廃村に往く
始まりは1通の葉書だった。
出版社で記事を書いている私の元に読者からの依頼が届いたのだ。
曰く、○○県(興味本位で探されるのを防ぐため、伏せさせていただく)の山中の廃村で不思議な出来事が多発しているのでそれを記事にしてほしい、とのことだ。
同じような意味合いの葉書は何通もきている。その中で私がこの葉書に注目したのは同業者のSという人物の話があったからだ。
Sは私とは別の出版社で働いている記者で、いわばライバルということになるのだが、お互いに情報交換をしたり、酒を飲んだりもする仲だ。
そのSと飲んでいる際、こんな話を聞かされた。「○○には面白い話が転がっていそうだ」と。
Sの言うことである。根拠はなしにしても何かしら情報は掴んでいるのだろう。奴はそうやっていくつも記事を作ってきた。
だが、少し気になる。なぜSはそのネタを自分で追おうとしないのか。
Sは「他に記事があるから」としか答えてくれなかった。どことなく目が泳いでいたような気もしたが、一体何があるというのだ。
――という経緯を経て、私は○○県の山中を一人で歩いている。
本当はカメラマンの一人でもいれば様になるのだろうが、どういうわけか人が来ようとしない。強制しようと思えば出来るのだが、そこまでして人出がほしいとも思わない。
昔は人が通っていたのか、ほんの少しだが踏みならした道のようなものが出来ており、私はそれに沿って歩みを進める。
あたりはうっそうとした雑木林で、視界はあまり良くない。まだ午前中だというのにどこか薄暗く、肌寒さも感じる。
山に入る前に私は下調べをしていた。
心霊現象や超常現象、猟奇事件まで詳しく調べたが、めぼしい成果は得られなかった。
ただ、気になる文章があった。「○○県の山中に村があり、そこの住人が忽然と姿を消した」というものである。
山中の村と下山したところにある村の間で物資の交換が頻繁に行われていたようで、いつもは山中の村の人間が山を下りてくることになっていたのだが、ある日それが途絶えたそうだ。
不思議に思った外の村の住人が山中の村を訪れると、そこには誰もいなかったという。
いわゆる神隠しのようなものであろう。その文章はそう締めくくられていた。
神隠しだという点は無視して、中身について考える。集団の規模は不明だが、村という以上ある程度の人数がいたことは間違いないだろう。その人々がある日いきなり姿を消した。
今回の取材はその村に実際に行くこと。これが一番の目的である。
1時間ほど歩いたころだろうか、急に視界が開けた。
廃墟。そう形容するのが一番ふさわしい光景が目の前に広がっていた。
窓ガラスは割れ、建物自体も崩れているところもある。そんな建物がいくつか見受けられる。
私はそれらにはあまり近づきすぎないようにその廃村を見て回った。
私が通ってきた道がちょうど南に位置しているようだ。その入り口の正面とその左隣には家のようなものがある。
プレハブ小屋のような形の建物で、コンクリートでできているように見えるが正確なところは不明だ。壁にはひびが入っており、つたも這っている。
南側にドアと小さな窓がある。窓ガラスは割れている。
その2つの建物の間には細い道があり、階段のようになっている。私はそちらへ向かった。
人一人が通れるくらいの幅の道で、石を積んで作られた階段が続いている。
2つの建物の右側の建物の後ろにも同じような形の建物があった。同じ形のものは他には無いようだ。
階段を上る。石の大きさが不揃いなせいか足場が悪い。
左手は開けた土地のように見えたが、どうやら違うようだ。細長い石がいくつか並んでおり、何かの目的があって並べられたものだとわかる。おそらく、墓地だろう。
階段はそのまま右の方へ進んでおり、右奥の方へ続いているようだ。
途中から階段は終わり、土の斜面があらわになってきた。
つきあたりまで進むと二手に分かれていた。右の道は下り坂で、おそらく私が最初にいた場所へ向かっているのだろう。こちらは後回しにして、私は左の路へ進んだ。
こちらの道はすぐに終わった。目の前には小さな祠のようなものがあり、何やらお札のようなものが貼られていた。
写真を撮りつつ祠に近づく。なにが書いてあるのかは分からない。紙も古く、今にもはがれそうだ。
その周辺には特に変わったものもなく、私は一度入口に戻ることにした。
先ほどのわかれ道を通って行くことにする。やはり入口へ続いているようだ。道は緩やかな下り坂になっており、カーブを描きながら入口の方へのびている。
