表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BROOM RIDER  作者: 牧村尋哉
15/18

FILE 15

今回は何とかあまり間をあけずに済みました。

この調子でUPしていけるよう頑張ります。

16



 それは有り得ない光景だった。

 ここは片田舎の街だし、国境からもそう遠くはない。

 遠くはない……とはいえ、ジュノー国内だ。敗戦国とはいっても国境線には守備隊だってきちんといる。

 それなのに、ソイツは目の前の空に浮かんでいた。

 砲塔がギロリと目を剥くようにこちらを向いた瞬間、赤い光が弾け、すぐ足下を轟音が通り過ぎる。

「キャロル!」

 思わず叫んでいた。

 衝撃。

 トラックが横倒しになるのがスローモーションのように見える。

 俺は爆風に流されるBroomの機首をねじ込むようにして、トラックの脇に降下をかけた。

「馬鹿野郎! わざわざ(マト)になりに来るんじゃねえ!」

 下から怒声が飛ぶ。

 カキザキ! やられる前に飛び降りてたのか。

 そのかたわらにはタカギの肩を支えるキャロル。

 良かった。みんな無事だったか。

 俺は降下の軌道を変え、ロールしながら機首を引き起こして上昇に入る。

 途端にまた轟音がすぐそばを通過していった。

 砲弾。

 目の前の空に浮かぶあり得ないもの。

 フレイヤ共和国製FS‐5型強襲飛行艦。

 見たところ国籍記号等は消されているようだが、こんなハリネズミみたいに砲塔を並べ、分厚い外殻で武装した飛行船なんて、フレイヤの空中戦艦以外にはない。

「ソラー!」

 キャロルの叫ぶ声に答える余裕もなく、ロールとターンを繰り返す。

 どうしたらいい、このままじゃあジリ貧だぞ。



 紙一重のタイミングだった。

 カキザキの叫ぶ声に、私はタカギの肩を持ったままトラックの荷台から転がり出た。

 地面で腰を打って呼吸が出来なくなるくらい痛い思いをしたけど、その後の音と衝撃に比べたら可愛いものだった。

「タカギ博士、大丈夫ですか?」

「ああ、私は大丈夫だ。ホーディッツさんがいなかったらどうなっていたか解らんがね」

 言いながら、タカギはさっきまで力の入らなかった足を自分の拳で殴りつけ、ヨロヨロと立ち上がる。

「博士、無茶ですよ!」

「カキザキさんを、マスターを探さねば…」

 おぼつかない足取りで、横倒しになって煙を上げるトラックに近づこうとする。

「馬鹿野郎! わざわざ(マト)になりに来るんじゃねえ!」

 !!!

 心臓が口から出てきちゃいそうなくらい驚いた。

 まだ耳がキーンとするほどの大きな声。

 振り返ると、額から流れた血を無造作にシャツの袖で拭い、口をへの字にして空を睨むカキザキの姿があった。

「マスター! 血が!」

「ん? ああ、大丈夫だ。大したこたぁない」

 はぁー、とタカギが大きく息を吐く。

「ドクター、悪いが一息つくのは後だ。向うの岩陰まで走るぞ。やれるな?」

 私は頷いてから、肩を貸しているタカギの顔をのぞく。

 タカギも大きく頷き、自分の太ももをピシャリと叩いて見せた。

「良い気合いだ。行くぞ!」

 3人で一斉に走りだす。

 瞬間、再びの轟音。

 私はカメみたいに頭を引っ込めて走った。

 3人が身を隠すにはいかにも頼りない岩陰が迫る。

「飛び込めー!」

 カキザキの声に、手を貸しているタカギの体ごと地面に向かって身を投げ出した。

 轟音が背後を通り過ぎていく。

 振り向けば、空に浮く巨大な鋼鉄の要塞みたいな飛行船から、次々と赤い光が弾き出されていた。

 目標はたった一機のBroom。

「ソラー!」

 叫んでいた。

 ソラが、ソラがやられちゃう!

「落ち着け、嬢ちゃん!」

 私の肩をゴツゴツとした手のひらが抑える。

「マスター?」

「アイツならこの程度の砲撃に墜とされやせん。…まあ、墜とされやせんが、砲撃を終わらせるすべもないが」

「え?」

 カキザキの眉間に深いしわが刻まれる。

「アイツが今乗っとるのは確かに軍用箒だが、レースのために兵装を外しとる。要は武器がついとらんのだ。逃げ回ることしかできん」

「そんな……どうしたら?」

「どうもできん。このままかわし続けるしかない。これだけ派手にドンパチやらかせばジュノーの軍隊だって動く…それを待つしかない」

 そんな…、いつ来るかも分からないものを待てっていうの?

