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白亜の竜と時計師の僕  作者: 紅生姜愛好家
13/15

夜の話

夕飯はカルロが作った。

 豚肉と根菜の煮込みで、量が多かった。テーブルに並べながら、カルロは特に何も言わなかった。ルシアンとシーアが座ると、自分も向かいに座って、無言で食べ始めた。

 最初はそのまま終わるかと思った。

 でもカルロは食べながら、ぽつりと言った。

「戦争に行ったことはあるか」

 ルシアンに聞いていた。

「ないです。始まった時に七つだったので」

「そうか。私は行った」

「軍人だったんですか」

「工兵だ。橋を作ったり、壊したりする仕事だ」カルロはコップに水を注いだ。「竜の話は、その頃から出ていた。研究施設が何かをやっているという話は前線でも聞こえていた。ただ、詳しいことは誰も知らなかった」

 シーアは黙って聞いていた。食事の手が止まっていた。

「後で聞いた話だが、被験体には孤児が多かったらしい。戦争孤児は記録が曖昧だから、消えても気づかれにくい」

「……そう」

 ルシアンは短く言った。

 自分も孤児だ。消えても気づかれにくい側の人間だ。それはずっと知っていたし、それでどうということもなかったが、今夜はその言葉が少し違う重さで聞こえた。

「その子は覚えていないのか、自分がどこから来たか」

「断片だけです」カルロに答えながら、ルシアンはシーアを見た。「今は」

「無理に思い出す必要はない」カルロはシーアを見た。「ただ、知っておけ。お前が何者かということは、お前が決めることだ。他の誰かが決めることじゃない」

 シーアはカルロを見た。

「……カルロさんは、なんでそんなことを」

「言いたかったから言った。それだけだ」

 カルロは煮込みを口に運んだ。それ以上は何も言わなかった。

 食事が終わって、カルロが片付けをしている間、ルシアンとシーアは部屋に戻った。

 ランプに火を入れて、ルシアンは鞄の中身を確認した。ヴァレンまでの道のりを頭の中で整理する。ここから東に向かって、もう一日半ほどの行程だろう。

「ルシアン」

「何」

「カルロさんが言ったこと、聞いてた?」

「全部聞いてた」

「お前が何者かはお前が決める、って」

「うん」

 シーアは寝台の上で膝を抱えた。

「……難しいな」

「何が」

「自分で決めるって。自分のことを、自分がよく知らないのに」

 ルシアンは手を止めた。

「知らなくても、決められることはある」

「例えば?」

「例えば、嫌なことは嫌だって言えること。あの部屋に戻りたくないって思うこと。それも、お前が決めてること」

 シーアは少し考えた。

「……そうかな」

「そうだよ」

「ルシアンは、自分のことをよく知ってる?」

 ルシアンは少し間を置いた。

「知らない部分の方が多いと思う」

「なのに、ちゃんとしてる」

「ちゃんとしてるかどうか、わからない。ただ、今日やることをやってるだけ」

「それで十分なの?」

「十分かどうかもわからない。でも、それしかできないから」

 シーアはルシアンをじっと見ていた。

 ランプの光の中で、白い髪がオレンジ色を帯びていた。目が、暖かい色をしていた。氷青のはずなのに、光の加減でそう見えた。

「ルシアンって、不思議だな」

「何が」

「自信なさそうなのに、頼りになる」

「頼りになってるかどうか」

「なってるよ」

 断言だった。シーアは断言する時、迷わない。それがどこから来るのか、ルシアンにはわからなかった。

「……寝て」

「もう少し話していい?」

「明日早い」

「少しだけ」

 ルシアンは椅子に座り直した。黙って続きを待った。

「ルシアンは、どこに行きたいの」

「どこって」

「ヴァレンの次。落ち着いたら、どこかに行きたいとか、何かしたいとか、ある?」

 考えたことがなかった。工房に戻ること、依頼をこなすこと、それくらいしか考えていなかった。

「工房に戻る。それくらい」

「それだけ?」

「それだけ。シーアは?」

 シーアは少し驚いた顔をした。自分が聞かれるとは思っていなかったのかもしれない。

「……わからない。行きたい場所が、あるかどうかもわからない」

「思い出した場所があれば、行けばいい」

「ルシアンと?」

 さらっと言った。

 ルシアンは少し止まった。

「……状況次第でしょ」

「状況次第、か」

「うん」

 シーアは少し考えてから、

「じゃあ、状況がよくなったら」

「その時に考える」

「約束する?」

「約束はしない」

「なんで」

「守れない約束はしたくない」

 シーアはルシアンを見た。それから、静かに頷いた。

「……正直だね」

「嘘をついても意味ないから」

「うん」シーアは横になった。毛布を引き上げて、天井を見た。「ルシアン、ありがとう」

「何が」

「全部」

 全部、というのは雑だとルシアンは思った。でも、その雑さが、シーアらしいとも思った。

「寝て」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 ランプの火を小さくした。

 シーアの呼吸が、すぐに眠る時のリズムになった。よく眠れる人間だ、とルシアンは思った。安心しているのか、それとも疲れているのか。たぶん両方だろう。

 ルシアンは椅子に座ったまま、暗い天井を見た。

 状況次第。

 その言葉が、少し、軽かった気がした。状況がよくなる保証なんてどこにもないのに、状況次第と言ってしまった。

 守れない約束はしたくない、と言っておきながら。

 腕時計を見た。夜の十時を少し回っていた。

 今この瞬間に、戻ってくる。

 今この瞬間は、狭い宿の部屋で、シーアが眠っていて、自分は椅子に座っている。それだけだ。

 それだけのはずなのに、なぜか、それが悪くないと思った。

 思ったことが、少し、癪だった。

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