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竜と人が暮らすアステリア王国の物語

空を飛べない竜と、竜騎士になれなかった少年

作者: みき
掲載日:2026/08/28

 アステリア王国で、竜騎士は子どもたちのあこがれだった。


 大きな竜の背に乗り、空を飛び、国を守る。


 王都の空を竜騎士が通るたび、子どもたちは手を振る。


 十四歳のノアも、その一人だった。


 小さいころから、ずっと竜騎士になりたかった。


 父も竜騎士だった。


 兄も、去年から竜騎士団の見習いになった。


 だから自分も、いつか同じようになる。


 そう信じていた。


 けれど、ノアには一つだけ大きな問題があった。


「……魔力が足りません」


 竜騎士学校の先生は、静かにそう言った。


 試験の日。


 ノアは何度やっても、竜との契約に必要な魔力を出せなかった。


 努力が足りないわけではない。


 体が弱いわけでもない。


 剣も、馬も、勉強も人よりできた。


 それでも、魔力だけは生まれつき少なかった。


「竜騎士になるのは、むずかしいでしょう」


 先生の言葉を聞いた時、ノアは何も言えなかった。


     


 その日の帰り。


 ノアは家へ帰りたくなかった。


 父にも。


 母にも。


 兄にも会いたくなかった。


 だれも自分を責めないだろう。


 それがわかっているから、よけいにつらかった。


 王都の外れまで歩き、小さな丘をこえる。


 そこには、竜騎士団が使う古い練習場があった。


 今はほとんど使われていない。


「はあ……」


 ノアは草の上に座った。


 空を見上げる。


 二頭の飛竜が遠くを飛んでいた。


「いいな」


 思わずつぶやく。


「俺も、あそこに行きたかった」


 すると。


「ぐるる」


 近くから声がした。


 ノアは振り返った。


「え?」


 古い小屋のかげから、一頭の竜が顔を出していた。


 黒っぽいうろこ。


 大きさは馬より少し大きい。


 翼もある。


 まだ若い竜だった。


「お前、どこの竜だ?」


 竜は答えない。


 ノアを見たあと、すぐ顔をそらした。


 首には、小さな木の札がついている。


「名前が書いてある」


 ノアは少し近づいた。


「……トト?」


「ぐる」


「お前、トトっていうのか」


 竜はまた顔をそらした。


     


 トトは、練習場で育てられている飛竜だった。


 近くにいた世話係の老人に聞くと、すぐわかった。


「こいつ、飛べないんだよ」


 老人は言った。


「飛べない?」


「ああ」


 ノアはトトの翼を見る。


 ちゃんと二枚ある。


 傷も見えない。


「翼はあるのに?」


「体は悪くない。ただ、どうしても高く飛べない」


 少しだけ浮くことはできる。


 けれど、すぐ地面へ落ちる。


 何度練習しても同じだった。


「だから竜騎士団には入れない」


 老人はトトの首をなでた。


「本当なら、来月には別の牧場へ移す予定だ」


「そうなんだ」


 ノアはトトを見る。


 トトもノアを見ていた。


「……俺と同じだな」


 小さな声で言った。


     


 次の日。


 ノアはまた練習場へ行った。


「よう、トト」


「ぐる」


「今日も飛ばないのか」


 トトは草を食べていた。


「俺も、竜騎士になれないんだ」


 返事はない。


「魔力が足りないんだってさ」


 トトはまだ草を食べている。


「聞いてる?」


「ぐる」


「聞いてることにするか」


 それからノアは、何日も練習場へ通った。


 最初はただ、家に帰りたくないからだった。


 けれど、だんだんトトといる時間が好きになった。


 トトはおとなしい。


 人を乗せるのもいやがらない。


 走るのは速い。


 力も強い。


 ただ、飛べない。


「飛べないだけで、だめなんだよな」


 ノアが言う。


「ぐる」


「俺も、魔力が少ないだけなんだけどな」


「ぐる」


「俺たち、似てるな」


 今度はトトがノアの肩へ頭を乗せた。


「重いって」


 ノアは笑った。


     


