表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の竜と時計師の僕  作者: 紅生姜愛好家
11/15

二つ目の宿場町

 日が完全に落ちる前に、二つ目の宿場町に着いた。

 一つ目より少し大きかった。宿が三軒、食堂が二軒、雑貨屋が一軒。街道沿いの町によくある構成で、旅人が一晩休んでまた出発する、それだけのために存在しているような場所だった。

 ガレットの言うカルロがいるのは三つ目だ。今夜はここで一泊する必要があった。

 問題は金だった。

 工房から持ち出した金はある。ただ、二人分の宿代と食事代を払い続けると、いつまで持つかわからない。ヴァレン方面に向かうとして、そこで仕事が見つかるかどうかもわからない。

 とにかく今夜は節約する必要があった。

「宿、一部屋でいい?」

 シーアに聞いた。

「いい」

「相部屋でも?」

「全然」

 あっさりした返事だった。気を遣う様子がまるでなかった。こういう時にシーアは妙に度量が広い——というか、そもそも気にする発想がないのかもしれない。

 一番安そうな宿に入った。

 番台の老人がルシアンを見て、次にシーアを見た。フードを被っているので顔はわからないが、小柄な体つきと白い前髪の数本がはみ出ていた。

「旅の方で?」

「はい。一泊」

「二名で?」

「はい」

「部屋は相部屋しか空いてないが」

「それで構いません」

 老人は台帳に何か書いて、鍵を渡した。値段を聞くと、思っていたより安かった。食事は込みではないらしい。

 部屋は二階の奥だった。

 狭かった。寝台が二つ、小さなテーブル、椅子が一つ。窓は街道側に面していた。ルシアンは窓の鍵を確認して、外を見た。逃げるとしたら窓から飛び降りる必要がある。高さは二階分——やれないことはない。

「荷物置いて、飯食いに行く」

「うん」

 シーアはフードを外した。白い髪が広がった。部屋の中だから構わないが、食堂に入る時はまた被せなければいけない。

「髪、何か纏められる?」

「持ってない」

 ルシアンは鞄を漁った。革紐が一本出てきた。工具を束ねるためのやつだ。

「これで縛れる?」

 渡すと、シーアは受け取って、髪を後ろで一つに纏めようとした。うまくいかなかった。手が回らないのか、やり方がわからないのか、もたもたしていた。

「貸して」

 ルシアンが後ろに回って、髪を纏めた。革紐で縛る。慣れた作業ではないので雑になったが、一応まとまった。

「ありがとう」

「フードを被れば見えないから、これで十分」

「うん」

 食堂に行った。

 中には先客が数組いた。旅人らしい男二人組と、家族連れと、一人で飲んでいる中年の男。ルシアンはシーアを壁際の隅の席に座らせて、自分はその向かいに座った。

 料理を頼んだ。安いものを二つ。シーアは献立を見ようとしたが、文字が読めないことに気づいた様子だった。

「何か食べられないものある?」

「たぶん、ない」

「じゃあ僕が決める」

「うん」

 来たのは、豆と肉の煮込みとパンだった。質素だったが、温かかった。シーアは黙って食べ始めた。

 食べながら、ルシアンは食堂の中を観察した。一人で飲んでいる中年の男が、少し気になった。旅人という感じではなかった。この町に住んでいる人間か、あるいは誰かを待っている人間か。

 視線が合いそうになって、ルシアンは目を逸らした。

「ねえ」

 シーアが小声で言った。

「何」

「あの人、こっちを見てる」

「わかってる」

「知り合い?」

「違う」

「軍の人?」

「わからない。見ただけじゃ判断できない」

 シーアはパンを千切りながら、さりげなく視線を落とした。気配を殺すのが上手かった。身を潜めることに、慣れているのかもしれない。

 男はそれ以上こちらを見なかった。

 食事を終えて、部屋に戻った。

 ルシアンは椅子に座って、シーアは寝台に腰を下ろした。

「明日、また歩く?」

「朝早く出る。三つ目の宿場町まで、たぶん午前中には着く」

「カルロって人、どんな人?」

「会ったことない」

「じゃあ信用できるかわからない?」

「ガレットの知り合いだから、悪い人間ではないと思う。たぶん」

「たぶん、って今日何回言った?」

「数えてない」

「私も数えてない。でも多い気がした」

 ルシアンは少し考えた。

「確実なことが少ない状況だから、仕方ない」

「正直だね」

「嘘をついても意味ないから」

 シーアは寝台の上で膝を抱えた。

「……ルシアンは、怖くないの?」

「怖いよ」

「そう見えない」

「見せないようにしてるから」

 シーアはルシアンを見た。

「なんで」

「怖がってたら、動けなくなる。動けなくなったら、詰む」

「詰む?」

「行き詰まる、ってこと」

「……ルシアンは、怖い時にどうするの」

 ルシアンは腕時計を見た。

「時計を見る。今が何時か確認する」

「それで怖くなくなる?」

「なくならない。でも、今この瞬間に戻ってこれる」

 シーアは黙って聞いていた。

「過去は変えられないし、未来はわからない。だから今だけ見る。そうすると、少し落ち着く」

「時計師みたいな考え方だね」

「そうかな」

「そうだよ」

 シーアは少し微笑んだ。昨日より少し、はっきりした笑い方だった。

 ルシアンは立ち上がった。

「寝て。明日早い」

「うん。ルシアンも寝るの?」

「少ししたら」

 シーアは素直に横になった。毛布を引き上げて、目を閉じた。しばらくして、

「ルシアン」

「何」

「今日、楽しかった」

 ルシアンは椅子に座ったまま、窓の外を見た。

「……街道を歩くのが?」

「それも。あと、ルシアンと話すのが」

 何と返せばいいかわからなかった。

「……おやすみ」

 結局それだけ言った。

 シーアは何も言わなかった。でも、毛布の中で少し、体が緩んだような気がした。

 窓の外に星が出ていた。港町より、よく見えた。

 ルシアンは腕時計を親指でなぞって、今が何時か確認した。

 今この瞬間に、戻ってくる。

 それだけのことが、今夜は少し、難しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