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初めて書く駄文ですので、あまり期待せず大目に見ながら読んでいただければ幸いです。
魔術師が存在しつづける近世…
科学は魔術の延長線上にあり、魔術が日常に存在する世界
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とにかく今日はツイている。
入りこんだのは閉鎖された昔の工場跡。
まともなパーツが出てきたことなんてほとんど無い。
食堂とおぼしき部屋の、腐った床板に腰まではまり込んだ時は心底ウンザリしたが、そこからこんな、文字通りの掘り出し物に出会えるなんて思いもよらなかった。
そいつは全体にびっしりと複雑なルーンが刻まれてるくせに、鏡のように表面が滑らかで、俺みたいな貧乏人が見ても何かビビッとくる代物だ。
今日はツイてる。
床板にはまったまま気まぐれな神様に感謝。
戦利品を手早く床下から掘り出し、梱包してとっとと工場を後にする。
こいつがどんな性能を見せてくれるのか、1秒でも早く目にしたい。
愛機が、帰りを待っている。
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地上12mの低空を轟音と共に風が切り裂く。
エンジンの音と共に渦巻く風の音。プロペラブレードの輝き。
昔々、魔女は箒に乗って夜空を渡ると祖母に教えられた。でも、今、目の前の空を切り裂いて、猛烈な速さで通り過ぎるのは、飛行服に身を包んだ青年だった。
箒…BROOMと呼ばれるそれは、エンジンとプロペラブレードをもった、空を駆けるオートバイのような乗り物だ。
Blaze Rod Of Original Magi。
原初魔法の、炎の杖。
エンジンの回転で、ルーンを刻み込んだプロペラブレードを回し、魔力の風を作り出して空を駆ける。魔法使いでなくとも空を飛べる魔法の機械。
目の前で繰り広げられているのはそのBroomのレースだった。
一周が2kmほどの、障害物が配置されたコースを周回しながらスピードとポイントを競う。
先頭を飛ぶ古びた機体が、後方からストレートを加速してきた最新型の機体に差をつめられる。後方3mについてパッシングを1回あてればポイントが入るのだ。その上で追い抜けばさらにポイントが追加される。
やられる。
そう思った瞬間、先頭のライダーが機体を横に倒した。
そのまま螺旋を描くような軌道でBroomは減速し、気がつけば追い上げてきていた新型機の後ろにつけている。ライダーがゴーグルの下で口許をわずかにゆがめるのが見えた。
パッシング。
新型機のライダーががっくりと肩を落とす。
田舎レースにしては良い腕だ。
私は観客席を離れ、ライダー達が溜まり場にしているという店に足を向けた。
そこはむせ返るようなタバコの煙で靄がかかっていた。
テーブルにはいかつい、いかにもむさ苦しいライダー達がたむろしている。
カウンターに席をとり、もう一度回りを見回してから言った。
「ちょっと、場違いかしらね」
「…嬢ちゃんみたいな若い娘の来る店じゃねえよ」
カウンターの向うから店主らしき老人がこちらを見もせずに言葉を返す。
「私、ライダーの取材で王都からきたんですけど……有望な選手とかって心当たり無いですか?」
初めて老人がこちらに視線をよこした。グラスを磨く手はそのままだったが。
「箒乗りに有望もクソもねえよ。どいつもこいつも無謀なバカばっかりだ」
「でも、盛り上がってるじゃないですか。景気もあんまり良くないこういう時代だからこそ、娯楽が必要なんじゃないですか?」
「ふん、ブンヤらしい屁理屈だ。…注文は? 客じゃねえんなら席を空けてもらうぞ」
「あ、紅茶を……いただけます?」
「そんな高尚なものがあるように見えるか? …コーヒーでいいな?」
「おねがいします」
老人が顔をしかめてコーヒーを淹れはじめる。タバコの臭いを脇に押しやるような香ばしい香りが流れてきた。
その間、背中に雨あられと視線が吹き付けてくる。
ライダーたちの、こちらを値踏みするような雰囲気。
こういった田舎のレース場では公然と賭けがおこなわれている。勝てなければ泥沼にはまっていくものも多い。王都に行けば……という思いが男達の視線から滲んでいた。
