カルロという男
三つ目の宿場町には、翌日の昼前に着いた。
前の二つより規模が大きかった。宿が五軒、食堂が四軒、市場が立っていた。街道の分岐点になっているらしく、東に向かう道と南に向かう道が交差していた。人の往来も多い。
ガレットに聞いた特徴を頼りに、カルロの宿を探した。街道から一本入った路地にある、古い木造の宿。看板に錨の絵が描いてある。
すぐに見つかった。
扉を開けると、煙草の煙と油の混じった匂いがした。港の匂いに近かった。カウンターの奥に、大柄な男が座っていた。五十がらみで、顎に白い無精髭を生やしていた。腕が太くて、昔は肉体労働をしていたことがわかる体つきだった。
男はルシアンを見て、次にシーアを見て、それからルシアンに視線を戻した。
「何の用だ」
「ガレットの紹介で来ました」
男の目が少し変わった。
「ガレットの?」
「はい。カルロさんですか」
「そうだが」
男——カルロは立ち上がって、カウンターを回ってきた。ルシアンの顔を見て、シーアの顔を見た。フードを被っているので顔はわからないが、体つきと、はみ出た白い髪は見えていた。
「若いな」
「はい」
「そっちの子は?」
「連れです」
「連れ、ね」
カルロは何かを考えている顔をした。しばらく沈黙があった。
「中に入れ」
カウンターの奥に通された。客用ではない部屋で、椅子とテーブルがあって、棚に瓶が並んでいた。カルロは椅子に座って、ルシアンたちにも座るよう促した。
「ガレットから話は来てるか」
「来てません。直接来いと言われただけです」
「あいつらしい」カルロは顎を撫でた。「お前たちが追われてるのは、見ればわかる。軍の残党か」
「たぶん」
「たぶん、か」カルロは少し笑った。「正直な奴だ」
シーアがルシアンの袖を引いた。小さな動作だったが、カルロには見えていたかもしれない。
「その子、フードを外してもいいぞ。ここには俺しかいない」
ルシアンはシーアを見た。シーアが小さく頷いた。フードを外すと、白い髪が広がった。
カルロは表情を変えなかった。ただ、目が少し細くなった。
「白い竜の手配書が出てる。見たか」
「見ました」
「お前が拾ったのか」
「拾った、という表現が正しいかどうか」
「どっちでもいい」カルロは立ち上がって、棚から瓶を取った。コップを三つ出して、琥珀色の液体を注いだ。「飲むか」
「僕は結構です」
「そっちの子は」
シーアは少し迷ってから、首を振った。
「そうか」カルロは自分のコップだけ手に取った。「ガレットから頼まれたら断らない主義だ。ただし、条件がある」
「聞きます」
「正直に話せ。追われてる理由、そっちの子が何者か、全部」
ルシアンはシーアを見た。シーアは少し考えてから、頷いた。
ルシアンは話した。
路地裏で拾ったこと、傷の手当をしたこと、軍の残党が動き始めたこと。シーアの記憶がほとんどないこと、白い部屋にいたこと。竜と人間の形を持っていること。
カルロは口を挟まなかった。ただ、琥珀色の液体を少しずつ飲みながら、黙って聞いていた。
話し終えると、カルロはコップをテーブルに置いた。
「生物兵器だ」
静かに言った。
「知ってるか」
「……噂程度は」
「噂じゃない。戦争中、どこかの研究施設が竜化の技術を完成させたという話は本当だ。私も現場で聞いた。戦後に解散させられた部隊の残党が今もそれを追いかけてるのは、まだ使えると思ってる連中がいるからだ」
シーアが静かに俯いた。
ルシアンはそれを見て、言葉を選んだ。
「彼女は兵器じゃない」
「わかってる」カルロは言った。「だから、そういう目で見てないし、そういう扱いもしない。ただ、敵がどういう認識でいるかは知っておいた方がいい」
「……そうですね」
「匿うことはできる。ただし、ここに長くはいられない。この町にも残党の目がある。二、三日したら次に移った方がいい」
「次はどこに」
「ヴァレンの街まで行け。そこまで行けば人が多い分、紛れやすい。私の知り合いを紹介してやる」
カルロは棚から紙を出して、何か書いた。折り畳んでルシアンに渡した。
「その名前を出せ。信用できる」
「ありがとうございます」
「礼はいらん」カルロはルシアンを見た。「お前、いくつだ」
「十八です」
「そうか」カルロは少し間を置いた。「無茶をするな」
「無茶をするつもりはないですが」
「するつもりがなくても、するのが若い奴だ」
それだけ言って、カルロは立ち上がった。
「今夜は泊まれ。飯も出す。明日の朝、街道の状況を確認してから出発しろ」
「お代は」
「いらん。ガレットに借りがある。それで帳消しだ」
部屋に案内された。
昨夜より広くて、寝台が二つあった。窓は中庭に面していて、外の人通りからは見えない。
扉を閉めると、シーアがルシアンを見た。
「生物兵器、って」
「うん」
「私のこと」
「そう呼んでる人間がいる、というだけ。カルロさんが言った通り、敵の認識の話」
「……わかってる」
シーアは窓の外を見た。中庭に、小さな木が一本生えていた。葉が半分落ちていて、残った葉が風で揺れていた。
「怒ってる?」
ルシアンが聞くと、シーアは少し考えた。
「怒り、とは少し違う。ただ」
「ただ?」
「自分のことなのに、自分が一番知らないのが、少し、嫌だな、と思った」
ルシアンは何も言えなかった。
言えるような言葉が、見つからなかった。
シーアは窓から視線を戻して、ルシアンを見た。
「ルシアン、さっきカルロさんに言ってくれたよね」
「何を」
「彼女は兵器じゃない、って」
「事実だから」
「……うん」
シーアはそれだけ言って、寝台に腰を下ろした。膝の上に手を置いて、少し俯いた。
泣くかと思った。でも泣かなかった。ただ、静かに、何かを飲み込んでいるような顔をしていた。
ルシアンは椅子に座って、窓の外の木を見た。
葉が、また一枚、落ちた。




