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白亜の竜と時計師の僕  作者: 紅生姜愛好家
9/15

出発の朝

 六日目の朝、ガレットが倉庫まで来た。

 裏ルートを使って来たらしく、息は切らしていないが目が少し鋭かった。ルシアンが扉を開けると、中をちらりと見て、それからルシアンの顔を見た。

「やっぱり持ち込んでたか」

「何が」

「とぼけんな。軍の残党が探してるのは、白い竜だ。お前んとこに転がり込んでるって話が出てる」

 ルシアンは黙っていた。

「昨夜、工房を当たられた。お前がいなかったから事なきを得たが、今日また来るかもしれない」

「……そう」

「そうじゃないだろ」ガレットは声を低くした。「時計屋、お前、わかってるか。軍の残党ってのは元正規軍だ。戦後に解散させられた部隊の残りで、今は民間の依頼を受けて動いてる。金になるなら何でもやる連中だ」

「依頼人は」

「研究屋だって話だ。名前まではわからん」

 研究屋。ルシアンは内心でその言葉を転がした。シーアの言っていた白い部屋、白い服の人間。繋がる。

「お前に選択肢をやろう」ガレットは続けた。「一つ、今すぐそいつを外に出せ。どこかに消えてもらえ。お前は関係なかったことにできる。二つ、このまま抱えて逃げろ。ただし港区にはいられない」

「三つ目は」

「ない」

 ルシアンは少し考えた。考えるふりをした、というのが正確かもしれない。選択肢の答えは、聞く前から出ていた気がした。

「二つ目で」

 ガレットは目を細めた。

「……馬鹿だな、お前は」

「よく言われる」

「言われ慣れてどうする」ガレットは息を吐いた。「いつ出る」

「今日中に」

「行き先は」

「まだ決めてない」

「決めてから動け。無計画に動いて捕まるのが一番間抜けだ」ガレットは腕を組んだ。「東の街道を抜けてヴァレン方面に向かえ。三つ目の宿場町にカルロって男がいる。私の古い知り合いだ。名前を出せば匿ってくれる」

「なんで教えてくれるの」

「時計の礼だと言っただろ」ガレットは踵を返した。「それと、時計屋」

「何」

「あんまり義侠心を出すな。お前みたいなひょろい小僧が持つもんじゃない」

 それだけ言って、消えた。

 ルシアンは扉を閉めた。

 振り返ると、シーアが奥の壁際に立っていた。全部聞こえていた顔だった。

「聞こえた?」

「……全部」

「じゃあ説明は省く。今日中にここを出る」

「わかった」

「荷物はそれだけ?」

 シーアは古いコートの前を合わせた。荷物らしい荷物は何もない。最初から何も持っていないのだから当然だった。

「僕が纏める。少し待って」

 ルシアンは工房に戻った。

 工房は荒らされた形跡があった。引き出しが開いていて、棚のものが少しずれていた。ただし壊されてはいない。探したが、見つからなかったという感じの荒らされ方だった。

 手早く必要なものを鞄に詰めた。工具、金、着替え。修理待ちの時計は棚に戻した。依頼人には後で文を出す。それで許してもらうしかない。

 最後に、腕時計を確認した。革ベルトが傷んでいる。旅には向かないかもしれないが、置いていく気にはなれなかった。

 工房を出る前に、一度だけ振り返った。

 時計の音が、静かに満ちていた。

 また戻ってくる。

 そう思った。思うことにした。


 倉庫に戻ると、シーアが扉の前に立っていた。外の音を聞いているのかもしれない。長い耳が、わずかに動いていた。

「準備できた」

「うん」

「怖い?」

 シーアは少し考えた。

「怖いけど、ここにいる方が怖い」

「正直でいい」

 ルシアンは鞄を肩にかけた。二人分の荷物で、いつもより重かった。

「東の街道を抜ける。歩いて半日くらいかかる。途中、人が多い場所を通るから、フードは被ったまま、さっきと同じように歩いて」

「わかった」

「何かあったら袖を引いて。それだけ守れれば大丈夫」

「……大丈夫、って言える?」

 シーアが珍しく言葉を返してきた。責めているわけじゃない、ただ確認している声だった。

 ルシアンは少し間を置いた。

「言えない。でも、なんとかする」

「なんとかする、か」

「僕にできるのはそれくらい」

 シーアはルシアンを見た。それから、小さく頷いた。

「……うん。それで十分だよ」

 扉を開けた。

 朝の光が差し込んだ。昨夜の雨が嘘みたいな、澄んだ秋の朝だった。港の方から潮の匂いが来て、どこかで鳥が鳴いた。

 ルシアンは先に出た。シーアが後に続いた。

 倉庫の扉を閉めて、鍵をかけた。路地に出て、東へ向かう道を取った。

 しばらく歩いてから、シーアが口を開いた。

「ルシアン」

「何」

「工房、好きだった」

 好きだった、と過去形で言った。まだ離れたばかりなのに、もう過去にしていた。

「また戻れる」

「そうかな」

「そうだよ」

 シーアは少し黙って、それから、

「……うん」

 と言った。

 港町が、二人の背中で遠ざかっていった。

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