。アレは、その類いの笑い方だ。
「30…25…20」
高度計の針が物凄い勢いで落ちる。
撃墜高度は100も無かった、この高さまでは何秒もかかっていない。
この間も、落下速度という名の大量の空気が、質量を持って全身を叩く。
そうか! 風だ、機体に当たる空気を、風を読むんだ!
魔力が作れない今、機体を風に乗せるしかない。
機体から吹き出る煙の中で、目を凝らして集中する。
落下で機体が高度を失いながらかきわける空気。僅かでいい、その中から流れを見つけて乗せるんだ。
黒煙に目が痛む。その中に、一筋の白い流れを見つけた。
「………ここだ!」
機首をほんの僅かずらした。
一瞬、機体全体を風が包む。
わずかに落下速度が下がった。
それで充分だった。
視界の端に一本だけ立木を見つけた。
「あれだ!」
機体を風に乗せて滑らせ、ボディの腹から立木の枝に突っ込む。
枝とフレームが互いに悲鳴をあげ、Broomが速度を失う。そのまま太い枝で速度が急激にゼロに。
衝撃が来た。
俺の体は止まらない。まるでBroomから引きはがされるように、宙に投げ出された。
地面に叩きつけられるまでの数瞬、ひっくり返った視界の中で、炎を上げる機体とそれでも輝き続けるプロペラブレードが変に対照的に見えた。
俺の、俺の97式が燃えていく…