坂が終わり、最初の場所に着いた。先ほどは気付かなかったが、入口のそばにあるものがあった。
井戸だ。ここに来るまでには川もなかったし、生活用水をくみ上げるためのものだろう。
中を覗き込む。底が見えないほど暗い。私は手近にあった小石を中に落としてみた。
・・・・・・・・・・。
音は聞こえなかった、相当深いようだ。
そばにはロープがあった。だいぶ古く、痛んでいるが、私はそのロープを井戸の中に放り込んだ。この後井戸の中を調べる際に使えるように。
村の全体像は分かった。私はここで休憩することにした。
しばしの休憩の後、私は調査を再開した。
手始めに民家のような建物に入ってみることにした。
建てつけが悪いのか、古すぎるせいか力を入れないと開かなかったが、素材自体はしっかりとしている。
やはりそこは民家だったようで、テーブルと食器、台所のような場所もある。
二部屋になっているようで、入ってすぐのところがキッチンとダイニングに相当するのだろう。奥の壁には窓もある。
隣の部屋は寝室だったのか、畳が敷いてある。四畳半の部屋だ。外から見えた窓のほかに反対側にも窓がある。
他に目ぼしいものが無かったため、写真を撮り、外に出る。
時刻は昼を過ぎたころか。ここで一泊するわけにもいかないので手短に済ませよう。
続けて隣の民家、道の途中の民家にも入ってみたが、最初の民家を大差はなかった。
この村には何人くらいの人がいたのだろうか?椅子の数等で確認できないこともないのだが、村民名簿のようなものは無いのか?
そこで思いついたのが墓地だ。墓石の数で大よその把握を試みることにした。
しかし、それは出来なかった。文字が読めないのだ。時間がたち、雨風にさらされたせいかあちこち欠けており、文字らしきものが書いてあることはわかるのだが、読めないものや、墓石なのかどうか判断がつかないもの、砕けてしまっているものもあり、この方法は使えないことが分かった。
現段階ではある程度の人がいて、葬儀の習慣もあった。また、弔う人がいたことくらいしか分からない。
突如、強い風が吹いた。草木が揺れ、大きな音を立てる。
風がやみ、静寂が戻る。
長年の経験が警鐘を鳴らしている。嫌な予感がする。
私は祠へ向かうことにした。何かが起こっているとしたら、あそこしか考えられない。
祠の周辺の空気が重く感じる。先ほど訪れた時と何かが違う。
注意深く見るまでもなく、明らかに変化している点がある。
「お札が、無くなっている・・・?」
祠の正面に貼られてあったはずのお札が無い。気のせいではないことを確認するため、私はカメラの画像を確認した。
写真には確かにお札が貼ってあった。そして、目の前の祠にはお札は無い。
ここにいてはいけない。本能がそう告げている。私は駆け足でその場を立ち去ろうとした。
「動けない!?」
まるで金縛りにあったかのように、私の体は祠の前から動けない。
すると、祠の扉が、お札で封印されていた扉が開き始めた。
まずい。とにかく逃げなければ。
不意に体が動くようになった。態勢を崩しつつも急いでそこから走り去る。
坂を下る。後ろから見えない手が追ってきているような感覚に襲われる。
入口の近くまで来た時、再び体の自由がきかなくなった。
「!?」
見えない力によって、私の体は引きずられる。その先には井戸。
「なにをする気だ!」私の声だけがむなしく響く。そして、私は―――。
記事を書く手を休め、コーヒーを飲む。
あの廃村での一件、神隠しと呼ばれていた事件について、私は一つの結論にたどりついた。
井戸へ落とされた私は、幸いなことに大した怪我をすることは無かった。
私の下には大量の白骨があった。おそらくだが、あの村の住人のものだろう。
私は後ほど井戸を調べる際に使おうと思って放り込んでいたロープを使い、外に出ることができた。
彼らには地上に出るすべが無く、そのまま息絶えたのだろう。
なにがきっかけだったのかは分からない。私の時のように偶然が生み出したものか、故意に起こされたものなのか。どちらにせよ、あの祠が原因なのは間違いないだろう。
これがあの事件の真相だと私は考えており、記事として形にするつもりだ。
あの一件があった翌日、私は再びあの廃村へ向かった。あの祠を調べるために。
すると、祠には古びたお札が貼ってあった。
あの祠と、不思議な力の正体は分からない、ただ、こういうことだったのだろう。
――触らぬ神に祟りなし