「何の武器も無い私達と空中戦艦とでは勝負になりません。ソラ君を離脱させてください。私が……彼等と話し合いましょう」

 タカギが立ち上がり、岩陰から出ようとする。

「何を話し合う気だ! 最初っからそんな気もねえのに勝手をほざくな!」

 カキザキがタカギの胸ぐらを掴んで吠える。

「やめてください! マスターも、タカギ博士も!」

「…クソ、せめてここに戦闘箒が一機でもあれば」

 カキザキが吐き捨てるように呟き、うなだれる。

 ソラ……どうすればいいの?



「クソ、どうすればいい! 何か…何か手はないのか?」

 焦る気持ちを落ち着かせるため、あえて言葉にしてみるが、何も浮かんでこない。

 せめて、機首の精霊砲エレメンタル・キャノンだけでも使えれば…

 本来、この箒は軍用の戦闘箒だ。

 軍用箒は通常、20mm前後の機銃を標準装備として持っている。しかしそれ以外にも、プロペラブレードを回すための強力なエンジンが持つ炎の魔力。それを魔術の砲弾として撃ち出すことができる、精霊砲エレメンタル・キャノンと呼ばれる兵器を固定兵装として持っているのだ。

 この機体はレース用に軽量化するため、精霊砲のシステムは外してしまったが。

「こんなことなら多少重くっても着けっ放しにしときゃよかった」

「…あれば撃てましたか?」

「なに!?」

 それは突然だった。

 砲撃をかわしてターンした先の空間に、まるで見えないカーテンを開くかのように、スーとBroomに乗った人の形が現れる。そして、それとほぼ同時に、機首が赤くきらめいた。

「!」

 咄嗟に出力をカット。ブレーキとボディコントロールでテールを下げ、機体を立てながら下に逃げる。

「残念」

 一瞬遅かった。

 自分自身はかわせたものの、Broom全体では逃げ切れなかった。

 エンジンブロックの詰まったボディに赤い花が咲き、次いで黒い煙が吹き上がる。

「いや、実に残念。殺し損ねました」

 落下する直前、ニヤけた顔でそうぼやく気どった顔が見えた。

 競技場のスタンドで見た、あのキザな男だ。

「くそ、スーツ着てBroomに乗るような奴に墜とされるのかよ…」

 俺自身、訳のわからないことに苛立ちながら、崩壊していく自分の機体を何とか立て直そうともがく。

 エンジンは被弾した時点でカット。

 燃料はレースが終わってそのままだ、殆んど入っていない。爆発はしないだろう。

 しかし、エンジンが停止している以上、飛ぶ為の魔力は生まれない。Broomは大地の力に引かれて堕ちていく。

「クソ! 下がれぇー!」

 全身の力で無理矢理、Broomの姿勢を変える。

 テールが下がって機体が立った状態から、機首を降ろして水平の状態へ。

 少しでも空気抵抗を増やして滑空。落下速度を削る。

「このまま…堕ちてたまるか!」

 でも、どうする? どうすればいい?

 無論、俺もライダーだから飛行服の背中にはパラシュートを装備している。

 しかし、どうしてもピンを引く気になれない。あのキザな男の笑う顔が目に浮かぶ。

 前大戦中、ライダー達の間では、撃墜されてパラシュートで降下する者を攻撃しないという暗黙のルールがあった。

 でも、あの男はきっと撃つ。アレは、その類いの笑い方だ。

「30…25…20」

 高度計の針が物凄い勢いで落ちる。

 撃墜高度は100も無かった、この高さまでは何秒もかかっていない。

 この間も、落下速度という名の大量の空気が、質量を持って全身を叩く。

 そうか! 風だ、機体に当たる空気を、風を読むんだ!

 魔力が作れない今、機体を風に乗せるしかない。

 機体から吹き出る煙の中で、目を凝らして集中する。

 落下で機体が高度を失いながらかきわける空気。僅かでいい、その中から流れを見つけて乗せるんだ。

 黒煙に目が痛む。その中に、一筋の白い流れを見つけた。

「………ここだ!」

 機首をほんの僅かずらした。

 一瞬、機体全体を風が包む。

 わずかに落下速度が下がった。

 それで充分だった。

 視界の端に一本だけ立木を見つけた。

「あれだ!」

 機体を風に乗せて滑らせ、ボディの腹から立木の枝に突っ込む。

 枝とフレームが互いに悲鳴をあげ、Broomが速度を失う。そのまま太い枝で速度が急激にゼロに。

 衝撃が来た。

 俺の体は止まらない。まるでBroomから引きはがされるように、宙に投げ出された。

 地面に叩きつけられるまでの数瞬、ひっくり返った視界の中で、炎を上げる機体とそれでも輝き続けるプロペラブレードが変に対照的に見えた。

 俺の、俺の97式が燃えていく… 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