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今回は少し早く更新できました。
次回もこれくらいのペースで何とかいきたいと思います。
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「…THE EDGE」
「ホーディッツさんは始まりの箒の伝説をご存じですかな?」
手帳にメモをとる私に、タカギは突然、別の話を振ってきた。
「いえ、詳しくは…」
『始まりの箒』って確かおとぎ話じゃなかったかしら?
「『始まりの箒』は、遥か昔、まだ魔法使い達が当たり前のように魔法の箒にまたがって空を飛んでいた頃のお話です。そう、Broomではなく、本当の、庭の掃除で使うような形をした、あの箒ですよ」
「それが……タカギ博士の最高傑作とどう結びつくんですか」
私は突然おとぎ話の話題を振ってきたタカギの真意がつかめず、少し強い口調で聞き返す。
「急いてはいけません。急いては事をし損じる、と昔からよく言うでしょう?」
「は、はあ」
タカギはすっかり自分のペースを取り戻したようだ。
人差し指を立てて横に振る動作に私は勢いをそがれてしまう。
「『始まりの箒』とは、魔法の力を失って空を飛べなくなってしまった小さな魔女が、もう一度空を飛ぶまでを描いたお話です。彼女は大切な仲間のために魔法の力を失ってしまったのですが、空を飛べないことは、飛ぶことが何よりも好きだった彼女にとってとても悲しいことでした。ですが、それを見ていた彼女の魔法の箒が、自らの意思と引き換えに機械の箒となり、彼女を再び空へと導くのです」
「自らの意思と引き換えに……ですか? 箒が?」
「そうです。実のところ魔法の箒というのは、自らの意思を持ち、その背に魔法使いを乗せ、世界中の大空を自由に飛びまわることの出来た精霊の一種……と考えられています」
「精霊…ですか?」
「はい。そして、この精霊が機械の箒となり、魔力を持たない人間を空に導いたというのが、今でいうBroomの始まりだと考えられているのです」
「へえ、なるほど…」
そんな考え方があったのね。私はただのおとぎ話として、タイトルくらいしか覚えてなかったわ。
メモを取りながら頷く私に気を良くしたのか、話を続ける。
「ポイントはそのBroomがどんな魔法の箒よりも速く、そして自由に空を駆け回ったといわれている点にあります」
「う〜ん、でも、お伽話でしょう?」
「どんな物語にも一片の真実が含まれています。そして、私はその箒を目指したのです」
タカギの表情には生命力というか、気力のようなものが漲っていた。
私はちょっとだけこの老人が羨ましくなった。
「夢…ですね」
私が口にした言葉に、タカギははにかんだような笑顔で頷いた。
「そうかもしれません。しかしあの時、あの箒は確かに私の夢にとどいたんです」
「それが…」
「…THE EDGEですか。流石はDr.タカギ。『始まりの箒』とは恐れ入りましたね」
「!」
突然だった。
私たちの背後、通用口の扉にもたれるようにして、あの魔術師が立っていた。
「…ルーサ」
思わずその名を呟く。
タカギはちょっとだけ気分を害したという感じで、
「…立ち聞きとはあまり感心できませんな」
と言葉を放った。
「失礼。とても興味深いお話だったものですからつい、ご挨拶が遅くなってしまいました」
ルーサの方は気にした様子もない。その上、私の方に目を向けてわざとらしく驚いた表情を作り、
「おや、いつかのお嬢さんがまたご一緒ですか? なかなか侮れないものですね」
と言ってのけた。
「この前も言ったが、君には協力できんよ」
タカギは私の方を横目でチラリと見てから、比較的やんわりと、しかししっかりと拒絶の意思を表明する。
だが、この相手はタカギの意志など聞く気はさらさら無いようだ。
「私は今のドクターのお話をお聞きして、ますます貴方に協力していただきたたくなりました。…始まりの箒は確か『自由の風』と云いましたか。自由のための力。素晴らしい」
ルーサは恍惚といった表情で語りながら目を閉じる。
…でも、コイツなに言ってるの? リバティ・ウインド? 始まりの箒ってそんなに有名な話なの?
「…箒は力ではない。風だ。ましてアレはそんな生易しいもんじゃない」
タカギの声はそれまでとは少し違っていた。後悔というか、畏れのようなものを感じる。
しかし、その声音にルーサの顔がニンマリと歪んだ。
「…面白い、実に面白いですね。Dr.タカギはまるで始まりの箒を見たことがあるかのようだ」
「……」
タカギが黙る。
「…タカギ博士?」
私の声にもやはりタカギは黙っている。何か知っているの?
