表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の竜と時計師の僕  作者: 紅生姜愛好家
12/15

カルロという男

 三つ目の宿場町には、翌日の昼前に着いた。

 前の二つより規模が大きかった。宿が五軒、食堂が四軒、市場が立っていた。街道の分岐点になっているらしく、東に向かう道と南に向かう道が交差していた。人の往来も多い。

 ガレットに聞いた特徴を頼りに、カルロの宿を探した。街道から一本入った路地にある、古い木造の宿。看板に錨の絵が描いてある。

 すぐに見つかった。

 扉を開けると、煙草の煙と油の混じった匂いがした。港の匂いに近かった。カウンターの奥に、大柄な男が座っていた。五十がらみで、顎に白い無精髭を生やしていた。腕が太くて、昔は肉体労働をしていたことがわかる体つきだった。

 男はルシアンを見て、次にシーアを見て、それからルシアンに視線を戻した。

「何の用だ」

「ガレットの紹介で来ました」

 男の目が少し変わった。

「ガレットの?」

「はい。カルロさんですか」

「そうだが」

 男——カルロは立ち上がって、カウンターを回ってきた。ルシアンの顔を見て、シーアの顔を見た。フードを被っているので顔はわからないが、体つきと、はみ出た白い髪は見えていた。

「若いな」

「はい」

「そっちの子は?」

「連れです」

「連れ、ね」

 カルロは何かを考えている顔をした。しばらく沈黙があった。

「中に入れ」

 カウンターの奥に通された。客用ではない部屋で、椅子とテーブルがあって、棚に瓶が並んでいた。カルロは椅子に座って、ルシアンたちにも座るよう促した。

「ガレットから話は来てるか」

「来てません。直接来いと言われただけです」

「あいつらしい」カルロは顎を撫でた。「お前たちが追われてるのは、見ればわかる。軍の残党か」

「たぶん」

「たぶん、か」カルロは少し笑った。「正直な奴だ」

 シーアがルシアンの袖を引いた。小さな動作だったが、カルロには見えていたかもしれない。

「その子、フードを外してもいいぞ。ここには俺しかいない」

 ルシアンはシーアを見た。シーアが小さく頷いた。フードを外すと、白い髪が広がった。

 カルロは表情を変えなかった。ただ、目が少し細くなった。

「白い竜の手配書が出てる。見たか」

「見ました」

「お前が拾ったのか」

「拾った、という表現が正しいかどうか」

「どっちでもいい」カルロは立ち上がって、棚から瓶を取った。コップを三つ出して、琥珀色の液体を注いだ。「飲むか」

「僕は結構です」

「そっちの子は」

 シーアは少し迷ってから、首を振った。

「そうか」カルロは自分のコップだけ手に取った。「ガレットから頼まれたら断らない主義だ。ただし、条件がある」

「聞きます」

「正直に話せ。追われてる理由、そっちの子が何者か、全部」

 ルシアンはシーアを見た。シーアは少し考えてから、頷いた。

 ルシアンは話した。

 路地裏で拾ったこと、傷の手当をしたこと、軍の残党が動き始めたこと。シーアの記憶がほとんどないこと、白い部屋にいたこと。竜と人間の形を持っていること。

 カルロは口を挟まなかった。ただ、琥珀色の液体を少しずつ飲みながら、黙って聞いていた。

 話し終えると、カルロはコップをテーブルに置いた。

「生物兵器だ」

 静かに言った。

「知ってるか」

「……噂程度は」

「噂じゃない。戦争中、どこかの研究施設が竜化の技術を完成させたという話は本当だ。私も現場で聞いた。戦後に解散させられた部隊の残党が今もそれを追いかけてるのは、まだ使えると思ってる連中がいるからだ」

 シーアが静かに俯いた。

 ルシアンはそれを見て、言葉を選んだ。

「彼女は兵器じゃない」

「わかってる」カルロは言った。「だから、そういう目で見てないし、そういう扱いもしない。ただ、敵がどういう認識でいるかは知っておいた方がいい」

「……そうですね」

「匿うことはできる。ただし、ここに長くはいられない。この町にも残党の目がある。二、三日したら次に移った方がいい」

「次はどこに」

「ヴァレンの街まで行け。そこまで行けば人が多い分、紛れやすい。私の知り合いを紹介してやる」

 カルロは棚から紙を出して、何か書いた。折り畳んでルシアンに渡した。

「その名前を出せ。信用できる」

「ありがとうございます」

「礼はいらん」カルロはルシアンを見た。「お前、いくつだ」

「十八です」

「そうか」カルロは少し間を置いた。「無茶をするな」

「無茶をするつもりはないですが」

「するつもりがなくても、するのが若い奴だ」

 それだけ言って、カルロは立ち上がった。

「今夜は泊まれ。飯も出す。明日の朝、街道の状況を確認してから出発しろ」

「お代は」

「いらん。ガレットに借りがある。それで帳消しだ」

 部屋に案内された。

 昨夜より広くて、寝台が二つあった。窓は中庭に面していて、外の人通りからは見えない。

 扉を閉めると、シーアがルシアンを見た。

「生物兵器、って」

「うん」

「私のこと」

「そう呼んでる人間がいる、というだけ。カルロさんが言った通り、敵の認識の話」

「……わかってる」

 シーアは窓の外を見た。中庭に、小さな木が一本生えていた。葉が半分落ちていて、残った葉が風で揺れていた。

「怒ってる?」

 ルシアンが聞くと、シーアは少し考えた。

「怒り、とは少し違う。ただ」

「ただ?」

「自分のことなのに、自分が一番知らないのが、少し、嫌だな、と思った」

 ルシアンは何も言えなかった。

 言えるような言葉が、見つからなかった。

 シーアは窓から視線を戻して、ルシアンを見た。

「ルシアン、さっきカルロさんに言ってくれたよね」

「何を」

「彼女は兵器じゃない、って」

「事実だから」

「……うん」

 シーアはそれだけ言って、寝台に腰を下ろした。膝の上に手を置いて、少し俯いた。

 泣くかと思った。でも泣かなかった。ただ、静かに、何かを飲み込んでいるような顔をしていた。

 ルシアンは椅子に座って、窓の外の木を見た。

 葉が、また一枚、落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