第二十話
…チェシャーめ。なんでよりにもよってフェンリル国に…
私はチェシャーを強く恨んだ。
「あのね、チェシャーっていう人に、ここに連れてこられたの!黒い煙から出たら、この雪の中だったの!!」
シオがガクガク震えながらセカに言うと、
「こどもがいるじゃないか!!」
セカは驚いて馬から降りて、すぐに自分の着ていたローブを着せた。
「あったかーい!!」
シオは喜んでローブにくるまった。
「この先に町があるから、そこまで案内しよう」
「ありがとうございます…」
レイチェルさんはそう言って、私たちの自己紹介をした。
(まずい…)
私は帽子を深々とかぶり、俯いた。
「…で、こちらがシオちゃん。ちょっといろいろ理由があって私たちと旅をしていたんです。で、こちらがお母さんのヨアンさん」
ペコリと頭を下げつつ、私はさりげなくシオの後ろに隠れた。
「おじちゃんは誰?」
シオは臆することなく聞く。
セカも、シオからしたらおじちゃんかぁ…とちょっと吹き出しそうになる。
「俺はセカ・ランディス。この領地のお嬢様にお仕えしている」
「護衛騎士ってやつですね」
「ああ、今日は所用で町を出ていた」
セカは馬を降りて私たちを案内してくれる。
「セカ様は、貴族なのに気さくな方ですね」
ダウニーさんがそう言うと、一斉に皆頷く。
「そうか?俺は昔からこうだが…」
「貴族が皆、セカ様のようでしたらいいのに」
レイチェルさんも肩をすくめて言う。
「みなさんは方は冒険者だよな。どこのギルドに所属しているんだ?」
「私たちはファフニールの冒険者です」
「ファフニールから。だいぶ遠くまで来たな」
その恰好で、と言わなかったが絶対語尾についてた。
そんな会話をしていると、町に着いた。
小さな町だが、着る物は手に入りそうだ。
ほっとしたのもつかの間、シオが私の手を引いて、セカの前に連れていかれてしまった。
「セカ、様?」
「セカでいい」
「じゃあ、セカ。お貴族様って魔法の勉強ができるって本当?」
とシオが聞くと、セカは明らかに困ったような表情をした。
「確かに魔法の専門書の読める図書館が、貴族街にはあるが…」
「えええ!!いいなぁ!シオも読みたい!!」
そう言って、私の顔色をうかがうシオ。
「ママはいつもダメだって言うの!」
声を出せずに困っていると、セカは
「シオは、魔法使いになりたいのか?」
とシオに聞くと、シオは間髪入れずに
「シオ、魔法使いだもん」
と答えた。
「そうなのか。魔法使いは、この国ではそんなにいいものじゃないぞ。貴族や王族に使われて…」
「そうなの?でも、冒険者になるには、『魔法使い登録』ってやつをするんでしょ?私、冒険者の魔法使いになりたいの」
そう言って、シオはいい笑顔を浮かべた。
「ファフニールではどのような制度を取っているかは知らないが…魔法の力はさまざまな人物が狙っている。それは覚えておいたほうがいい」
セカはそう言ってそれ以上その件については何も言わなかった。
しかし、シオにはあまり響かなかったみたいで、ずっと魔法の話ばかりしていた。
やっぱりシオは冒険者登録を、いつかさせたほうがいいのかなぁと私は悩みながら思った。そのために、どのような制度が魔法使いにあるのか調べないと。
皆知らないということは、貴族の中でも秘匿とされているのかもしれない。
私はセカの前で声を出せずにいたが、シオがずっと話続けていたので助かった。
しかし、セカが私に突然聞いてきた。
「シオのお母さん、ヨアンさんだったかな?ヨアンさんは、どう思っている?」
私は答えに困ってしまった。声を出してもばれないだろうか。もう8年近く前のことだし。
「シオと相談して決めます」
とだけ答えた。
「……」
その言葉を聞いたセカは、少し考えるような仕草をしていた。
「あの、顔をよく見せてくれないか?」
「!!」
こちらに一歩近づいてきたセカに合わせるように、私は一歩下がった。
「ママ?」
シオも、私の様子がおかしいことに気づき、覗き込んでくる。
