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白亜の竜と時計師の僕  作者: 紅生姜愛好家
3/15

竜は風邪を引く

 朝、梯子を降りたら、シーアが人間になっていた。

 正確には、人間に近い何かだった。

 暖炉の前に毛布を被って丸まっている。毛皮も鱗もない、細い腕が毛布の端から出ていた。髪は白に近い銀で、床に広がっている。顔は——毛布に半分埋まっていたが——若かった。自分と同じか、もしかしたら少し下かもしれない。

 ルシアンはしばらく梯子の途中で止まったまま、その光景を見ていた。

「……聞いてないけど」

 誰に言うでもなく呟いて、梯子を降りきった。

 近づいてしゃがむ。呼吸はしている。規則的ではないが、浅くもない。顔に手の甲を近づけると、熱があった。

「熱出てる」

 当然だろうとは思った。昨夜の雨と怪我で、出ない方がおかしい。ルシアンは立ち上がって、棚から体温計を探した。古い水銀式のやつが、工具と一緒に突っ込まれていた。

 シーアの脇に差し込もうとして、手が止まった。

 毛布の中が、思ったより薄着だった。というか、着ていなかった。竜から人間に変化する時に服はどうなるのか——そんなこと、考えたこともなかった。

 ルシアンは天井を見た。

「……最悪」

 今日三回目だった。

 とにかく何か着せなければいけない。棚を漁って、古いシャツと作業ズボンを見つけた。自分のものだから当然サイズが合わないが、ないよりはましだ。

 着せるのに手間取った。シーアは意識があるのかないのかよくわからない状態で、促すと腕を通したり頭を持ち上げたりは辛うじてするが、自分では何もできなかった。結局シャツだけ着せて、ズボンは毛布で代用することにした。

 体温計を測ると、三十八度半だった。

「……微妙なライン」

 高いといえば高いが、今すぐ医者を呼ぶほどでもない。問題は医者を呼べば竜がいたことがばれる、という点だ。港町に竜がいるという話は聞いたことがなかったし、昨夜の傷の感じからして、誰かに追われているのは明らかだった。

 余計な人間を呼ぶのは得策じゃない。

 ルシアンは解熱剤を探した。あった。賞味期限は去年で切れていたが、ないよりはましだ。水と一緒にシーアの前に置いて、肩を軽く叩いた。

「起きて。薬、飲める?」

 シーアの睫毛が震えて、目が開いた。氷青の瞳が、ぼんやりとルシアンを見た。

 焦点が合うまで少し時間がかかった。合った瞬間、シーアの体がわずかに強張った。

「僕だよ。昨日の」

 声をなるべく平坦に出した。怖がらせても面倒だ。

 シーアはしばらくルシアンを見ていた。それから、毛布を握った手が少し緩んだ。

「薬。飲めそう?」

 シーアは視線を水の入ったコップに移した。それから、ゆっくりと上半身を起こそうとして、途中で止まった。

 体が言うことを聞いていないのが、見ていてわかった。

「……貸して」

 ルシアンはシーアの背中に手を回して、支えた。シーアの体は思ったより軽くて、熱のせいか肌が異様に温かかった。薬を口に入れて、コップを持たせて、飲むのを待つ。

 飲み下せた。

「よし」

 また横にさせて、毛布を直した。シーアはじっとルシアンの顔を見ていた。

「何」

 シーアは答えなかった。

 ただ、その目が、昨夜と少し違う気がした。昨夜は疲弊と警戒が混じっていた。今朝は——何か、別のものが混じっていた。うまく言語化できなかったが、ルシアンは少し居心地が悪くなって視線を逸らした。

「喋れる?」

 シーアは少し考えるような顔をして、口を開いた。

「……っ」

 声にならなかった。喉が動いているのはわかる。でも音が出てこない。シーアは眉を寄せて、もう一度試みた。

「……み、ず」

 かすれていたが、聞こえた。

「今飲んだでしょ」

「……もっと」

 二言目は少し、はっきりしていた。

 ルシアンはコップに水を足して渡した。シーアは両手で受け取って、少しずつ飲んだ。飲み終わって、コップを胸の前で持ったまま、また天井を見た。

 部屋の中に、時計の音だけが満ちた。

「人間の形、できるんだね」

 ルシアンが言うと、シーアの視線が戻ってきた。

「……わからない」

「何が」

「どっちが、本当か」

 それだけ言って、シーアはまた目を閉じた。熱のせいか、体力が続かないのか、すぐに呼吸が眠る時のリズムになった。

 ルシアンはしばらくその顔を見ていた。

 白い髪。薄い睫毛。微熱で少し赤みを帯びた頬。さっきまで翼があって、鱗があって、体長二メートル近い竜だったとは思えない見た目だった。

 どっちが本当か、か。

 ルシアンには答えられなかった。時計師は時間を刻む機械を直す仕事で、存在の在り方を考える仕事じゃない。

 立ち上がって、暖炉に薪を足した。

 今日は依頼が二件ある。シーアをここに置いて出かけることになる。それで問題はないはずだった——問題はないはずなのに、なんとなく、出かける前にもう一度熱を測っておこうと思った。

 体温計を手に取りながら、ルシアンはまた天井を見た。

何してるんだろ、本当に。

 答えは今日も出なかった。

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