「都で出てくるような気取った味じゃねえぞ」
老人がカウンターにコーヒーのカップを置く。思った以上に良い豆を使っていそうだ。カップにもきちんとソーサーがついているし、安物でもなさそうに見える。
「いただきます」
「…へえ、この店にもこんな飲物がおいてあったんだ」
不意に背後から覗き込むような視線と声がかけられる。
振り替えると黒髪に黒い瞳の少年が私の手元を覗き込んでいた。
レースの賞金を持って、いつものようにカキザキの店の扉を開けると、いつもとは違う空気が漂っていた。
タバコ臭くてたまらない店の中で、良い香りが一ヶ所だけただよっている。
コーヒーか。
この店でアルコール以外の飲み物を注文するやつがいるとはな。
しかも香りの元にはさらにありえない光景がある。
ホントまさかだな。この店に女の客が来るなんてね。
スツールに座っているのはまだ10代だろう栗色の髪の女の子だった。身長は…俺が低いからだろうが…俺よりもあるように見える。ヒールのせいだと良いが。
「…へえ、この店にもこんな飲物がおいてあったんだ」
軽口を叩きながら女の手元をのぞいてみた。
あきらかに店に似合わない上等なカップに良い香りのするコーヒーが注がれている。
「ここは元々カフェだったんだ、お前らみたいなゴロツキどもさえいなけりゃ今でもな」
店主のカキザキがカウンターの向うからやり返してくる。
「今日の稼ぎは?」
「こんだけ」
カキザキに輪ゴムで丸めた札の束を放る。
「…オイルと燃料、それとフロントのスタビライザを注文しといてやる。あれではもう曲がらんだろう?」
喰えない爺さんだ。乗ってもいないのにちゃんと気づいてやがる。
「たのむ」
「…あの」
ああ、そういえば珍しい客がいたんだっけ。
「邪魔しちゃったなマスター、引き続きこちらのお客さんを口説いてくれよ」
「ふん、ワシはこの嬢ちゃんに用なんぞ無いわ。この物好きな嬢ちゃんはお前みたいなロクデナシに用があるんだそうだ」
「え? じゃあ、彼もライダーなんですか?」
なんだよその反応は。
女の子はありえないって感じでこっちの顔を覗き込んでいる。
髪と同じ色の瞳に整った目鼻。まあ、美人とまではいかないが、なかなか可愛らしい顔立ちではある。
しかし、こんな田舎のライダーに何の用があるっていうんだ?
「…あの、キミ…歳いくつ?」
「…キミ…歳いくつ?」
思わず聞いてしまった。
目の前の少年は少なくとも自分と同じか年下に見える。
Broomライダーといえば高い身体能力と経験が要求されるはず。この店の中にいる他のいかついライダー達と比べると明らかに彼は子供だった。
「19だけど何か問題でもある?」
「え! 19!?」
思わずまた口を滑らせてしまった。少年が明らかに不愉快な顔をする。
しかし目の前では老人がニヤニヤと面白そうな顔をしていた。
「…ごめんなさい。あまりにも若く見えたものだから」
ここは丁寧に謝罪し、頭を下げた。
少年が溜息を一つついて隣の席に腰を下ろす。
「マスター、俺にもコーヒーちょうだい」
「お子様にコーヒーの味なんぞがわかるのかな?」
少年が額に手を当ててもう一度大きく溜息をつく。
「…どうせ童顔だよ」
「…あの、キミはBroomライダーになってどのくらいなの?」
とりあえず聞いてみる。やっと箒に乗れるようになったばかりのルーキーだろうとライダーはライダーだ。
「…5年」
「!」
信じ難い話だった。さっき19歳と言ったからには5年前は14歳だ。14歳の子供がBroomに乗っていたというのか。
「みんなキミと同じ顔をするよ。14の子供にBroomを乗れる訳がないってね」
「え、いや…ごめんなさい」
「べつに謝らなくても良いさ。もう慣れてるし」
本当なのだろうか。でも、彼の話し振りからは嘘が感じられない。
たまりかねたのか、カウンターの向うから老店主が助け舟を出してくれた。
「…今日の最終レースは見てたかい? 先頭を飛んでたオンボロ箒がこいつだよ」
「!」
つい先程見てきたレースのことを老人は言っていた。
あの鮮やかにロールをして見せた、くたびれた機体のライダーがこの少年だったというのか。
「ソラ・アサヒナだ」
「あ、キャロル・ホーディッツです。よろしく」
これはとんでもない箒乗りに出会えた。幸先が良い。
まさかこの少年が自分よりも年上だとは思わなかったけれど。