二つ目の宿場町
日が完全に落ちる前に、二つ目の宿場町に着いた。
一つ目より少し大きかった。宿が三軒、食堂が二軒、雑貨屋が一軒。街道沿いの町によくある構成で、旅人が一晩休んでまた出発する、それだけのために存在しているような場所だった。
ガレットの言うカルロがいるのは三つ目だ。今夜はここで一泊する必要があった。
問題は金だった。
工房から持ち出した金はある。ただ、二人分の宿代と食事代を払い続けると、いつまで持つかわからない。ヴァレン方面に向かうとして、そこで仕事が見つかるかどうかもわからない。
とにかく今夜は節約する必要があった。
「宿、一部屋でいい?」
シーアに聞いた。
「いい」
「相部屋でも?」
「全然」
あっさりした返事だった。気を遣う様子がまるでなかった。こういう時にシーアは妙に度量が広い——というか、そもそも気にする発想がないのかもしれない。
一番安そうな宿に入った。
番台の老人がルシアンを見て、次にシーアを見た。フードを被っているので顔はわからないが、小柄な体つきと白い前髪の数本がはみ出ていた。
「旅の方で?」
「はい。一泊」
「二名で?」
「はい」
「部屋は相部屋しか空いてないが」
「それで構いません」
老人は台帳に何か書いて、鍵を渡した。値段を聞くと、思っていたより安かった。食事は込みではないらしい。
部屋は二階の奥だった。
狭かった。寝台が二つ、小さなテーブル、椅子が一つ。窓は街道側に面していた。ルシアンは窓の鍵を確認して、外を見た。逃げるとしたら窓から飛び降りる必要がある。高さは二階分——やれないことはない。
「荷物置いて、飯食いに行く」
「うん」
シーアはフードを外した。白い髪が広がった。部屋の中だから構わないが、食堂に入る時はまた被せなければいけない。
「髪、何か纏められる?」
「持ってない」
ルシアンは鞄を漁った。革紐が一本出てきた。工具を束ねるためのやつだ。
「これで縛れる?」
渡すと、シーアは受け取って、髪を後ろで一つに纏めようとした。うまくいかなかった。手が回らないのか、やり方がわからないのか、もたもたしていた。
「貸して」
ルシアンが後ろに回って、髪を纏めた。革紐で縛る。慣れた作業ではないので雑になったが、一応まとまった。
「ありがとう」
「フードを被れば見えないから、これで十分」
「うん」
食堂に行った。
中には先客が数組いた。旅人らしい男二人組と、家族連れと、一人で飲んでいる中年の男。ルシアンはシーアを壁際の隅の席に座らせて、自分はその向かいに座った。
料理を頼んだ。安いものを二つ。シーアは献立を見ようとしたが、文字が読めないことに気づいた様子だった。
「何か食べられないものある?」
「たぶん、ない」
「じゃあ僕が決める」
「うん」
来たのは、豆と肉の煮込みとパンだった。質素だったが、温かかった。シーアは黙って食べ始めた。
食べながら、ルシアンは食堂の中を観察した。一人で飲んでいる中年の男が、少し気になった。旅人という感じではなかった。この町に住んでいる人間か、あるいは誰かを待っている人間か。
視線が合いそうになって、ルシアンは目を逸らした。
「ねえ」
シーアが小声で言った。
「何」
「あの人、こっちを見てる」
「わかってる」
「知り合い?」
「違う」
「軍の人?」
「わからない。見ただけじゃ判断できない」
シーアはパンを千切りながら、さりげなく視線を落とした。気配を殺すのが上手かった。身を潜めることに、慣れているのかもしれない。
男はそれ以上こちらを見なかった。
食事を終えて、部屋に戻った。
ルシアンは椅子に座って、シーアは寝台に腰を下ろした。
「明日、また歩く?」
「朝早く出る。三つ目の宿場町まで、たぶん午前中には着く」
「カルロって人、どんな人?」
「会ったことない」
「じゃあ信用できるかわからない?」
「ガレットの知り合いだから、悪い人間ではないと思う。たぶん」
「たぶん、って今日何回言った?」
「数えてない」
「私も数えてない。でも多い気がした」
ルシアンは少し考えた。
「確実なことが少ない状況だから、仕方ない」
「正直だね」
「嘘をついても意味ないから」
シーアは寝台の上で膝を抱えた。
「……ルシアンは、怖くないの?」
「怖いよ」
「そう見えない」
「見せないようにしてるから」
シーアはルシアンを見た。
「なんで」
「怖がってたら、動けなくなる。動けなくなったら、詰む」
「詰む?」
「行き詰まる、ってこと」
「……ルシアンは、怖い時にどうするの」
ルシアンは腕時計を見た。
「時計を見る。今が何時か確認する」
「それで怖くなくなる?」
「なくならない。でも、今この瞬間に戻ってこれる」
シーアは黙って聞いていた。
「過去は変えられないし、未来はわからない。だから今だけ見る。そうすると、少し落ち着く」
「時計師みたいな考え方だね」
「そうかな」
「そうだよ」
シーアは少し微笑んだ。昨日より少し、はっきりした笑い方だった。
ルシアンは立ち上がった。
「寝て。明日早い」
「うん。ルシアンも寝るの?」
「少ししたら」
シーアは素直に横になった。毛布を引き上げて、目を閉じた。しばらくして、
「ルシアン」
「何」
「今日、楽しかった」
ルシアンは椅子に座ったまま、窓の外を見た。
「……街道を歩くのが?」
「それも。あと、ルシアンと話すのが」
何と返せばいいかわからなかった。
「……おやすみ」
結局それだけ言った。
シーアは何も言わなかった。でも、毛布の中で少し、体が緩んだような気がした。
窓の外に星が出ていた。港町より、よく見えた。
ルシアンは腕時計を親指でなぞって、今が何時か確認した。
今この瞬間に、戻ってくる。
それだけのことが、今夜は少し、難しかった。