「興味深い。実に興味深いですね。ドクターには色々とお聞きしなければならないことが出てきました。ここではおもてなしもできませんので、ご同行いただきましょう」
ルーサが優雅な動きで腰を折る。
「行かんと言ったら?」
タカギの拒絶にもルーサは顔色を変えなかった。
ゆっくりと私の方を見、そして、
「それはおっしゃらないでしょう。そちらのお嬢さんがどうなっても良いならば話は別ですが」
と言って笑う。
「!」
私はまるで蛇に睨まれた蛙だった。動けない。
「…外道が」
タカギが絞り出すように呟いた。
ルーサの顔には先ほどと同じ恍惚の表情が浮かんでいた。
「全ては自由の為。民に自由をもたらすた…」
しかし、彼の言葉は最後まで続けられなかった。
スタンドの直近で何かが弾け、轟音と爆風が巻き起こった。
「ヤット見つケまシタヨ。シロウ・タカギ博士、我々と一緒にキテいただきマショウ」
「…アポロの筋肉ダルマ」
物凄い音と風だった。
ワーン、ワーンとひどい耳鳴りで耳が上手く機能しない。そんな中、耳に入ってきたのは聞きなれないイントネーションと、憎々しげなルーサの呟きだった。
未だ舞い上がる埃の向うを透かして見れば、どこから入ってきたのかスーツが筋肉の形にもりあがるほど凄い体つきの背の高い男が、ルーサと睨み合っている。一見すると舞台の主役と敵役のようだが、先程の言動からして我々の味方という訳でもなさそうだ。
「貧相なフレイヤのキザ男二ハご退場イタダキマス!」
筋肉質の男はむやみやたらとボディーランゲージを交えながら、拳をルーサの方に向けて凄む。
私は、急な状況の変化についていけずポカンとしているかたわらの少女にそっと囁いた。
「…逃げますよ、ホーディッツさん」
「え? あ、はい!」
急に我に返ってしっかりと頷くキャロル。
「お待ちなさい!」
「ドケ、キザ男!」
我々がそっとこの場から退場する気配を察したルーサが声を上げるが、筋肉質の男と揉み合いになり、思うように動けない。
「…おい、こっちだ」
我々の背後から、今度は聞き覚えのある声がした。私は自分の勘に従い、少女の手を引いて声の方に向かった。
「ドコニ行った!」
「表か!」
ルーサと筋肉質の男の声を振り切って走る。
手を引かれる少女が、走りながらも驚きに息をのんだ。
私の前には思いがけない人物が走っていた。
「マスター! 何でここにいるんですか!?」
少女が声を上げる。
「お譲ちゃん、いくら競技場が広くたってあれだけ派手に騒げば年寄りの耳にだって聞こえるさ」
皮肉気味なしゃべり方はつい先日メッセージを託した人物。『blast of wind』の主だ。
私は彼の話し方からようやく、店を訪ねた時に引っ掛かっていたことに気がついた。彼とはこの街にきて知り合ったのではない。そう、もっと昔から知っていた男だ。
「…やっと思い出しましたよ。プロフェッサー……貴方、空軍教導団にいたカキザキ中佐ですね? ZEROの飛行試験やその後の試験機のテストでよくお世話になった」
「ワシも忘れとったよ。タカギという名前からアンタを思い出すまで随分とかかっちまった。あの空軍第一研究所の難しい顔した技師長殿だったとはな」
カキザキが口の端でニヤリと笑う。戦場で生き残った戦友に向けて見せる、兵士の笑顔だった。
「何の話ですか?」
訳の分からない少女が走りながら不思議そうな顔をする。
すると空軍教導団の鬼といわれた男が少女に顔を向けて口を開いた。
「譲ちゃんがまだ哺乳瓶をくわえてた頃の話さ」
「ははははは」
思わずカキザキと一緒になって笑い出してしまった。
カキザキの様子からして、どうやら少女とも知り合いだったようだ。
「しかし何でまたアポロやらフレイヤやらの連中がこんなところでドンパチを始めやがったんだ?」
彼の疑問はもっともだ。
しかし、私にはそれなりの心当たりがあった。
「…おそらく、Broomの研究記録を追っているのでしょう。列強諸国は今、次期主力戦闘箒の開発を盛んにおこなっています。しかし、どこもブレードの生成に手間取っているそうです。なんでもZEROブレードを上回るブレードがどうしても作れないという話でね」
「Type ZEROを…」
私の言葉に少女が愕然となる。
しかし、カキザキの方は私の答えをある程度予測していたようだった。
「ふん。それで零式の開発者の追っかけっこが始まったって訳か」
と言葉を返す。
「そんなところです」
私は走りながらそろそろあがってきた息に苦労しつつ頷いた。
「…いっそZEROブレードの生成法を公開しちゃったらどうですか?」
キャロルは若いだけあってまだ息も乱れていない。
しかし、思考の方は混乱しているようだ。
状況の説明をしてやる。
「残念ながらZEROブレードの生成法はイシュタルが補償金代りに引き上げていきました。フレイヤやアポロはそのせいで余計に焦っているのです。…それに、兵器利用が分かっているのに作り方を教える気は私にはさらさらありません」
「すみません」
少女が肩を落として謝る。
カキザキがウンザリだという顔でため息をついた。
「結局、戦争に勝ったら勝った者同士で今度は競争を始めたって訳か。お偉いさん達は懲りねえのが多いな」
「まったくです」
やっと戦争が終わったというのに、もう次の戦争の準備をしている。人は何故これ程までに罪深いのか…。
「そこを右だ」
物思いに沈みそうな私をカキザキの声が引き戻した。
彼が指示した先には壁と、ホースとポンプを収めた消火栓の扉があるだけだ。道は無い。
「? 壁ですよ?」
不思議そうな顔の私とキャロルに笑いかけながら、カキザキは消火栓の扉に手をかけた。
「コイツの扉を開けるとな、ピット裏への抜け道があんのさ」
「何でまたこんなものが…」
キャロルが呆れた声を出す。
「レース場ってのはな、色んな種類の人間がいるのさ。中には借金取りから逃げるための抜け道が必要な人間とかな」
カキザキは言って豪快に笑い飛ばした。
まずカキザキが消火栓のホースの束をくぐり、奥に消える。私と少女がそそくさとそれに続いた。
果たして、この抜け道は我々をあの連中から上手く逃がしてくれるだろうか……。