第十四話
大奥様が帰った後も、変わらず魔法の話だけしかしないラドクリフ様に業を煮やし、私は自分から貴族らしくなるための知識を学びたいと申し出た。
こうして、一日のほとんどを勉強に費やした。
教えてくれる先生たちも、大変身分の高い人たちで、嫌味を言われたり、いじわるされることもあった。
そんな日は、豆腐メンタルの私は夜は泣いて過ごしていた。
ある日、ダンスの練習をしてくれると、ユラくんが言ってくれて、久しぶりに再会した。
「なんか…やつれましたね」
「えー?そう?普通だよ…」
久しぶりに友達に会えたような気持になって、私はちょっと強がってしまった。
「声に力がありませんよ」
そう言いながらも、ダンスの姿勢で、私の手を取った。
事前に少し踊り方を見ておいたけど、実際やってみると難しくて、何度も転びそうになった。
そのたびに、何も言わずユラくんは支えてくれた。
「もうすぐ、私たちの婚礼があるそうです」
踊りながら、小声でユラくんが私に耳打ちしてきた。
(そんな話全然知らない…)
私は動揺して、再び転びそうになる。
ユラくんは私の腰に手をまわして支えてくれた。
「ごめ…」
「謝らなくていいです。…私こそ、すみません」
そう言って、ユラくんは腰に回した手に力を込めて、私をぎゅっと抱きしめた。
ふわりと優しいにおいがして、なんだか泣きそうになった。
(なんでこんなことになったんだっけ…)
天井がぼやけても見える。
…このまま、私、ここで生きていくしかないの?
誰にも祝福されない結婚だと思った。
誰にも望まれない結婚。
私は真っ白なドレスを着て、教会を歩いていた。
広い広い教会には、ラドクリフ様もおらず、神父様を除いたら二人だけ。
通路の先に、真っ白なタキシードを着たユラくんが立っている。
ユラくんの元まで歩き、向かい合う。
誓いのセリフ、指輪の交換などがあって、私の世界と一緒だった。
「では、誓いのキスを」
(キス…)
練習はしてきたものの、実際にキスはして来なかったので、直前になって私はちょっと困ってしまった。
「…シアンさん。…眼を閉じて」
ユラくんの優しい声がすぐ頭上で聞こえて、私はただ眼を閉じた。
顎を軽く押し上げられ、ふわりとあの優しいにおいがしたと思ったら、唇に柔らかな感触が触れる。
眼を開けるタイミングがわからず、しばらく閉じていると、
「もういいですよ」
とユラくんに少し笑われた。
(ファーストキス…)
浸る暇もなく、式が続いた。
こうして、滞りなく式が終わり、私とユラくんは、私の使っている部屋に通された。
「大変でしたね…」
誰もいないお式だったけど、私はドッと疲れてしまった。
「そうでしたね。…シアンさんは座っていてください。私がお茶を入れます」
ユラくんはそう言って、部屋の外にあったティーポットを持ってきた。
「あ、ありがとう…」
私も立ち上がって手伝おうとしたけど、「座っていてください」と言われ、私はお言葉に甘えた。
「あ、ハーブティーだ」
疲れた体に染みる~
私はありがたく飲んでいると、ユラくんが飲んでいなかったので、お茶を進めた。
「私だけ飲んでるのも嫌ですよ」
「そうですか…では」
二人で席についてゆっくりハーブティーを飲んだ。
なんだか、ラドクリフ家に来て目まぐるしい毎日だったけど、やっと一息付けたような気持になった。
「シアンさんは以前、『結婚するなら、少しでもその人のことを好きになりたい』と言っていましたが…
私は、どのようにしたら貴女に少しでも好きなってもらえるのか、わかりません」
お茶を飲んで、一息ついていたら、急にユラくんがそう言った。
「…そんなこと、言いましたね。
でも、私はもうユラくんのこと結構好きですよ。前の家族のために頑張ってるじゃないですか」
「…私も。シアンさんを好きですよ。貴女のことも守りたいと思っています」
じっと目を見つめて言われてしまい、私は顔が熱くなった。
「あー…これお酒入ってたかな??」
恥ずかしくてごまかしてしまった。
「貴女はまじめな話をまじめに聞かない悪い癖がありますよ」
「はい、すみません」
またいつもの調子で怒られてしまった。
そしてしばしの沈黙。
あれ?そういえば、今って…
『初夜』ってやつだ。
私は急に思い至って、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
「あー…なんか暑くありませんか?窓開けますね」
そう言って、窓のほうへ行こうとすると、
「開けないでください…こちらへ」
と、ユラくんは呼んできた。
私はふらふらとそちらに向かうと、ユラくんは両腕を軽く掴んた。
「もしも、私がお嫌でなければ。拒まないでほしい」
「そんな言い方、ずるい!」
「貴女も知っての通り、私はずるいですよ…とても」
そう言って、引き寄せられて深い口づけをされた。…式の時とは比べ物にならないほどの。
「ずるい…」
私のそんなつぶやきも聞いてか聞かずか。
熱に浮かされたような、ふわふわのような、そしてときどき苦い夜。
甘い痺れを感じながら、深い眠りに落ちていた。
そんな夜分。
…あの気配がした。今までないくらい強烈な気配。
私は飛び起きて、辺りを見回した。
隣では、静かに寝息を立てているユラくん。
気づくと、レースのカーテンが揺れていた。
(窓、私開けたかな…)
窓を閉めようと近づくと、バルコニーには何者かが立っていた。
あの異様な気配、金の瞳、銀の髪。
「あなたは…」
金の眼の男。
そうだ、そうにちがいない。
「お姫様、お迎えに上がりました」
そう言って、金眼の男はうやうやしく一礼した。
「お迎え?私は帰れるの?」
泣き出したかった。でも、どうしてもいろんなことを聞かないとと思った。
「いいえ、残念ながら、貴女はこの世界の外にはもう出られません。私と入れ違いでこの世界の住人になったからです」
そう言って、彼は私のそばに来て、手の甲にキスをした。
「入れ違い?どういうこと??」
「私の役目を貴女に移したのです。そして私は、あちらの世界の住人として生きています」
「そんな、どうして??ひどいよ!!帰してよ、私の居場所!!」
金眼の男の腕を強くつかんで揺すると、彼は少し困った表情をした。
「それはもう不可能です。向こうの世界に、私の恋人もいますので」
「そんな…勝手なこと...皆勝手だよ...」
私は両手で顔を覆った。
私の居場所、ここしかないの?
最後の希望を失って、私は絶望的な気持ちになった。
「…ですが。…私も貴女にこのような暮らしをさせることは本望ではありません。もしもここから逃げたいのなら、お手伝いします」
「……」
ここから、逃げられる?
そう思ったその時、私たちの周りにいくつもの氷の柱が隆起してきた。
「…誰だ!!その人から離れろ!」
物音を聞きつけたユラくんが、ベッドから魔法を使ったようだ。
だめだ、悩んでいる時間はない。
「お願い、私を連れて行って…!」
「もちろんです、お姫様」
そう言うと、ユラくんに不気味な微笑みを残して、私を抱えて夜の闇の中へ消えた。




