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BROOM RIDER  作者: 牧村尋哉
13/18

FILE 13

遅くなりました。

ペースを上げるつもりが、今まで以上に四苦八苦してしまいました。

以後、気合いを入れ直して頑張ります。

  14



 爆音と空気の塊が四方に飛び散った後も、スタンドは舞い上がった埃と風でもうもうとしていた。

 一度高度をとって爆風をかわした俺はブレードの魔力をカットし、無音のままスタンドに向かって滑空する。

 埃で視界が悪い。有視界は3mってところか。ほとんど前は見えない。

 爆発前の位置から見当をつけて埃の中に飛び込んだ。

 さっきの変な行動をしていた箒がスタンドに張り付いて、アレックスなんとかって奴とは別の、筋骨隆々って感じの大柄な男をスタンドに降ろしている。

 大柄な男は、スタンドにいた背の高いキザったらしい二枚目の男と睨み合っていた。

 こいつら…ヤバい。

 二人を、とくに二枚目の方を見た瞬間そう思った。

「…おい、こっちだ」

「!」

 聞き覚えのある声がした。

 カキザキ。

 非常用の避難梯子から頭を出している。

 目が合った。

 カキザキは視線で俺に『行け』と送ってよこした。

 タカギの爺さんもカキザキに気が付つく。

 俺はカキザキに一つ頷いて、ロールを切ってスタンドを離れた。

 カキザキの爺さんなら、この競技場のことは排水口一つまで頭に入ってるはずだ。

「…あそこなら、抜け道を通って裏に出るか」

 俺はカキザキの行動にあたりをつけ、箒の軌道を変えた。人が通れる通路と箒が通れるところはちょっと離れている。

「…しかし、一体何が起こってるんだ?」



「乗んな。オンボロだが、人間が走るよりは速い」

 ピット裏を抜けると、くたびれた軍用トラックが停めてあった。

 私とタカギが荷台に乗り、カキザキがハンドルを握る。

 背後からはまた大きな音が聞こえてきた。

「派手にやっていやがるな。こっちに回す手が足んなくなってくれりゃいいんだが」

 エンジンをかけながらカキザキがぼやく。

「あまり期待はできませんな」

 タカギが溜息混じりに返した。

 カキザキはハンドルを握ったまま器用に肩をすくめて見せる。

「まあ、他人を当てにすんなってことだな。飛ばすぞ、落っこちるなよ」

 言いながら勢い良くアクセルを踏み込んだ。

 年季の入っていそうなトラックはガタゴトと音を立てながら動き出す。

「きゃ!」

「腰にきますな」

 ひどい揺れに顔をしかめる私とタカギ。しかしカキザキは、

「文句の多い客だ」

と鼻息一つで笑い飛ばす。

 トラックはあっという間に競技場を出た。

 カキザキの運転はだいぶ荒っぽい。しかし、その分凄いスピードが出ていた。…乗り心地は悪いけど。

「…ホーディッツさん」

「はい?」

 後ろを気にしながら、ガンガンと跳ねる荷台の座り心地の悪さに耐えていた私は、急に改まった感じで声をかけてきたタカギを振り返った。

 すまなさそうな顔のタカギが深々と頭を下げる。

「すっかり巻き込んでしまったようで本当に申し訳ない」

 私は3倍以上も年の離れた老人に頭を下げられ、慌てて首を振った。

「いいんですよ。いや、良くはないけど、タカギ博士のせいじゃないじゃないですか」

「しかし…」

 タカギはなおも申し訳なさそうな顔をする。

「もうよしましょう。今はそれどころじゃないし」

 そう、今はあの連中に捕まるか、お尻がお猿さんみたいに真っ赤になっちゃうかの瀬戸際だもの…なんてね。

 自分でもちょっとおかしくって笑ってしまう。

 でも、そのお陰でタカギも少し気が楽になったようだ。

「そうですね。……ホーディッツさん、申し訳ないついでと言ってはなんですが、これを預かってもらえませんか?」

「これは?」