「…シアン、か?」
私が何も言えずに俯いていると、セカは言った。
「…お人違いです」
私は顔を隠したままそう言うと、
「…そうか…」
セカはそれ以上何も言ってこなかった。
少しホッとした。
その後、セカと別れ、全員冬服を購入し、宿に直行した。
「おふろおふろおふろ…」
私はさっそくお風呂に入ることにした。
「ママって、ほんとお風呂大好きだね!シオは入らなくてもいいもーん」
「ダメ!!体が冷えてるでしょ!!」
そう言ってシオを引きずって大浴場までやってきた。
「ねーねー。ママってあのおじちゃんの知り合いなの?」
湯船にゆっくり浸かっていると、シオがお湯をかぶりながら聞いてきた。
「あー。どうだろう。他人の空似じゃない?」
とごまかしてしまった。どう答えたらいいのかわからなくて。
「ふーん。そうだよねー」
シオもそこまで深く聞いてくることはなかった。
そして夜。
皆早めに寝てしまった。
しかし、私は眠れずにいた。
(無事にファフニールに戻れるのかな…)
そんなことを考えつつ、私は水を飲もうと一階のロビーに降りた。
すると、宿屋の扉がガチャリと開いた。
そこに立っていたのは外套を着たセカだった。
「!!!」
私は驚いてコップを落としそうになり、お手玉した。
「やっぱり、シアン…」
「せ、セカ…このことは誰にも…」
「言わない。言うはずがない」
そう言ってセカは急いで私のほうに歩み寄り、ぎゅっと抱きしめてきた。
「すまない。金の眼の男に攫われたという噂を聞いた時、俺はてっきり国に帰れたのかと思っていた」
「私も帰れると思ったんですけどね…無理だったんですよね…」
私はセカの体を押し返すも、力強すぎて押し返せない。
「あ、すまない。つい…」
セカは力を緩めてくれたものの、まだがっちり肩を掴まれる。
「あの子…シオは、ユラ殿との子どもか?」
「ええ…まあ…」
「ユラ殿にそっくりだな」
確かにシオはユラくんにそっくりだ。性格は似ても似つかないけど。
「もう、私は元の…国へは戻れません。シオも生まれたし。ファフニールでおとなしく生きていきたいのです」
「名前も変えて。そこでずっと生きていくのか…」
「ええ。幸せですよ、結構」
そう笑顔で答えると、セカは少し寂しそうな表情をした。
「そうか…お前のこと、ずっと心残りだった。俺のせいであんなことになったのに、別れ方もあんなだったから…」
「もう、昔のことです」
と、私はきっぱり言った。
すると、
「俺はずっと、シアンのことが…」
セカは何かを言いかけて、それ以上は何も言わなかった。
「ファフニールへの道は、俺がなんとかしよう。馬車を手配する」
私の肩から手を離し、そう言った。
「助かります。国境が不安でした」
敵国同士ではないけど、私は一応探されている身だからね。
「ユラ殿も、まだ探していたぞ」
「そうなんだ…」
ユラくん、まだあきらめてないってことは、ラドクリフ様も探しているんだろうな。見つかるわけにはいかない。
その日は、セカと別れ部屋に戻って寝ようとするも、なかなか眠れなかった。
(セカ、なんか言いかけてたけど…まるで、告白みたいだった…)
私は思い出して少しドキドキしていた。
でも、セカみたいな素敵な人が自分に告白なんてするわけない、と思い直した。
(きっと、罪悪感があるんだろうな…)
セカはいいひとだし…。
そんなことを考えて、夜を明かした。
次の日。
すでに皆ロビーに揃っていた。
そこに、セカがやってきた。
「俺が国境まで送ろう」
そうして馬車まで用意してくれた。
「こんなにしていただいて…どうお礼をしたらいいか…」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。俺がやりたいだけなんだ」
レイチェルさんが申し訳なさそうにすると、セカは一瞬私を見てそう言った。
「ありがとうございます」
私も深々と頭を下げて、心からお礼を言った。
「お礼を言われるのは、なんか心苦しいな…」
