空を飛べない竜と、竜騎士になれなかった少年
アステリア王国で、竜騎士は子どもたちのあこがれだった。
大きな竜の背に乗り、空を飛び、国を守る。
王都の空を竜騎士が通るたび、子どもたちは手を振る。
十四歳のノアも、その一人だった。
小さいころから、ずっと竜騎士になりたかった。
父も竜騎士だった。
兄も、去年から竜騎士団の見習いになった。
だから自分も、いつか同じようになる。
そう信じていた。
けれど、ノアには一つだけ大きな問題があった。
「……魔力が足りません」
竜騎士学校の先生は、静かにそう言った。
試験の日。
ノアは何度やっても、竜との契約に必要な魔力を出せなかった。
努力が足りないわけではない。
体が弱いわけでもない。
剣も、馬も、勉強も人よりできた。
それでも、魔力だけは生まれつき少なかった。
「竜騎士になるのは、むずかしいでしょう」
先生の言葉を聞いた時、ノアは何も言えなかった。
その日の帰り。
ノアは家へ帰りたくなかった。
父にも。
母にも。
兄にも会いたくなかった。
だれも自分を責めないだろう。
それがわかっているから、よけいにつらかった。
王都の外れまで歩き、小さな丘をこえる。
そこには、竜騎士団が使う古い練習場があった。
今はほとんど使われていない。
「はあ……」
ノアは草の上に座った。
空を見上げる。
二頭の飛竜が遠くを飛んでいた。
「いいな」
思わずつぶやく。
「俺も、あそこに行きたかった」
すると。
「ぐるる」
近くから声がした。
ノアは振り返った。
「え?」
古い小屋のかげから、一頭の竜が顔を出していた。
黒っぽいうろこ。
大きさは馬より少し大きい。
翼もある。
まだ若い竜だった。
「お前、どこの竜だ?」
竜は答えない。
ノアを見たあと、すぐ顔をそらした。
首には、小さな木の札がついている。
「名前が書いてある」
ノアは少し近づいた。
「……トト?」
「ぐる」
「お前、トトっていうのか」
竜はまた顔をそらした。
トトは、練習場で育てられている飛竜だった。
近くにいた世話係の老人に聞くと、すぐわかった。
「こいつ、飛べないんだよ」
老人は言った。
「飛べない?」
「ああ」
ノアはトトの翼を見る。
ちゃんと二枚ある。
傷も見えない。
「翼はあるのに?」
「体は悪くない。ただ、どうしても高く飛べない」
少しだけ浮くことはできる。
けれど、すぐ地面へ落ちる。
何度練習しても同じだった。
「だから竜騎士団には入れない」
老人はトトの首をなでた。
「本当なら、来月には別の牧場へ移す予定だ」
「そうなんだ」
ノアはトトを見る。
トトもノアを見ていた。
「……俺と同じだな」
小さな声で言った。
次の日。
ノアはまた練習場へ行った。
「よう、トト」
「ぐる」
「今日も飛ばないのか」
トトは草を食べていた。
「俺も、竜騎士になれないんだ」
返事はない。
「魔力が足りないんだってさ」
トトはまだ草を食べている。
「聞いてる?」
「ぐる」
「聞いてることにするか」
それからノアは、何日も練習場へ通った。
最初はただ、家に帰りたくないからだった。
けれど、だんだんトトといる時間が好きになった。
トトはおとなしい。
人を乗せるのもいやがらない。
走るのは速い。
力も強い。
ただ、飛べない。
「飛べないだけで、だめなんだよな」
ノアが言う。
「ぐる」
「俺も、魔力が少ないだけなんだけどな」
「ぐる」
「俺たち、似てるな」
今度はトトがノアの肩へ頭を乗せた。
「重いって」
ノアは笑った。
ある日の夕方。
練習場の近くで大きな音がした。
ドン。
続いて、人の声が聞こえる。