 タカギは懐から黒革の少し大振りの手帳を取り出し、私に手渡した。

 私は年季の入っていそうなその手帳をためつすがめつ眺める。

「日記のようなものです。もし私に何かあったら、それをこの街にいるコバヤカワという技師に渡してください」

「…? はい、分りました」

 よく意味の分からないお願いではあったが、思わず頷いてしまった。タカギはやっと、少し安心したような表情を見せた。

「…市街にまぎれてまいちまおうと思ったんだが、そう簡単にはいきそうにねえなぁ」

 私がタカギから手帳を受け取るのをバックミラーで眺めていたらしいカキザキが、そのさらに奥に映った影に溜息混じりの言葉を吐く。

 黒塗りの大型車が数台付いてきている。ご丁寧にガラスまで黒くフィルムが張ってあった。

「それっぽいですね」

「まあ、間違いないでしょうね」

 私とタカギが顔を見合わせると、車体がさっきまでよりさらに大きく揺れた。

「荒っぽくなるぞ、振り落とされんなよ!」

 エンジン音とともに、すでに荒っぽくなったカキザキの声が私たちの耳を打った。



 私がスタンドに辿り着いた時には、舞い上がる埃の中からフレイヤ語と、アポロ訛りのイシュタル語の怒声が聞こえてきていた。

 私はその埃の渦に向かってヴィーザル語で叫んだ。

「キャロル! キャロル・ホーディッツ! 無事か!? どこにいる!?」

 しかし、帰ってきたのは殺気の塊と銃火の閃きだった。

 とっさに元来た通路に飛び込む。

「帝国の犬め! また邪魔をしに来たか!」

「キザ男モ犬も私がマトメテ蜂ノ巣にシテあげマース!」

 何やら非常に込み入った事情があるようだが、私はフレイヤ共和国にもアポロ連邦にも用が無い。

 キャロルはどうしたのだろう? 下からはキャロルとタカギの姿が確かに見えたのだ。

 戸口からそっと覗く。

 途端に銃の発射音が沸き起こった。続いて戸口の近くに幾つもの着弾痕が刻まれる。

 …まずい。

「※*△□○※▽◇」

 銃声に割り込むように、我々が使う言葉とは違う、力を持った声が響き始めた。

 以前競技場の外で会った男が、魔術を解放しようとしている。それも、かなりの悪意と殺気を含んだものを。

「…吹き荒れろ赤熱の颶風!」

 私はとっさに通路の陰に飛び込み、着たままだった飛行服の腕で頭部をかばった。

 爆発。轟音とともに灼熱する空気。

「…くそ、なんて奴だ。こんな狭いところで爆炎の魔術を解放するとは。しかしこれでは……」

 先程までスタンドの一角の、関係者しか入れないブースだったその場所は、周囲の壁が爆風と炎で吹き飛ばされ、まるでホールのようになっていた。今度は埃にかわって火と煙がそこここから立ち上っている。

「キャロル…」

 体から力が抜けていくようだった。

 私はまた間に合わなかったのか…。

「…隊長ー!」

 プロペラ音が巻き起こり、それと共に若い男の声が近づいてきた。

 私に気付かないのか、若い男はさらに続ける。

「アンダーソン隊長! B班が目標を捕捉、追跡に入りました。合流して指揮を!」

 どうやらレースでアポロ製の攻撃箒に乗って出場していたアレックス・ブラウンとかいうライダーのようだ。瓦礫の山に向かって声を張り上げている。

 こいつもただのライダーではなかったということか。

 私はボンヤリとホバリングをかけるBroomを眺めた。

「アンダーソン隊長!」

 さらに呼ぶ声に、積み重なった瓦礫の山の一つが弾け飛ぶ。

「ココにイマス。目標ノ位置ハ?」

 瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった筋肉隆々の大男がBroomに乗った男に聞く。さっき銃を撃っていたのはこの男か…。

「…現在目標は競技場の北をトラックで逃走中。タカギ博士の他に老人1、少女1の計3名で街区に入ろうとしています!」

 この連中はタカギを追っているのか。

 他に老人一人と少女一人が一緒……少女!