 ある日の夕方。


 練習場の近くで大きな音がした。


 ドン。


 続いて、人の声が聞こえる。


「だれか!」


 ノアは立ち上がった。


 丘の下から煙が上がっている。


「行こう、トト!」


「ぐる!」


 二人は走った。


 街道へ出ると、一台の荷車が横に倒れていた。


 車輪が外れ、荷物が道に散らばっている。


 その横で、男が足を押さえていた。


「大丈夫ですか!」


「子ども?」


「けがしてるんですか」


「足をはさんだ」


 荷車の一部が男の足に乗っている。


 ノアは持ち上げようとした。


 びくともしない。


「重い……」


「無理だ。大人を呼んでくれ」


 王都までは少し遠い。


 近くの村にも時間がかかる。


 その時、ノアはトトを見た。


「トト」


「ぐる」


「これ、持ち上げられるか?」


 トトは荷車へ近づいた。


 前足をかける。


「いくぞ」


 ノアも一緒に力を入れた。


「せーの!」


 荷車が少し浮いた。


「今です!」


 男が足を引きぬく。


 トトがもう一度力を入れた。


 そして荷車を道の横へ押した。


「すごい……」


 男は目を丸くした。


「この竜、竜騎士団の竜か?」


 ノアは少し迷った。


「ちがいます」


「そうなのか」


「飛べないので」


 男はトトを見た。


「飛べない?」


「はい」


 男は笑った。


「飛べなくても、今は助かったよ」


 ノアは何も言えなかった。


     


 男のけがは軽かった。


 近くを通った旅人に助けを求め、村まで連れていってもらった。


 帰り道。


 ノアはトトの横を歩いていた。


「なあ、トト」


「ぐる」


「飛べなくても、役に立てるんだな」


 トトは歩き続ける。


「当たり前か」


 ノアは少し笑った。


「俺も、竜騎士じゃなくてもいいのかな」


 その言葉を口にした時、胸の中が少し軽くなった。


 ずっと、竜騎士になることだけが夢だと思っていた。


 でも、本当は。


 竜と一緒に働きたかった。


 だれかを助けたかった。


 空を飛ぶことだけが、その方法ではない。


     


 数日後。


 ノアは父に話した。


「俺、竜騎士はやめる」


 父はおどろいた。


「本当にいいのか」


「うん」


「つらいから、あきらめるのか?」


 ノアは首を振った。


「ちがう」


 そして、トトの話をした。


 飛べない竜。


 荷車を持ち上げたこと。


 男を助けたこと。


「俺、竜と一緒に地上で働く仕事をしたい」


「地上で?」


「災害救助とか、荷物を運んだりとか。飛ばなくてもできる仕事」


 父はしばらく考えた。


「それは、いいな」


「笑わないの?」


「なぜ笑う」


「竜騎士じゃないから」


 父は首を振った。


「空を飛ぶ者だけが、人を助けるわけじゃない」


 その言葉に、ノアはうなずいた。


     


 一か月後。


 トトは牧場へ移される予定だった。


 けれど、その前に話が変わった。


 王都の災害救助隊が、トトを引き取ることになったのだ。


 力が強く、人をこわがらず、指示もよく聞く。


 地上での救助に向いていると判断された。


「よかったな、トト」


「ぐる!」


 ノアはトトの首をなでた。


「俺も、十五歳になったら救助隊の見習い試験を受ける」


 トトが顔を近づける。


「それまで忘れるなよ」


「ぐる」


「本当にわかってる?」


「ぐる!」


「じゃあ約束な」


 ノアは笑った。


 空では、竜騎士たちが飛んでいる。


 昔なら、その姿を見て胸が痛んだ。


 でも今はちがう。


 空を飛ぶ竜がいる。


 地上を走る竜もいる。


 戦う人がいる。


 助ける人もいる。


 それぞれに役目がある。


 アステリア王国で、竜と人が共に暮らすということは、同じことができるという意味ではない。


 できることを持ちより、できないことを助け合う。


 たぶん、それでいい。


「またな、トト」


「ぐる!」


 飛べない竜は、元気よく地面を走っていった。


 その横で、竜騎士になれなかった少年も、自分の新しい道を歩き始めていた。

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