「だれか!」
ノアは立ち上がった。
丘の下から煙が上がっている。
「行こう、トト!」
「ぐる!」
二人は走った。
街道へ出ると、一台の荷車が横に倒れていた。
車輪が外れ、荷物が道に散らばっている。
その横で、男が足を押さえていた。
「大丈夫ですか!」
「子ども?」
「けがしてるんですか」
「足をはさんだ」
荷車の一部が男の足に乗っている。
ノアは持ち上げようとした。
びくともしない。
「重い……」
「無理だ。大人を呼んでくれ」
王都までは少し遠い。
近くの村にも時間がかかる。
その時、ノアはトトを見た。
「トト」
「ぐる」
「これ、持ち上げられるか?」
トトは荷車へ近づいた。
前足をかける。
「いくぞ」
ノアも一緒に力を入れた。
「せーの!」
荷車が少し浮いた。
「今です!」
男が足を引きぬく。
トトがもう一度力を入れた。
そして荷車を道の横へ押した。
「すごい……」
男は目を丸くした。
「この竜、竜騎士団の竜か?」
ノアは少し迷った。
「ちがいます」
「そうなのか」
「飛べないので」
男はトトを見た。
「飛べない?」
「はい」
男は笑った。
「飛べなくても、今は助かったよ」
ノアは何も言えなかった。
男のけがは軽かった。
近くを通った旅人に助けを求め、村まで連れていってもらった。
帰り道。
ノアはトトの横を歩いていた。
「なあ、トト」
「ぐる」
「飛べなくても、役に立てるんだな」
トトは歩き続ける。
「当たり前か」
ノアは少し笑った。
「俺も、竜騎士じゃなくてもいいのかな」
その言葉を口にした時、胸の中が少し軽くなった。
ずっと、竜騎士になることだけが夢だと思っていた。
でも、本当は。
竜と一緒に働きたかった。
だれかを助けたかった。
空を飛ぶことだけが、その方法ではない。
数日後。
ノアは父に話した。
「俺、竜騎士はやめる」
父はおどろいた。
「本当にいいのか」
「うん」
「つらいから、あきらめるのか?」
ノアは首を振った。
「ちがう」
そして、トトの話をした。
飛べない竜。
荷車を持ち上げたこと。
男を助けたこと。
「俺、竜と一緒に地上で働く仕事をしたい」
「地上で?」
「災害救助とか、荷物を運んだりとか。飛ばなくてもできる仕事」
父はしばらく考えた。
「それは、いいな」
「笑わないの?」
「なぜ笑う」
「竜騎士じゃないから」
父は首を振った。
「空を飛ぶ者だけが、人を助けるわけじゃない」
その言葉に、ノアはうなずいた。
一か月後。
トトは牧場へ移される予定だった。
けれど、その前に話が変わった。
王都の災害救助隊が、トトを引き取ることになったのだ。
力が強く、人をこわがらず、指示もよく聞く。
地上での救助に向いていると判断された。
「よかったな、トト」
「ぐる!」
ノアはトトの首をなでた。
「俺も、十五歳になったら救助隊の見習い試験を受ける」
トトが顔を近づける。
「それまで忘れるなよ」
「ぐる」
「本当にわかってる?」
「ぐる!」
「じゃあ約束な」
ノアは笑った。
空では、竜騎士たちが飛んでいる。
昔なら、その姿を見て胸が痛んだ。
でも今はちがう。
空を飛ぶ竜がいる。
地上を走る竜もいる。
戦う人がいる。
助ける人もいる。
それぞれに役目がある。
アステリア王国で、竜と人が共に暮らすということは、同じことができるという意味ではない。
できることを持ちより、できないことを助け合う。
たぶん、それでいい。
「またな、トト」
「ぐる!」
飛べない竜は、元気よく地面を走っていった。
その横で、竜騎士になれなかった少年も、自分の新しい道を歩き始めていた。