 私は野次馬が集まりだした通路を慌てて引き返した。

 キャロルはタカギと一緒にいたのだ、競技場の北をトラックで逃げている老人と少女とはキャロルのことに違いない。

「街中ニ逃げ込まレルと面倒デス。多少強引でもイイカラ確保シナサイ! 老人と少女ハどうナッテモ構いまセン!」

 背後からアポロ訛りの強いイシュタル語が容赦のない言葉を放つ。

 そんなことはさせない!

 私は今度こそ家族と呼ぶべき者を守ってみせる。



 思った以上に荒っぽい連中だった。

 人通りのある街区に逃げ込めば荒っぽいことはそう出来んだろうとふんでいたのだが、後ろに迫る黒い大型車は人目も何もお構いなしに距離を詰めてくる。

「マスター、どうするんですか?」

 荷台からキャロルが切羽詰まった声を上げる。

 これだけのスピードで走れば、荷台はトランポリンにでも乗ってるようなもんだろう。

「どうするもこうするもねえ。あちらさんが形振(なりふ)り構わねえんなら、こっちも大人しくしてることはねえ。…こうすんのさ!」

 ワシは荷台の嬢ちゃんに怒鳴り返しつつ、ブレーキを蹴っ飛ばし、ハンドルを大きく切った。

「キャー」

「オオッオッ」

 荷台から人が転がる音と悲鳴が、足の下からはタイヤの悲鳴があがる。

 アクセルを調節し、重心の高いトラックをひっくり返る寸前でコントロールして横滑りさせる。

 通りを歩いていた連中がアホみたいにポカンと口を開けたままワシらを見送った。

「どんどんいくぞ! 落っこちるなよ!」

「アアアアアアア〜」

「ヌグウゥゥ〜」

 荷台から意味の分からない声が上がるが、肯定と理解してさらにスピードを上げる。

「トラックのドリフトなんぞ何十年振りだ? 若い頃を思い出すわ!」

 バックミラーの中でキャロルとタカギが左右に荷台を転がり、その向こうに路肩の露店や屋台を薙ぎ倒しながら追いかけてくる大型車が映る。

「ついてくるじゃねえか、おもしれえ。コイツならどうだ!」

 少し幅のある道に出たところで大きく車体をスライドさせて、横道にトラックの鼻面を向ける。

「ヒィキャー」

「アワワワワ」

 荷台の奇声を無視して後方をチラリと覗う。

 黒い大型車が果敢にもワシの真似をしてドリフトに入るところだった。

「フン、100年早いわ!」

 クラッチをポンと一つ蹴っ飛ばし、車体を横に向けたまま、さらに1街区向こうまでトラックをスライドさせる。

 トラック一台分ギリギリ幅の路地の手前でクラッチミート。

 タイヤが焦げ臭い匂いをあげながら路面に噛みつき、車体を路地に押し込む。

 ワシらが通り過ぎた一瞬後に轟音。

 バックミラーの中で、露店に並んでいたフルーツが派手に舞い上がった。

 黒塗りの大型車が腹を上に向けて転がる。

「それ見たことか。自分の腕をわきまえんからじゃ」

「マ…マスター…」

「うん?」

 跳ねる荷台からキャロルが情け無い声をかける。

「なんじゃ?」

「こんなでは捕まる前に私達が動けなくなっちゃいます…」

「なにを若いもんが情け無いことを言っとる! …あぁ、いやしかし、これはちょっとしくじったか」

「?」

 ワシの言葉に、キャロルがバックミラーの中でおかしな顔をする。

「スマン、ちょいと調子に乗りすぎた。このままだと街の外に出ちまう。トラック(こいつ)のスピードじゃ逃げ切れんぞ」

「えー!」

「どう…しますかな?」

 タカギもやっと荷台で身を起こして声をかけてくるが、あと5分もかからずに街区が終わってしまう。

 バックミラーの中には、まだ窓ガラスまで黒い大型車が2台いる。

「さて、どうしたもんかな…」

 ワシは呟いて、路地の壁に擦れてそっぽを向いたサイドミラーの中の青い空を眺めた。

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