皆一斉に『なぜ?』という顔をするも、誰も何も言わなかった。
こうして、数日、セカも一緒に旅をすることになった。
馬車での旅、私は相変わらず気配を消す帽子を被っている。
馬車は二台。私とセカとシオの三人で一台、冒険者の皆さんで一台用意してもらった。
シオは初めての馬車旅で、外を見てワクワクしている。
私とセカは二人で膝を突き合わせて無言だった。
だって、昨日、抱きしめられて告白っぽいこと言われちゃったから、なんか恥ずかしかったんだよぉ!…告白じゃないけど。
「シア…ヨアンは、これからもその『レイニー』というバーで暮らしていくつもりなのか?」
外を見ていたセカが不意にこちらを見て言った。
「そ、そうですね。できる限りそこで暮らしていきたいですけど…シオが冒険者になりたいなら、またどうするか考えないとと思っています」
「ほんとぉ!!?」
私の言葉を聞きつけたシオが嬉しそうに私の膝に腕を乗せてきた。
「シオ、だらしないよ。ちゃんと座って」
「へーい」
そう言ってシオは再び馬車の外に身を乗り出して見始めた。
「シオは魔法が使えるんです。氷の魔法が。魔法使い登録をするかどうか、慎重に判断したいと思っていて…」
「どの国も、貴族の特権であることに変わりはないから、気を付けてくれ」
「そうですよね…」
そんな会話をしながら、二人でシオの後ろ姿を見ていた。
こうして、我々は南に向かってやってきたわけだが、ちょうどお祭りをやっている町にやってきた。
「わぁ!お面祭りだぁ!!」
シオは馬車をダッシュで降りて、お面の屋台に直行。
私もそれを追いかける。
「すみません、まだ先に進みますよね?」
シオを無理やり引っ張ってきながら聞くと、セカは「ここで泊まろう」と言ってくれた。
まず宿を取り、皆さんと別れ、私とシオとセカはお祭りを見に来ていた。
「俺もいいのか?」
「セカおじちゃんのお面選ぶー!」
セカはちょっと困っていたが、七歳児の勢いの前に負けた。
「なんかごめんなさい…」
私は思わず謝ると、
「いや、こういうのも、たまには楽し…」
とセカは言いかけて、再びシオに振り回されていく。
赤いランタンがあちこちに飾られ、みんな民族的な変わったお面をかぶっている。
私もせっかくだし、被らせてもらうことにした。これなら顔も隠せるし、一石二鳥。
まだ薄明るい町に、たくさんの仄かな赤い光が灯っていく。
幻想的で、私は思わず目を細める。
「シオー!シオー!」
町に見とれていると、セカの声がした。
「シオを見失ったんだが…」
「いつもですよ…。変な人についていくことはないと思うんですけど…まあ、宿もわかってるし、大丈夫だと思います」
迷子になるのはいつものことだった。
少し探して、宿に戻ることにした。
「あ!」
あまりにも人が多く、私は転びそうになってしまった。
セカがグイッと引っ張ってくれて、転倒は免れた。
「あ、り、がと…」
あまりにも距離が近すぎて、私は少し顔をそむける。
「いや…」
セカはそう返事をしたものの、なかなか離してくれなかった。
私もどうしたらいいのかモタモタしていると、
「あーーー!!セカおじちゃんとママ、仲良ししてるー!!」
何連も連なってる赤い飴を持って立っていたのはシオだった。
シオに発見されて、私とセカは急いで離れた。
「いいよいいよぉ。邪魔者はいなくなりますよぉ」
そう言って、シオは再び祭りの中に消えた。
シオがいなくなり、二人とも動きがギクシャクしてしまう。
「あ!私もあの飴食べたーい!」
「俺、買うよ!!」
そうして二人で飴を食べながら歩いていると、不意に空が明るくなり、ドンッというお腹に響く音がした。
「花火だぁ」
私が空を見上げて指を指すと、セカが、私が人とぶつからないように、少しだけ寄り添ってくれた。
「あ、ありがとう…」
「いや…」
なんとなく恥ずかしくて、二人で目をそらしあっていた。
その後、宿に戻るとシオが、私とセカがカップル!カップル!と一生懸命皆に言っていて、さらに恥ずかしかった。




